2022年7月29日 | カテゴリー:Column the Reflection 後藤秀樹,ライターコラム
タグ:
本州は7月に入る前に梅雨が明け、場所によっては40度を超す日が連日続いたとのこと。そうかと思ったら、今度はまるで梅雨の最後のような大雨での被害。どうも「梅雨入り」「梅雨明け」というのは9月になってから、その後の天気の変遷を勘案しながら日程が変更されていくものなのだという。
夏は普通に暑いのはそれなりにいいことだと思うのだが、やはり何でも度を超すのは困ったものだ。危険な暑さや台風がらみの大雨が今後も懸念される。皆さん、気をつけましょう。
麦わら帽子にランニング・シャツ1枚に短パンで近所を走り回った子供の頃の思い出は誰にもあることだろうが、最近では熱中症対策で水分補給が大切と毎日伝えられている。先日、暑い中、午前中忙しさに紛れて水分をとるのを忘れていたら、昼頃に頭が痛くなってボーッとしてきた。これはいかんと思って、水分をとり少し横になって休んだことで事なきを得た。やはり油断は禁物だなと改めて思った次第。
◎画像1 Beggars Opera #1
2年前の夏にこのコラムで夏の暑さの中で聞いたマウンテンやG.F.Rといったハード・ロックについて書いたが、大学時代に聞いたベガーズ・オペラの『Act One』も暑気払いにうってつけだったことを思い出し、そう言えばしばらく聞いていなかったなと改めて取り出して聞いた。彼らがVertigoから出した初期の作品はアルバムごとに雰囲気がずいぶんと違ったことも不思議だったが、今も魅力的に響くことは間違いない。今回はベガーズ・オペラの4枚目までを聞き直してみよう。
1969年にギタリストのリッキー・ガーディナー(Ricky Gardiner)が学生時代にヴォーカリストのマーティン・グリフィス(Martin Griffith)、ベーシストのマーシャル・アースキン(Marshal Erskine)と一緒にシステム(The System)というバンドで活動していたことがその始まり。彼らはスコットランドのグラスゴー出身だ。同郷のアラン・パーク(Alan Park)は、別バンドで活動していたところを引き抜かれ、ドラムスのレイモンド・ウィルソン(Raymond Wilson)は彼らの新聞広告を見てオーディションを受けて参加することになった。
彼らは全くの新人バンドながらマネージャーの力を持ってVertigoと契約することが出来た。彼らはロック・バンドながら、その影響はクラシック、オペラ、古いポピュラー・ミュージックにあり、当時のロック界の新たな流れも敏感に反応していた。『ベガーズ・オペラ』とは1727年に英国の劇作家ジョン・ゲイが初演した世界最古のミュージカルから取られたものだった。
最初のアルバム『Act One』は70年の暮れに発表されたのだが、まずそのジャケット・デザインの奇抜さが多くの目を惹いた。キーフが手がけたアルバム・ジャケットの中でもひときわ目立つ印象的なもの。表には大道芸人かサーカスで目にするような仮面劇の仮面と衣装をまとった5人が並び、裏にはまた共通の外套を身につけた5人が横並びにかがんで構えている。これは何かすごい音楽が隠されているという予感を見るものすべてに与えた。私が初めて手にした『Act One』は、米Verve盤の新品だったのだが、原盤と同じデザインのジャケットだったので何か宝物を手に入れたような気分になった。
◎画像2 Beggars Opera Act One
ベガーズ・オペラの『Act One』は日本では(現在に至るまで)LPでは発売されたことがないので、ラジオでかかることもなく、LPに針を落として初めて聞くことになる。
★音源資料A Beggars Opera Raymond’s Road
何といってもB面の「Raymond’s Road」が面白い。12分にわたって有名クラシック曲が登場する痛快な演奏。それもスマートに展開するのではなく、全体にドタバタした雰囲気。それはタイトル通りレイモンド・ウィルソンが全体を引っ張るようなせわしないドラミングを見せていることが要因だと思うが、リッキー・ガーディナーのギターもアラン・パークのオルガンも一時代古臭く聞こえてくる。後になって考えると、そうすること自体が彼らの戦略だったのだろうが、とにかく面白く夢中になって聞いた。
彼らのバンド名も「高尚なオペラ」ではなくあえて「ベガーズ・オペラ」と庶民レベルにしたのだから、誰もが聞いて楽しめるものにしたいという思いが感じられた。他に思い浮かぶ言葉は他に「三文オペラ」とか「田舎芝居」・・・ジャケットの影響もあるかな。
