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「音楽歳時記」第一回: 2月 ヴァレンタイン・デイとドノヴァン 文・深民淳

2月というと節分という行事もあるが、やはりこの月はなんと言ってもチョコレート業界の陰謀としか思えない、毎年アホな盛り上がりを見せるバレンタイン・デイに尽きるだろう。海外由来の行事としては元々、土着の行事に近かったハロウィーンや海外行事換骨奪胎の元祖、クリスマスと並び日本中が暴走する様は毎年、唖然とする。なんと言っても「義理チョコ」なんていう、思い切り日本的なものまで出てくるとは聖バレンタインもびっくりだ。

で、その聖バレンタイン・デイだが、現在のカトリック教会の典礼暦からは除外されている。聖バレンタインことヴァレンティヌス自体の存在とその伝説の異説があまりに多く、没年も諸説ありバレンタインの伝説自体の創作を疑われているからだそうだ。

愛を告白するなどと言う、こそばゆい現在のバレンタイン・デイの趣旨に対し、そのオリジンはかなり血なまぐさい。ローマ帝国時代、2月14日は家庭と結婚の神である女神ユノの祝日だったそうだ。その翌日2月15日からは豊年を祈願するルペルカリア祭が始まる。祭りの前日、つまり2月14日に結婚前の若い娘たちは自分の名前を書いた紙を桶に入れ、独身の男たちは祭りの初日にその桶から紙を拾い上げ、名前の書かれた娘と祭りの期間中一緒にいることを許された。婚姻前の男女は別々に住むことを義務づけられていた時代のこと、祭りの間一緒だった男女がそのまま結婚するというケースが多かったのだそうだ。しかし、ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は愛する女性を故郷に残していると兵士の士気が下がるという理由で、ローマ帝国兵の婚姻を禁じた。この禁を破り、キリスト教司祭であったヴァレンティヌスは秘密裏に帝国兵士の結婚を司っていたのだが、これが発覚し、ヴァレンティヌスは捕らえられ、ルペルカリア祭の前日、女神ユノの祝日である2月14日に処刑され、ルペルカリア祭の生け贄として捧げられたのである。キリスト教会は後に、異教の祭事を教会暦から排除するため、ルペルカリア祭自体をローマ帝国の迫害を受け処刑された殉教者ヴァレンティヌスに由来する祭りにすり替えた。豊年祈願の祭りは男女間の愛と婚姻を司ったために殉教者となったヴァレンティヌスを讃える祭りに変化したのである。

この概略を踏まえ、我々が聴く音楽の世界でバレンタインにまつわるものを見渡していくと、例えばコロシアムの代表作『バレンタイン組曲』やシューゲイザーの総本家ともいうべきバンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインがぱっと頭に浮かぶが、今回紹介するのはドノヴァンが1973年後半に発表した通算13作目のアルバム『エッセンス・トゥ・エッセンス』だ。

60年代前半にボブ・ディランに対する英国からの回答的な位置づけでデビューしたドノヴァンは、60年代後半、フォークを基調としながらも折からのサイケデリック・ムーヴメントの波に乗り「メロー・イエロー」、「サンシャイン・スーパーマン」、「魔女の季節」、「ハーディ・ガーディ・マン」等のヒット曲、代表曲を次々と発表してきたが。1969年にはプロデューサーのミッキー・モストの勧めもあり、同じマネージメントに所属していたジェフ・ベック・グループと『バラバジャガル』をレコーディングする。

同作はポップ・スター路線を極めた作品として今も人気が高いが、一方では、この時期ドノヴァンは家族や仲間とマン島でコミューン生活送った時期でもあり、私生活ではおよそポップ・スターとはかけ離れた生活を送っていた。この反動からか、続く70年の『オープン・ロード』(この時のバックバンドはそのままオープン・ロード名義でアルバムを出している)、71年の『HMSドノヴァン』は前者がストレートなフォーク・ロック体質、後者が結婚を機に作り上げた子供のための多分にスピリチュアルな要素も含んだファンタジー・アルバムと、実際の生活に則した形の作品を発表するも、チャート上ではヒットとならず、『HMS』に至ってはアメリカで発売されず終わっている。

ただ、この作品で一部ではあるが、69年以来疎遠になっていたミッキー・モストとの共同作業が復活し、これを機に彼はポップの世界に復帰する。折からブームであったグラム・ロックのスター、デイヴィッド・ボウイやマーク・ボランらがドノヴァンから受けた影響を公言するなどの追い風を受け、72年後半にはミッキー・モスト、プロデュースのもと、アルバム『コズミック・ホイールズ』を制作する。この時、同じスタジオで作業していたアリス・クーパーの依頼を受け彼のヒット作となった『ビリオン・ダラー・ベイビーズ』のレコーディングに参加したことがアルバム発売前の絶好のプロモーションとなり、翌’73年3月に発表された『コズミック・ホイールズ』はドノヴァンにとって久々のヒット作となったのである。

説明が長くなったが『エッセンス・トゥ・エッセンス』は英・米ではこの『コズミック・ホイールズ』に続くアルバムなのだが、実は日本だけ、この2作の間に2度目のジャパン・ツアーのライヴ・アルバムで、日本のみの発売となった『ドノヴァン・ライヴ・イン・ジャパン・1973・スプリング・ツアー』発売されている。このアルバムの成立背景が『エッセンス・トゥ・エッセンス』を知る上で重要なポイントとなるのだ。

