小学生の頃の話ですが、6月になると歯の衛生週間というのがあって、子供心にもかなり妙な歯磨き体操なるものがありました。校庭の朝礼台の上で巨大な総入れ歯のような歯の模型とほとんど箒のように巨大な歯ブラシで歯の磨き方を実演して見せるというもので、正月の獅子舞の頭よりも大きな歯の模型がとにかくグロテスクで、気持ち悪かった記憶があります。
6月4日を“む”と“し”に引っ掛け、日本医師会が1928年から1938年まで実施していた虫歯予防デーから始まり、現在は厚生労働省、文部科学省、日本歯科医師会が「歯の衛生週間」として啓蒙活動を続けているということなんですが、日本記念日協会は未だ、6月4日を「虫歯予防デー」としているそうでして。要は足並み揃っていないんですね。
日本記念日協会は正式には一般社団法人日本記念日協会という名称で、1991年に設立。事務局は長野県佐久市にあり、日本の記念日の認定と登録を行っている民間団体だそうです。僕なんかは「歯の衛生週間」より、「虫歯予防デー」として認識していたのですが、実際は僕が生まれるはるか前の記念日(虫歯予防の記念日というのも変な話ですがね)だったにも関わらず、そう記憶していたわけですから、しっかり定着していたんでしょうね。
というわけで今月はアートワークの方面から歯をみていくことにいたしましょう。まず、すぐに思いついたのが、GRIN『All Out』(1972年)です。ブルース・スプリングスティーンのバンドのギタリストとして活躍、年輩のロック・ファンにはニール・ヤングとの活動で知られるニルス・ロフグレンが在籍したバンドで1971年のデビューから1973年までに4枚のアルバムを発表したバンドでこの『All Out』は3rdアルバムにあたり、当時の所属レーベルEpicからの最後のアルバムでした。この後バンドはA&Mから最終作『Gone Crazy』を発表し、ニルス・ロフグレンはそのままA&Mとソロ契約を結ぶわけですが、この『All Out』、画角一杯に歯のイラストが描かれており、小学生のころに見た巨大な歯科模型に通じるものがあります。よく考えれば不気味なアートワークなんですが、この『All Out』というタイトルがミソで、裏面にひっくり返すと歯が全部抜け落ちているイラストになっているわけです。
スプリングスティーン、ニール・ヤングとの活動というより、この人の場合、ソロ・アーティストとしての活動が華もあるし、有名です。THE ROLLING STONESのキース・リチャーズ命のSTONES直系ロックン・ロールとオーセンティックなアメリカン・ロック体質が合体した独特のサウンドは個性的で、1976年発表の『Cry Tough』、翌’77年のライヴ・アルバム『Night After Night』を筆頭にやさぐれロックン・ロール・マニアの心に刺さる斜に構えたナイスなサウンドを量産しているアーティストです。
さて、GRIN『All Out』ですが、’70年代半ばにスマッシュ・ヒットを連発するソロ期のドスの効いた声と比べるとまだ若々しく、多少空回りの部分もありますが、前ノリ、後ノリ自在のルーズなロックの中にフォークの内省的な青臭さも加味された不思議な落とし所を持ったサウンドはかなりポイント高いと思います。まだ若くいろんなことをやってみたかったし、いろんなアイデアが次々に頭に浮かんでいた時期なんでしょうね、曲調とかはかなりとっちらかった印象を受けますが、それぞれの曲はフックもあり、かなりあと引くサウンドになっていると思います。ロック度の高さではこのひとつ前、ソロになってからもライヴの重要なレパートリーとなっていた「Moon Tears」が収録されていた『1 + 1』のほうがシャープな作りになっているように思いますが、『All Out』固有のどことなくダークな雰囲気は、彼がニール・ヤングの『Tonight The Night』に参加している理由が良く判る共通項があると思います。
続きましては「歯の衛生週間」で「虫歯予防デー」ですから、これですね。ペペ・マイナ『Il Canto Dellarpa E Del Flauto』。邦題『ハープとフルートの歌』。思い切り歯磨きですね。イタロの世界では有名というか、日本でもイタリアン・ロックの再発機運(再発機運というよりこの当時はほとんどのものが日本初発売だったわけですが)が高まった’70年代後半からLP、CDで何度も再発されている作品です。イタリアン・ロックと言いましても、これ、ロックというよりアンビエントに近い内容の作品で、カケレコの一言コメントではチル・アウトという表現も使われていますが、確かにそうだねぇ。ヘンテコな作品ですが一度聴くと頭から離れない不思議なアルバムです。それにしても、その内容にそぐわない汚ったねぇアートワークだよねぇ。磨いているうちに歯茎から血が出そうですね。
