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「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう@カケハシ 60年目のユ・ウ・ウ・ツ篇」 第四十回 とあるキャメルの「不幸」  文・市川哲史

第四十回: とあるキャメルの「不幸」


たぶん私は、人生で一度もキャメルの原稿を書いたことがない。にもかかわらずこのカケハシのコラム連載を5年前に始めたとき、タイトルバックのヴィジュアルがどっから見てもキャメルの『ブレスレス』だったから、驚いた。まるで私がやらずぼったくりみたいで、アンディ・ラティマーに申し訳ないじゃないか。というわけで、連載40回目にしてようやく、謹んで書きます。



百人いれば百人が〈抒情派プログレ〉と形容するバンド、キャメル。これはこれで強力な訴求力だ。だけど「抒情派」とラベリングされるのって、はたして本人たちにとって幸福なことなんだろうか。

キャメルに限らず、ムーディー・ブルースだってバークレイ・ジェイムズ・ハーヴェストだってルネッサンスだって、おそらくどのバンドも「プログレを演ろう」なんて最初は思ってなかったはずだ。英国独特ののどかさをどこかしらに湛えたポピュラーなロックを始めたはずが、「抒情派」なんてカテゴライズされたために、気がついたら〈プログレッシヴ・ロックなるもの〉を演る羽目になってた数奇な運命のひとたち。

でも気にするな。それが人生だもの。


私にとってのキャメルは、2007年リリースのライヴDVD『MOONDANCES : CAMEL LIVE 1976-1977』を観たら集約されていた。おもいきり。

この映像作品はなかなか絶妙な構成で、Ⓐ1976年4月14日ハマースミス・オデオン6曲+Ⓑ1977年10月1日(←でもクレジットは9月22日)ヒッポロドローム11曲の両ロンドン公演を収録している。でⒶは4thアルバム『ムーンマッドネス~月夜の幻想曲(ファンタジア)』、Ⓑは5thアルバム『雨のシルエット』のリリース直後のツアーだから、つまりラインナップ的には、Ⓐがアンディ・ラティマー+アンディ・ワード+ダグ・ファーガソン+ピーター・バーデンスの【初代キャメル】最後の雄姿で、Ⓑはベースがリチャード・シンクレアに交替した上にメル・コリンズ師匠が加入した【新装開店キャメル】大爆発の図、となる。比較検討にはもってこいだ。


まずⒶに象徴されるオリジナル・キャメルだが、やはり純然たるギター・ロック・バンドである。『ミラージュ』とか『スノー・グース』とか、ファンタジーな固定観念に騙されてはいけない。とにかくラティマーが弾きまくる。インスト曲が圧倒的に多いし、貴重なヴォーカル曲も唄パートはかなり控え目だが、その分ラティマーが弾きまくる弾きまくる弾きまくる。

たとえば“月の湖”。手数の多いワードのドラムも相まって〈英国一かっこいい、歌のない歌謡曲〉である。人呼んで〈雪原のサンタナ〉。キャメルってあのサンタナと較べても、演奏内容そのものは実はほぼ互角なのに、熱量が極めて低いから文系っぽいというかカレッジっぽいというか、その室内音楽感が私の好奇心を摑んで離さない。“レディ・ファンタジー”で聴かせるバーデンスのハモンドも同様、だ。

ただ、ラティマーが唄うのだけはよした方がいい。彼が唄い始めた瞬間から聴いてるこっちが居心地悪くなる“月夜の幻想曲”は、別の意味で聴きものかもしれないが。


そんないたいけなバンド・アンサンブルが信条のキャメルが、生まれて初めて積極的に転換を図った結果がⒷになった。ジャズ色もお手のもののメルコリと、キャラヴァンやハットフィールド&ザ・ノースといったカンタベリー系ジャズ・ロック村の住人シンクレアの加入で、アルバム『雨のシルエット』は【ジャズ・キャメル】に見事に舵を切ったーーとよく言われる。パンク旋風吹き荒れる1977年の全英チャートで、過去最高の20位を獲得できたのもそのおかげだ、と。そうかなあ。


