2016年8月26日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
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本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
南米プログレッシブ・ロック・シーンにおいて、ブラジルやアルゼンチンが1970年代から優れたグループを輩出してきたのに対し、新世紀を迎えて以降、急速に重要生産国へと発展を遂げた印象を持つのがチリです。同国では、フォルクローレ・スタイルのプログレッシブ・ロックを奏でるLOS JAIVASを筆頭に、フォーク・ロックの牧歌性が素晴らしいBLOPS、荘厳な混声合唱を導入したクラシカル・ロックの名盤で知られるCONGRESOなどのグループたちが活躍し70年代のシーンを盛り上げてきましたが、現在は、プログレッシブ・ロック専門レーベルMylodon Records関連アーティストたちの活躍が目立ちます。主にスペイン語圏のプログレッシブ・ロック作品を扱う同レーベルからは、新世紀の同国を代表するミュージシャンたち(ENTRANCEのキーボーディストJaime Rosasや、SUBTERRA、SETI、TAURUSといったプロジェクトで活動を行うキーボーディストClaudio Mombergなど)に加え、チリ以外で活動するグループたちも作品をリリースしてきました。ところで、シンフォニック・ロック・グループに注目が集まりがちなプログレッシブ・ロック・シーンではありますが、今回は80年代のチリに登場したジャズ・ロック・グループの話題から始まります。
80年代前半、SANTIAGO DEL NUEVO EXTREMOというジャズ・フュージョン・グループに参加していたメンバー(管楽器奏者Cristian CrisostoやキーボーディストJaime Vivancoら)によって、音楽の実験を目的に新しいグループが結成されました。当時の彼らはグループ名を「MEDIABANDA」と名乗っていましたが、女性ヴォーカリストArlette Jequierを含めたメンバーが補強されると87年にFULANOとしてアルバム・デビューを果たします。彼らの作風がいかにユニークなものであったかは、彼らが影響を受けたアーティストたちの名前を聞けば一目瞭然でしょう。WEATHER REPORTに代表されるジャズ・フュージョン、アメリカの鬼才Frank Zappaやブラジル音楽の重鎮Hermeto Pascoalといった先進的なアーティストたち、あるいは70年代末のヨーロッパに広がったアヴァンギャルド・ミュージック・ムーヴメントであるRock In Opposition、そしてフランスのMAGMAが提唱したZeuhl Musicなどから影響を受け、彼らは前衛精神に富んだ複雑な楽曲構成のジャズ・ロック作をリリースしていったのです。2003年、主力メンバーのひとりであったJaime Vivancoの死去に伴いFULANOは活動を終了させ、2004年のライブ作を最後に解散しましたが、25周年となる2009年にグループが再編され、30周年のステージを経た2015年には新作『Animal En Extincion』がリリースされています。
さて、そんなFULANOの個性を引き継ぐのが2004年にアルバム・デビューを飾ったMEDIABANDAです。前述のように、MEDIABANDAを名乗っていたミュージシャンたちが活動を本格化するに当たり、新たなメンバーを迎えFULANOが結成されたという経緯があるわけですが、レコード・デビューの時期とメンバー編成で考えれば「FULANOの後身グループ」という解釈でも誤りはないでしょう。事実、Cristian CrisostoとArlette Jequierを中心に10人を超える大所帯で結成された新生MEDIABANDAには、73年のチリ・クーデターに端を発したアウグスト・ピノチェトによる軍事独裁を経験した世代と、民政移管以降の新しい世代が混在しており、80年代のオリジナルMEDIABANDAとは全く異なるグループへと変貌を遂げています。政治思想や社会問題といった現実的なテーマをコンセプトに選びながらも、ユーモアを感じさせる彼らの作風は国内の音楽ファンに歓迎され、芸術促進を目的とした国立の助成金を獲得。「年間最優秀アーティスト賞」や「最優秀新人賞」などを受賞し、ヨーロッパ・ツアーも経験しました。
2枚組のボリュームとなった2007年のセカンド・アルバム『Dinero Y Terminacion Nerviosa』、そしてFULANO時代から活躍してきたArlette Jequierの脱退を経て2010年にリリースされたのがサード・アルバムとなる本作『Siendo Perro』です。Arlette JequierはFULANO時代から、イタリアのバルカン・ロック・グループAREAのヴォーカリストDemetrio Stratosとの比較も納得のパワフルなヴォーカルでファンを圧倒し、表現力、テクニック共に非常に高いレベルのアーティストであったわけですが、本作ではCristian CrisostoとArlette Jequierの娘であるRegina Crisostoがフロントを務め、こちらも素晴らしいパフォーマンスを発揮しています。これまでの作品と比べてコンパクトな印象を持つアルバムとなった本作ですが、彼らがFULANOから受け継いだ特異な音楽性は揺らぐことがありません。通常、彼らの音楽的なバックグラウンドから予測するならば、「軽やかなジャズ・フュージョン、あるいはスラップ・ベースが炸裂するファンク・ミュージックといった南米グループらしいアプローチを披露する一方で、前述のアヴァンギャルドな音楽性を有していたミュージシャンたちからの影響が巧みに織り込まれた、一筋縄ではいかないプログレッシブ・ロック」となるはずです。しかし、そうして仕上げられたプログレッシブ・ミュージックを、各メンバーの技巧によってシニカルに「解体」していく痛快なプロセスこそが、彼らが「構築」する音楽なのではないでしょうか。これが、FULANO時代から彼らのサウンド・メイクに一貫して見られる、ブレーキが利かなくなるような印象の要因なのでしょう。また本作では、イギリスのカンタベリー・ロックを彷彿とさせる、エレクトリック・ピアノなどの音色が幅を利かせたサウンド・メイクが特徴であった前作までとは異なり、ギター・サウンドを押し出したへヴィー・ロックの音作りが目立つことなど、グループの新たな方向性も提示されています。
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