2024年7月5日 | カテゴリー:どうしてプログレを好きになってしまったんだろう@カケハシ 市川哲史,ライターコラム
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昨年5月に『子供たちの子供たちの子供たちの子供たちへ』の発売54周年記念拡張4CD+BD箱がコンパイルされたとき、ムーディー・ブルースについて書こうと思った。音楽評論家人生44年目にして初めて。いや違う。正確を期すと、もう30年以上も実は気になってたことを形にする機会がやっと来たかも、と。
なのに、例の『もうすぐエピタフ:どうしてプログレを好きになってしまったんだろう#9第三印象』の書き下ろしやら何やらに忙殺されてたら、つい時機を逸してしまった。とはいえずーっとこんなパターンの繰り返しで結局、ムーディーズはいつものように忘却の彼方に消え去っていた。酷いよ私。
ところが不覚にも2024年4月24日から1ヶ月遅れで気づいたのが、マイケル・ピンダーの訃報。クリント・ワーウィック→レイ・トーマス→グレアム・エッジ→デニー・レインに続き、とうとうオリジナル・メンバー全員が鬼籍に入ったことになるじゃないか。なんだろうこの正体不明の申し訳なさ。
なので襟を正して書きます。まずは。
猫も杓子も大谷翔平。結婚しても26億騙されても豪邸買ってもユニフォーム破れても打っても打たなくても、朝から夜まで過熱報道が続いてる。開幕して2ヶ月も経たないうちから現在九冠王だの2年連続MVP確実だの「得意の6月に絶好調になるはず」だの、さすがは日本人、おめでたいにも程がある。
もちろん素敵なファンの方もいる。今年のMLBは韓国開催のドジャース×パドレス戦で開幕したが、直前のオープン戦を観に来てた中年夫婦が素敵だった。雨後の筍のように日本中に湧きまくりのドジャース・ユニフォーム姿かと思いきや、「ところがどっこいドラゴンズです」とコメント。そうなのだ。あえて、ドジャース丸パクリの星野仙一監督時代の中日ドラゴンズのユニフォームをわざわざ着るセンスが素晴らしい。これよこれ。
小学5年の晩秋、天下のON砲を擁して7連覇中だった最強巨人が前年世界一のボルチモア・オリオールズ相手に2勝12敗4分と大惨敗を喫して、「はて?」と思った。7年後に来日した二年連続世界一の〈ビッグ・レッド・マシーン〉シンシナチ・レッズには、2勝14敗1分けと日本勢は木っ端微塵に。しかもこの年からフジテレビが大リーグ中継を短時間ながら開始するに至り、私の野球観は一気に開国したのだ。
とどめが翌1979年7月17日に中継されたMLBオールスター・ゲームだった。舞台は舞台で当時の日本に存在しないドーム球場――シアトルのキング・ドーム。1回表いきなり全米最速のノーラン・ライアンの剛速球が唸れば、その剛速球を広いキング・ドームの中堅フェンス直撃でHR王マイク・シュミットが打ち返すのだから、そりゃ痺れるよ。秋にはピート・ローズ、グレン・マドロック、ロッド・カルー、ドン・ベイラー、デイヴ・パーカー、フィル・ニークロらが大量来日してMLBオールスター・ゲーム・シリーズまで観せられちゃ、無条件降伏するしかない。
ベースボールと野球は「別物」だったのね。
かくしてフリーランスになった21世紀以降は、毎年渡米してベースボール・パークを堪能し、数十着の各種ヴィンテージ・ユニ姿で日々生活を営むようになった。あれ、デイヴ・スペクターの一味じゃん俺。
フェンウェイ・パークのクラムチャウダーは米国で食した料理で未だにいちばん美味しいし、全米デビュー・アルバム録音中の宇多田ヒカルにNYでインタヴューした帰りにLAで弾丸観戦したドジャース×ヤンキース戦は、松井秀喜が野茂英雄から先制HRを放てばその野茂もHRを打っちゃう漫画のような試合で、死ぬかと思った。松井がなんとMVPを獲得した2009年のワールドシリーズ第6戦では、試合中から「マツイをヤンキースにくれた日本人に感謝感激乾杯きゃっほー」と知らないガイジンたちに、酒や食い物を無理矢理奢られ続けたし。10球場は訪ねたなぁ。コロナ禍ですっかり足が遠のいちゃったけれど、やっぱ愉しいよベースボール。甲子園球場で観るのはしんどいだけだからなあ。
別に自分がMLBマニアだから、にわか大谷ファンを揶揄するのではない。日本人のお調子者すぎる体質があからさまで居心地悪いのだ。MLBに関してはずーっとこうだもの。
近鉄をあえて任意引退扱いとなり単身渡米してロサンゼルス・ドジャースにテスト入団した野茂に、「裏切者」「恩知らず」「売国奴」「通用するはずない」と罵詈雑言浴びせまくったのは、誰だ。そんな日本球界もマスコミもファンも、いきなり13勝6敗で防御率2.54で新人王と奪三振王のタイトルを獲り、労使間の泥仕合で人気だだ下がりだったメジャー・リーグの危機を全米規模で拡大したNOMOマニアが救うと、恥ずかしげもなく掌返しで大熱狂したのは忘れないよ。
日本テレビも酷かった。MLBの試合映像は、使用契約を交わさないと放映できない。ところが2009年のシーズン開幕前に金を惜しんで契約をキャンセルした日テレは、巨人時代に散々世話になったはずの松井の活躍を「写真」でしか放送できなかったのだ。前述した1試合6打点のワールド・シリーズ・タイ記録で日本人初のMVPを獲った「あの」第6戦も、試合映像がんがん報じて列島大興奮の他局をよそに、日テレは唯一の自前映像――5年も前のヤンキース×巨人の日本開催オープン戦で松井が高橋尚からHRを打ったシーンを、繰り返し流すというまぬけぶりを晒し続けた。