そこで登場するのはモーツァルトの「トルコ行進曲」、バッハの「トッカータとフーガ」、シベリウスの「カレリア組曲」、ロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」、そしてグリーグの「魔王の山の宮殿にて」。超有名曲が並んでいる。キース・エマーソンのザ・ナイス、オランダのエクセプションも似たような展開を見せる曲があったが、ベガーズ・オペラの方がずっと面白かった。
★音源資料B Beggars Opera Light Cavalry
そして、気になったのがA1「詩人と農夫(Poet And Peasant)」とB2「軽騎兵(Light Cavalry)」だ。どちらもどこかで聞いたことがある曲だったのだ。クレジットはLP時代にはバンド作品となっていたが、最近のCDではコンポーザーとしてスッペ(Franz von Suppe)の名前がクレジットされている。
なぜ聞いたことがあったのか気になって、あれこれと調べてみるとひとつ思い当たることがあった。それは子どもの頃にTVで見た海外のアニメで使われていたのではないかということ。特に「軽騎兵」のほうは「ミッキーのオーケストラ」という題名もわかり映像もネットで見ることが出来た。60年代当時は当然のこと白黒画面だったが、本物はカラーだったこともわかった。
スッペという名は聞いたことがあったが、学校時代の音楽室に貼られていた音楽家の肖像写真には無かったと思われる。彼は「ドイツ語のオペレッタの父」と呼ばれる18世紀に生まれ19世紀に活躍した作曲家。吹奏楽演奏者には有名らしいが、そんなところにこだわりを持ってアルバムの半分を制作したベガーズ・オペラの面白さがまたふくらむことになった。原曲にはない歌詞をつけていたこともあって、彼らは当初オリジナルとしていたのだろう。
彼らはクラシックを下敷きにした曲作りを行ったわけだが、そのアレンジはオルガンのアラン・パークが担当していた。曲名にも「パッサカリア」(アルバム曲)、「サラバンド」(シングル曲)といった音楽形式の用語まで使われているのだから念が入っている。そう考えていくとマーティン・グリフィスのヴォーカルの歌い回しも田舎寸劇のようで、それが余計にオペラチックに聞こえてくる。
じつは、同じキーフの手によるアルバムは、その前年にアフィニティ(Affinity)も手に入れていたのだがそれも米Paramount盤。もう1枚インディアン・サマー(Indian Summer)も米RCA盤で入手することが出来た。当時、雑誌『Fool’s Mate』等ではキーフのデザインのジャケットがいくつか紹介されていたが、中でもクレシダ(Cressida)の『Asylum』が何とか欲しいと思っていたことも思い出だ。
◎画像3 Beggars Opera Waters Of Change
彼らのセカンドは『Waters Of Change』はVertigoから71年に発表されるのだが、『Act One』とは肌触りの違った作品に仕上がっていた。痛快だったドタバタ感はなくなり、メロトロンも導入した洗練されたクールなプログレ作品であることに驚かされる。メンバーはベーシストがゴードン・セラー(Gordon Sellar)に交替し、新たにメロトロン・プレイヤーにヴァージニア・スコット(Virginia Scott)が加わっていた。ただ、プロデューサーもエンジニア・スタッフも録音スタジオも基本的に前作と同じだけにその音の変化がとても不思議だった。ヴァージニア・スコットはイタリアでピアノを学んでいたのだが、曲作りにバンド結成と同時に参加していて、『Act One』の「パッサカリア」と「メモリー」に作者としてクレジットされていた。
★音源資料C Beggars Opera Time Machine
シングル・カットされた1曲目の「タイム・マシーン」からその変化がうかがえる。確かにオルガンがハモンドになり、さらにメロトロンも導入されているので、同時期のプログレの大物バンドと並び称される堂々としたサウンドだ。曲調の落ち着きもあるのだが、じつは最初の2枚のアルバムに収録された曲は同じ時期にほぼ出来上がっていたらしい。特に、ノリのいい「フェスティヴァル」は前ベーシストのマーシャル・アースキンが演奏し、彼のフルートも聴けるのだが、『Act One』に収録されていてもおかしくなかったように思える。
大きな変化としては、明確なクラシックからの引用がほぼなくなったこともあるが、間奏曲のように用意された「ラメント」と「ニンバス」、そして「即興」の意味を持つ「インプロムツ」という3曲の短いインスト曲の存在が挙げられる。
アルバムのひとつのハイライトでもある「シルバー・ピーコック」のオープニングはバロック・オルガン。それに続く見事にメロディアスなテーマを持った歌ものナンバーになっている。マーティン・グリフィスのオペラチックな歌声は健在だが、全体に地味に感じたことも事実。さらにバックにコーラスも加わっているのだが、それは彼にとっては本意ではなかったような印象を受ける。
