2019年5月24日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
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本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
イギリスの小説家H・G・ウェルズによるサイエンス・フィクション小説「タイム・マシン」に登場する、紀元802701年の世界を生きる人種「イーロイ(Eloi)」をグループ名に冠したのがジャーマン・プログレッシブ・ロック・グループELOYです。ハノーファー出身のギタリストFrank Bornemannを中心として1969年に結成されたELOYは、名レコーディング・エンジニアConny Plankを迎えた71年作『Eloy』でPhilips Recordsからアルバム・デビューを飾りました。その後、Harvest Recordsからリリースされた73年作『Inside』や74年作『Floating』までの彼らは、メンバーをマイナー・チェンジしながら、DEEP PURPLEのハード・ロック・テイストとPINK FLOYDのサイケデリック・スペース・ロック・テイストを混ぜ合わせたような音作りを提示。そして、75年作『Power And The Passion』において、彼らの音楽的な基盤が確立されました。同作は「科学者を父に持つ主人公ジェイミーが1358年の世界にタイム・トラベルする」物語を描いた、ELOYにとって初めてのコンセプト・アルバムとなっており、キーボーディストManfred Wieczorkeがハモンド・オルガン一辺倒のサウンドから脱却。エレクトリック・ピアノやメロトロン、モーグ・シンセサイザーなどが使用されたことによって、グループはスペーシーな作風はそのままにシンフォニック・ロックへと接近しました。
76年作『Dawn』は、「命を落とした男が幽霊となり、愛する人にメッセージを伝えるために戻って来る」物語を描いたコンセプト・アルバムとなっており、Frank Bornemann以外のメンバーを一新。前作で築き上げたスペーシーなシンフォニック・ロックの音楽性は同作でも継承されており、さらにドラマティックなストリングス・サウンドも導入されました。そして、ELOYの代表作と評される77年作『Ocean』は、伝説の古代文明「アトランティス」をテーマに掲げたコンセプト・アルバム。10分を超えるふたつの楽曲を含めた4曲構成でハイ・レベルなプログレッシブ・ロックを聴かせました。同作は20万枚を超える売り上げを記録し、国内チャートではQUEENやGENESISを抜き去るほどの勢いを見せていたようです。78年には、『Ocean』の収録楽曲を中心としたライブ・アルバム『Live』を発表。さらに、79年作『Silent Cries And Mighty Echoes』では、プログレッシブ・ロックらしい15分に迫る組曲が収められる一方で、新たな時代の到来を感じさせるストレート且つメロディアスな音楽性へと移行していきました。今日のプログレッシブ・ロック・リスナーに最も広く聴かれているELOYの作品は、恐らくこの辺りまででしょう。グループは、80年代を迎えても活動を続けましたが、押し寄せる時代の波には逆らえずレコード・セールスが減少。また、メンバー間にも対立が起こるなど、グループを取り巻く状況は厳しいものとなっていきました。イギリスのHeavy Metal Worldwideと契約を結んだことによる新たな聴衆の獲得や、ロンドンのMarquee Club公演の成功など次なる展開も期待されたものの、ELOY は12枚目のスタジオ・アルバムとなった84年作『Metromania』を最後に解散を選びました。
今回はELOYと深い関わりを持つリコーダー奏者Volker Kuinkeが率いるプログレッシブ・ロック・グループSYRINX CALLを取り上げます。ELOYは88年、ギタリストFrank BornemannとキーボーディストMichael Gerlachのデュオ編成で『Ra』を発表し活動を再開しましたが、Volker KuinkeはELOYの98年作『Ocean 2 – The Answer』や2009年作『Visionary』などにゲスト・プレイヤーとして参加した経験を持つミュージシャンであり、2010年に発売されたELOYのヒストリー映像作品『The Legacy Box』では、ELOYのファン・クラブ代表者としてインタビューに応えていました。また、70年代から80年代にかけてのELOY作品が再発された際には、ライナーノーツも担当しています。
ヴァイオリン奏者やフルート奏者ならばともかく、リコーダー奏者がプロジェクトを束ねるという事例は、変則的な楽器編成が珍しくないプログレッシブ・ロック・シーンにおいてもレア・ケースでしょう。SYRINX CALLは2015年に『Wind In The Woods』でアルバム・デビューを果たし、続いてセカンド・アルバムとなる本2018年作『The Moon On A Stick – Featuring Isgaard』を発表しました。SYRINX CALLの音楽性は、トラディショナル・フォークからワールド・ミュージック、あるいはサウンドトラックの要素まで兼ね備えたシンフォニック・ロックであり、Volker Kuinkeはソプラノ、アルト、テナー、バス、グレート・バスの各種リコーダーを使い分けます。格調高いクラシック・テイストから素朴なトラディショナル・フォーク・テイストまで、ゆったりとしたテンポで作曲された楽曲に寄り添うプレイは、聴き手に深い印象を残すことでしょう。バンド・アンサンブルについては、前作から参加のマルチ・プレイヤーJens Lueckが手腕を発揮。プログレッシブ・ロック・グループSINGLE CELLED ORGANISMでも活動する彼は、キーボードやドラム、パーカッションやプログラミング、一部のヴォーカル・パートを一手に引き受け、さらにゲスト・プレイヤーたち(プログレッシブ・ロック・グループSYLVANでの活動が知られるギタリストJan Petersenを含む)の舵取りも担います。そして、アルバム・タイトルでもフィーチャーされている、ドイツの音楽賞である「エコー賞」を受賞した経歴を持つ女性ヴォーカリストIsgaard Markeが、同じく女性ヴォーカリストDoris Packbiersと共に、幻想的な歌声を披露。ヴォーカル・ナンバーは言うまでもありませんが、インストゥルメンタル・ナンバーでの幽玄なスキャットもまた、特筆に値する出来栄えとなっています。70年代のジャーマン・プログレッシブ・ロック(特にシンフォニック・ロックやプログレッシブ・フォーク)のサウンドに言及する場合には、しばしば「ゲルマンの深い森から聴こえてくる」というような表現が用いられてきましたが、それはまさに本作のアートワークが示す通りのイメージでしょう。SYRINX CALLには、古き良きジャーマン・プログレッシブ・ロックの国民的特色が受け継がれています。
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