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「音楽歳時記」 第六十二回 3月3日 ひな祭り「かくれ雛」編 文・深民淳

新型コロナ・ウイルスがとんでもないことになっております。大変不謹慎なことを書きますが、こういう時こそ、WEBショップは有効でしょうね。この際、CD聴きましょう。ということでもう3月です。

まずは前回の訂正から。別に訂正するほどでもないのですが、ベースの話の中に出てきたSWRのマーカス・ミラー・プリ・アンプの中音部パラメトリックEQは4分割ではなく3分割スタイルでした。ほとんど関係ない話ですが訂正しておきます。


なんかネタないかとCDではなくアナログの棚を探っていて見つけたアーティストについて書くか、ってな感じです。3月ということでひな祭りなので女性モノが良いだろうということでこれを見つけました。すごく久々に引っ張り出しましたね、ほとんどCD化されていない人です。アートワーク見た瞬間、お、久々に聴きたいということで聴いていて、しっかりハマり、LP所有している作品をまとめ聴きしてしまいました。

そういう訳で今回はなんでCD化されないのであろうという「隠れ雛」を紹介していきたいと思います。


ラニ・ホールです。年寄りはああ、いたね、そういう人という話になりますが、聞き覚えがない方も多いかと思います。ハーブ・アルパートの奥さんで1966年から1971年までSERGIO MENDES & BRASIL ‘66のリード・ヴォーカルだった人です。ハーブ・アルパートはジェリー・モスと共にA&Mレーベルを立ち上げた人物で、A&MのAはアルパートのAという訳です。セルジオ・メンデス共に初期A&Mレーベルを牽引したアーティストですね。ハーブ・アルパートはメキシコのマリアッチとアメリカのポップスを合体させたアメリアッチで一世を風靡し、セルジオ・メンデスはボサノヴァを広く世界に知らしめました。また、バート・バカラックを世に送り出し、SANDPIPERS、BOYCE & HART、SMALL CIRCLE OF FRIENDS等ソフト・ロックのカテゴリーを確立する上で重要な役割を果たしたレーベルでもありました。ラニ・ホールの作品も当然のごとくA&Mからの発売でした。

70年代にはロック・レーベルとしても魅力的なアーティストを次々と世に送り出したA&M。A&Mというと誰もが思い浮かべるのはCARPENTERSでしょうが、ロック系でもPOLICE、スティング、ピーター・フランプトン、HUMBLE PIE、STRAWBS、STYX、ジョー・ジャクソン、ブライアン・アダムスらが所属していましたし、イギリスのA&MからはBYZANTIUM、JERICHO、ARMAGEDONなど、カケレコを利用するユーザーのみさんにはお馴染みのアーティストがアルバムを発表していました。また60年代後半にはクリード・テイラー制作によるジャズ・アルバムもA&Mから発売され、これが70年代ジャズ/フュージョン・シーンの重要レーベルCTIの母体になったというのもありました。(A&M時代はCREED TAYLOR ISSUEでCTIでしたが、レーベル1970年にA&Mから独立した後はCREED TAYLOR INCORPORATEDの頭文字をとったCTIになります)

さて、ラニ・ホールですが、ソロ・デビューはSERGIO MENDES & BRASIL ’66を脱退後、1972年。(1970年代になるとバンド名をBRASIL ’77に改名。いやいや、これがファジーな改名でさぁ、70年代に入ってからのラニ・ホール在籍2作品中、1970年大阪万博で来日した時のライヴ・アルバム『Live At The Expo ’70』ではセルジオ本人が「BRASIL ’66ですぅ」って日本語で行っているし、日本盤『Live At The Expo ’70』のジャケットにはBRASIL ’66って書いてあるしなんだけど、これのデフジャケ海外盤はBRASIL ’77になっているのですね。一応、ラニ・ホール在籍最終作『Stillness』までがBRASIL ’66ってことになっていて、シンガーが変わってからがBRASIL ’77になるというのが通説な訳ですが、結構いい加減だったりします)

