2019年10月25日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
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本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
音楽シーンには稀に、スタジオ・アルバムなどの正式な作品を残すことなく活動を終えたグループが長い時間を経て活動を再開し、満を持して当時の楽曲をレコーディングするケースが見受けられます。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで1982年に結成されたシンフォニック・ロック・グループVITRALもそんなグループのひとつであり、作品を発表することのないまま2年ほどの活動期間を経て85年に解散の道を選びました。グループのオリジナル・メンバーには、後にクラシカル・ロック・グループQUATERNA REQUIEMで活躍するキーボーディストElisa WiermannとドラマーClaudio Dantasも名を連ねていたようです。注目したいのは、VITRAL が活動していた時期がBACAMARTEやSAGRADO CORACAO DA TERRAといったプログレッシブ・ロック・グループたちのアルバム・デビューの時期と重なっていることでしょう。ギタリストMario Netoを擁するBACAMARTEの83年作『Depois Do Fim』やヴァイオリン奏者Marcus Vianaを中心とするSAGRADO CORACAO DA TERRAの85年作『Sagrado Coracao Da Terra』は、現在ではブラジリアン・プログレッシブ・ロックを象徴する傑作として広く知られています。もしも80年代当時のVITRALが活動を継続させアルバム・デビューまで漕ぎ着けていたとしたら、あるいは代表格グループたちと並び称される存在として高い評価を獲得していたかもしれません。
VITRALが85年に解散すると、翌年にはドラマーClaudio Dantasを中心にQUATERNA REQUIEMが結成され、89年にキーボーディストElisa Wiermannが合流することで音楽的な方向性が定まりました。QUATERNA REQUIEMの音楽性は、リオ・デ・ジャネイロ連邦大学で専門的な音楽知識を習得したElisa Wiermannのキーボード・サウンドが冴え渡るクラシカル・ロック。ブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの有名グループで例えるならば、ルネサンスやバロックのテイストはGRYPHON、巧みなキーボード・オーケストレーションはGENESIS、そしてマイルドなバンド・アンサンブルはCAMEL といった具合ですが、それらのグループたちと彼らが異なるのは、女性ミュージシャンならではと言えるエレガントな肌触りを感じさせる点でしょう。また、ブラジル交響楽団に所属するヴァイオリン奏者Kleber Vogelが参加していることもグループの個性であり、専任ヴァイオリン奏者の存在がクラシカル・ロックの音楽的な説得力に多大なる貢献を果たしています。QUATERNA REQUIEMは結成から4年後の90年、VITRALでは叶わなかったレコード・デビューを遂げ、2010年代を迎えて以降も活動を継続しています。
VITRAL の解散から30余年。オリジナル・メンバーであるEduardo Aguillarが、80年代の活動期に書き残された楽譜やカセット・テープのデモ音源を発見したことで、VITRALの楽曲を蔵出しするアイディアが生まれました。Eduardo Aguillarはベースやキーボードを弾きこなすマルチ・プレイヤーであることから、当初はソロ・アーティスト名義でのリリースを計画していたようです。しかし、ドラマーClaudio Dantasの参加によってVITRALの再結成プロジェクトが発足し、2名のミュージシャンが加入しました。まず、ギタリストLuiz Zamithは、有名プログレッシブ・ロック・グループたちの楽曲をレパートリーに活動するトリビュート・グループICONES DO PROGRESSIVOのメンバー。そして、驚くべきはアコーディオンもプレイするフルート奏者Marcus Mouraであり、上記のBACAMARTEによる83年作『Depois Do Fim』に参加していたミュージシャンなのです。