★音源資料D Beggars Opera Silver Peacock
71年の8月のドイツでの大きなコンサート『グレイト・ブリティッシュ・ロック・ミーティング』で彼らは大喝采を浴び、シングル「タイム・マシーン」もヒットしたことは大きな成果だった。ちょうどその頃の独ビート・クラブでの有名な演奏があるのでそれも是非見ていただこう。2度目の登場の「レイモンズ・ロード」だが、メンバー・チェンジ後の珍しいもの。曲構成も前半にガーディナーのソロが長くオリジナルとは違っているが、レイモンド・ウィルソンのドラミングの過剰な熱量を感じることが出来る。ヴォーカルのマーティン・グリフィスは、自分が歌う場面はないのに元気いっぱいの動きを見せている。演奏のバックの効果映像がヴァーティゴ・レーベルのロゴ・デザインになっているのも面白いし興味深い。
★音源資料E Beggars Opera Raymond’s Road (1971 Beat-Club)
はじめはジャケット・デザインもよくわからなかったが、「岩場の水の流れの変化」というアルバム・タイトルにちなんだ意匠であることがわかる。不思議なことにアート・デザインのクレジットがないのだが、十分にキーフ的ともいえる。
ファーストが「夏の暑さを我慢と根性で乗り切る」というタイプの音楽だとすると、このセカンドは「涼しげな音の世界で納涼感を味わう」という別の夏の過ごし方に通じているような気がして面白い。
ただ、『ウォータース・オブ・チェンジ』はレコードではもちろんだが、CDでも国内盤として一度も出されたことがないというのは、今考えてみても信じられない。
そして3枚目が72年の7月に英国で発売された『宇宙の探訪者(Pathfinder)』だ。日本では77年の『Rock Company’77 Professional Collection』の1枚としてレコードが発売され、CDとしても何度か発売されている人気の高い作品。
◎画像4 Beggars Opera Pathfinder
国内盤はシングル・ジャケットになっていて、表は『馬にまたがる宇宙飛行士』という不思議なイラストだが、原盤は6面に広がるポスターになっているからその迫力はすごい。ヴァーティゴの初期のLPはジャケットに凝ったものが多く、希少性もあって未だにその人気も高い。しかし、このベガーズ・オペラの3枚目のアルバムはその内容の面白さから純粋に評価された作品でもある。
冒頭の『放浪者(Hobo)』を聞いた瞬間からそれまでの彼らとの違いが如実に感じられ、「それまでとは何かが違う」という思いが、続く『マッカーサー・パーク』で確信に変わるという過程をたどるパターンが多い。逆にこのアルバムを最初に聞いた者は、以前のアルバムを聴いてみるとピンとこないらしく、「この3枚目が断然いい。これ以前はちょっと・・・」となるのが私の知る限り、ほとんどだ。
回りくどく書いてしまったが、確かにこのアルバムの出来は素晴らしい。まず、どの曲の構成もこれまで以上にストレートで一本芯が通っている。じつは、メンバー自身もこのアルバムについて完成時点でそう思ったわけで、ヴォーカルのマーティン・グリフィスがジャケットの添え書きに「これまでのアルバムとは全く違うよ」なんて書いているくらいだ。
メンバーはヴァージニアが外れているが、後は前作と同じ5人。プロデュースは本作以降バンド自身になっている。
多くの評価は「マッカーサー・パーク」の素晴らしさが先に出るのだが、私はまず「放浪者」に魅せられた。というのも、「ベガーズ・オペラというグループの音楽性の肝はアラン・パークのキーボードにある」と考えていたからで、彼が中心になって曲作りをしてほしいと願っていた。しかし、実際にはベガーズ・オペラはリッキー・ガーディナーのバンドであるという事実の前に「仕方ないのか」という諦めさえ感じていた。前作ではメロトロンにヴァージニア・スコットまで正式メンバーにクレジットされてしまった。まあ、彼女は後にリッキーと結婚するわけだし、アラン・パーク自身もそんなに自己主張の強さを持っているわけではなさそうにも思えてはいた。
それだけに彼自身のペンによる「放浪者」なのだから期待したわけだ。彼はオルガニストとして認知されていたが前作ではピアノも聞かせていて、その割合がこの『宇宙の探求者』では大きくなっている。さらにメロトロンもハープシコードも実に効果的に配置されるようになったことで、プログレ・ファンへのアピールが大きなものになったと言える。
★音源資料F Beggars Opera Hobo