それでも日テレはその後も懲りずに金をケチり続け、大谷の投打二刀流の大活躍の際も試合前の練習映像しか流せず。さすがに昨年になって大炎上する己れの尻に気づいたのか、ようやく14年ぶりに再契約して〈動く大谷〉の最新映像を流せるようになった。すると一転、元を取るのに躍起になり、早朝から深夜まで大谷ニュースのフル稼働が続いている。その一方で大谷の新居を勝手に取材して、フジテレビと共にドジャースから正式に出禁を言い渡されたりして、名実ともに日本一「みっともない」TV局に幸あれ。
パイオニア野茂のメジャー・デビュー以来、数多くの日本人プレイヤーが続々と海を渡り続けてきた。そのたびに、シーズン中の日本のメディアの特異な報じ方が気になって仕方ない。だってチームが勝とうが負けようが、日本人選手が打ったかどうかしか伝えない、あの偏向報道スタイルだ。試合の趨勢に何の影響もないマルチヒットだろうが、焼け石に水のHRだろうが、単なる当たり損ねの内野安打一本だけに終わろうが、今日の大谷の成績だけ報じて「なおエンゼルスは3対6で敗れました」とシメる、例の〈なおエ〉である。
この〈なおエ〉以前もイチローの〈なおマ〉に松井の〈なおヤ〉など、実は都度都度ネットミーム化されてきたけれど、あくまでも野手のケースに限定される。野茂や松坂や黒田や田中マー君など投手の場合は、個人の成績が出場試合の勝敗に直結するからなのだろう。
中でも〈なおエ〉と〈なおマ〉が際立って目立ったのは、大谷とイチローがどんだけ打とうがエンゼルスもマリナーズも爆発的に弱かったからに他ならない。
にしても日本人って、プロ野球だと贔屓のチームの成績に激しく一喜一憂する〈箱推し〉なのに、MLBだと日本人プレイヤーの個人記録にしか関心がない〈単推し〉になっちゃうのかなあ。まあだから日本におけるMLBそのものの人気はずーっと低いわけで、MLBの公式ショップなんて日本で何回閉店の憂き目を見たことか。すん。
とはいえそんな身勝手な極東の島国の国民に〈なおエ〉と面白がられても仕方ないほど、たしかにエンゼルズは弱かった。大谷が覚醒した2021年以降だけ見ても、打率.257・46HR・100打点&9勝2敗・防御率3.18の2021年が77勝85敗で地区4位。.273・34HR・95打点&15勝9敗・2.33の2022年は、73勝89敗の地区4位。で.304・44HR・95打点&10勝5敗・3.14の2023年もまた、73勝89敗で地区4位。大谷ってHR数のわりに打点が少ない、実はチャンスに強くない打者ではあるけど、にしてもそりゃ「なおエンゼルスは敗れました」が定番のシメ言葉になる。
しかし私は、そんなエンゼルスと同じくらい哀しくてせつないバンドを知っている。
ムーディー・ブルースが1960年代中期以降、ピンク・フロイドと並び「新しい音楽」を提示したバンドなのは、プログレッシャーズなら誰でも知っている。しかも〈神7〉もとい〈コア・セヴン〉と呼ばれる7枚のアルバムは、1967年『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』英27位・米3位→1968年『失われたコードを求めて』英5位・米23位→1969年『夢幻』英1位・米20位→『子供たちの子供たちの子供たちへ』英2位・米14位→1970年『クエスチョン・オブ・バランス』英1位・米3位→1971年『童夢』英1位・米2位→1972年『セヴンス・ソジャーン~神秘な世界』英5位・米1位。数多の英国バンドにとって米国でのヒットこそ〈商業的成功〉だった時代に、その成功をいち早く摑んだ超売れっ子バンドでもある。
にもかかわらず、熱心な支持者以外にとってのムーディー・ブルースは、実に影が薄い。
たとえば。
ポール・マッカートニー好き、もしくは広く浅くの一般的洋楽リスナーにとっては、1976年3枚組ライヴ盤『ウイングスU・S・Aライヴ!!』で初めて聴いた、デニー・レインが唄の“ゴー・ナウ”。米黒人女性歌手ベッシー・バンクスがオリジナルだけど、1965年12月にデビューまもないムーディー・ブルースがカヴァーして英1位・米10位の大ヒット・シングル曲で、当時のウイングスのライヴ・レパートリーに。
なおムーディー・ブルースは、レインがバンマスだったビート・ロック・グループで、そもそもポールがレインとウイングスを結成したのは、マネジメントが突然消滅して金銭的苦境に立たされたムーディーズを、ブライアン・エプスタインが一時期面倒を見てビートルズのツアーに同行させたことに端を発している。
たとえば。
〈鍵盤要塞のがさつ者〉リック・ウェイクマンに胃もたれする一部イエス・ファンにとって、パトリック・モラーツの非クラシック的でパーカッシヴな鍵盤は新鮮かつ斬新だったから、僅か『リレイヤー』一枚で終わった「変革」を惜しむ声は少なくない。私も含め。
なおムーディー・ブルースは、そんなモラーツを1979年のツアーからマイケル・ピンダーの後任に迎える英断をせっかく下したのに、「宝の持ち腐れ」呼ばわりされようとは不憫きわまりない。
ああ、〈なおム〉。
『クリムゾン・キングの宮殿』は1969年10月の発表当時のみならず、以来21世紀の現在に至るまで聴く者を徹底的に圧倒し続けてきた。その威力にいまさら言及するのも野暮だと思うが、物騒で狂暴で圧倒的なネガティヴィティーと虚無感がもたらす〈負のカタルシス〉はとにかく画期的だった。ねえ?