ちなみに私が初めてリアルタイムで買ったキャメルはこの『雨シル』で、直接的な購買動機は「イーノが1曲参加してるから」であった。すまん。


しかしこのときのキャメルの変化はアルバムを聴くより、Ⓑのライヴを観れば一目瞭然なのだ。百倍わかりやすい。

もう1曲目の“光と影”からずーっと、メルコリ吹きまくり。『雨シル』収録の新曲群は当然だが、『スノー・グース』や『ムーン・マッドネス』の旧曲でもしっかり居場所をキープしていたのだ。“醜い画家ラヤダー”ではラティマーとWフルートを披露するし、“月の湖”ではギターと異種格闘技戦。もろメルコリ節炸裂サックスとラチィマーの5万倍は上手いシンクレアのヴォーカルが、デビュー曲“ネヴァー・レット・ゴー”をえぐいジャズ・ポップソングに輪廻転生させたのも、かなり目立つ。

要するに、ずっと不在だったフロントマンがようやく誕生したのだ。ヴォーカルの優先順位が極めて低く、主役のラティマーには華がない。そりゃ高度な人力アンサンブルを粛々と聴かせるほかなかったライヴ。ところがメルコリの吹くサックスがフルートがオーボエが、リード楽器として華と艶を持たらしてくれた。自分には不向きのフロントマン業務を半分以上肩代わりしてくれるメルコリの登場を、誰よりもラティマーがもろ手を挙げて大歓迎したはずなのだ。

一応言っておくが、メルコリだって容姿に恵まれてるわけじゃないし、フロントマンとしての立ち振る舞いなんて、他のバンドなら絶対に求められたりしない。そんな彼がこれだけ重宝されたキャメルってやっぱり変だし、だからこそ彼の参加が最大の変革なのであった。


このライヴ映像を観ると、メルコリは本当に頑張ってたのだ。ラティマーの見せ場的楽曲では一歩退いてタンバリンや打楽器を叩いてお茶を濁し、“ラヤダー街へ行く”ではアルトサックスで駱駝の隊列を見事に表現してみせる。音響さんですかもはや。

ところが1978年9月発表の次作『ブレスレス~百億の夜と千億の夢』および翌1979年1月の初来日公演を含む新作ツアーを最後に、メルコリは脱退してしまう。本人の一身上の都合なのか誰かの解雇通告なのか知らないが、もったいないもったいない。

『雨シル』からの唯一のシングル曲“太陽のハイウェイ(←おいおい)”は、ジャズへの接近云々以前にキャメルがキャメルとして初めて、〈商業音楽〉であることを意識して録音した楽曲だったと思っている。ラティマーが唄った時点で構想は破綻してる気もするが、曲自体は当時のビリー・ジョエル系米AOR感満載だった。サックスも効いていた。

キャメルは勝負を賭けたのだ。《メルコリ》という勝負服を着て。

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そしてその勝敗はともかく、そのメルコリ在籍時のキャメルを私は最強だと思っている。こののちバーデンスもワードも辞め、オリジナル・メンバーがとうとうラティマー独りになったり、元キャラバン軍団に乗っ取られたり、ラティマーのソロ・プロジェクトと化したり、デッカから「歌詞のある曲を出せ」「ヒット曲を書け」「全1曲のアルバムなんて出せん」「何でもいいからとっとと新作作って契約守れ」と延々注文をつけられたあげく契約を切られたり、仕方ないから自宅を売り払って自前のレーベル兼マネジメントを設立したり、といろいろあるだけに、『雨シル』キャメルがより感慨深いのだ。



とはいえ、もうひとつ気になってたことがある。


事務手続きに必要な書類を入手すべく、それこそ30年ぶりに母校の大学に連絡したら、卒業した文学部史学科が消滅していた。そうか。考えてみたら現在講義を持っている女子大も、日本文学科だったはずの「日文」が日本語日本文化学科に、英文学科の「英文」は国際英語学科などという、実態が極めて曖昧なものにアップデートされてたよ。

そう。文学なんて前時代の遺物を学んだところで就職には一切役に立たないのだから、18歳人口が減少する一方のこの御時世で経営難を強いられてる日本の大学において、文学部という枠組みががんがんシュリンクするのは、当然のことなのだろうけど。