人気の高い「マッカーサー・パーク」だが、ジム・ウェッブ(Jim Webb)のペンとなるリチャード・ハリス(Richard Harris)の大ヒット曲。68年に全米2位、全英でも4位に輝く大ヒット曲。それが異例だったのは曲の長さ(7分を超える)だった。日本でもリチャード・ハリスのシングル盤も発売されたが、それは何と33回転仕様だった。同じ68年にはビートルズも「ヘイ・ジュード」が7分超えの曲として大ヒットしているが、そちらは45回転シングルだった。71年になってGFRの「孤独の叫び」が10分近くあって、日本盤をはじめ世界各国が33回転シングルになっていた。ちょっとしたことではあるが、それぞれ事情があったのだろう。そんなことも考えてみると面白く興味深い。
◎画像5 Richard Harris MacArthur Park 日本盤シングル
また、リチャード・ハリスはアイルランド出身の俳優で60~70年代には私にとっても思い出深い映画への出演が多いのだが、生前最後の出演が『ハリー・ポッター』シリーズの魔法学校の校長ダンブルドア役(シリーズ2作目まで)だったので、近年でもよく知られていた存在と言えるだろう。俳優としてだけでなく歌手としてもじつに素晴らしかったことは言うまでもなく、夢見心地にさせてくれる作品をいくつも残してくれていて私にとっては宝物である。ジム・ウェッブも忘れられない音楽家の一人で彼ら関連の作品群もいつか紹介してみたいと思う。
★音源資料G Beggars Opera MacArthur Park
ベガーズ・オペラの「マッカーサー・パーク」は、リチャード・ハリスのオリジナルに準じたアレンジだが、ハープシコードの音色がひときわ美しい。また、マーティンのヴォーカルも堂々としていて立派な存在感を示している。オリジナルではオーケストラで演奏されていたものをすべてキーボードに置き換えている。特に中盤からのオルガン、ハープシコードからメロトロンに引き継がれるメロディー・ラインは圧倒的でシンフォニック・ロックの醍醐味を十分に体現していて見事というしかない。
さらにLPでいえばA面の3曲目「魔法使い」はガーディナー作品ではあるが悪くない。イントロの叫び声から期待が高まり、オルガンを中心にしながらも緊張感ある世界が展開されている。A面を聞き終わったところで力が抜け、感嘆のため息をつきB面に裏返すまでにやや時間がかかったことを思い出す。・・・・しかし、B面はガーディナー中心の作品が並んでいる。少し心配ではあった。タイトル・ナンバーの「宇宙の探訪者」のギター・リフはあまり気に入らなかったが、コーラスはいい感じ。続く「シャーク」がミステリアスに始まる。後半は民謡風になってちょっと驚くが、前作の中にもJig風のダンス演奏も見えていただけに、その流れなのだろうとは思った。原題が「From Sharks To Haggis」。Haggisはスコットランドの名物料理のことで、羊の内臓のミンチを羊の胃袋に詰めたもの。そう考えると彼らの出身であるスコットランドの民謡にも聞こえるが、我々日本人の耳には後半の演奏は琉球風に思えて何か不思議な気分。私もスコットランド地方を訪れたときに食事の際、目の前に並んでいたのだが、そもそもモツ料理が苦手な私にとっては無理な食べ物だった。
その幾分コミカルに聞こえる民謡の後は、A面の流れに戻ったようなドラマチックなピアノで幕を開けるインスト曲「ストレッチャー」。ここでのガーディナーのギターは宇宙空間に響き渡るようでなかなか味わい深い。タイトル・ナンバー以上にアルバム・ジャケットの風景・物語を音楽にしたような素晴らしさを感じた。
ラストは「マダム・ダウトファイア」。スピーディーでメロディアスな前半で気持ちよくなっていると冷笑的な笑い声が入り、最後にはカタストロフィーを迎え鐘の音でアルバムは幕を下ろす。曲としてはよく出来ているし、ここまで通して聞くとトータル・アルバムとしての本作の姿がより鮮明になってくる。
正直に言うと、LP時代にはA面とB面の間に温度差を感じてA面を中心に聞くことが多かった。CDの時代になって全体を一気に聞くことが多くなり、アルバムの持つ世界観がよくわかってきたと言える。
一体どうしたというのだろう。まずはそうした思いが強くなった4枚目のアルバム。またもやそれまでの3枚の音楽性とは大きな変化を見せることになってしまった。
◎画像6 Beggars Opera Get Your Dog Off Me!
まずはジャケット。イラストのブルドッグを見ると今まで持っていた彼らの世界観がどうなってしまったのだろうという疑問符のつくものだった。レーベルはそれまで同様にVertigoなのではあるが。
メンバーもリッキー・ガーディナーとアラン・パーク、ゴードン・セラーの3人は前作からそのままだが、ヴォーカルのマーティンがいなかった。ドラムスのレイモンドはレコーディング途中で抜けてしまい、もうひとり途中からのドラマーとしてコリン・フェアリー(Colin Fairlie)、さらに新たなヴォーカリストにはリニー・パターソン(Linnie Paterson)がクレジットされている。