ここで軽く脱線。70年代A&Mの稼ぎ頭だったCARPENTERSのリチャード・カーペンターがカレン・カーペンターの死後だいぶ経ってからドラマの主題歌絡みでリヴァイバル・ヒットとなり、日本のTVで取り上げられた時、自宅のレコード・ライブラリーの映像があって、かなり規模の大きなコレクションだったのですが、CARPENTERSの『Offering』(1969年)というタイトルがついていた1stアルバムの初期仕様盤の前後でA&Mはこんなアルバムを出していた、と本人が見せたもの中にジャズ・ロック・バンド、TARANTURAとBLODWYN PIGの1stアルバムが入っていたのを思い出しまして・・・。因みにCARPENTERSの1st『Offering』はA&M SP4205、一つ前のSP4204は英アイランド・レーベルから出ていたFREEの2ndアルバム『Free』、ひとつ後のSP4206がこれも英アイランドのFAIRPORT CONVENTIONの『Unhalfbricking』(米A&M盤はデフジャケ史に残るヘンテコなアートワーク。ご覧の通りなんと象のエロ写真です)。TARANTURAはSP4202、BLODWYN PIGはSP4210でして、リチャード・カーペンターの言う通り、同時期の作品だったのが分かります。

CARPENTERSは創設時のA&Mの社風を継承したソフト路線でしたが、一方で、FREEやBLODWYN PIG、FAIRPORT CONVENTIONのアメリカでの発売権を得るなど、ソフト&メロー路線、軽くエスニック・テイスト添えで売ってきたA&Mが会社が大きくなるに従いメジャー・レーベルにシフトしていった時期を象徴するエピソードかなと思います。A&Mの70年代を背負わされたCARPENTERSを世に出す一方で、フォーク体質と硬派ジャズ・ロックがせめぎ合うTARANTURAやイギリスのアーティストを数多く出すようになっていったA&Mレーベルの変革期は69年から70年にかけてのことだったわけですね。

話を戻して、ラニ・ホールがソロ・デビューする72年にはA&Mの変革も軌道に乗り、安定期に入り総合メジャー・レーベルへの道を突っ走り始めた頃。ラニ・ホールの脱退でヴォーカリストが変わりバンド名をSERGIO MENDES & BRASIL ’77に改めたセルジオ・メンデスは70年代半ばにはBELLレーベルに移籍。いろんな意味でA&Mが変わっていく時代でした。

ラニ・ホールは1985年発表の『Es Fácil Amar』まで10作品をA&Mから発表しています。80年代末にA&Mは後にユニバーサル・グループに統合されるポリグラムにレーベル売却を行うので、ラニ・ホールはハーブ・アルパートがレーベル運営していた時代に活躍したアーティストということになります。

70年代の作品は英語版でいかにもアメリカの女性シンガー然とした作風で、70年代後半には折からのAORブームに乗ったキラキラ・アレンジのAORアルバムを出していましたが、80年代になるとポルトガル語、スペイン語によるアルバムが増え、アメリカ市場より中南米・ヨーロッパ市場を意識した作品が多くなっていきます。

で、彼女の作品のCDなんですが、これがほとんどCD化されていないわけです。1972年発表の1stソロ『Sun Down Lady』は1999年に日本のVividからCD化されているものの、他はほとんど未CD化。現在彼女の作品を聴く手段としてはハーブ・アルパートとラニ・ホール夫妻のホームページ、iTuneストア、Amazonミュージックから有料ダウンロードするしかない、というもったいない状態となっています。この有料ダウンロードも全作品ではなく、『Sun Down Lady』から1976年発表の3rdソロ『Sweet Bird』までの3枚とA&M最終作となったスペイン語アルバム『Es Fácil Amar』の4作のみ。

出ている4作を紹介する前にダウンロード音源にもなっていない作品について触れると、まず、1979年発表の『Double Or Nothing』。街中を闊歩する彼女の颯爽としたアートワークが印象的な作品ですが、これのバックがLARSEN/FEITEN BAND。要するに幻バンド元FULLMOONのメンバーがバックを努めています。70年代終わりにトミー・リピューマ絡みでA&M傘下のレーベルとしてスタートしたHorizonからニール・ラーセンがソロでデビューしていた関係での起用となったのでしょうが、これがAORアルバムとしてはかなりよくできている作品でして、再発してもらいたい作品のひとつとなっています。

Double Or Nothing

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続く1980年発表の『Blush』ではディスコ・ブームも視野に入れ、プロデューサーにソングライターとしてEATH, WIND & FIREの「September」、「Boogie Wonderland」を書いたアリー・ウィリスをプロデューサーに迎えこの時代ならではのキラキラ感を前面に打ち出し、こちらもAORアルバムとしては良く出来た作品になっています。

『Blush』が発表された前年には旦那のハーブ・アルパートのインスト曲「Rise」が大ヒットしA&M自体も数多くのロック・ヒットを放った時期でしたが、この『Blush』はほとんど話題になることなく終わりました。