ついこないだもプログ・コレクティヴやフロイド物などでお馴染み〈トリビュート屋〉米クレオパトラ・レーベルが、『宮殿』のフル・カヴァー・アルバム『REIMAGINING THE COURT OF THE CRIMSON KING』をリリースしてたが、その「あわよくば」的な下心もわからなくはない。
ITインフラの普及による利便性は、20世紀のように録音スタジオに直接出向かなくても録音データのやりとりでレコーディングへの客演を実現したわけで、〈出稼ぎ〉という名のセッション仕事を物理的にお手軽にした。ただしアーティストの精神的にも敷居が下がりすぎて、「断われよこんな仕事」と言いたくなる仕事も少なくない。この『宮殿』企画盤も、ねえ? ジャコ・ジャクジク&メルコリの現役組の参加はどさくさとして、トッド・ラングレン&アーサー・ブラウン(!)&イアン・ペイスの“21馬鹿”とか、ジョー・リン・ターナー&マーティー・フリードマン&ジャー・ウーブル&チェスター・トンプソンによる“ムーンチャイルド”とか、何の因縁も関係性も必然性もリスペクトも見当たらない適当さが透けて見える。実はプラスになってない足し算の論理を面白がればいいのだろうけど、ジャケ画のちゃちな3D化はいかん。バリー・ゴッドバーが化けて出るぞ。
話がそれた。
キング・クリムゾンの登場が劇的で衝撃的で革命的すぎて、いまなお伝説として語り継がれているのは、彼らのデビュー作『宮殿』が誰も聴いたことがない苛烈なロック・アルバムだったからだ。誰も異論はあるまい。〈ビートルズのあの名盤『アビイ・ロード』を引きずりおろして英国チャート1位に輝いた〉エピソードがまた、日本人にとってはさらなる絶大な説得材料だった。実際には英5位・米28位で、どこでどう話が盛られたのかいまとなっては知る由もないが、そんなフェイク・ニュースに心躍らせた我々は素敵だと思う。
しかしそれ以上に、クリムゾンが衝撃の新人類ロック(←死語)であることを決定づけたのが、〈なおム〉だったはずだ。
『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』『失われたコードを求めて』と、〈夢見るサイケデリック・ロック〉路線が大歓迎で既に飛ぶ鳥落とす勢いのムーディー・ブルースから、彼らが創立する新レーベル《スレッショルド》に三顧の礼で迎えられたキング・クリムゾン。いきなりムーディーズの英国ツアーに前座として同行するほか、音楽的立役者で〈六人目のムーディーズ〉トニー・クラークのプロデュースでデビュー・アルバム制作と、破格の待遇を約束されたのだ。
なのにいざレコーディングを始めたら、「こいつのプロデュースじゃ埒があかん」とど新人が匙を投げてクラークと決裂。さらにはクリムゾンの正式デビュー・ライヴとなった1969年4月19日のスピーク・イージーを観たムーディーズが、あまりに圧倒的なパフォーマンスにびびってツアー話も御破算に。で本人たちだけでレコーディングを再開したら、我々が聴き慣れたあの『クリムゾン・キングの宮殿』がさっさと出来上がってしまった。
って、こんな象徴的な〈成り上がり伝説〉がありますかね。しかも日本で書かれたほぼ全てのクリムゾン史やバイオグラフィーで、もれなく紹介されてるし。あ、座付作家のシド・スミス本『キング・クリムゾン全史』にもしっかり書き込まれてたな。
誰がどう贔屓目に見ても、桶狭間で馘はねられた今川義元、もしくは「俺はおまえの噛ませ犬じゃねえ!」と吠えた長州力に実はそれ以上の噛ませ犬にされちゃってた藤波辰巳、もしくは跳び箱のロイター板……すまん、比喩のネタが尽きるほど絵に描いたような、クリムゾン神話の踏み台にされただけのムーディー・ブルース。彼らだって「まだ」新進気鋭のニュー・ロックのはずなのに、これじゃアナーキーな革命者に引きずりおろされる守旧派じゃないか。すっかり仮想敵の扱い。
そうなのだ。少なくともムーディーズの熱心な聴き手以外のプログレッシャーズにとって、《ムーディー・ブルース=クリムゾン伝説の引き立て役》でしかないのだ。昔もいまも未来永劫ずーっと。しかもこのとても失礼な先入観のせいで、大半のクリムゾン信者はムーディーズをほぼ聴かない人生を歩んだに違いない。
不憫だあ。
あまりに一方的で可哀相なので、ムーディーズの〈失われた名誉を求めて〉検証したい。罪滅ぼしと言うなよ。
ツアー前座を白紙にした敵前逃亡事件に関しては、「彼らがライヴを観に来た後に外された。僕らにステージを乗っ取られてしまうと恐れたのだろう」とロバフリ本人が発言している。ただし大先生、実は自意識過剰で好戦的で意地が悪いひとなので、悪意溢れる勝手な言い分の面も否めなくはないけど。