『宇宙の探訪者』のリリース直後にマーティンが脱退したことから混乱した様子が生まれたようだ。バンドの音楽的なリーダーはリッキー・ガーディナーだが、メンバーのまとめ役のような役割をマーティンが握っていたというエピソードは後になって知った。
新たに加わったヴォーカリストがピート・スコット(Pete Scott)だったのだが、レコーディングの最中に脱退してしまい、交替したのがかつてライティング・オン・ザ・ウォール(Writing on the Wall)に在籍したリニー・パターソンだった。このヴォーカリストの交代劇の間に、バンド内で大きな存在感を見せていたドラマーのレイモンドまでその様子に嫌気がさしたのか脱退してしまったことになる。
アルバムの内容は、1曲を除いて前作までの音楽性とは違って普通にソリッドなポップ・ロック路線になってしまっていた。しかし、その1曲が驚きの名曲「クラシカル・ガス(Classical Gas)」だ。
★音源資料H Beggars Opera Classical Gas
私はアルバムを聞く以前に「クラシカル・ガス」を聞いた。その印象は強烈だった。贔屓のアラン・パークのキーボードが全開の名曲。シンコペーションが効いたメリハリのあるインストは一度聞いただけで夢中になった。ピアノ、ハープシコード、メロトロン、そしてシンセサイザーと次々に使用され、ギターも、ドラミングも、ベース・ラインもすべてが完璧な1曲だった。
「マッカーサー・パーク」はリチャード・ハリスのオリジナルであることは知っていたものの、当時はこの「クラシカル・ガス」の作者メイソン・ウィリアムス(Mason Williams)についての知識は持ち合わせていなかった。彼は米ギタリスト兼歌手であり、その元歌は68年の『Phonograph Record』に収録されていたことは調べてわかったことだった。さらにシングル・カットされたインスト・ナンバー「クラシカル・ガス」は68年米チャートで最高位2位、全英でも9位を記録する大ヒット曲だった。前作でカヴァーした「マッカーサー・パーク」とあまりにも似ていて驚いてしまう。
ひょっとしたらベガーズ・オペラというバンド名も69年のストーンズのLP『ベガーズ・バンケット』にインスパイアされた部分もあるのかなというのは考えすぎかもしれないが、彼らの関心が当時のヒット・チャートに表れていたことは興味深い。
◎画像7 Classical Gas Mason Williams + P.モーリア + Geffinが収録されたアルバム
私が「クラシカル・ガス」という曲を最初に意識したのは、ポール・モーリアの「エーゲ海の真珠」がヒットしていた時にそのシングルのB面に収録されたカヴァー・ヴァージョンだった。当時はイージー・リスニングとはいえすごい曲があるものだと感心した。さらに英DJMのディープ・フィーリングが取り上げたことは以前に本コラムで紹介したが、他にも米ソフト・ロック系のGriffinというバンドも独自に歌詞をつけて69年にレコーディングしている。昨年、豪Teensvilleから出たコンピレーションCD「あなたの知らないソフト・ロック名曲選第7集」にそのヴァージョンも収録されたので、興味のある方はチェックしてみるといい。
この4作目『Get Your Dog Off Me !』は、とびきり素晴らしい「クラシカル・ガス」の存在があるだけに、他の曲が損をしてしまっている感は否めないが、決してつまらない作品というわけではない。よく聞くとニッチ・ポップ的に楽しめる作品と評価されてもいいだろう。中でも私にとって特別にお気に入りの1曲がある。
それは「Sweet Blossom Woman」。これはミック・グラブハム(Mick Grabham)の72年の唯一のソロ・アルバム『Mick The Lad』の冒頭曲でシングルB面としてもリリースされている曲だ。ミックはプラスチック・ペニー(Plastic Penny)からコチーズ(Cochise)、そしてプロコル・ハルム(Procol Harum)のギタリストとして重要な存在だったので、このベガーズ・オペラの4作目を聞いてから彼の『Mick The Lad』を買った思い出につながっていく。
★音源資料I Beggars Opera Sweet Blossom Woman
Vertigoにそれぞれ音楽性が違う4枚のアルバムを歴史に刻んだベガーズ・オペラ。その名はそれ以後も残り、英国以上に人気があった独においてJupiterレーベルから74年に『Sagittary』、75年に『Beggars Can’t Be Choosers』とアルバムを出している。基本的にはリッキー・ガーディナーの個人的プロジェクト的な意味合いが強くなり、彼の他に奥方となったヴァージニア、その弟のスコットとの家族作品のようなニュアンスまで感じさせるようになっていた。