歯を見せているアートワークということで、どうやって探しているかというと、iTuneライブラリーに取り込んだ1.8万枚近くのアルバムをブラウズして見ております。性格が雑な割には変なところが妙に細かいもので、1.8万枚近く取り込んだアルバム(まぁ、シングルもあるのですが)中、アートワークがついていないものは3枚しかないので、結構資料として重宝しております。
これで見ていて気がついたことは、50年代、60年代のどちらかというと軽めのジャズ・アーティスト、女性シンガーのアートワークって圧倒的に歯を見せて笑っている写真のものが多いわけですよ。これが70年代に入ると笑っていても微笑み系で歯を見せなくなるんだよねぇ。皆無になるわけではないのですが、ガクッと減るのね。やはり時代の変化なんでしょうが、個人的には興味深かったですね。
3枚連続で同じ笑い方しているアーティストもいました。ネッド・ドヒニーです。1973年発表の『Ned Doheny』、1976年発表でAORの100選とか選ぶと必ず入る人気作『Hard Candy』、1978年の『Prone』どれも歯を見せております。『Hard Candy』はあまりに有名なのでここで書く必要もないかと思いますが、歯に注目していたら目立ったついでに久々に1st『Ned Doheny』を聴いてみましたが、良いですねぇ!これ。曲の完成度やフックという点では『Hard Candy』に及ばないんですが、まだ、LAがスモッグに覆われていてすっきりしない青空だった時代同様、このアルバムのサウンドもどこか曇天、抜けの悪いアコースティック・ファンク。曲自体もはっきりとした輪郭がなく、どこか捉えどころがない。そりゃ、あんた駄目な音楽じゃない、と思われでしょうが、逆なんですよねぇ。だから良いのよ。この捉えどころのなさが聴いていくうちにどんどん増幅され不思議な魅力を持ったサウンドに聴こえてくるんですよねぇ。この当時のフュージョンっぽいバックのつけ方も押しが強くなく大変奥ゆかしいのも魅力的。写真でいうとソフト・フォーカスの魅力そんな感じです。
ブラック系のアーティストは肌の色が歯の白さに対して当て色になっているというのもあって、歯が見えているアートワークのものはどれもビカッと白いです。EARTH WIND & FIREの故モーリス・ホワイト氏、あまりに白いんでこちらが心配になる程ですし、パトリース・ラッシェンも白いなぁ。ロバータ・フラック&ピーボ・ブライソンの『Live & More』なんかはフロント・アートワークで最も白いところがブライソンの白シャツの襟でも白抜きのアーティスト表記でもなくふたりの歯だっていうのも凄いと思いますね。RUFUS時代のチャカ・カーンもかなり白いし、あ、ソロになっても結構歯が出てますねぇ、しかも結構歯自体がでかい。迫力ありますねぇ。おぉ!ジョージ・ベンソンも無駄に白いぞ! ビリー・プレストンも歯がでかくて白いねぇ。見ていてだんだん面白くなってきました。ジャマイカのボブ・マーレーもバッコン、バッコン、ガンジャ吸っちゃっている割には歯が白いですねぇ。ヤニというか樹脂系の茶色ものがけっこう付いちゃうはずなんですけどねぇ・・・。
さて、ブラック系でなに行こうかな。あ、ビル・ウィザースにしましょう。1960年代末からレコードを出していましたが’80年代半ばに引退してしまったアーティストです。低めの声域ながら声量があり、そのジェントルでメローなスタイルはR&Bオーディンスだけでなく、フュージョン、ロックのオーディエンスからも愛されました。ベスト・アルバムのカバーに書いてある「Just A Two Of Us」と「Soul Shadows」はどちらも本人名義のヒットではなく、前者がフュージョン系サックス奏者グローバー・ワシントンJr、後者がTHE CRUSADERSの曲にゲスト・ヴォーカルとして参加したものです。「Just A Two Of Us」ねぇ、名バラードではありますがバブル期のロクでもない思い出がよみがえり、イマイチな感じでしたが、一昨年だったか、いとうせいこう氏の小説『我々の恋愛』の中で物語のひとつのキーとして使われておりがらっと印象が変わった曲でした。いやいや、妙な小説でね。東京郊外の寂れた遊園地に勤務する青年と蚕の町、桐生に住む女性の一種間違い電話から始まる不器用でどこか喜劇的な恋愛とトルコの老詩人と日本の老女の半世紀越しの恋愛がメールを通じて成就しそうになるも9.11同時多発テロによって悲劇へと転じていく、というふたつの恋愛が語られていくわけですが、「Just A Two Of Us」は喜劇的な恋愛の方で主人公の青年の先輩の恋愛の思い出の曲として出てくるわけです。物語もさることながら、主人公の青年とその先輩が遊園地で担当しているアトラクションの設定が秀逸でね。雨にまつわるアトラクションなんですよ。亜熱帯のスコールや、英国のヒースの丘を吹き荒れる嵐、世界の様々な雨を体験できるアトラクションなわけです。現実にはそんなのないでしょうが、かなり想像力を掻き立てられました。本当にあるなら是非体験してみたいです。え〜、脱線しましたね。歯に戻ります。