まあそんなこと言ったら、プログレとジャニーズとK-POPとヴィジュアル系と声優のユーザー以外は誰もCDを買わなくなったり、ネットに雑誌が完全に駆逐されたり、写植屋さんや製版屋さんが廃業したり、写真を現像する必要がなくなったりと、この仕事を始めた頃には思いもしなかった未曾有の事態にずーっと見舞われ続けた身としては、もはやどってことないのだ。きっと。

でもまさか自分の目が黒いうちに、未来永劫続くと思っていた〈文系文化〉の時代が終わりを迎えるなんて、誰が予測できたか。究極のモラトリアム潰しだぞおい。

そんな絶滅危惧種確定の〈文学性というもの〉、ひいては物語性にこだわり続けたキャメルは、奇特なバンドだと思うのだ。


振り返ればキャメルの作品には、モチーフとしての文学作品が数多く存在してきた。

2ndアルバム『ミラージュ(蜃気楼)』収録の“ニムロデル~プロセッション~ホワイト・ライダー”。言うまでもなく英国人が異常に好きな『指輪物語』の影響がもろで、“ニムロデル”は物語中に出てくる架空の河の名だし、ペルシア行進曲風の「駱駝の隊列」を挟んでの“ホワイトライダー”は、敵キャラ〈黒の乗手・ブラックライダー〉から発想したさしずめ〈白の乗手〉といったところか。『指輪物語』に関してはツェッペリンが“ランブル・オン”や“限りなき戦い”や“ミスティ・マウンテン・ポップ”、ラッシュも“リベンデル”なんて演ってるし、スティックスに至っては何のひねりもない“指輪物語”を堂々リリースしちゃってるから、ま、よしとしよう。はしかみたいなもの、か。



続く『スノー・グース(白雁)』のコンセプトは皆さま周知のとおり、ポール・ギャリコの短編小説『スノーグース』。白雁はあくまでも媒介に過ぎず、戦争と思春期と厭世観が絡んで紡ぎ出す〈人間というもの〉を描いた作品だ。これは読まなきゃ、聴いただけでは絶対わからない。アルバムそのものはとてもよくできたコンセプト・アルバムだから、「別物」として捉えてあげるべきだと思う。

ちなみにファーガソン提案の『スノーグース』に敗れたバーデンスの推薦は、ヘルマン・ヘッセの『荒野のおおかみ』と『シッダールタ』だったらしい。前者は1927年作品ながら、1960年代のヒッピーたちに多大なる影響を与えた長編小説で、ステッペン・ウルフの名前の由来でもある。平凡な毎日を繰り返して生きる市民的な日常に馴染もうとする自分と、その生活自体を破壊しようとする自分。そんな相反する二人の自分の精神的均衡を保つ唯一の逃げ道として、常に自殺を考えている主人公の話――って、ぽいわ。

後者は求道者が悟りの境地に達するまでを描いた作品で、シッダールタは釈迦の出家前の名前。「一切をあるがままに愛する」という彼の悟りは、難行苦行の末にたどり着いた河のほとりで開かれたから、キャメルはその名もずばり“Riverman”という楽曲まで録音していた。実は先述のライヴDVD『MOONDANCES』にボーナス・オーディオ音源として収録されてるのだが、なんとヴォーカル曲。あれだけ唄入りを拒んで全曲インスト・アルバム『スノー・グース』を制作するくせに、まさかの遺産だ。しかしデモ音源ながらよくできた楽曲で、〈ノンサイケなピンク・フロイド〉っぽさがなかなか癖になる。

もしも『スノー・グース(白雁)』ではなく『リヴァーマン(河のほとりにて)』をリリースしていたら、案外別の道が開けていたかもしれない。なんまんだぶ。


四枚目の『ムーンマッドネス~月夜の幻想曲(ファンタジア)』の唐突な、「月」がテーマのトータル性はよくわからない。おそろしくロマンチックなアルバムだが、1曲目の“アリスティルス”が5年前にアポロ15号が着陸した雨の海の「そこそこ近く」のクレーターの名前ぐらいで、なぜ1976年に月なのかその動機が希薄だ。

