2016年1月22日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
タグ: プログレ
本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
ひとつの国の中で、ある特定の地域が歴史的な背景などを理由に独自の文化を形成し注目を集めることがありますが、プログレッシブ・ロックにおいてもその事例は存在します。最も広く知られているのは「スペインのバスク」や「カナダのケベック」であり、これらの地域から登場したアーティストたちは、同国の他地域からリリースされる作品とは一線を画す個性的な作風を示し、多くのファンに愛されてきました。ちなみに、特定の地域が特別視される例として「イギリスのカンタベリー」が思い浮かぶこともあるかもしれませんが、カンタベリー・ロックの場合にはあくまでも、カンタベリー出身のグループが枝分かれしたことによって関連グループが誕生した人脈の視点で捉えることが一般的ですから、今回の例には該当せず、むしろイギリスならば「ケルト国」の文化を色濃く残すウェールズやアイルランドなどのほうが、テーマとしては適切かもしれません。
スペインとフランスに複数の領域を持つバスク地方の中で、スペインのバスクは1936年に自治政府を樹立するも、スペイン内戦でナチス・ドイツの援護を受けたフランシスコ・フランコ率いる反乱軍に敗れ亡命政府となり、フランコ政権下においてはバスク語の使用やバスク国旗の掲揚を禁止された歴史を持ち、フランコ死去に伴う30年にも及ぶ独裁体制の終焉と「スペイン1978年憲法」の制定によって、強い自治権を獲得するに至りました。フランコが死去した75年、フランス領バスクを流れるニーヴ川(バスク語ではエロビ川)をグループ名に冠したERROBIのデビュー・アルバムがリリースされ、ElkarやXoxoaといったバスク・ミュージックの専門レーベルから堰を切ったように、後にプログレッシブ・ロックとして取り上げられることになるグループたち(ITOIZ / IZUKAITZ / ITZIAR / HAIZEA / LISKER / ENBORなど)がデビューしていったのです。牧歌性や神秘性を纏った上記のグループたちのサウンドは、フラメンコ・ロックに代表される熱情型のスパニッシュ・プログレッシブ・ロックとは明らかに異なる魅力を放っています。
一方カナダのケベックは、フランス植民地時代を経て18世紀の七年戦争(フレンチ・インディアン戦争)によりイギリス領となった背景があり、同国では英語とフランス語が公用語とされる中、フランス語のみが公用語とされてきました。70年代のカナディアン・プログレッシブ・ロック・シーンにおいては、RUSHをはじめとするグループたちがスタイリッシュな音作りを提示していた一方で、ケベックのグループたち(MANEIGE / HARMONIUM / OPUS 5 / POLLEN / ET CETERA / MORSE CODEなど)がヨーロピアンなサウンド・メイクを披露しており、むしろケベックを中心に同国のシーンが展開されてきたような印象すら持つでしょう。ケベックからは90年代以降も、例えばメンバーのヴォーカリストがブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの大御所であるYESの2011年作『Fly From Here』に参加したことで飛躍的に知名度を上げたMYSTERY(専門レーベルUnicorn Digitalも運営)を筆頭に優れたプログレッシブ・ロック・グループたちが登場しています。
さて、新世紀以降のケベック・シーンにおいてもいくつかのグループたち(DIRECTION / ERE G / RED SAND / QWAARN / JELLY FICHEなど)がデビューを飾っていますが、2002年に登場したシンフォニック・ロック・グループSENSEのギタリストであるStephane Desbiensの活躍には目を見張るものがあるでしょう。RED SANDやQWAARNのアルバムにも関わり、2005年に女性ヴォーカリストを擁したサイド・プロジェクトMELIA、さらに2006年にはSENSEのメンバーをサポートに擁したソロ・プロジェクトTHE D PROJECTを立ち上げた彼は、カナディアン・プログレッシブ・ロックの重要アーティストへと急成長を遂げました。
2007年にリリースされたSENSEの4作目となる本作『Going Home』は、フレンチ・カナディアン・バンドとしてのグループの強みが存分に発揮された作品であり、その音楽性はケベック・シーンにおける前述の古典的グループたちからの系譜を感じさせるものとなっています。Stephane DesbiensはSENSEの後身となるTHE D PROJECTにおいて、ブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの代表格であるPINK FLOYDのサウンド・エンジニアとして名を馳せたAndy Jacksonを製作陣に迎えるなど、自らの作風に意図的なブリティッシュナイズを施すことによって「本場」のサウンド・メイクを手中に収め、THE D PROJECTをシーンのトップ・グループへと押し上げることに成功しました。しかし、(本格的な音色に憧れを抱いた多くの先人たちがそうであったように)ブリティッシュナイズと引き換えに彼らが手放したケベック・グループとしての個性があったこともまた事実でしょう。SENSE名義の本作には、タイトなバンド・アンサンブルとアコースティックな空気感が絶妙なコントラストを放つ音世界の中に、屈折したフレーズ・メイクとジェントリーなメロディーを同居させるというケベックの独自性が刻み込まれているのです。なお、ゲストにはイギリスの新世代シンフォニック・ロック・グループWILLOWGLASSのキーボーディストが参加し、メロトロン・サウンドを用いてヴィンテージな質感の演出に貢献しています。
SENSE本体を引き入れる形となったTHE D PROJECTは、現在ではケベックのロック・フェスティバルにおいてネオ・プログレッシブ・ロックの象徴であるイギリスのMARILLIONと共演を果たすなど大きな成長を遂げており、ヨーロッパのグループたちに引けを取らない活躍を見せています。しかし、前身であるSENSEのサウンドにもまた、ケベックの特殊な歴史事情が反映された、優劣を付けることの出来ない魅力があったのです。
「netherland dwarf のコラム『rabbit on the run』連動 ケベック産プログレッシブ・ロックの1970年代」を読む
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