じゃあトニー・クラーク全否定事件はどうだ。2020年編纂の20CD+2DVD+4BD『ザ・コンプリート1969レコーディングス』箱でついに発掘されたボツ音源で、確認する。
1969年6月12日から19日のモーガン・スタジオ・セッションは、“21馬鹿”のインスト・テイク1曲しか公開されてない。マイケル・ジャイルズのあのスクエア過ぎて恰好よすぎるドラムがおもいきり堪能できて、別の意味で素晴らしい。
でレコーディングを再開した、7月7日から16日のウェセックス・スタジオ・セッション。こちらは“エピタフ”8テイク+“風に語りて”12テイク+“クリムゾン・キングの宮殿”10テイクが聴ける。結局7月21日以降のセルフ・プロデュース・セッションで録り直されてるから、全テイク廃棄の憂き目を見た。顕著なのは“エピタフ”や“風に語りて”が、人畜無害なフォーク・ロックっぽく演奏されてる点か。「フリップらしくない」ありふれたストローク奏法をフィーチュアした“風に語りて”は、まるで――えーと、どう形容すればわかりやすいかなあ――そう、ムーディー・ブルースみたいなのだ。こりゃいかん。この楽曲の牧歌的な空気にムーディーズを見い出したのか、7月9日一日でフリップに12回もストローク奏法を強要している。執拗に。夜中まで。大先生がいかに辟易したか、当時のロバフリ日記にしっかり明記されていた。決裂の直接的要因がここにあったか。
おそらくクラークが惹かれたキング・クリムゾンとは、〈“エピタフ”と“風に語りて”が代表曲のメロトロン・バンド〉だった。
致命的な勘違いが〈なおム〉を生んでしまったのだ。
とはいえイアン・マクドナルドは、ムーディーズとの共存話が出た瞬間から発売されたばかりの『夢幻』を聴き込んで、来たるべくレコーディングの傾向と対策を練ってたわけで、ここらへん、フリップとマクドのクリムゾン観の食い違いが見えて興味深い――てしまったぁぁぁ。またムーディーズをダシにして、クリムゾン分析しちゃってるよ俺。
ああ、〈なおム〉。
次回はムーディー・ブルースのことだけ考えます。
第一回「ジョン・ウェットンはなぜ<いいひと>だったのか?」はコチラ!
第ニ回 「尼崎に<あしたのイエス>を見た、か? ~2017・4・21イエス・フィーチュアリング・ジョン・アンダーソン、トレヴァー・ラビン、リック・ウェイクマン(苦笑)@あましんアルカイックホールのライヴ評みたいなもの」はコチラ!
第三回「ロバート・フリップ卿の“英雄夢語り”」はコチラ!
第四回「第四回 これは我々が本当に望んだロジャー・ウォーターズなのか? -二つのピンク・フロイド、その後【前篇】-」はコチラ!
第五回「ギルモアくんとマンザネラちゃん -二つのピンク・フロイド、その後【後篇】ー」はコチラ!
第六回「お箸で食べるイタリアン・プログレ ―24年前に邂逅していた(らしい)バンコにごめんなさい」はコチラ!
第七回「誰も知らない〈1987年のロジャー・ウォーターズ〉 ーーこのときライヴ・アルバムをリリースしていればなぁぁぁ」はコチラ!
第八回「瓢箪からジャッコ -『ライヴ・イン・ウィーン』と『LIVE IN CHICAGO』から見えた〈キング・クリムゾンの新風景〉」はコチラ!
第九回「坂上忍になれなかったフィル・コリンズ。」はコチラ!
第十回「禊(みそぎ)のロバート・フリップ ーー噂の27枚組BOX『セイラーズ・テール 1970-1972』の正しい聴き方」はコチラ!
第十一回「ああロキシー・ミュージック(VIVA! ROXY MUSIC)前篇 --BOXを聴く前にブライアン・フェリーをおさらいしよう」 はコチラ!
第十二回 「ああロキシー・ミュージック(VIVA! ROXY MUSIC)後篇 --BOXを聴いて再認識する〈ポップ・アートとしてのロキシー・ミュージック〉」はコチラ!
第十三回 「今日もどこかでヒプノシス」はコチラ!
第十四回 「ピーター・バンクスはなぜ、再評価されないのか --〈星を旅する予言者〉の六回忌にあたって」はコチラ!
第十五回 「悪いひとじゃないんだけどねぇ……(遠い目) ―― ビル・ブルフォードへのラブレターを『シームズ・ライク・ア・ライフタイム・アゴー 1977-1980』BOXに添えて」はコチラ!
第十六回 「グレッグ・レイク哀歌(エレジー)」はコチラ!
第十七回 「クリス・スクワイアとトレヴァー・ホーン -イエスの〈新作〉『FLY FROM HERE -RETURN TRIP』に想うこと- 前篇:スクワイアの巻」はコチラ!