一応、実はアポロは月面着陸していないという「アポロ計画陰謀説」が、『We Never Went To The Moon』という論文で発表されたのが1976年ではあるけれど、ラティマーはそこまでは考えてなかったと思う。きっと。


で続く『雨シル』と『ブレスレス』はさっきも書いたとおり、メルコリとシンクレアという新戦力が、リード楽器とヴォーカルにおいて負担を軽減してくれた分、ラティマーは文学性に依存することなく制作できたんだろうと思う。ただし、後者の日本盤タイトルは『ブレスレス~百億の夜と千億の夢』。せっかく本人がフラットな気分で作っても、キングの担当Dの勝手な美意識が赦さなかったようだ。

『ブレスレス』がリリースされた1978年発売の、光瀬龍のSF小説を萩尾望都が漫画化した『百億の昼と千億の夜』から明らかに拝借した副題である。70年代中後期は、SF小説と少女漫画と洋楽ロックとプロレスを同じ地平で語ることがサブカル界隈で「粋」とされる風潮にあり、この邦題はまさに典型的な厨二ネーミングと言える。龍&望都による〈終末感と救済〉コンセプトを、彼は時空に佇み続けるかのような駱駝のジャケに見い出してしまったのだろうか。なんまんだぶ再び。

とはいえ、1977年公開『未知との遭遇』と『スターウォーズ』、1979年公開『エイリアン』という地球規模のSF映画ブームに見舞われた渦中にリリースされた7thアルバム『リモート・コントロール』は、音がテクノとかスペイシーとか時流に乗っかっちゃった面は否めない。でもこれは当時のバンドのほとんどに見られる傾向だから、よしとしたい。でもジャケは「ほんの出来心」では済まないのではないか。

明らかにかぶれてる。

なぜか宇宙空間で十字架に磔けられた宇宙飛行士が見つめる先には地球――で原題が『I CAN SEE YOUR HOUSE FROM HERE』。ここまで装丁で凝るんなら、中身も添いなさいよちゃんと。未遂、か。あと日本の担当Dも前作のオトシマエを今回の邦題でつけてほしかった、『さらば地球よ旅立つ船は宇宙戦艦キャメル』とかなんとか。


そして例の8thアルバム、『ヌード~Mr.Oの帰還』に繋がる。前作からの新ベーシスト、コリン・バスの唄が達者だったことに加え、女流詩人のちラティマー夫人のスーザン・フーヴァーに歌詞&ストーリーを委託した結果、キャメルは前人未到の〈プログレ紙芝居〉道に足を踏み入れたのだ。だから残留日本兵の帰還物語がモチーフとして採用されたのも、どうも日本に住んだことがあるらしい彼女の提案だったと聞く。

ん。どっかで聞き覚えのある関係性だと思ったら、デヴィッド・ギルモアに『鬱』と『対』と『永遠』を授けた、売文屋のちギルモア夫人のポーリー・サムスンによく似た話じゃないか。元祖はこっちのラティマー&フーヴァーだけど。

さてリアルタイムじゃないひとたちのために書くと、太平洋戦争終結から28年経った1972年1月に、まずグアム島で残留日本兵の横井庄一伍長が地元猟師に発見される。彼は日本が連合国軍に無条件降伏したことも知らず、ジャングルや竹藪の地下壕で生活し続けていた。翌月彼は57歳で帰国を果たし、「恥ずかしながら帰ってまいりました」が流行語となる。ある意味「戦争犠牲者」の横井を英雄視する世論一色に染まったが、しかし当時小学校高学年の私にはなにか居心地悪かったのを憶えている。

すると2年後の1974年3月、今度はフィリピン・ルバング島から小野田寛郎少尉が帰国する。『ヌード』で描かれた主人公とはこの小野田少尉だった。ちなみに副題の〈Mr.O〉は、例によって担当Dが大きなお世話で付け足しちゃったようだ。偉いぞ。

