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「音楽歳時記」 第三十八回 3月 世界気象の日 文・深民淳

2月7日、MR. BIGのドラマー、パット・トーピーが亡くなりました。享年64歳。2014年に公表したパーキンソン病に起因する合併症により亡くなったと言われています。ポール・ギルバートをずっと担当してきたことから、MR. BIGも2009年の再結成ツアーから今日に至るまでずっと担当してきました。8年以上の付き合いになります。色々なことを企画し、アルバム制作にも関わってきたこともあり、これまで担当してきたバンドの中でも思い入れはひときわ大きく、いつも笑顔で無理難題に取り組んでくれたパットがいなくなったという事実をまだ受け入れることができません。

MR. BIGのメンバーはそれぞれがまぁ、曲者でして、良い人たちではあるのですが、なかなか一筋縄ではいきません。パットもある意味、けっこう頑固な一面がありましたが、どこかバンドの良心みたいなイメージがあり、ツアー中も頻繁に食事に出かけていたりしていたこともあり、言葉では言い表せない喪失感を感じています。

色んなことを思い出します。2011年ツアーの初日の大阪城ホール公演。この日はMR. BIGにとって日本100公演めの記念すべきライヴで、CD化もされていますが、この日、一番楽しそうだったのがパットでした。他の3人ほどソロ活動に積極的ではなかったこともありますが、自分のバンドに対する思い入れが誰よりも強かったのでしょうね。あの日のパットの晴れやかな笑顔は今も鮮明に目に浮かびます。続く金沢では移動日の夜、パットとビリーと食事に出かけたのですが、焼肉が良いということで、地元のプロモーターに頼んで予約してもらった店で、座ってオーダーしてようやくドリンクが来て100公演目の成功を祝い乾杯した瞬間、隣のテーブルのグリルから火柱が上がり天井まで燃えそうな勢いのボヤ騒ぎになり、這々の体で逃げ出し、少し離れたところから店を見上げると窓から黒い煙がもうもうと・・・。仕方なく他の焼肉店を見つけ再度乾杯した時、パットが「ところでさ、さっきの店、逃げ出す時ドリンク代払ったっけ?」。僕たち不可抗力ではありますが、飲み逃げしちゃいました。

細かいエピソードが次々に頭に浮かび、その度に泣きそうになります。確かに昨年9月から10月にかけてのジャパン・ツアーでのパットは、その前の2014年ツアーに比べまた一段病気の進行が進んだ印象を受けましたし、ツアー終わりに関西国際空港で別れる時、2017年のツアー中毎日続けていたツアー・ダイアリー用の最後のメッセージを撮り、ビデオカメラを止めた後、軽い気持ちで僕が「次は2019年の30周年ツアーで会うんだよね?」と訊くと「つぎは無理かもしれない」みたいな意味のことを言ったのです。その時はバカなこと言うなよと思い、互いにハグして「またな!」と別れたのですが、それが今生の別となってしまいました。凄く落ち込んでいます。彼の残したソロ・アルバム『Odd Man Out』、『y2k』(共にうちから再発しました。その際、彼がライフストーリーを語ったロング・インタビューDVDを加えたデラックス・エディションも制作しました。パーキンソン病と向き合い生きていく決意を固めた後半の発言は今も心に響きます)を聴き、MR. BIGと共に彼が残した音源を様々なことを思い出しながら聴いています。本当に、仕事の枠を超え、パット・トーピー、人として大好きでした。ドラマーとして活動することは無理だったとしても、その経験を活かした仕事でまだ一緒に何かやりたかったし、家族との時間も、もっと一緒にいたかったでしょう。心から哀悼の意を表します。

さぁ、気分を変えて行きましょう。それでは、語呂合わせで決まった記念日から。3月2日「ミニチュアの日」、3月4日「ミシンの日」、3月5日「珊瑚の日」、3月8日「ミツバチの日」、3月10日「砂糖の日」、3月12日「財布の日」、3月13日「サンドイッチ・デー」(3が1を挟んでいることからだそう。これは結構OKな感じかと・・・)、3月21日「ランドセルの日」(3+2+1で小学校の修業年数6年になることから)、3月27日「さくらの日」(「咲く」にひっかけ3×9=27になることから)、3月28日「三つ葉の日」などがあります。一発で判るものから、なんだかなぁ、というものまで色々ありますね。