◎画像8 Sagittary + Beggars Can’t Be Choosers + Life-Line
リッキーは、76年からデヴィッド・ボウイやイギー・ポップのアルバムに参加し、USツアーにも同行しキャリア的にはピークを迎えることになる。しかし、その後80年には再編ベガーズ・オペラとして『Life-Line』を発表。アラン・パークやゴードン・セラーといったかつてのメンバーも参加したが、これは残念ながら期待外れだった。
アラン・パークに関しては彼が参加しているアルバムを見つける度に聞いていったのだが、ベガーズ・オペラ時代以上に輝く瞬間は見つからなかった。80年代にクリフ・リチャードを支え続けるといった安定した活動を見せていたことにはほっとしたのだが。驚いたのは85年のストロベリー・スウィッチブレイドのアルバムにも参加していたこと。それにしても彼のキーボードが中心になったプログレ系の作品が出ていたらなあと今でも残念な気持ちが強い。
2011年には独Repertoireから『Close To My Heart』、『Lose A Life』をやはりベガーズ・オペラ名義でリリースするのだが、やはり別物のようでかつての輝きは戻らなかった。
◎画像9 Beggars Opera Nimbus~The Vertigo Years Anthology
彼らには多くの編集盤が存在するのだが、2012年に英Esotericから『Beggars Opera Nimbus~The Vertigo Years Anthology』という2枚組が決定版だろう。やはりアルバムごとに違った音楽性を見せながらもその存在感を強めていったVertigo期が今も輝き続けている。やはり70年代初頭ということになってしまう。
1996年にScratchというレーベルから『The Final Curtain』という80年代の再録編集盤が出ているのだが、そのタイトルは象徴的だったと言える。
◎画像10 The Final Curtain + Nautilus
2001年には、公式ブートのような形でRock Fever Musicから72年5月4日のイタリアでのライヴが出されている。1~3作目までの代表曲が演奏された興味深いもので、今となっては音質の悪さを超えて価値ある1枚となっている。
中心人物だったリッキー・ガーディナーは今年(2022年)5月13日に亡くなった。74歳だった。最近はロック・ミュージシャンの訃報が広くニュースに載るようになってきていたが、彼の訃報は大手ニュースからは伝わってこなかった。何か寂しい気がする。私も今回の原稿に取りかかってからその事実を知った。ベガーズ・オペラという忘れられない遺産を残してくれたことに感謝するとともに、「ストレッチャー」を聞きながらその冥福を祈りたい。
★音源資料J Beggars Opera Stretcher (1972)
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による新連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!第1回はコーラス・ハーモニーをテーマにプログレ作品をご紹介します。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による新連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!第2回は50年前の1968年ごろに音楽シーンを賑わせた愛すべき一発屋にフォーカスしてまいります。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!第3回は、ことし未発表音源を含むボーナス・トラックと共に再発された、ブリティッシュ・ロックの逸品DEEP FEELINGの唯一作を取り上げます。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による新連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!第4回は「1968年の夏」をテーマにしたナンバーを、氏の思い出と共にご紹介していきます。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による新連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!第5回は今年4月にリリースされた再発シリーズ「70’sUKPOPの迷宮」の、ニッチすぎるラインナップ20枚をご紹介していきます。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による新連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!