2019年6月28日 | カテゴリー:「rabbit on the run」 netherland dwarf,ライターコラム
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本連載では「ミュージシャンの視点からプログレッシブ・ロック作品を捉える」ことに重点を置き、フランスのプログレッシブ・ロックレーベルMusea Recordsからシンフォニック・ロックアルバムでデビューを果たしたnetherland dwarfが、同じ時代を生きる世界中の素晴らしいプログレッシブ・ロックアーティストたちの作品を、幅広くご紹介します。「ミュージシャンの視点」とは言っても、各コラムは平易な文章で構成されていますので、楽器が弾けない、専門用語は分からないという場合でも、心配せずにご覧下さい。
21世紀のメキシカン・プログレッシブ・ロックと言えば、やはりへヴィー・シンフォニック・ロック・グループCASTの印象が強いことでしょう。結成を1978年まで遡るCASTは、94年のデビュー・アルバム『Landing In A Serious Mind』から驚異的なペースでスタジオ・アルバムを量産し注目を集め、そのパワフル且つコンストラクティブなサウンドを武器に南米プログレッシブ・ロックの頂点へと出世を遂げました。しかし、同国ではCAST以外にも素晴らしい音楽性を持ったプログレッシブ・ロック・アーティストたちが地道な活動を展開しています。今回は、首都メキシコシティで2007年に結成されたシンフォニック・ロック・グループGOVEAを取り上げます。
GOVEAは、キーボーディストSalvador Govea、ベーシストLuis Arturo Guerrero、そしてドラマーVictor Baldovinosによって結成されたキーボード・トリオ編成のグループです。キーボーディストSalvador Goveaは国内の音楽院で教鞭を執る傍らオルガン奏者としても活動する人物であり、94年、エスノ・フュージョン・グループSIMILARES Y CONEXOS(2003年にGALLINA NEGRAと改名)に加入。99年作『De Flora Y Fauna』に関わりました。彼がGOVEAを結成するきっかけとなったのは、CASTと並ぶメキシカン・プログレッシブ・ロックの代表格グループICONOCLASTAへの参加であり、2001年から2004年まで活動。Salvador Govea在籍時のICONOCLASTA作品としては、フランスのプログレッシブ・ロック・フェスティバルCrescendo 2001に招かれた際のパフォーマンスを収録した2002年作『Live In France』が残されました。ICONOCLASTAを脱退後、Salvador GoveaはベーシストErnesto Mendoza 、そしてICONOCLASTAのドラマーVictor Baldovinosと共にGOVEA-MENDOZA-VALDOVINOSを結成するも、間もなくErnesto Mendozaが離脱。グループは新たなベーシストLuis Arturo Guerreroを迎え、名称をGOVEAに改めました。ちなみに、ドラマーVictor BaldovinosはICONOCLASTAのオリジナル・メンバーであると同時に、同郷DELIRIUMの「未発表のファースト・アルバム」に参加していた人物です。DELIRIUMは85年に『Delirium』をリリース(CD化に際し『Primer Dialogo』とタイトルを変更)したシンフォニック・ロック・グループですが、『Delirium』以前の84年に録音されていた「未発表のファースト・アルバム」が97年に蔵出しされ、『El Teatro Del Delirio』のタイトルで発表されています。
2007年に活動を開始したGOVEAは2009年、デビュー・アルバム『Danza Urbana』を自主レーベルから発表しました。イギリスのEMERSON, LAKE & PALMERやイタリアのLE ORME、あるいはドイツのTRIUMVIRATといったアーティストたちをフェイバリットに挙げていることからも分かる通り、GOVEAの音楽性はクラシカルなタッチのキーボード・ロックをベースとしていますが、最も共通点を見出すことが出来るのはLE ORMEでしょう。構造重視の作曲スタイルや近現代音楽的なアプローチ、あるいはミステリアスな浮遊感を持ったキーボード・サウンドや不穏な空気を伝えるバンド・アンサンブルなどはLE ORMEの74年作『Contrappunti』に通じるものであり、さらに『Danza Urbana』にはWalter Mac Mazzieri(LE ORME の72年作『Uomo Di Pezza』などを手掛けた)を彷彿とさせるタッチのアートワークが採用されました。また、キーボード・ロック・グループらしくクラシック音楽のロック・アレンジも収められており、メキシコ国民楽派の作曲家であるミゲル・ベルナル・ヒメネス(Miguel Bernal Jimenez)による「オルガンとオーケストラのためのコンチェルティーノ」に挑んでいます。『Danza Urbana』が国内で高い評価を獲得したことによって、GOVEAはメキシコの文化と芸術のための特別基金FOCAEM(Fondo Especial Para La Cultura Y Las Artes Del Estado De Mexico)を獲得し、2011年にはアルバムと同じタイトルを冠したライブ映像作品『Danza Urbana』を発表しました。
さて、上記のライブ映像作品『Danza Urbana』と同じ2011年、GOVEAはセカンド・アルバムとなる『Raices』をプログレッシブ・ロック・シーンに送り出しました。残念ながらドラマーVictor Baldovinosはグループを脱退したようですが、これは恐らくICONOCLASTAでの活動を考えてのことなのでしょう。ICONOCLASTAはGOVEAのデビュー・アルバムと同年の2009年に『Resurreccion』を、そして2013年に『Movilidad』をリリースし、順調に活動。GOVEAは、新たなドラマーとしてPedro Galindoを迎えた新体制でレコーディングに臨みました。『Raices』には、前作とは異なるカラフル且つエキゾチックなアートワークが採用されていますが、PCMシンセサイザーのマレット音色を用いたワールド・ミュージック・テイストなど、方向性にも若干の変化があったようです。ただし、根底に流れるのはあくまで構築的な楽曲構成で魅了するスタイルであり、作曲の細やかさは前作以上に研ぎ澄まされている印象を持ちます。新加入のPedro Galindoは確かな技巧を持ったプレイヤーであり、難易度の高い変拍子セクションにおいても堅実なドラミングを披露。一方、Salvador Goveaによるストレスのあるフレージングや、浮遊感を持ったシンセサイザー・リードも健在であり、前作同様やはり70年代中盤のLE ORMEを思い起こさせる音使いを維持しています。なお、本作にはデビュー・アルバムに収録されていたピアノ・ソロ楽曲「Intersecciones」がリズム・セクションを加えたバンド・バージョンで再び収められている他、前作に続いてミゲル・ベルナル・ヒメネスによる楽曲「ピアノとオーケストラのためのコンチェルティーノ」が取り上げられています。GOVEAの生み出すプログレッシブ・ロックはメランコリックな南米特有の叙情性に溢れており、その音世界はKeith EmersonやRick Wakemanらブリティッシュ・キーボード・ロック勢とは異なる魅力を放っています。
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