2015年12月25日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
タグ: プログレ
本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
音楽シーンの中にはそのジャンルを問わず、自身のリーダー・グループに加え、複数のサイド・プロジェクトを同時進行で動かしながら柔軟な活動を展開する才能を持ったミュージシャンが存在しますが、そこには以下のような動機があると考えられます。ひとつは、社交性と好奇心の強さから様々なミュージシャンと交流を持ち、メインのプロジェクトとは全く別なものとしてサイド・プロジェクトを捉え、自身とは異なる個性を持ったミュージシャンとの関わりによって音楽性に新鮮な化学変化を起こさせようとするケースであり、もうひとつは、あくまでも自身の中に複数の方向性が分裂して存在しており、その音楽的な多様性を収める受け皿として別なアーティスト・ネームや、それに応じたミュージシャン人脈がそれぞれ必要になるというケースです。あるいは、自身がリーダー格でない場合には、メイン・グループでは主導権を持たず堅実に役割をこなし、サイド・プロジェクトで自身の音楽を追求するというケースもあるかもしれません。
プログレッシブ・ロック・シーンにおいて、関連プロジェクトの数を基準に考察した場合いくつかのミュージシャンの名前を挙げることが出来ますが、その最も象徴的な例は1970年代からスウェーデンのシーンを牽引し続けてきたRoine Stoltでしょう。70年代にKAIPAのメンバーとして登場し、90年代にはTHE FLOWER KINGSを結成しプログレッシブ・ロック・リヴァイヴァルの一翼を担い、新世紀以降においても様々なプロジェクト(TRANSATLANTIC / TANGENT / AGENTS OF MERCY / 3RD WORLD ELECTRICなど)を成功させてきた彼の存在は、THE FLOWER KINGSのファミリー・グループたちと併せて、ユーロ・プログレッシブ・ロック史を語る上で非常に重要なものです。またその他には、例えばイタリアから90年代にFINISTERREのメンバーとしてデビューし、現在ではイタリアン・プログレッシブ・ロックの最重要人物との評価を獲得しているFabio Zuffanti(HOSTSONATEN / LA MASCHERA DI CERA / LAZONA / ARIES / ROHMERなど)などのミュージシャンたちが、多くのプロジェクトを抱えながらワーカホリックな活動を展開し、多くの話題を提供し続けてきました。
前述のように、現在のプログレッシブ・ロック・シーンではひとつふたつのサイド・プロジェクトを掛け持つミュージシャンの存在が珍しくありませんが、そういったミュージシャンたちは比較的プログレッシブ・ロックの優良生産国に多い印象があります。これは、同じジャンルで活動するグループの数が多い国であるほど、ミュージシャン同士の人脈が広がる可能性があることを考えれば自然なことですが、そういった意味では、ウクライナ出身であるAntony Kaluginの活躍は多くのプログレッシブ・ロック・ファンにとって予想外の出来事だったのではないでしょうか。個人名義による2001年のソロ作を経て、2006年にシンフォニック・ロック・グループKARFAGENのリーダーとしてシーンに登場したAntony Kaluginは、プログレッシブ・ロック専門レーベルCaerllysi MusicのオーナーであるWill Mackieと結成したHOGGWASH(2007年)、多くのウクライナ人ミュージシャンを迎えたSUNCHILD(2008年)、そしてニューエイジ・ミュージックの方向性を強く感じさせるANTONY KALUGINS KINEMATICS ORCHESTRA(2013年)といったサイド・プロジェクトを次々に立ち上げ素晴らしい活躍を見せています。
大きく3つのパートから構成された大作主義的な楽曲を従え2011年にリリースされたKARFAGEN名義の4作目である『Lost Symphony』は、ウクライナというロック後進国出身ミュージシャンによって編み上げられた高水準なシンフォニック・ロック・アルバムとして、世界中のファンから高く評価されました。Antony Kaluginがプロデュースする作品群に耳を傾ける際の重要なポイントは、彼が個人名義のデビュー・アルバムである2001年作『The Water』から一貫して、オーストリアのGANDALFが引き合いに出されるようなニューエイジ・ミュージックの音楽性を追求してきたということでしょう。その方向性は初期のKARFAGEN作品からも感じ取ることが出来ます。しかし、HOGGWASHやSUNCHILDでの活動を通して積み重ねた経験とミュージシャン人脈(ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、フルート、オーボエ、バスーン奏者ら)を積極的にメイン・グループであるKARFAGENに投入した本作では、彼の源流と言える、繊細な美意識に彩られた瑞々しいシンフォニック・ロックの色合いはそのままに、ダイナミズムに溢れた重厚なバンド・アンサンブルが覚醒し、両者が理想的な調和を見せるサウンド・スタイルを構築しているのです。もちろん初期作から個性を放ち続けてきたバヤン(ロシアのボタン式アコーディオン)によるノスタルジックな響きや、ニューエイジ・ミュージック直系のシネマティックなシンセサイザー・サウンドといった象徴的な音色も健在であり、まさにAntony Kaluginの集大成と言える魅力的な内容に仕上げられています。
サイド・プロジェクトを持ち、そこで培った経験をメイン・グループに反映させるという方法論はグループの成長を促すために効果的ですが、それぞれのプロジェクトが密接に関わり合う相互作用という点はもちろん、プロジェクト同士に優劣を感じさせないという点においてもAntony Kaluginのプロジェクト群は非常にユニークに映ります。彼自身は音楽面だけでなくジャケット・アートも製作するなどマルチな才能を持っており、その多才ぶりに驚きを隠せませんが、それと同時に、彼の作り出す音楽からは創造における「他者の存在」の重要性が伝わってくるのです。
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