第6回は氏にとって思い出深い一枚という、イアン・ロイド&ストーリーズの『トラベリング・アンダーグラウンド(Travelling Underground)』の魅力に迫っていきます。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による新連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!第7回は一発屋伝説の第2弾。72年に日本のみで大ヒットした、ヴィグラスとオズボーン「秋はひとりぼっち」を中心に取り上げます。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回取り上げるのは、英国キーボード・ロックの金字塔QUATERMASSの70年作!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。前回に引き続き、英国の名キーボード・ロック・バンドQUATERMASSとその周辺ミュージシャンに迫ります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。前回に引き続き、英国の名キーボード・ロック・バンドQUATERMASSとその周辺ミュージシャンの活動を追います。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。4回にわたりお送りした英国の名キーボード・ロック・バンドQUATERMASS編も今回がラスト。ベーシストJohn GustafsonとドラマーMick Underwoodの活動に焦点を当てて堀下げてまいります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。英国ポップ・シーンの華麗なる「一発屋」グループ達にフォーカスいたします♪
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回取り上げるのは、第2期ルネッサンスの1st『プロローグ』と2nd『燃ゆる灰』!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。第14回は、キース・レルフが率いた第1期ルネッサンス~イリュージョンをディープに掘り下げます。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。第15回は、キース・レルフにフォーカスしたコラムの後篇をお届けします!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。第16回は、英国ロックの名グループMARK-ALMONDの魅力に迫ります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。第17回は、英国ロックの名グループMARK-ALMONDをフィーチャーした後篇をお届け!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。第18回は、70s英国プログレの好バンドJONESYの魅力を掘り下げます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。第19回は、北アイルランド出身の愛すべき名グループFRUUPPの全曲を解説!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。70年代初頭に日本でヒットを飛ばした2つのグループについて深く掘り下げてまいります。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は英国の名レーベルDAWNの作品群をディープに掘り下げてまいります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は英国の名レーベルDAWNの作品群を、アコースティカルなグループに絞って掘り下げます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は英国の名レーベルDAWN特集の最終回。これまで紹介していなかった作品を一挙にピックアップします!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は、プロコル・ハルムによる英国ロック不朽の名曲「青い影」の魅力にディープに迫っていきます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!