「Just A Two Of Us」も「Soul Shadows」も良い曲だと思いますが、そりゃ人の曲。ビル・ウィザース無くしてはヒットしなかったにせよ、ビル・ウィザース固有のヒット曲、名曲他にもいっぱいあるじゃん! 「Ain’t No Sunshine (消えゆく太陽)」、「Use Me」、「Lean On Me」といった初期代表曲を網羅したアコースティックR&B鉄板の大名盤『Live At Carnegie Hall』(1973年)は今聴いても思わずグッとくる素晴らしい内容のライヴ・アルバムですし1974年の『’justment』のしなやかなグルーヴ感も素晴らしい。外れアルバムのないアーティストなんですが、僕が最も好きなのは1977年発表の『Menagerie』。アーティスト写真はモノクロですが、しっかりと白い歯がこぼれています。これの1曲めの「Lovely Day」これも彼の代表曲でありヒット曲のひとつですが、70年代アメリカのポップの良いところがギュッと凝縮されたような曲でいつ聴いても幸せな気分になります。弾みまくるベースラインと歌メロを思い切り盛り上げているのですが、それ自体が秀逸なメロディラインを持つホーン・アレンジの妙。本当に良くできたバックトラックです。でもそれ以上にこのアーティストの声の魅力がねぇ。「心配事はあるし、ロクでもないことだらけだけど、君を見ているとね、良い日だと思うよ」何も特別なことを歌っているわけではないのですがほんのり幸せになる曲です。
さて引き続き見ていきましょう。DEF SCHOOL『Don’t Stop The World』思わずしかめっ面の迫力ですが、あまり強く奥歯を噛みしめると歯を痛めそう。イマイチ好きなバンドではないので飛ばします。ドナ・サマーは全体的に口半開き状態で歯こぼれ度高いですね。イラストですがDR.FEELGOODのシンボル・キャラクター、出っ歯おじさんの歯も凄いっすね。エルトン・ジョンは歯殆んど見せないねぇ。反対にエルヴィス・プレスリーは白すぎ。これは修正かもしれませんね。あら、エミルー・ハリスってあんまり歯並び良くない? エリック・クラプトンもほとんど歯を見せてませんね。でもよくよく見て今気がつきましたがこの人、以外と顎が小さいね。噛み合わせどうなんでしょうね? おっ! Fに入って凄いのふたつ出てきたぞ!
まず、FLEETWOOD MACの『English Rose』。アメリカ編集のコンピ盤だったと思います。ブルース・バンド時代のFLEETWOOD MACってシングル・オンリーの曲も結構あり、確かこれってダウナー系ギター・インストの名曲「Albatross」と「Black magic Woman」のオリジナル・ヴァージョンなんかが収録されていたので重宝がられたアルバムだったような記憶が・・・。記憶がイマイチ定かではないのですが「Albatross」って当時はこれとイギリスで出た『Greatest Hits』(1969年)。70年代半ばになってからイギリスで出た水色っぽいアートワークのコンピ・アルバムくらいしか入っていなかったように思います。女装したミック・フリートウッドの写真なんですが、まぁ、凄い口元にして凄い歯ですね。
続きましてはフランキー・ミラー『High Life』。アメリカのビール、ミラーのキャッチフレーズをそのまま持ってきちゃったタイトルでアートワークのアーティスト表記がミラー・ビールのロゴそっくりなのが笑えます。大笑いの顔でもろ歯茎まで写っちゃってますね。歯は白くないですね。イギリス人ですからパブで酒とタバコで鍛えたステインなんでしょうね。内容的にはアラン・トゥーサン偉い! ニューオリンズ最高!っていうのを前面に打ち出した作品でスモーキーで男っぽいヴォーカルを堪能するなら最高のアルバムのひとつでしょう。高校生の時THREE DOG NIGHTの『Hard Labor』聴いて「Play Something Sweet (Brickyard Blues)」を妙に気に入り、普通ならそこからアラン・トゥーサン行くんでしょうが、なぜかこのフランキー・ミラーに行き着きこのアルバムが衝撃的に良かったもので、逆に辿って『Once In A Blue Moon』を買ってこれもまた良すぎて今に至っています。世間一般では『Once In A Blue Moon』のほうが若干評価高いように思いますが、僕はやはり好きな「Play Something Sweet (Brickyard Blues)」が入っているのと、やはり最初のインパクトがね。それと同じニューオリンズ・サウンドを標榜してもフランキー・ミラーはイギリス人、どこか角張っていてゴツゴツしたヴォーカル・スタイルとバックのしなやかで柔軟な演奏とのマッチングがわずかにアンバランスで、そこにイギリス人らしさというかブリティッシュの味わいを感じます。
