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「そしてロックで泣け!」第二十ニ回 アフロディテズ・チャイルドの「イッツ・ファイヴ・オクロック」

はじめて自分に子供が産まれるというとき、ひとつ楽しみにしていたことがあった。それは「赤ちゃん誕生の瞬間、頭の中にどんな音楽が流れるか」ということ。いうても音楽ライターやからね! そりゃあもう、生命誕生の奇跡を祝福するような、「さすがこの1曲!」というのが頭の中を駆け巡るに違いない!!

で、いざ出産のとき。といっても産むのは妻で、僕は立ちあうだけなんだけど。それでも出産って長くかかるから、立ちあうだけでクタクタになる。まだかまだかと思っていたら、ついに赤ちゃん誕生!さあ、頭の中に流れる音楽は?!

「ちゃ~ら、ら~ら~、らーら、らーら、らららー」

あれですよ、あれ。映画『ロッキー』のエンディング・シーンで使われた曲。名前もわからない。「ファイナル・ベル」だったっけ? あまりにベタな曲すぎて、病院からの帰り道、ちょっと自己嫌悪に陥った。

さて赤ちゃんの世話。これがまた大変で、お乳くれ~だの、ウンチ出た~だの、赤ちゃんは朝夕の区別なく2・3時間ごとに起きてくる。主に妻が世話をするわけだけど、だからって横でイビキかいて寝てるわけにいかんので、僕も起きて粉ミルクを作ったり、オムツを替えたり、あやしたり。

そんなある日のこと。仕事で疲れて帰宅。でも締切があったので午前3時まで原稿を書いて、「さあ寝よか」と思ったら赤ちゃんが「ウワーン!」と泣く。妻がお乳をあげて、僕が粉ミルクをあげて、それでも赤ちゃんは寝てくれない。妻はくたびれて寝てしまったので、僕が赤ちゃんを抱っこして部屋をウロウロ。明日は6時半に起きて仕事へ行かなあかんねんけどなぁ。あかん、朦朧としてきた。

気分を変えようと、赤ちゃんを抱いたままベランダに出たら、空が白んでいる。時計を見ると午前5時。窓ガラスに映る自分の顔が、やけにくたびれて見えた。

「イッツ・ファイヴ・オクロック~」

その時、僕の頭の中に降りて来たのが、アフロディテズ・チャイルド「イッツ・ファイヴ・オクロック」だった。「おおっ、ピッタリのが降りて来たね~」と、これには大満足……してる場合か? 早く寝かせてくれー!

という長い前フリで、今回は同曲を紹介したい。カケレコ・ユーザーならご存知と思うが、アフロディテズ・チャイルドはギリシャのプログレ・バンド。中心となったのはキーボード奏者のヴァンゲリス・パパタナシュー。彼とドラムのルーカス・シデラス、ギターのアナギロス・クルーリス、ベース兼シンガーのデミス・ルソスで67年に結成された。

すぐにアナギロス・クルーリスが抜けるが、トリオ編成のままで活動を続け、68年に「レイン・アンド・ティアーズ」を発表。プロコル・ハルム「青い影」を思わせるクラシカルかつドリーミーなオルガンと叙情メロディの溶けあった曲調で、ヨーロッパを中心にヒットを記録した。68年にデビュー・アルバム『エンド・オブ・ザ・ワールド』、69年にセカンド・アルバム『イッツ・ファイヴ・オクロック』と順調に発表する。

ところがヴァンゲリスは創作活動にのめり込むタイプで、いわゆるオーソドックスなバンド活動は停止して、メンバーやゲストを起用した2枚組コンセプト作を練り上げていく。こうして完成したのが、プログレ史に残る奇作『666』だった。だが72年に同作を発表して、アフロディテズ・チャイルドはあっけなく解散してしまう。以降ヴァンゲリスは、ソロやイエスのジョン・アンダーソンとのコラボなどで活躍する。

今回紹介する「イッツ・ファイヴ・オクロック」は2作目のタイトル曲。しかし、この2作目は、デビュー作と『666』に比べると印象が薄い。なんだかパッとしないイメージ。デビュー作はタイトル曲と「レイン・アンド・ティアーズ」という2大名曲があるし、『666』は比類なき個性を持っている。それに比べると『イッツ・ファイヴ・オクロック』は、まずジャケットからして凡庸。内容も2曲目で「疑問のすべてをアフロディテズ・チャイルドが教えてあげるよ!」なんていいながら、「アナベラ」「ファンキー・メアリー」「マリー・ジョリー」と女の子に関する曲が並び、ラストの「サッチ・ア・ファニー・ナイト」では、「朝起きたら、昨日連れ込んだ女がいなくなってんだー!」って歌う。ちょっと軽すぎない?

彼らなりのジョークなんだろうし、いい曲が揃ってるんだけど、どうにも印象が良くない。でもアルバム冒頭に収録されたタイトル曲「イッツ・ファイヴ・オクロック」は泣ける曲です。まずは歌詞を意訳しておこう。

5時、僕は誰もいない通りを歩く。頭の中は考えでいっぱい、誰も僕に話しかけてこない。僕の心は過ぎ去った昔の日々へと戻っていく。

信じられない! これが僕か? この窓ガラスに映って見えているのが。
僕の人生、こんなもんでいいとは、どうしても思えないんだ!

5時、僕は誰もいない通りを歩いている。夜は僕の友達。夜の中で、僕はシンパシーを感じる。それで僕を過ぎ去りし日々へと連れて行ってくれる。

信じられない! これが僕か? この窓ガラスに映って見えているのが。
僕の人生、こんなもんでいいとは、どうしても思えないんだ!

5時、僕は誰もいない通りを歩く。夜は友だち。その中にいて、僕はシンパシーを感じる。夜は僕に日々と希望、小さな夢を与えてくれる。



だいぶお疲れの様子です。窓ガラスに映った自分の顔がやつれて見える。こちらの場合は仕事終わりの午後5時かな? 「こんな毎日でいいのか?」と、人生に対して自問自答。過ぎ去りし日々に郷愁の念を抱く。誰にでもあるだろう、「これがオレの望んだ生き方なのか?!」と自問自答する時が。そういう時に「イッツ・ファイヴ・オクロック」を聴くと、胸にジーンと染みる。

ものすごいクセの強い歌唱のデミス・ルソスも、同曲では割とストレートに歌っている。それでもサビではむせび泣くようなヴォーカルを聞かせていて、その特徴的な震える声が聴き手の心まで震わせてくれる。ヴァンゲリスもシンプルなプレイだけど、ちょっとしたパートでの郷愁の念を誘うようなフレーズがサスガです。

APHRODITE’S CHILD/ IT’S FIVE O CLOCK

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彼らはヨーロッパで人気があったので、同曲を引っ提げて各国のTV番組にも出演。You Tubeで当時の映像をいくつか見ることが出来る。声だけでなく顔もクセの強いデミス・ルソス、当てぶりだけど最後まで丁寧にパフォーマンスをするヴァンゲリスと、なかなかに興味深い映像だ。いや何より曲が最高。ぜひチェックしてみて!

それでは、来月もロックで泣け!

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