そのMr.Oも横井さんのケース同様に世間的には英雄視されたものの、生還二人目ということで冷静に検証する声も少なくなかった。なぜならば、終戦以降長年にわたり小野田ら残留兵による略奪・放火・殺傷の被害を受けたフィリピン民間人が数多く、島民たちの憎悪を買ってた事実が隠されていたからだ。のちに本人が30人以上の島民の殺害を告白したことが判明したり、「実は終戦を知っていたにもかかわらず、島民の復讐を恐れ密林を出なかったのではないか」との見方が色濃くなったりと、軍国主義者の亡霊視されたのも事実である。

それだけに、『ヌード』の解釈はあまりに能天気すぎる。

戦争反対ながら徴兵されたものの、終戦を知らぬまま戦場の密林に29年も潜み続けたあげく帰国。すると過去を忘れた国民たちから、覚えのない「愛国心」と「勇気」を賞賛される。その軽薄な掌返しに絶望し心身に異常をきたした主人公は、海辺の療養所に収容されたものの、50歳の誕生日にあの島を象ったケーキを貰うや取り乱し、姿を消す。翌日の朝刊には、未確認情報ながらあの密林の島行きの船に乗った旨が掲載された。〈文明社会に住めなかった島の老兵士の旅立ち〉との見出しとともにーーあらら、とてもファンタジックな風刺寓話になってしまった。

ロジャー・ウォーターズがピンク・フロイドで超個人的に突き詰め続けた戦争観や兵士像と比較すると、別の地平で起きた出来事のようだ。しかしこの、誰にでもわかりやすいオーディナリーな物語性こそ、キャメルの丁寧な音楽性には相応しいのだろうとは思う。ギルモア夫婦のような〈思わせぶり「だけ」コンセプト〉より、はるかに好感が持てるではないか。

とはいえ全15曲中歌詞があるのはわずか4曲だから、内ジャケに一応ト書き兼あらすじが掲載されても、ストーリーテリングにはいかにも足りない。

楽曲的にも、実は私がキャメルの最優秀アートワークだと勝手に思ってる『ヌード』の日本風ジャケとは裏腹に、日の丸感は皆無だし、とりあえず密林っぽい楽曲も1曲のみ。実話同様に主人公が捜索隊に捕獲される際の“キャプチュード”だけが、物語とシンクロする程度だ。この曲を聴くとどうしても前田日明を浮かべてしまうのは、昭和のプロレス者の性(さが)であって、決してラティマーのせいではない。そこはすまん。

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ほぼソロ・プロジェクト同然の次作『シングル・ファクター』を挟んでリリースされた10thアルバム『ステーショナリー・トラヴェラー』は、1984年作品。まだベルリンの壁崩壊前だから、〈まだ冷戦状態の東西ベルリンに振り回される恋人同士〉という突然下世話なテーマなだけに、音はおもいきり火曜サスペンス劇場もしくは土曜ワイド劇場のBGMの高級仕様だった。

英国の差別的な政策と宗教弾圧により離散崩壊した、ラティマー祖母のアイルランド人家族を描くキャメル版ファミリーヒストリーな12th『ハーバー・オブ・ティアーズ~港町コーヴの物語』も手の込んだ劇伴のようだし、〈一期一会〉の精神にワールド・ミュージックを重ねた13th『ラージャーズ-別れの詩-』は、素晴らしいヒーリングCDとして成立している。結果的には。


紆余曲折あったキャメルにとって、この〈音で紡ぐ世界のドキュメンタリー〉路線こそ理想の作品スタイルだと私は思っている。ラティマーには思う存分弾いてもらえばいいし、丁寧なアンサンブルと音作りで、お題に合わせて毎回毎回、手入れの行き届いた花壇のようなサウンドを構築し続けてくればいいのだ。





考えてみてほしい。

アンディ・ラティマーは、とにかく律儀なひとである。その律儀さが、彼のギターもキャメルのバンド・アンサンブルも、派手ではないが下卑た自己主張に走らない品のあるものにしたと言っていい。そしてその律儀さは、お人好しと紙一重でもあった。

ワードから「辞めさせろ」と言われ馘を通告したファーガソンに対し、解雇後の新作『雨シル』のクレジットにわざわざ〈我々の友ダグ・ファーガソンに捧ぐ〉の一文を載せたり、『シングル・ファクター』ではアル中&ドラ中のあげくリストカットして再起不能になったそのワードの扱いを、〈アンディ・ワードは手の負傷により不参加〉と記すのだから、どれだけ律儀なのか。