第十八回 「クリス・スクワイアとトレヴァー・ホーン -イエスの〈新作〉『FLY FROM HERE-RETURN TRIP』に想うこと- 後篇:空を飛べたのはホーンの巻」はコチラ!
第十九回「どうしてジョン・ウェットンを好きになってしまったんだろう(三回忌カケレコスペシャルversion)」はコチラ!
第二十回「どうしてゴードン・ハスケルは不当評価されたのだろう ー前篇:幻の1995年インタヴュー発掘、ついでに8人クリムゾン来日公演評も。」はコチラ!
第二十一回「どうしてゴードン・ハスケルは不当評価されたのだろう -後篇:幻の1995年インタヴューを発掘したら、めぐる因果は糸車の〈酒の肴ロック〉」はコチラ!
第二十二回「鍵盤は気楽な稼業ときたもんだ--あるTKの一生、に50周年イエス来日公演評を添えて」はコチラ!
第二十三回「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう(by ビリー・シャーウッド)」はコチラ!
第二十四回「荒野の三詩人-誰かリチャード・パーマー=ジェイムズを知らないか-」はコチラ!
第二十五回「会議は踊る、プログレも踊る-リチャード・パーマー=ジェイムズを探して-」はコチラ!
第二十六回「我が心のキース・エマーソン & THE BEST ~1990年の追憶~」はコチラ!
第二十七回:「『ザ・リコンストラクション・オブ・ライト』は、キング・クリムゾンの立派な「新作」である。 プログレ「箱男」通信【KC『ヘヴン&アース』箱】号①」はコチラ!
第二十八回:「《The ProjeKcts》の大食いはいとおかし。 プログレ「箱男」通信【KC『ヘヴン&アース』箱】号②」はコチラ!
第二十九回:「ロバート・フリップの〈夢破れて山河あり〉物語 プログレ「箱男」通信【KC『ヘヴン&アース』箱】号➌」はコチラ!
第三十回:「封印された〈車道楽プログレ〉ー『レイター・イヤーズ 1987-2019』箱から漏れた、ピンク・フロイドVHS『道(MICHI)』」はコチラ!
第三十一回:「どうしてプロレスを好きになってしまったんだろう。へ?」はコチラ!
第三十二回:「LEVINは何しに日本へ? の巻」はコチラ!
第三十三回:「どうして日本人はキング・クリムゾンを唄いたがるのだろう -雑談三部作・完結編-」はコチラ!
第三十四回:「コロナの記憶:どうしてビル・リーフリンを忘れられないのだろう トーヤ&フリップ「夫婦善哉」への道」はコチラ!
第三十五回:「キル・ビル/ビル・ブル 極私的「60歳からのプログレッシヴ・ロック」論」はコチラ!
第三十六回:「イエスCD+DVD34枚組『ユニオン30ライヴ』boxは、20世紀からの玉手箱か?」はコチラ!
第三十七回:「ジャコ・ジャクジクが〈ポール・ヤング〉に憧れた日 1980年代に遺したJAKKO青春の蹉跌シングルズを徹底追跡してみた。」はコチラ!
第三十八回:「「妄想」は荒野をめざす 『キング・クリムゾンー至高の音宇宙を求めて』40年目の読書感想文」はコチラ!
第三十九回:「ニーナ・ハーゲンは最強の〈ジャーマン・プログレ〉である。」はコチラ!
第四十回:「とあるキャメルの「不幸」」はコチラ!
第四十一回:「まずは、さよならキング・クリムゾン。」はコチラ!
第四十二回:「(第41回からの)日曜日のお昼ごはん。【前篇】ロバート・フリップと渡辺明」はコチラ!
第四十三回:「(第41回からの)日曜日のお昼ごはん。【後篇】トーヤと伊奈めぐみ」はコチラ!
第四十四回:「(第41回からの)高齢者にとっての〈二つのPT〉【前篇】ウドーちゃん祭りでポーキュパイン・ツリーを観た。」はコチラ!
第四十五回:「高齢者にとっての〈二つのPT〉 【中篇】スティーヴン・ウィルソン「息苦しさ」の美学」はコチラ!
第四十六回:「高齢者にとっての〈二つのPT〉【後篇】 どうしてこんなに1980年代を想い出すんだろう。」はコチラ!
第四十七回:「産業ロック(笑)。」はコチラ!
第四十八回:「カンタベリーの「わらしべ長者」」はコチラ!
第四十九回:「葛飾にカンタベリーを見た:なぎら健壱じゃないよスチュワート&ガスキンだよ」はコチラ!
第五十回:「あしたのイエス」はコチラ!