【関連記事】
ベテラン音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は、アメリカを代表するハード・ロック・バンドGRAND FUNK RAILROADの魅力に迫ります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は、前回取り上げたG.F.Rとともにアメリカン・ハード・ロックを象徴するグループMOUNTAINの魅力に迫っていきます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は、中国によるチベット侵攻を題材にしたコンセプト・アルバムの傑作、マンダラバンドの『曼荼羅組曲』の魅力にディープに迫っていきます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。マンダラバンドの2nd『魔石ウェンダーの伝説』の話題を中心に、本作に参加したバークレイ・ジェームス・ハーヴェストとの関連までをディープに切り込みます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。マンダラバンドを取り上げる全3回のラストは、デヴィッド・ロールとウーリー・ウルステンホルムの2人の関係を中心に、21世紀に復活を果たしたマンダラバンドの活動を追います。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は、クリスマスの時期に聴きたくなる、ムーディー・ブルースの代表作『童夢』の魅力を紐解いていきます☆
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。2021年の第1回目は、英国プログレの実力派バンドCAMELにフォーカス。結成~活動初期の足跡を辿ります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。前回に続き、英国プログレの人気バンドCAMELの足跡を辿ります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。デビュー~70年代におけるキャラヴァンの軌跡を追います。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。フラメンコ・ロックの代表的バンドCARMENの足跡をたどります。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。「忘れられない一発屋伝説」、今回はクリスティーのヒット曲「イエロー・リバー」にスポットを当てます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回は少し趣向を変えて、北海道発のジャズ/アヴァン・ロック系レーベル、nonoyaレコーズの作品に注目してまいります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。今回はブラス・ロックに着目して、その代表格であるBLOOD SWEAT & TEARSを取り上げてまいります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」。前回より続くブラス・ロック特集、BS&Tの次はシカゴの魅力に迫ってまいります!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!ブラス・ロック特集の第3回は、BS&Tやシカゴと共にブラス・ロック・シーンを彩った名グループ達に注目してまいります。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!ブラス・ロック特集の第4回は、当時日本でも国内盤がリリースされていた知られざるブラス・ロック・グループを中心にしてディープに掘り下げます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!ここまで米国のバンドにフォーカスしてきたブラス・ロック特集、今回は英国のブラス・ロック系グループ達をディープに探求!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!米国・英国のバンドにフォーカスしてきたブラス・ロック特集、今回は欧州各国のブラス・ロック系グループ達をニッチ&ディープに探求します!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!今回は、氏と5大プログレとの出会いのお話です。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!5大プログレ・バンドをテーマにした第2回目、今回はクリムゾン後編とEL&Pです。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!5大プログレ・バンドをテーマにした第3回目は、最後のバンドであるGENESISを取り上げます。
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!3回にわたり5大プログレ・バンドをテーマにお送りしましたが、今回はその5大バンドも凌駕するほどの技巧派集団GENTLE GIANTを取り上げます!
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!今回は、高度な音楽性と超絶技巧を有する孤高の英プログレ・グループGENTLE GIANTの後編をお届けいたします☆
【関連記事】
音楽ライター後藤秀樹氏による連載コラム「COLUMN THE REFLECTION」!久しぶりの「忘れられない一発屋伝説」、今回はカナダのオリジナル・キャストを取り上げます☆
イギリスのプログレッシブ・ロックバンドの72年3rd。その内容はデビュー作からの流れを全て昇華し洗練させた彼らの代表作であり、ブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの名盤です。クラシカルなオルガンとピアノ、ブルース・フィーリングをたっぷり含んだギター、無骨なリズムセクション、そして牧歌的な味わいを持ちながらも洗練されたメロディーラインでトータルに聴かせており、もちろんメロトロンなどの叙情的なサウンドも健在。Jimmy Webb作/Richard Harrisをオリジナルとする「MacArthur Park」の名カバーも収録した英国ロックの名盤です。
コメントをシェアしよう!
カケレコのWebマガジン
60/70年代ロックのニュース/探求情報発信中!