VITRALは、82年の結成から35年もの長い時間を経てデビュー・アルバムとなる2017年作『Entre As Estrelas』を発表しました。Claudio Dantasの手による幻想的なアートワークが華を添え、オリジナル・メンバーであるElisa Wiermannからの賛辞がクレジットされた本作のポイントは、上記のMarcus Mouraの参加に加えて、主要な楽曲が82年から85年の活動期に作曲されたものであること、そして、13のパートから成る50分を超える組曲が収められているということです。レコーディングは2014年から開始されましたが、これはEduardo Aguillarがソロ・アルバムとして本作を発表する予定を立てていた時期に3曲目の「Vitral」に着手(多重録音)したためであり、バンド・スタイルでのレコーディングは2016年から2017年にかけて行われたとのこと。また、2曲目に収められた50分を超える大曲「Entre As Estrelas」については、13パートのうち6パートが「Estacao」と名付けられた短いインタールードであり、この「Estacao」のみ2016年に新たに作曲された楽曲となっています。80年代に作曲された7パートに組曲としての性格を強く与えるために、接着剤となる6パートの小曲を挟み込んだということでしょう。
音楽的には、プログレッシブ・ロックに造詣の深いベテラン・ミュージシャンたちによるエモーショナルなインストゥルメンタル・シンフォニック・ロックであり、それぞれの楽曲は豊かな南米叙情をたたえています。全曲の作曲を担当しベース・パートも兼任するキーボーディストEduardo Aguillarは、EMERSON, LAKE & PALMERを想起させるオルガンやシンセサイザー・リードを基本に、デジタル・シンセサイザーのオーケストラ音色なども併用しつつ各楽曲をドラマティックに演出。Eduardo Aguillarと共にアルバムのプロデュースを担うドラマーClaudio Dantasは、QUATERNA REQUIEMでの活動時と同様にジェントリーなプレイ・スタイルを採っており、マイルドなバンド・サウンドに寄り添うアンサンブルを展開しています。ギタリストLuiz Zamithは、CAMELやGENESISを彷彿とさせるメロディアスなフレーズを奏でていますが、これはデジタル・シンセサイザーの音色との兼ね合いによってはネオ・プログレッシブ・ロックに通じるアプローチと受け取ることも出来るでしょう。そして、フルート奏者Marcus Mouraは、所々で巨星BACAMARTEの記憶を呼び起こすような節回しを披露しつつ、アンサンブル・パートからソロ・パートに至るまで孤高の音色を響かせています。
VITRALによる2017年作『Entre As Estrelas』は、間違いなくブラジリアン・プログレッシブ・ロックの歴史に残る素晴らしい出来栄えとなっています。最後に、VITRAL人脈による関連プロジェクトをまとめておきましょう。まず、Marcus Moura が参加したBACAMARTEの83年作『Depois Do Fim』は、上記の通りVITRAL関連作である以前にブラジリアン・プログレッシブ・ロックの傑作。Claudio Dantas とElisa Wiermannを擁するQUATERNA REQUIEMは、「建築家」をコンセプトに置いた2012年作『O Arquiteto』が本作との聴き比べに最適でしょう。Luiz Zamithは、本作を発表後の2018年に『Introspeccao』でソロ・デビューを果たしており、こちらもフルートが存在感を示すシンフォニック・ロック・アルバムとなっています。
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ブラジリアン・シンフォの歴史に輝く83年の名盤で知られるBACAMARTEのフルート奏者Marcus Moura、90年代以降のブラジルを代表するシンフォ・バンドQUATERNA REQUIEMのドラマーClaudio Dantasらが結成したバンドによる2017年デビュー作。フルートとギターがリードするCAMEL直系のメロディアスなシンフォニック・ロックに、BACAMARTEやQUATERNA REQUIEに通じるクラシック音楽/バロック音楽の典雅さ格調高さを加えた、構築性に富んだ壮大過ぎるサウンドが圧巻!リリカルで少し陰影がかかった美しい音色のフルート、アンディ・ラティマーを受け継ぐ一音一音から叙情が零れ落ちるようなエモーショナルなギターが紡ぐCAMEL愛たっぷりのアンサンブルと、バックで響く分厚いシンセ、オルガン、ピアノなどのキーボード群が演出するバロック音楽の厳粛な音世界が重なり合う音楽性に、シンフォ・ファンならば興奮しっぱなしでしょう。特筆は何と言っても52分に及ぶ大作組曲。キーボードもアンサンブルに加わり、テクニカルな疾走パート、芳醇に広がるシンフォ・パート、典雅な味わいの中世音楽パートを行き来しながら巧みに描き出されるスケール溢れるシンフォ絵巻があまりに素晴らしい。BACAMARTE、QUATERNA REQUIEM両バンドのファンは勿論、初期CAMELファンにも是非オススメしたい一枚!
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