活動開始は64年までさかのぼりビート系グループとしてデビュー、シングル・ヒットに恵まれながらも徐々に作風が変化し、プログレッシブ・ロックへのアプローチを開始。後に全盛を築くこととなるプログレッシブ・ロックバンドがデビューすらしていない時期からオーケストラとの競演や実験性に富んだ作品を生み出し、黎明期を作り上げたイギリスのバンドの67年2nd。本作で彼らは70年代を待つことなく、オーケストラとの競演を果たし、1日の時間軸を音楽で表現する、というコンセプト性の高いトータルアルバムを作り上げてしまいました。名曲の誉れ高い「サテンの夜」を収録した彼らの代表作の1つです。
全英チャート1位、全米チャートでも3位を獲得したベストセラー作品。五人のメンバー全員がソングライターでありマルチ・プレイヤーでもあるムーディー・ブルースの代表曲を満載したポップかつアグレッシヴなトータル・アルバム。70年作。
活動開始は64年までさかのぼりビート系グループとしてデビュー、シングル・ヒットに恵まれながらも徐々に作風が変化し、プログレッシブ・ロックへのアプローチを開始。後に全盛を築くこととなるプログレッシブ・ロックバンドがデビューすらしていない時期からオーケストラとの競演や実験性に富んだ作品を生み出し、黎明期を作り上げたイギリスのバンドの71年6th。効果音を使った1曲目から名曲「ストーリー・イン・ユア・アイズ」へとなだれ込むと、ジャケットのようなファンタジックな英国ロマンが広がります。Justin Haywardの甘くジェントリーな歌声にスケールの大きなメロトロンが絶妙に絡み合い、シンフォニックな彩りも絶品。プログレッシブ・ロックのアイコンに恵まれた作品です。
活動開始は64年までさかのぼりビート系グループとしてデビュー、シングル・ヒットに恵まれながらも徐々に作風が変化し、プログレッシブ・ロックへのアプローチを開始。後に全盛を築くこととなるプログレッシブ・ロックバンドがデビューすらしていない時期からオーケストラとの競演や実験性に富んだ作品を生み出し、黎明期を作り上げたイギリスのバンドの72年7th。もはやプログレッシブ・ロックの全盛を待たずに円熟の域にすら達してしまった作品であり一聴して前作よりも平坦な印象を持ちますが、緻密に練られたアレンジと、ポップさに磨きがかかった珠玉のメロディーが溢れています。過去の作品には無かったカットアウトでアルバムは締めくくられ、メンバーはそれぞれのソロ活動へと移行。THE MOODY BLUESはしばらくの間休眠することとなります。
廃盤、紙ジャケット仕様、SHM-CD、デジタル・リマスター、ボーナス・トラック2曲、インサート入り、定価2667+税
盤質:傷あり
状態:
帯有
帯中央部分に色褪せあり、若干黄ばみあり、その他は状態良好です
69年のBBCセッションと69年10月のアメリカ公演を収録したライヴ・アルバム。
2枚組ボックス、各CDはペーパーケース仕様、オリジナル・ブックレットと日本製ブックレット付仕様、定価4369+税
盤質:傷あり
状態:良好
帯有
帯に若干折れあり
紙ジャケット仕様、帯元から無し、解説・情報シール・リーフレット付仕様、定価2200
盤質:全面に多数傷
状態:良好
帯-
軽微なスレあり、若干汚れあり、情報記載シール無し
紙ジャケット仕様、初回プレス限定ステッカー・ブックレット付仕様、デジタル・リマスター、定価2415
盤質:傷あり
状態:良好
帯無
帯無、若干スレ・軽微な汚れあり
CLUB47(KING CRIMSON COLLECTORS CLUB)
デジパック仕様、DVDオーディオ2枚組、NTSC方式、リージョンフリー、スリップケース・ブックレット付仕様(画像はスリップケースです)
盤質:傷あり
状態:並
1枚は無傷〜傷少なめ、1枚は傷あり、スリップケースに圧痕あり
盤質:傷あり
状態:良好
若干スレ・若干角潰れ・軽微な汚れあり
ギタリストRobert Frippを中心に結成され、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンの頂点に君臨し続けるグループ。プログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルを構成する要素の多くは彼らがロック・シーンに持ち込んだものであり、現在もなお数多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。1969年に発表されたデビュー・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』は、プログレッシヴ・ロックのスタート地点となった大名盤であり、プログレッシヴ・ロックを聴くならまずはこのアルバムからと断言できる作品です。メンバーはギタリストRobert Fripp、ベース・ヴォーカリストGreg Lake、ドラマーMichael Giles、管楽器に加えて鍵盤楽器(メロトロン)も担当するIan McDonald、そして作詞家Peter Sinfieldという布陣。「21世紀のスキッツォイド・マン」のオープニングから緊張感のある変拍子アンサンブルやユニゾン・フレーズが畳み掛け、「風に語りて」では牧歌的でありながら浮世離れした音世界を構築。“混沌こそ我が墓碑銘”の一節があまりに有名な「エピタフ (墓碑銘)」と、同じくリリックの幻想美に酔いしれる「ムーンチャイルド」を経て、メロトロンの洪水に溺れるシンフォニックな最終曲「クリムゾン・キングの宮殿」へ。“THE BEATLESの『Abbey Road』をチャート・トップから陥落させた”というエピソードの真偽はともかくとして、プログレッシヴ・ロック時代の幕開けを告げる衝撃的な作品であることは間違いありません。『クリムゾン・キングの宮殿』に触れずにプログレッシヴ・ロックを語ることは、まず不可能でしょう。
ロバート・フリップによる89年リマスター、定価2136+税
盤質:傷あり
状態:並
帯無
帯無、目立つケースツメ跡あり、軽微なカビあり
5HQCD+1DVD AUDIOの6枚組30cmLPサイズボックス、各CDは紙ジャケット仕様、帯・解説付仕様、ブックレット・オリジナルアートワークリーフレット・バッヂ・プロモ用写真レプリカ2種付仕様、DVDはNTSC方式・リージョンフリー、定価13000+税
盤質:傷あり
状態:良好
帯有
5枚は傷あり、軽微なスレあり
5HQCD+1DVD AUDIOの6枚組30cmLPサイズボックス、各CDは紙ジャケット仕様、帯・解説付仕様、ブックレット・オリジナルアートワークリーフレット・バッヂ・プロモ用写真レプリカ2種付仕様、DVDはNTSC方式・リージョンフリー、定価13000+税