このコラムに関連したものでは、3月9日「レコード針の日」というのがあります。カケレコはCDメインのウェブショップですから、レコード針はあんまり関係ないのですが、ま、ここに目を通していただいている方のほとんどはレコードの時代を経験している方かと・・・。はっきり由来が書いていないのですが、エジソンが蓄音機を発明した日に由来しているようですね。ちなみに3月19日は日本音楽家ユニオンが1991年に制定した「ミュージックの日」だそうです。「ミュー(3)ジック(19)」をひっかけたこれも語呂合わせですね。

 色んな記念日があるものですが、今月はこれで。3月23日「世界気象の日」。1950年のこの日、世界気象機関(WMO)が気象の共同観測、資料交換などを推進し気象観測の精度を高めていくために発足したのを記念して制定されたそうです。

天気にまつわる作品というとまずこれが頭に浮かびます。昔から好きな作品です。ジョン・マーティン『Bless The Weather』。1971年発表のソロ3作目にあたる作品です。前作となる1968年発表の『The Tumbler』から間が空いているのはその間に結婚したベヴァリー・マーティンとのデュオ作が2作続いたためです。ジョン&ベヴァリー・マーティンのアルバムは以前紹介させてもらいました。ジョン・マーティン、初期の傑作としては誰もが1973年発表の『Solid Air』を挙げるかと思います。ジャズ・フュージョンやアコースティック主体の作品ながらどこかファンキーな色あいも感じさせる『Solid Air』は確かに良いアルバムですが、英国新進気鋭のフォーク・シンガーから後の唯我独尊ジョン・マーティン・ワールドを創出する出発点となった『Bless The Weather』も『Solid Air』と並び英国のフォークが好きなのであれば是非押さえておいてもらいたい作品です。オープニングの「Go Easy」がまず秀逸です。アシッド感を湛える気怠いアコースティック・ギターに乗るジョンの歌声は歌というよりなんだかマンブリングというか念仏というか、のっけから前2作の雰囲気とは大きく異なる大らかなヴォーカル・スタイルが取られており、音楽のスケールが格段に拡がった印象を受けます。先のジョン&ベヴァリー・マーティン2作品でもジャズ・フュージョン的なアプローチは随所に見られましたが、ジョン&ベヴァリー・マーティン時代の楽曲がジャズ・フュージョンの雰囲気をまぶした印象とすればこの『Bless The Weather』はさらに一歩突っ込み完全にそれを取り込んだ印象です。また中近東やアフリカなどエスニック・サウンドの要素も加わり、サウンドがグローバル化している点も見逃せません。「Go Easy」を筆頭にタイトル曲、スワンプ色も感じさせる「Sugar Lump」、硬質なプログレ・ジャズ・フュージョン・インスト曲「Glistening Glyndebourne」を始めアクは強いが印象的なナンバー目白押し。個人的には神経が高ぶったときのチル・アウトとして重宝しています。あ、そういえばこのアルバムにはミュージカルのスタンダード・ナンバー「雨に唄えば」のカヴァーも収録されています。

Go Easy

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Weatherといえば、Weather Report。作品数多いですね。一般的には故ジャコ・パストリアス在籍時の『Heavy Weather』、ライヴ『8:30』あたりの人気が高く、王道ジャズ・ファンからは「ん、なもの邪道」と言われ、ジャズ・ファンクが好物の方々からは初期ミロスラブ・ヴィトス期は良いけど、あとはダメとか。まぁ、みんな言いたい放題論評されているバンドです。僕なんかはジョー・ザヴィヌルのひんやり感に今一つ馴染めずあんまり入れ込んだ口ではありませんでしたが、それでもジャコ在籍時の来日公演は観ましたね。ここで紹介するのは1976年発表の『Black Market』です。『Heavy Weather』のひとつ前の作品ですね。Weather Reportはジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーター以外のベース、ドラムの交代が多かったバンドですが、特にドラムはコロコロ変わっており、この『Black Market』では基本、後にジャン・リュック・ポンティ、Genesisで活躍するチェスター・トンプソンなのですが曲によってはナラダ・マイケル・ウォルデンが叩いています。ちょうどベースがアルフォンソ・ジョンソンからジャコ・パストリアスに変わる時期に制作された作品なので、両者のプレイが収められたお得感溢れる作品だったりもします。Weather Report、この時期になると既にジャズ濃いめというより、ファンクがかったプログレ・バンドみたいな印象が強く、この時期既に稼働していたBrand Xを初めとする英国ジャズ・ロック、イタリアのジャズ・ロックには大きな影響を与えています。ピーター・ゲイブリエル脱退後のGenesisがツアー・メンバーにチェスター・トンプソンを引っ張り込んだのも間違いなくこのアルバムがもたらした影響でしょうし、一時はアルフォンソ・ジョンソンもGenesis参加か?とかCamelが粉かけているとかいう噂が当時飛び交っておりました。

