2019年8月27日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
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本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
音楽シーンにはしばしば、複数の楽器を扱う能力を持った「マルチ・プレイヤー」と呼ばれるミュージシャンが登場します。最もポピュラーなのは、ギタリスト(弦楽器)がベーシスト(弦楽器)を兼任するようなパターン、つまり奏法などに共通点を持つ「同じ分類の楽器」をプレイするケースです。1970年代のブリティッシュ・プログレッシブ・ロックにおいては、EMERSON, LAKE & PALMERのGreg LakeやGENESISのMike Rutherfordなどが最たる例でしょう。ただし、上記のような「同じ分類の楽器」を扱うミュージシャンよりも「異なる分類の楽器」を扱うミュージシャンのほうが聴き手に強い印象を残すため、上記のGENESISで言えばキーボーディストでありながらアコースティック・ギターもプレイするTony Banksのほうが、より「マルチ・プレイヤー」という呼び名には相応しいのかもしれません。「異なる分類の楽器」を操るミュージシャンとしては他に、KING CRIMSONのIan McDonaldやJETHRO TULLのIan Anderson、あるいはCAMELのAndrew LatimerやU.K.のEddie Jobsonなどの名前も浮かびます。
カバーする楽器の数(種類)、そして、楽曲における演奏面での占有率も「マルチ・プレイヤー」を評価する上で重要なポイントとなるでしょう。プログレッシブ・ロック・シーンにおける最も有名な「マルチ・プレイヤー」は73年の傑作『Tubular Bells』を生み出したイギリスのMike Oldfieldですが、彼が「マルチ・プレイヤー」の代表格と評される所以は、扱う楽器が弦楽器、管楽器、鍵盤楽器、鍵盤打楽器、打楽器と多岐に渡っていたことに加えて、楽曲を構成する多くのパートが彼ひとりの手によって演奏されていたことにあります。複数の楽器を操る能力に恵まれた「マルチ・プレイヤー」から、自らの演奏のみで楽曲の骨組みを構築したいという欲求が生まれるのは自然なことでしょう。70年代当時には、マルチトラック・レコーダーを用いた多重録音(オーバー・ダビング)の技術が、そういった「マルチ・プレイヤー」たちの願望を実現させていました。そして、新世紀を迎えた音楽シーンにおいては、ハードディスク・レコーディングの普及やデジタル・シンセサイザーの機能向上などによって、自己完結型のレコーディング・スタイルがさらに身近なものとなっています。
2000年以降のプログレッシブ・ロック・シーンにおいても、例えばイギリスのTIGER MOTH TALESやオランダのCHRIS、あるいはスウェーデンのFREDDE GREDDEなど世界各国から素晴らしいサウンドを聴かせる「マルチ・プレイヤー」たちが登場し続けていますが、そんな中から今回は、オーストラリアのミュージシャンBen Cravenを取り上げます。自らを「Cinematic Progressive Rock Singer Songwriter」と紹介するブリスベン出身のBen Cravenは、PINK FLOYDやYESといった70年代の代表的なプログレッシブ・ロック・アーティストたちから影響を受け、ギターやキーボードを独学で習得。アマチュア・グループでの音楽活動などを通して経験を積んでいきました。2006年、彼はソロ・ユニットTUNISIA名義でファースト・アルバム『Two False Idols』を発表。一部にプログラミングを用いながらも全ての楽器を自身がプレイした同作は堂々とした出来栄えであり、メロディアス且つダイナミックなプログレッシブ・ロックを披露しました。そして同年、ライブEP『Under Deconstruction』のフリー・ダウンロード配信を経て、彼は2作目のレコーディングへと取り掛かっていったのです。
さて、Ben Cravenにとって出世作となったのが2011年に発表された本作『Great & Terrible Potions』です。ソロ・ユニット名義であった前作とは違って今回はソロ・アーティスト名義を選択しているものの、位置づけとしてはセカンド・アルバムという認識で問題はないでしょう。スタイルにも大きな変更はなく、前作と同様にプログラミングを用いながら全ての楽器を自身がプレイする形でレコーディングが行われています。YESやASIAの作品群を手掛けたことで知られるRoger Deanがアートワークを提供していることからも、本作に対する思い入れが伝わってくるでしょう。
Ben Cravenの音楽性は、マルチ・プレイによる力強いバンド・サウンドとソフトウェア音源と思われる本格的なオーケストレーションが混ざり合うシンフォニック・ロックであり、SEBASTIAN HARDIEやANUBISを輩出したオーストラリアならではの雄大な音世界を描きます。本作には12の楽曲が収められていますが、最後の3楽曲は本編収録楽曲のショート・バージョン(Single Edit)となっており、ヴォーカル部分を強調。上記のように、彼がシンガー・ソングライター志向を強く持ったミュージシャンであることが分かるでしょう。プログレッシブ・ロック・シーンにおいては、これまでにも「マルチ・プレイヤー」が素晴らしい作品を送り出してきましたが、Ben Cravenのようにサポート・ミュージシャンを一切擁することなくレコーディング、ミックス・ダウン、マスタリングに至る全ての工程をこれほどのクオリティーで仕上げてきた前例はあったでしょうか。Ben Cravenによる本作『Great & Terrible Potions』は、ソロ・アーティストのスタジオ・アルバムに対する偏見を払拭するに充分な完成度を誇ります。
自らの演奏のみでサウンドを構築するメリットとしては、ミュージシャン同士の対立を回避することが出来ることやスケジュールに関して融通が利くこと、そして何より、他者と譲り合うことなく自身の美意識を楽曲に反映することが出来ることが挙げられます。しかしそれは、裏を返せば音楽的な化学変化が期待しづらいことや自己管理が強く求められこと、そして自己満足的なサウンドに陥る危険性を孕んでいるということでもあります。自己完結型の創作活動にトライする場合に必要なのは、自らを客観視し適切な判断を下していくというセルフ・プロデュース能力であり、Ben Cravenはこの点に関して非常に優れたセンスを持つミュージシャンであると言えるでしょう。
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