盤質:傷あり
状態:良好
帯有
5枚は傷あり、ボックス内側に軽微な汚れあり
盤質:傷あり
状態:良好
ギタリストRobert Frippを中心に結成され、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンの頂点に君臨し続けるグループ。プログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルを構成する要素の多くは彼らがロック・シーンに持ち込んだものであり、現在もなお数多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。4thアルバム『アイランズ』を発表後に解散したKING CRIMSONですが、Robert Frippは新たなメンバーを探しKING CRIMSONを再始動。グループの最高傑作と名高い1972年の5thアルバム『太陽と戦慄』を世に送り出しました。メンバーはギタリストRobert Frippに加えて、ベース・ヴォーカリストJohn Wetton、ドラマーBill Bruford、パーカッション奏者Jamie Muir、ヴァイオリン奏者David Crossという布陣。本作は、確かな技巧を持ったミュージシャンたちによる最高品質の実験音楽作品であり、1曲目の「太陽と戦慄 パートI」と最終曲「太陽と戦慄 パートII」に象徴される、即興演奏を重視したメタリックなプログレッシヴ・ロックの大傑作となっています。また、2つの先鋭的な楽曲に挟まれた中盤の楽曲たちも素晴らしく、John Wettonのヴォーカルが冴えわたる「土曜日の本」や、最初期のKING CRIMSONサウンドが頭をよぎる「放浪者」、 ヘヴィーなギターとスキャットから始まる「イージー・マネー」 、Jamie Muirの話し太鼓(西アフリカの伝統的な太鼓の奏法)を曲名に冠した「トーキング・ドラム」と、どの楽曲も強烈な個性を持っています。ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックを聴くうえで、避けて通れない名盤です。
30TH ANNIVERSARY EDITION、デジタル・リマスター
盤質:無傷/小傷
状態:良好
ケースにスレあり
ギタリストRobert Frippを中心に結成され、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンの頂点に君臨し続けるグループ。プログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルを構成する要素の多くは彼らがロック・シーンに持ち込んだものであり、現在もなお数多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。6thアルバム『暗黒の世界』後にヴァイオリン奏者David Crossが脱退。3人体制となったKING CRIMSONは、1974年に7thアルバム『レッド』をリリースしました。メンバーは、ギタリストRobert Fripp、ベース・ヴォーカリストJohn Wetton、ドラマーBill Brufordという布陣。ゲストには、ソプラノ・サックス奏者Mel Collins、アルト・サックス奏者Ian Mcdonald、ヴァイオリン奏者David Cross、コルネット奏者Mark Charig、オーボエ奏者Robin Millerという旧メンバーあるいは過去作にもゲスト参加の経験を持つミュージシャンたちが迎えられています。その内容は、アルバムのオープニングを飾る「Red」から破壊的なギター・サウンドとアグレッシヴなリズム・セクションに驚愕する傑作。KING CRIMSON作品の中で最も素晴らしいバラード曲との呼び声も高い「堕落天使」、初期のKING CRIMSONサウンドをヘヴィーに再構築したような「再び赤い悪夢」、インプロヴィゼーションのライブ録音楽曲「神の導き」、抒情的なヴォーカルが印象的な前半部とギターやサックスが暴れまわる後半部から成る長尺曲「スターレス」と、全曲がプログレッシブ・ロック史に残る名曲です。本作のリリースをもって、KING CRIMSONは再び解散することとなりました。裏ジャケットに使われている、レッド・ゾーンに振り切れた音量メーターが、本作の狂暴な音楽性と当時のグループの状況を示唆しています。
紙ジャケット仕様、HDCD、デジタル・リマスター、初回プレス盤限定ステッカー付仕様、定価2500+税
盤質:傷あり
状態:良好
帯有
若干折れ・汚れ・若干スレあり
ロバート・フリップによる89年リマスター、ファミリーツリー付き仕様、定価2233+税
盤質:傷あり
状態:
帯有
若干スレあり、カビあり
廃盤希少、2枚組、ファミリーツリー付き仕様、定価3786+税
盤質:傷あり
状態:並
帯無
帯無、若干カビあり
ギタリストRobert Frippを中心に結成され、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンの頂点に君臨し続けるグループ。プログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルを構成する要素の多くは彼らがロック・シーンに持ち込んだものであり、現在もなお数多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。1974年に7thアルバム『レッド』を発表し、KING CRIMSONは解散。しかし、ソロ・ミュージシャンとして活動する中でバンドへの意欲が高まったRobert Frippは、ギター・ヴォーカリストAdrian Brew、ベーシストTony Levin、そしてドラマーBill Brufordと共にKING CRIMSONを再結成しました。アメリカ人ミュージシャン2名が加入した新生KING CRIMSONによる1981年の8thアルバム『ディシプリン』は、フリッパートロニクスと称されるギター・シンセサイザー、スティック・ベース、電子ドラムといった新しい楽器が導入され、音楽性も、アフリカン・ミュージック(ポリリズム)の民族色を取り入れたアプローチや、ミニマル・ミュージック、そしてニュー・ウェイヴやディスコ・ミュージックのような流行音楽にまで手を伸ばし新しいKING CRIMSONサウンドを生み出しています。『ディシプリン』はリリース当時こそ音楽性の変化が賛否両論を巻き起こしたものの、現在では『クリムゾン・キングの宮殿』や『太陽と戦慄』と並んでグループの傑作アルバムのひとつと言われる高い評価を受けています。