Black Market

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さて雨といえば、そりゃジリオーラ・チンクェッティなのですが、ここではTrafficの『Low Spark Of Highheeled Boys』(1971年)収録の「Rainmaker」を挙げます。世間一般では名作とされているのは1stとスティーヴィー・ウインウッドがソロとして制作を始め結果Trafficのカムバック作となった『John Barleycorn Must Die』あたりで人によってはデイヴ・メイソン大活躍でスワンプ色も押し出した2nd『Traffic』が良いのではないか、というところかと思いますが、僕はこれですねぇ。強引にカテゴライズすればこれジャズ・ロックです。ダウナー系のね。オリジナル・メンバー、ウインウッド、ジム・キャパルディ、クリス・ウッドに加えベースにリック・グレッチ、ドラムは確かジム・ゴードン、パーカッションにリーバップというラインナップなんですが、この人選の妙というのでしょうか、普通その辺のバンドがやったら確実に盛り上がる箇所も全然盛り上がり感なしというか全体ドヨーンとしたひんやり感が支配するサウンドなワケです。演奏もなんだか生硬い感じです。この生硬い感の原因は歌とキーボードはスポンタニアスだけどギターはぎこちないウインウッドのプレイに依るところも大きいのでしょう。こう書いてしまうとダメなアルバムのように思えるでしょうが、このアルバムに限ってはそのぎこちなく生硬いひんやり感が逆に味になっており不思議な輝きを湛えた作品になっているワケです。で、「Rainmaker」ですが出だしはこの前のスタジオ作品『John Barleycorn Must Die』のタイトル曲のようにトラディショナル・フォーク風なんですが聴いているうちにジャズ・ロックにすり替わっていくのです。あんまりにもスムーズに展開していくので違和感全くないのですがよく考えれば変な曲なワケですよ。『Low Spark Of Highheeled Boys』はなんか一種騙し絵を見ているような感覚に陥る不思議な魅力に溢れた作品です。アルバム・タイトル曲は間違いなくダウナー系ジャズ・ロックの逸品であるということも書き添えておきます。
ちなみにでもライヴは雰囲気違うんじゃないですか、と思うでしょうが、リズム・セクションがマッスルショールズのミュージシャンに替わり行われたツアーからのライヴ・アルバム『On The Road』を聴いてもらうと分かるのですが、ライヴもひんやり感そのままなんですね。淡々と盛り上がっております、という雰囲気。もう他では味わえない不思議な質感が楽しめます。

Rainmaker

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Genesisの多分、ブートなんでしょうけど『A Glimpse In The Night』というアルバムがありまして、ライヴでもスタジオ・アウトテイクスを集めたものでもなく要は既存曲を繋げた一種のコラージュ作品なんですが何年か前にネット上でちょっと話題になりました。その時どこかにないかなぁとネットを探し、見つけてダウンロードしたのですが、落としたまま聴きもせずいたワケです。ちょっと前にiTuneライブラリーの整理をした時に見つけて、見たこともないジャケットだったのでなんじゃ?ということになり、数年ぶりにGenesisを聴いたのですが、この『A Glimpse In The Night』結構よくできているんだ。つまんなかったら即ゴミ箱行きといった感じで聴き始めたのですが、結局最後まで聴いてしまいました。もう一生分聴いたかなぁ、といった感じだったGenesisが妙に新鮮に聴こえ、Genesis再び聴きこんでしまいました。で、雨の次は雪です。『…And Then There Were Three…』収録の「Snowbound」。今ふと思いましたが『…And Then There Were Three…』ってリトル・ニモを題材にした「Scenes From A Night’s Dream」で前に一度紹介しているような気が・・・。ま、違う曲だから良いかということで続けます。その「Snowbound」。トニー・バンクスがガンバちゃって、なんだかクリスマス・ソングみたいなノリもあります。実際、タイトルをど忘れして、ネット検索も面倒だしGenesis好きの友人に電話して『…And Then There Were Three…』に入っているクリスマス・ソングみたいな曲のタイトルなんだっけ?と尋ねたら、そりゃ「Snowbound」と0.4秒ほどで答えてくれました。というわけでそれがクリスマス・ソングみたいだと思っているのは僕だけではないようです。『…And Then There Were Three…』は個人的に発売当時から今一つピンとこなくてほとんど聴かないGenesis作品Best 5に入っていたのですが、ここにきてよく作品となりました。正規作品ではないようなのであんまり大きな声では言えませんが『A Glimpse In The Night』結構面白いです、と小声で言っておきます。