女性ものに注意してみていくとCARPENTERSのカレン・カーペンターとカーリー・サイモンはアートワークで良く白い歯を見せていましたね。カレン・カーペンターは当時、全アメリカン・ファミリーの愛娘的な存在だったので可憐に笑うというのが一種義務付けられていたようなものですが、カーリー・サイモンは性格からくるものなのでしょうね。この人は写真を良く見ていると顔の全部のパーツが大きいですね。歯自体も大きいです。70年代エレクトラ・レーベル時代の作品はあんまり笑った写真というのはないのですが、80年代後半BMG時代あたりから歯を見せて笑う写真のジャケットが多くなります。これもまた時代の影響もあるのでしょうが、彼女自身の人生観の変化みたいなものも感じてしまいます。
歯は大事ですからね。子供の頃、毎週土曜の夜にドリフに言われてましたもん、「歯、磨けよ!」ってね。しかし、回を追うごとにどんどん変な企画になっていっているような気がします。来月はどんな迷走ぶりを見せるんでしょうかねぇ、と他人事のように書いておりますが・・・。
さて、今月の1枚。先週、LAに行っていました。担当のMR. BIGがニュー・アルバム『Defying Gravity』を6月21日にリリースすることになり、PV撮影が行われることになったためそのBロール(PV撮影風景ビデオ)撮影を行いました。今回の特色は、4thアルバム『Hey Man!』以来21年ぶりにプロデューサーのケヴィン・エルソンが復帰。90年代のロック・シーンを席巻した初期4枚のアルバムを担当したプロデューサーが再びMR. BIGを手がけることになったという点でしょう。2014年発表の前作はドラムのパット・トーピーのパーキンソン病発症でバンド自体かなり動揺したこともあり、制作スケジュール自体が大混乱となり、楽曲ごとは悪くないものの、全体の整合感に欠ける作品となってしまいましたが、今回はかなり良いです。個人的にはこれこそが5thアルバムと声を大にして言いたいほど、楽曲の質、演奏どれも極上の仕上がりになっています。すでにラジオ・オンエアーが始まっているタイトル曲の仕上がりもさることながら、僕が興味深かったのは「Mean To Me」という曲。物凄く正確にして細かいリズム・パターンは作曲したポール・ギルバート自身が実はクリスティーナ・アギレラの「What A Girl Want」が元ネタだったと明かしているのですが、リフはこれ、CHICAGOの「25 Or 6 To 4 (長い夜)」みたいでして。「25 Or 6 To 4」って物凄くインパクトの強いリフの割に、ギターを一度も触ったことがない人でも教えてあげればすぐ弾けるようになるというものなのですが、似たようなリフでありながら、このMR. BIGの「Mean To Me」は難しい。あのビリー・シーンをもってしても、座ってしっかりベースをホールドし、右手も普段は指3本弾き(ほとんどのベーシストは指弾きの場合人さし指と中指の2本。親指等を使うスラップ・ベースの場合は別だけど)だけど、この曲は小指まで動員して指4本使わないと弾けなかったそうで。実際、ベース持って合わせてみたら確かにこれを正確に弾くのはかなり難儀でしたね。初心者でも弾けるリフが、世界最高峰のギタリスト、ベーシストをもってしてもアルバム中ナンバー・ワンの難しさと声をそろえるリフになるというのが妙に面白かったです。
「イタリアのマイク・オールドフィールド」の異名を取るマルチ・ミュージシャン。77年作。ギター、シンセ、ハープ、フルート、タブラ、シタールなど、すべての楽器を自ら演奏し丁寧に紡いだ、ユートピア志向溢れるエスニックなソロ作。温かみを宿した瞑想的なサウンド・メイキング、リズムとビートに重きを置いたワールド志向のアプローチ、そしてサイケデリック終焉後=ノンドラッグな作風という意味では、ジョー・ザヴィヌルのソロ作などが好きな方にも推薦です。
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