アルバム『コズミック・ホイールズ』はミッキー・モストの戦略もありグラム・ロック・ムーヴメントに乗った形で、ロック・スター、ドノヴァンの新たなアイコンを作り上げたわけだが、この年、60年代後半のサイケデリック・ムーヴメントあたりから欧米でもブームとなっていた禅の思想が大きなピークを迎え、ドノヴァンも禅や東洋哲学により強く傾倒していった時期でもあった。また、キャット・スティーヴンスは1972年に禅の悟りに至る道程を10枚の絵で表した十牛図の4枚目『得牛』をアルバム・カヴァーとタイトルに冠した『キャッチ・ブル・アット・フォー』をこの年発表しており、このアルバムのヒットもドノヴァンに影響を与えたものと推測する。

要するに、この時期彼は日本に行きたかったのである。禅の国を再訪したかったのだろう。幸い『コズミック・ホイールズ』が日本でも好評だったことでツアーは決まった。後に『エッセンス・トゥ・エッセンス』に収録される曲はこのツアー前からレコーディングが始まりとツアー中にも収録曲が曲追加で書かれている。

日本のみでLPとして発売されたのみで今となっては幻となっている『ドノヴァン・ライヴ・イン・ジャパン』だが(「Sadness」と「Universal Soldier」のみ90年のライヴ・コンピレーション『ライジング』に収録されている)、筆者はこの時のツアーを東京で観ている。会場は武道館。バックバンド無しで周りに花がレイアウトされたステージにひとり胡座をかいて座り、『コズミック・ホイールズ』のジャケットで抱えていたゼマイタスのコズミック・ギター1本の弾き語りというものだった。(武道館でピンでライヴをやったアーティストっていたか、と考えてみたが、長渕剛くらいしか思い浮かばなかったな、他は・・・)

実際の公演は後半、過去のヒット曲も演奏したが『ドノヴァン・ライヴ・イン・ジャパン』は直後に発表される『エッセンス・トゥ・エッセンス』収録の新曲3曲の他、後のアルバムで発表される曲が全14曲中計6曲も含まれていたのである。

話は大きくワープしたが、この『エッセンス・トゥ・エッセンス』の9曲目(LPではB面3曲目)に収められていたのが、そのバレンタイン・デイにちなんだ「セント・バレンタイン・エンジェル」だ。バレンタイン・デイの本来あるべき姿である、愛の形がファンタジックなメロディで淡々と綴られている。その一方で、日本公演で発売前の新曲として披露された「幸せになるための準備をしておこう、人生はメリー・ゴーランドのようなものだから、今回逃しても最後には愛が回ってくる」と歌う「ライフ・イズ・メリー・ゴーラウンド」、映画「小さな恋のメロディ」出演で主役のマーク・レスター以上の人気を博したジャック・ワイルド主演の「ハメルンの笛吹き」の挿入歌で静謐なバラード「セイリング・ホームワード」(ドノヴァンはパイド・パイパー役で出演、映画では「ライディング・ホームワード」というタイトルだった。ちなみに本作収録版のピアノはキャロル・キング)、「人間の尊厳を歌って~」と訴えかける感動的な「ディグニティ・オブ・マン」が秀逸なナンバーがスタジオ・レコーディングで新曲として収録されている。

ロック・スター然としてアクの強い作風だった『コズミック・ホイールズ』から『エッセンス・トゥ・エッセンス』への変貌はかなり落差が大きく、ロックなドノヴァンを期待した欧米のファンには、この墨絵のような侘寂の世界観を持ったバラード中心の作風は思い切り不評でアルバム・チャート的には100位にも届かず終わる結果となってしまう。

だが、今は良い時代だ。リアルタイムでは惨敗した作品でも再評価されるし、当時の風評など知らずまっさらな耳で聴いてくれる音楽ファンが限りなきいる。ドノヴァンが元々持っていたキリスト教的博愛精神と禅や東洋思想が渾然一体となった『エッセンス・トゥ・エッセンス』はこの時期のドノヴァン以外紡ぎ出すことのできない音楽を見事に反映させた作品となっていると思う。

ドノヴァン以外で、この作品の功労者は誰だったのかを考えると真っ先に浮かんでくるのは、再びミッキー・モストと袂を分かち、本作で共同プロデューサーに起用したアンドリュー・ルーグ・オールダムだ。初期ローリング・ストーンズのマネージャーとして、またイミディエイト・レーベルの創設者として知られるこの人物は一方で、ポップ・オーケストラ分野でも数多くのアルバムを残している。ストリングスに関しては達人域に達しているオールダム人脈で、曲調によりデル・ニューマン、アンドリュー・パウエルを使い分け、墨絵のようなこの作品固有のサウンドスケープの背景にうっすらと霧のように佇むストリング・セクションをプロデュースしている。その控えめな美しさもこのアルバムの大きな魅力のひとつとなっているのである。

今回の本題である「セント・バレンタイン・エンジェル」も『コズミック・ホイールズ』や次作の『7ティーズ』に収録されていたらまったく違う切り口の曲になっていたに違いない。

ほんの少しクリーム色がかった背景に白無垢の着物を着て正座するドノヴァン。このアートワークどおりの西洋と東洋が渾然一体となった名作だと思いますね。チョコレート戦争とはひと味違うバレンタインの風景が見えてくる作品として選んでみました。

追記:昔、『コズミック・ホイールズ』は豪華ゲスト参加!と言われていましたが、今となっては、『エッセンス・トゥ・エッセンス』のほうが豪華に思えます。ピアノで参加のキャロル・キングに始まり、オールダムが昔のよしみで呼んできたと思われるピーター・フランプトン、スティーヴ・マリオット(残念ながら別々の曲に参加)、リズム・セクションにデレク&ザ・ドミノス組のカール・レイドル&ジム・ゴードン、ダニー・コーチマーらが結成したセクションがバンドごと参加している曲もあり、他にもヘンリー・マカロック、アラン・スペンサー、ニッキー・ホプキンス、トム・スコットら参加。結構気になる人多いでしょ?

文・深民淳

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