晴れはどうしよう。あ、これで行きましょう。Bronco『Ace Of Sunlight』(1971年)。英国ロック史に名を残す名ヴォーカリスト、ジェス・ローデンと後にSilverhead、ロバート・プラント、ジュリアン・レノンのバックで活躍するロビー・ブラントが在籍したバンドです。『Ace Of Sunlight』はアイランド・レーベルからの2ndにあたり、バンドはポリドールに移籍し1973年に3rdアルバム『Smoking Mixture』を発表しますがこの時には既にローデンとブラントは脱退していました。英国産カントリー・ロック、ブリティッシュ・スワンプ路線のサウンドみたいな紹介のされ方をしています。ま、実際カントリーっぽいナンバーは収録されていますが、それよりもジェス・ローデンのR&B体質を活かした気怠いサウンドが大半を占めており、黄昏感漂い英国ならではの湿り気のあるR&Bロックというイメージです。オリジナルのアナログ時代から抜けがあまり良くないサウンドでそれが逆に曇りのムード満載の英国ロック然とした空気を伝えています。同傾向のVinegar Joeなんかもそうですが、このBroncoも演奏は達者で、ハードにドライヴするサウンドは少ないながら、曲間のインストパートは非常にセンスが良く安定感のある演奏が満喫できます。ジェス・ローデンのヴォーカルは既に非凡な才能を発揮しており、語りかけるようなソフトな唱法からシャウトまでハイレベルなヴォーカル・パフォーマンスが堪能できる素晴らしい仕上がりを見せています。オープニングの「Amber Moon」ではアイランドのレーベルメイトだったMott The Hoopleのイアン・ハンターがピアノ、ミック・ラルフスがオルガンでゲスト参加しています。Mott The Hoopleもデヴィッド・ボウイと知り合う前、フォーク・ロック的色合いを打ち出した『Wildlife』を発表した頃だったこともあり、このBroncoに共感するものがあったんでしょうね。結局、このBroncoは大きな成功を収めることなくブラントはSilverheadへローデンはその才能を買われ、アイランドからソロで再デビューすることになりますが、2人の才能は既にこの作品で開花しており、十分聴くに値する作品となっていると思います。

Amber Moon

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今月の1枚は冒頭で書いたパット・トーピーの2枚のソロ・アルバムのボーナス・トラックを加えた再発に2015年11月8日に彼の自宅で収録したパット・トーピー自身が生い立ちから、音楽的影響、ドラマーとしてのキャリア、パーキンソン病のことなどすべてを語ったロング・インタビューDVDを合体させた『オッド・マン・アウト+y2k+DVD デラックス・エディション』を挙げたいと思います。長いこと廃盤になっていた彼の2枚のソロにそれぞれ、5曲ずつのボーナス・トラックを加えた拡張版で『y2k』のほうには、MR. BIGが2014年に発表した『…Stories We Could Tell』に収録された日本のファンへの感謝を込めた楽曲「East West」のデモ・ヴァージョンも収録されています。インタビューDVDは3パートに分かれており、それぞれ彼の真面目な人柄がよく出たものなのですが、パート3のパーキンソン病に罹っていることを知った時のことを回想するシーンは涙無くしては見ることができません。あれから2年数ヶ月でこんなことになるなんてねぇ。残念です。また、パット・トーピーの思い出を未公開映像も含め編集した約14分間のムービーも制作しうちのレーベル・ホームページ(WOWOW Entertainment)で今週末から公開することになっています。MR. BIGファンのみならず多くの人に見ていただければ幸いです。




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