盤質:無傷/小傷
状態:良好
帯有
ギタリストRobert Frippを中心に結成され、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンの頂点に君臨し続けるグループ。プログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルを構成する要素の多くは彼らがロック・シーンに持ち込んだものであり、現在もなお数多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。1984年に発表された10thアルバム『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー』は、8thアルバム『ディシプリン』と9thアルバム『ビート』と同一メンバーにて制作されました。メンバーは、ギタリストRobert Fripp、ギター・ヴォーカリストAdrian Brew、ベーシストTony Levin、そしてドラマーBill Brufordという布陣。本作は、KING CRIMSONのスタジオ・アルバムの中ではあまり目立たない存在かもしれません。その理由は、契約履行のために作ったアルバムという印象が強いことや、Adrian Brewのポップ・センスに寄せた出来になっていることなどが挙げられるでしょう。確かにアルバム前半には分かりやすいヴォーカル・ナンバーが収録され聴き手を困惑させるかもしれませんが、後半ではKING CRIMSON版インダストリアル・ロックとでも名付けたくなるようなインストゥルメンタルが配置されています。もちろんインプロヴィゼーションもフィーチャーされており、最終楽曲のタイトルは、なんと「太陽と戦慄 パートIII」。Robert Fripp本人も本作に対してはポジティブな感想を持っていないようですが、8thアルバム『ディシプリン』からの一連の流れを知る意味で、チェックしておきたいアルバムでしょう。
紙ジャケット仕様、デジタル・リマスター、ボーナス・トラック5曲、ブックレット・ステッカー・内袋付仕様、定価2625
盤質:傷あり
状態:良好
帯無
帯無、若干汚れ・若干圧痕・軽微な色褪せあり
ギタリストRobert Frippを中心に結成され、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンの頂点に君臨し続けるグループ。プログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルを構成する要素の多くは彼らがロック・シーンに持ち込んだものであり、現在もなお数多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。1980年代に『ディシプリン』『ビート』『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー』を発表し活動を休止したKING CRIMSONの次なるリリースは、94年のミニアルバム『ヴルーム』。この時期のKING CRIMSONは
ギタリストRobert FrippとAdrian Brew、ベーシストTrey GunnとTony Levin、ドラマーPat MastelottoとBill Brufordという布陣から「ダブルトリオ期」と呼ばれています。本作は、95年のフル・アルバム『スラック』へのウォーミング・アップのような意味合いの作品であり、事実6曲中4曲がアルバム用にリミックスされ『スラック』にも収録されています。内容は、7thアルバム『レッド』に通じるヘヴィーな楽曲を中心としており、KING CRIMSONの進化はまだまだ続くと確信させられる出来栄えです。
紙ジャケット仕様、初回プレス限定ステッカー付仕様、デジタル・リマスター、定価2300+税
盤質:無傷/小傷
状態:並
帯無
帯無、軽微なカビあり
ギタリストRobert Frippを中心に結成され、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンの頂点に君臨し続けるグループ。プログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルを構成する要素の多くは彼らがロック・シーンに持ち込んだものであり、現在もなお数多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。1980年代に『ディシプリン』『ビート』『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー』を発表し活動を休止したKING CRIMSONは、94年に久々の新作となるミニアルバム『ヴルーム』を送り出し、翌95年には『ヴルーム』の楽曲を含むフル・アルバム『スラック』を発表しました。この時期のKING CRIMSONはギタリストRobert FrippとAdrian Brew、ベーシストTrey GunnとTony Levin、ドラマーPat MastelottoとBill Brufordという布陣から「ダブルトリオ期」と呼ばれています。内容は、冒頭の「ヴルーム」を聴いただけで7thアルバム『レッド』の衝撃がよみがえるような、強烈なヘヴィー・プログレッシヴ・ロックとなっています。Robert Frippは、新たなKING CRIMSONの音楽性を「ヌーヴォ・メタル (Nuovo Metal)」と標榜しました。
紙ジャケット仕様、HDCD、デジタル・リマスター、定価2345
盤質:傷あり
状態:良好
帯無
帯無、側面部に色褪せあり
DGM96042(DISCIPLINE GLOBAL MOBILE)
デジパック仕様、ブックレット・ポスター付き仕様
盤質:全面に多数傷
状態:
盤に曇りあり、小さい破れあり
紙ジャケット仕様、2枚組、デジタル・リマスター、定価3675
盤質:傷あり
状態:良好
帯有
帯中央部分に軽微な色褪せあり、初回プレス限定の「THE COLLECTORS KING CRIMSON SAMPLER VOL.3」(5曲入り)付属
紙ジャケット仕様、2枚組、デジタル・リマスター、定価3500+税
盤質:傷あり
状態:並
帯有
帯中央部分に色褪せあり、カビあり、盤に軽微な曇りあり
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