Love Me Again

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1972年から1980年までに5枚のソロをリリースするものの、ヒットに恵まれず終わった反動というわけではないでしょうが、『Blush』以降はスペイン語、ポルトガル語による作品が多くなり、1982年に『Blush』の流れを汲んだポップ・アルバム『Albany Park』を発表しますが、70年代とは明らかに活動基盤が変わっています。

では、ダウンロード可能音源のほうに移りましょう。まず、1985年A&M最終作『Es Fácil Amar』。2作目のスペイン語アルバムで内容的には、エンターテインメントの世界。このコラムで取り上げるのはどうかというスタイルの作品です。正直、購入はしましたが個人的にもほとんど聴かない作品です。時代を遡って行くと、次が1976年発表の3rdアルバム『Sweet Bird』。シンガーとしてのスキルの高さをとことん活かした、かなりスケールの大きなヴォーカル・アルバムで、アナログB面にあたる部分はほとんどミュージカルのような作りになっています。特にB面のトップに置かれていた「At The Ballet」は自伝的ミュージカル・ナンバーになっており、明らかに1st、2ndと違う作りになっています。セルメン時代の盛り上がりを最初のソロ2枚で作れなかったことでの方向転換という雰囲気が強く漂っている作品で、シンガーとしての誇りに満ち溢れた堂々とした内容なのですが、個人的には敷居が高めの作品ではあります。

残るはソロ初期に2作品ですが、この2枚は基本、男性も女性もこの70年代前半に大きなムーヴメントなっていたシンガーソングライター系作品の作風になっています。まず、1974年発表の2ndアルバム『Hello It’s Me』。タイトル曲はトッド・ラングレンの超有名曲。思い切りバラード・アレンジに変更され、ジャズの香りも漂う作りになっています。全編シンガーソングライター系のスモール・コンボで淡々と歌い上げていくスタイルはソロ・デビュー作の流れを汲んでいますが、この2ndでは古巣セルメンを想起させるボサノヴァ風ナンバーも取り込んだ作りになっており、ラストの「Corrida De Jangada」などはセルメンのアウトテイクスみたいな作りになっていました。SERGIO MENDES & BRASIL ’66でのラニ・ホールのパブリック・イメージを封印したというか、違うことがどうしてもやってみたいという、シンガーとしてのエゴを強く打ち出した1stから若干の軌道修正という形だったのでしょう。

Corrida De Jangada

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そして1972年発表の1stソロ『Sun Down Lady』にたどり着きます。SERGIO MENDES & BRASIL ’66で確立したアーティストとしての認知度を考えれば、ボサノヴァ・テイストを盛り込みジャジィなアレンジで行けば、確実なセールスは見えたでしょうが、この人、その部分をこの『Sun Down Lady』ではほとんど捨ててしまうのです。

これを歌いたいという欲求に素直に従った作品だったのでしょう、2曲めにエルトン・ジョンの「Tiny Dancer」が置かれています。当時アメリカで上り調子だったエルトンを取り上げるのはさもありなんという感じですが、オープニングがレスリー・ダンカンの「Love Song」なのには正直、結構興奮しましたね。カケレコ・ファンにはお馴染みの名前かもしれませんが、70年代初頭のアメリカでレスリー・ダンカンが著名であった事実はなく、ラニ・ホール、こうしたシンガーソングライター系作品を結構聴き込んでいたのだろうと推測できます。ちょっと英国的湿り気と重たい感じのアレンジのオリジナル・ヴァージョンより軽やかで独特のゆるさが心地よいバックサウンドとの相性もよく、この印象的なメロディを持った名曲を違った角度から再現しているのです。そして3曲めがキャット・スティーヴンス『Teaser And The Firecat』収録の「How Can I Tell You」(この頭3曲は全部1971年発表作品でした)選曲の妙と、オリジナル曲の独自の解釈に思わず引き込まれます。バックのアレンジも必要以上の音数を排したオーガニック・タイプであったことも彼女のヴォーカルの良さを引き立てていると思います。