そもそもレーベルからの度重なる、「歌詞つけろ」「全1曲はやめろ」「ヒット曲書け」的な理不尽な要求をいちいち真摯に受け止め、思い悩んだあげくなんとか応えようと試行錯誤を繰り返したのも、ラティマーの稀有な律義さの成せる業に他ならない。

裏返せば、彼は常に何がしかの心の支えを切望し続けてきたのだ。彼がずっと律儀でいられるための生命維持装置としてーー。

リチャード・シンクレアやコリン・バスのような、彼の代わりに唄ってくれる存在。メルコリのように、フロントマンの役割を分担してくれるリード楽器の存在。全曲インストを正当化してくれる、『スノー・グース』みたいな文学的コンセプトという名の「免罪符」。そして最終的に行き着いたのは、一連の共同企画立案作業を委託できる愛妻。

ディスっているわけではない。心の拠りどころが何か見つかったとき、必ずラティマーは本領発揮、いやそれ以上のパフォーマンスを実現させてきたのだ。カリスマ性は希薄だけど、それはマスト・アイテムじゃないはずだ。一般人以上に律儀だからこその、等身大の〈心象風景および風景描写プログレ〉がここにあると私は思う。


しかしそんなアンディ・ラティマー&キャメルがただ一度だけ、主観的な作品を極めて能動的にリリースしたことがある。1991年2月発表の11thアルバム『ダスト・アンド・ドリームス~怒りの葡萄(DUST AND DREAMS)』だ。

長年の付き合いだったデッカから契約終了を一方的に通告された1985年の時点で、この作品はほとんど書き上げられていた。で慌てて新たなレーベル契約を探すものの、「時代遅れ」とまったく相手にされない。そのお先真っ暗の状況から「じゃあ自分たちで始めましょうよ」と発案したのはやはりフーヴァー女史だから、ラティマーの性分と立ち位置は基本的に何も変わってないのであった。

事態を打開すべく英国の自宅を売却して米国に移住すると、そこで借りた家のガレージにスタジオを造りマネジメント兼インディーズ・セルフ・レーベル《キャメル・プロダクションズ》を設立したことで初めて、律儀なラティマーがレーベルの顔色を窺うことなくキャメルできるようになれたのだから、まさに一大転機だったと思う。『ダスト・アンド・ドリームス』は、その自身のレーベルからの初作品となった。

モチーフは、ノーベル文学賞+ピューリッツァー賞受賞作家ジョン・スタインベック1939年の作品『怒りの葡萄(THE GRAPES OF WRATH)』。『アンクル・トムの小屋』以来の社会的反響を呼ぶ一方で、保守層から全否定されたばかりか公共図書館からの排除も起きた。ヘンリー・フォンダ主演の同名映画でも馴染み深いが、あのブルース・スプリングスティーンも遅れること4年の1995年、アルバム『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』で向き合った、本当に何の救いもない話だ。

いかにもだけど。


世界大恐慌の余波で急激に進む大規模機械化農業と無理な開墾による大砂嵐の深刻化により、耕作不能の所有地を泣く泣く手放して流民となる農民が後を絶たず。やむなく家財を一切合切売却し故郷オクラホマを引き払った主人公一家が、祖父母が車上で死亡するなど苛酷な旅の末にたどり着いたカリフォルニアは、既に主人公同様のオクラホマ難民で溢れ労働力過剰に陥ってたのだから、悲惨だ。貧民キャンプを転々としながら、地主の言い値で働くしかない無常の日々。あげく一族郎党、豪雨と洪水に襲われるのだから洒落になるまい。

キング・オブ・お先真っ暗である。

しかし、この新天地への捨て身の移住シチュエイションは、実は当時のラティマー&フーヴァー夫妻と何ら変わりない。キャメルを存続させるために、どんな未来が待ってようがとりあえず私財を処分して大西洋を渡るしかなかったわけで、その鬼気迫る個人的事情がキャメル史上初めて作品に対象化された瞬間でもあった。

