2016年12月23日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
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本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
西洋音楽史について語る場合には、ヴィヴァルディやバッハ、ヘンデルなどの作曲家が登場するバロック音楽の時代を始点とすることが多いでしょう。もちろんそこには「四季」や「トッカータとフーガ」、「メサイア」や「王宮の花火の音楽」といった聴き覚えのある楽曲が並びます。これは、バロック音楽の時代に調性(長調と短調)の確立、ポリフォニー(対位法)からホモフォニー(和声)への移行、あるいはオペラの誕生、器楽曲の発展といった近代・現代の音楽に通じる作法の基礎が築かれたためですが、一方でバロック以前、例えば中世・ルネサンス音楽の時代まで遡ると、一般には馴染みのない作曲家や楽曲が多く見受けられるでしょう。例えばルネサンス音楽史の場合、ギヨーム・デュファイらブルゴーニュ楽派が台頭した前期、ヨハネス・オケゲムやジョスカン・デ・プレらフランドル楽派が活躍した中期、そして「教会音楽の父」と呼ばれるパレストリーナが対位法を極限まで高めた後期と順を追っても、その作品のほとんどは一般的な音楽リスナーにとって聴き慣れないもののはずです。当然ながらルネサンス音楽以前、中世音楽の時代に関しても同様のことが言えるでしょう。しかし、ロック・ミュージックに様々な音楽ジャンルの特徴を取り込むことによって形を成したプログレッシブ・ロック・シーンには、中世・ルネサンス音楽から強い影響を受け、専門の知識と技術を習得したアーティストたちも活動しています。その代表的な存在が「古楽ロック」と評される音楽性を持つイギリスのGRYPHONでしょう。
王立音楽院出身ミュージシャンであるRichard HarveyとBrian Gullandを中心として1971年に結成されたGRYPHONは、73年にデビュー・アルバムをリリースし、音楽シーンに登場しました。初期の彼らの作風は、クルムホルンやリコーダーなどの古楽器を中心に聴かせるアコースティックなものであり、宮廷音楽のような格調高さと、同時にトラディショナル・フォークのような味わい深さを感じさせていました。その後、彼らはリズム・セクションの強化やシンセサイザーの採用などによってプログレッシブ・ロックらしいサウンドを聴かせるグループへと変貌していくのですが、その背景には、彼らがブリティッシュ・プログレッシブ・ロックのトップ・グループであるYESのコンサートでオープニング・アクトを務めていたことが関係していたと考えられています。現在でも彼らの存在は「YESの弟分」というようなニュアンスで語られることが少なくなく、特にグループの最終作となった77年作『Treason』は、全編にYESからの影響を感じさせつつ古楽とロック・アンサンブルを同居させた名盤として高い評価を獲得しています。
さて、GRYPHONのように特殊な作風を持つグループの場合、直接的な影響を感じさせるフォロワーよりも、例えば楽曲に古楽器をアクセントとして加えた結果、GRYPHONに通じるサウンドが形成されたというようなケースが多いことでしょう。そんな中、直系フォロワーと呼ぶに相応しいグループがギリシャから登場しました。フルートやリコーダーも演奏するキーボーディストNicolas Nikolopoulos、ギタリストYorgos Mouchos、そして女性ヴォーカリストEvangelia Kozoniを中心として2005年にアテネで結成されたのがCICCADAです。彼らはブリティッシュ・プログレッシブ・ロックからの強い影響を公言しており、GRYPHONはもちろんのこと、フルート・ロックの代表格グループJETHRO TULL、アカデミックな方向性が伺えることなどGRYPHONとの共通点も多い技巧派グループGENTLE GIANT、カンタベリー・ロックの象徴的な存在であるHATFIELD AND THE NORTH、そしてYESのキーボーディストRick Wakemanが参加していたことで知られるフォーク・ロック・グループSTRAWBSなどの名前を挙げています。
イタリアの専門レーベルAltrock Productionsから2010年にリリースされた本作『A Child In The Mirror』は、同レーベルの関連人脈を含む多数のサポート・メンバーたちのバックアップによって製作されました。各楽曲にはチェロ、サックス、クラリネット、トランペット、フレンチ・ホルンといった管弦楽器奏者が参加していますが、その中にはイタリアン・チェンバー・ロック・グループYUGENのメンバーらも含まれているようです。また、CICCADAは専任ドラマーを伴わない編成でデビューを飾ったため、本作ではイタリア屈指の技巧派ジャズ・ロック・グループD.F.A.のドラマーAlberto De Grandisが全編をサポートしています。冒頭から耳を奪われるのは中心メンバーたちによる繊細なアンサンブルの妙技であり、Nicolas Nikolopoulosによるリコーダーやフルート、Yorgos Mouchosによるアコースティック・ギターの繊細な調べ、そしてEvangelia Kozoniの幽玄なヴォーカルに耳を傾けていると、中世音楽の優美とトラディショナル・フォークの素朴な味わいが交差するサウンド・メイクにこそ彼らの源流を見つけることが出来るはずです。彼らがリズム・セクションを伴わないグループとして活動を開始したことにも納得させられてしまうことでしょう。もちろんバンド・サウンドの側面から考察しても、例えばメロトロン・サウンドとラウドなギターが主張する、スウェーデンのANEKDOTENやANGLAGARDに通じる鬱屈としたセクションが登場するなど、コントラストを演出するための巧みな仕掛けが施されていることが分かります。
CICCADAは、GRYPHONの古楽スタイルを筆頭に、チェンバー・ロック、カンタベリー・ロック、フォーク・ロックなど複数の音楽的な側面を持ち、さらにメロトロン・サウンドや女性ヴォーカルといったポイントまで押さえた音作りを駆使した本作によって、世界中のプログレッシブ・ロック・ファンを様々な角度から唸らせました。音楽ジャンルを問わず、高い評価を獲得する作品はいつの時代も聴き手に様々な視点を与えるということでしょう。
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ギリシャはアテネ出身、女性ヴォーカル、男性フルート/Key奏者、男声ギタリストによるトリオ、2010年デビュー作。グリフォンやジェントル・ジャイアントから影響を受けているようで、艶やかなヴァイオリン、ミスティックでいて気品に満ちたフルートやリコーダーが彩る、クラシカルかつトラディショナルな優雅さに、ゲスト参加した現代イタリアが誇るチェンバー・ロック・バンドYUGENのKey奏者やD.F.A.のドラマーによるチェンバー・ロック/プログレのエッセンスが加わったサウンドは、圧倒的に瑞々しく幽玄。紅一点エヴァンゲリアの澄み切ったハイ・トーンのヴォーカルも絶品です。これは至高の一枚!
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