How Can I Tell You

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収録曲をもう少し追っていくと、5曲め「Ocean Song」はメアリー・ホプキンが1971年に発表した『Ocean Song』のタイトル曲で作曲はリズ・ソーセン。続く6はミシェル・コロンビエとポール・ウイリアムスの共作、ウイリアムスは勿論A&M所属でしたし、コロンビエは映画音楽等で有名なアーティストですがこの時期はA&M所属でした。7は再びエルトン・ジョン。1970年発表の『Tumbleweed Connection』収録曲。飛んで9がドン・マクリーン、10がポール・サイモンとなっています。飛ばした4は唯一の自作曲でジャジィなアレンジで歌い上げるタイプのバラード。8はアルバム・タイトル曲で、聴きなれないタイトルですがメロディラインはこれを読んでいただいている方ならほとんどの人が、あ!あれじゃん、と判る楽曲。メロディはシェルター・レーベルからアルバムを出したウイリアム・アラン・ラムゼイ作で、AMERICA、CAPTAIN & TENNILLE等がカヴァーしたことで知られる「Muskrat Love」(因みにウイリアム・アラン・ラムゼイのオリジナルでは「Muskrat Candlelight」というタイトルでした)。オリジナルの歌詞を使わず、ハーブ・アルパートが書き下ろした別の歌詞を乗せています。アルバムのクレジットを見るとオリジナルは作詞・作曲ウイリアム・アラン・ラムゼイときっちり掲載されているので、作曲者承認の改作だったのでしょう。

You

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アルバム全体、セルメン時代のエンターテインメント性とは異なるサバーヴ・アレンジの落ち着いたヴォーカル・アルバムに仕上げたこの『Sun Down Lady』、セールス的には厳しかったと推測されます。それ故の2nd『Hello It’s Me』でのセルメン・テイスト再注入、3rd『Sweet Bird』でのガチなヴォーカル・スタイル打ち出しに繋がっていくのでしょうが、『Sun Down Lady』の持つナチュラルな作風はセールスとは別の次元で貴重かつもっと広く聴かれるべきものと思います。一度VividからCD化されているわけですから、なんとか再々発売にならないかと思っています。

今月の1枚はラニ・ホールのところでも名前が出た、彼女とは逆に、レーベル移籍があったものの制作したアルバム群が未発表曲も含めコレクション形態のパッケージでCD化されたレスリー・ダンカン。まず、つい最近出たGM時代の3作『Everything Changes』(1974年)、『Moon Bathing』(1975年)、『Maybe It’s Lost』(1977年)とロンドン、ヒポドロームでのライヴ7曲(BBC音源でしょうね)をはじめとしたライヴ・トラック、アルバム未収録曲を大量追加しCD3枚に収めた『Lesley Step Lightly – The GM Recordings Plus 1974-1982』。

GM時代の3作は既に単品CD化されていますが、今回のコレクションはボーナストラック群が大変魅力的! 特にBBC音源にはCBS時代の楽曲でラニ・ホールも取り上げた「Love Song」、「Earth Mother」、「Sing Children Sing」のライヴ・トラックが収録されていてファンを喜ばせてくれましたし、CD3の後半に収められた『Maybe It’s Lost』以降の楽曲集もファンなら持っていたいところをきっちり収録している点もポイント高いですね。CBS時代はアメリカでのシンガーソングライター・ブームの影響を受け、イギリスを代表する女性シンガーに育て上げようとしたレーベルの期待が肩に重くのしかかった時期でしたが、このGM時代は肩の力も抜け、彼女らしさを前面に押し出した作風がいい感じです。『Moon Bathing』収録の「Lady Step Lightly」をもじった『Lesley Step Lightly』(レスリー、足取りも軽やかに、みたいな意味でしょうね)もその内容を端的に表しています。値段的にも手頃ですが、こういうコレクションものは初回生産して終了というケースが多いので、ちょっとでも引っかかった方は、この機会に手を出しておいて方が良いかと思います。アナログ盤も単発CDも全部もっていたのですが、ボートラに惹かれ購入してしまいました。個人的な感想としては、かなり聴きごたえがあり満足感が味わえるよくできたコレクションでした。

2017年にはCBS時代の作品を収めたコレクションCD2枚組『Sing Lesley Sing: The RCA & CBS Recording 1968-1972』も発売されており、このふたつを合わせると彼女のキャリアがほぼ総括できる形になっています。

 
 


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  • LESLEY DUNCAN / SING LESLEY SING: THE RCA AND CBS RECORDINGS 1968-1972

    フロイド『狂気』やエルトン・ジョン作品にも参加する英女性SSW、71年1st+72年2nd+ボーナストラック6曲

    PINK FLOYD『THE DARK SIDE OF THE MOON』のコーラスやDUSTY SPRINGFIELD、RINGO STARR、TIM HARDINなどのバッキングボーカルで活躍した英国の女性SSW、レズリー・ダンカン。今作は71年の1stと72年の2ndにボーナストラック6曲を加えた2枚組。レズリーの少しかすれた素朴なボーカルが味わい深く、聴けば聴くほどじんわりと染み渡ってきます。

  • LESLEY DUNCAN / MAYBE IT’S LOST

    エルトン・ジョンがカバーした「Love Song」で知られる英フォークSSW、77年作

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