ラティマーにとって人生最初で最後の、でも圧倒的なリアリティー。そういう意味では劇伴っぽさはあるものの、妙にその都度都度の心理描写が効果的に演出されてるとこなんか、キャメル本来のアルバムではない緊張感に満ちている。キャメルだってロック・バンドなのだ。いつまでもいつまでも抒情派扱いで片づけるんじゃねえーーと大きなお世話で勝手に書いておく。律儀なラティマーさんの代わりに。


先述のライヴDVDをもう一度観てたら、いまさら気づいた。

ラティマー一人だけ、1976年の映像では『ムーンマッドネス』の、1977年物では『雨シル』のツアー半袖Tシャツを律儀に着て、ステージに立っている。

もはや才能、なのである。












第一回「ジョン・ウェットンはなぜ<いいひと>だったのか?」はコチラ!

第ニ回 「尼崎に<あしたのイエス>を見た、か? ~2017・4・21イエス・フィーチュアリング・ジョン・アンダーソン、トレヴァー・ラビン、リック・ウェイクマン(苦笑)@あましんアルカイックホールのライヴ評みたいなもの」はコチラ!

第三回「ロバート・フリップ卿の“英雄夢語り”」はコチラ!

第四回「第四回 これは我々が本当に望んだロジャー・ウォーターズなのか? -二つのピンク・フロイド、その後【前篇】-」はコチラ!

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    Andrew Latimerを中心にファンタジックなアプローチでプログレッシブ・ロックの重要バンドに位置づけられるイギリスのバンドの75年3rd。オーケストラ・セクションを迎え、ポール・ギャリコの小説「白雁」をコンセプトに掲げたアルバムであり、全編インストルメンタルによる彼らの代表作の1つです。特にAndrew Latimerによるフルートの優しげな調べが印象的な「ラヤダー」は、澄んだシンフォニック・ロックのお手本として有名であり、同じくフルートを扱いながらもアプローチの全く違うJethro Tullとの比較で論じられています。決して派手さはないものの優しさとロマンに溢れており、肌触りの良いギターやPeter Bardensによるキーボードの音色、リズムセクションの軽快さ、そしてインストルメンタルのハンディを感じさせないメロディーとアレンジの上手さで御伽噺の世界をマイルドに表現しきった名盤です。

  • CAMEL / A LIVE RECORD

    オーケストラとの共演による名ライヴ・アルバム、78年リリース

    74〜77年にわたるライヴ・ステージのハイライトを収録。オーケストラとの共演による「白雁」組曲は圧巻。1978年作品。

  • CAMEL / BREATHLESS

    元キャラヴァンのメンバーが多く在籍した「キャラメル」期の名作、78年7th

    英国叙情派プログレを代表するバンドによる78年作。CAMELらしい叙情的なサウンドと、元CARAVANのリチャード・シンクレアによるカンタベリー・ロックを彷彿させるノーブルなヴォーカルの組み合わせが素晴らしい、CAMELとCARAVANの美味しいとこ取り的な名作!

  • CAMEL / NUDE

    81年リリース、小野田少尉の実話を基にしたコンセプト・アルバム

    第二次世界大戦後、南方の島に取り残された一兵士(小野田寛郎氏/ヌードとはオノダのもじり)の実話を音楽化。人間味に溢れたドラマティックなサウンド・ストーリー。81年作。

  • CAMEL / STATIONARY TRAVELLER

    東西分割時代のベルリン市民たちに焦点を当てたシリアスな作風の84年作

    東西分割時代のベルリンの人々をテーマにしたシリアスな内容のアルバム。内省的な彼らの美学が光る。1991年に復活アルバムをリリースする以前のラスト・スタジオ・アルバム。1984年作品。

  • CAMEL / HARBOR OF TEARS

    「アイルランドの悲劇」をテーマに綴られる重厚かつ感動的なコンセプト作、96年リリース

    アンディ・ラティマーの祖母の体験を基にしたアイルランド移民の悲劇を作品化。ケルトの旋律と激しい情念を描き出すラティマーのギターが感動を呼び込む名作。

  • CAMEL / ON THE ROAD 1981

    81年のBBCライヴ音源、同年リリース作『NUDE』の再現を含む全13曲

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