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「そしてロックで泣け!」第二十回 ストロウブスの「ベネディクトゥス」「ザ・フラワー・アンド・ザ・ヤング・マン」

『レコード・コレクターズ』2016年5月号の特集で、叙情性をキーワードにしたプログレの名盤がドドーンと紹介されていた。僕も執筆参加させてもらったが、「マイナーなものもオッケーですよ~」と軽く言ったもんだから、実際に依頼が来てみると、ブリティッシュものが1枚もない! でもアルゼンチンやカナダのプログレを『レココレ』で紹介できる機会なんてめったにないし、と気合入れて書かせていただいた。

でもブリティッシュもの、書きたかったなぁ……そうだ、ぼくにはカケレコがある! ということで、こちらでバンバン書きたいと思います。
 
さて、カケレコ・ユーザーさんなら、『レココレ』のプログレ特集を見て、「あれが載ってない!」というのが、ひとつやふたつはあると思うけど、僕が気になったのはストロウブス。イギリスの叙情派プログレを代表すると思うだけに、今回の特集でとりあげられていなかったのが残念。それで調べてみたら、ストロウブスのアルバムって、今では日本盤がほとんどが廃盤になっていてビックリ?!

ということで、今回はストロウブスの知名度向上のため、彼らのアルバムの中でも究極の叙情派作品といえる『グレイヴ・ニュー・ワールド』から、泣ける名曲「ベネディクトゥス」「ザ・フラワー・アンド・ザ・ヤング・マン」の2曲を紹介したい。まずは簡単に彼らの歴史から。

ストロウブスは、1964年にデイヴ・カズンズとトニー・フーパーらのフォーク・トリオ、ストロベリー・ヒル・ボーイズとして活動をスタート。ロン・チェスターマンが加わったトリオでストロウブスと改名し、フェアポート・コンヴェンションに参加する前のサンディ・デニーとアルバムを録音するなどした後、69年に『ストロウブス』でデビュー。
 
70年の2作目『ドラゴンフライ』にはリック・ウェイクマンがゲスト参加し、そのまま加入。ライヴ作『ジャスト・ア・コレクション・オブ・アンティークス・アンド・キュリオス』(70年)では、デイヴ・カズンズ、トニー・フーパーのオリジナル・メンバーに、リック・ウェイクマン、後にデュオを組んで活動するジョン・フォードとリチャード・ハドソンが参加した五人組になっていた。この頃からストロウブスはロック色を強めていく。
71年の『フロム・ザ・ウィッチウッド』が英39位とチャート入り。リック・ウェイクマンがイエス加入のため脱退。後任にはエーメン・コーナーのブルー・ウィーバーが加入し、72年に『グレイヴ・ニュー・ワールド』を発表。同作は英11位のヒットを記録する。
 
トニー・フーパーが脱退し、デイヴ・ランバートが加入。73年には、ヒット曲「レイ・ダウン」を含む『バースティング・アット・シームス』で英2位。キーボードがルネッサンスのジョン・ホウクンに交代。ハドソン&フォードも脱退してチャス・クロンクとロッド・クームスが加入するというメンバー・チェンジが起こる。
 
74年に発表した『ヒーロー&ヒロイン』は英35位を記録。チャート入りこそしなかったが、75年の『ゴースツ』も名作で、このあたりまでが叙情派プログレ・バンドとしての黄金時代といえる。
 
キーボード奏者が抜けて4人編成になった『ノマッドネス』からはポップな方向性をみせ、76年『ディープ・カッツ』、77年『バーニング・フォー・ユー』、ドラムがトニー・フェルナンデスになって、77年に発表した『デッドラインズ』と、アルバムを重ねるごとにポップさを増していく。いずれも良作ながら商業的には不発で活動を停止する。
 
後に再結成され、コンスタントにアルバムや編集盤、ライヴ盤、再録音作などを発表し、現在もホノボノと活動中だ。
 
さて、『グレイヴ・ニュー・ワールド』だが、このアルバムは人の一生についてのコンセプト作になっている。そのトップを飾るのがデイヴ・カズンズ作の「ベネディクトゥス」だ。

STRAWBS / BENEDICTUS

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「ベネディクトゥス」とは、元々はキリスト教の聖歌のひとつであり、朝の祈りに唱える「ザカリアの歌」=「ベネディクトゥス・ドミヌス・デウス」のこと。神をほめたたえて、私たちが平和に生きられますように、と簡単にいえばそういう内容の歌である。
 
デイヴ・カズンズは、もっと広い解釈で、全てのものに祝福あれという歌にしている。例のごとく意訳してみたい。



さまよえる人よ 君は遠くまで行かなくてはいけない
変わらずにいるためには 常に謙虚にしていなさい
智恵の道が導いてくれる 沈む太陽の影は遠くにある

昼を祝福しよう 夜を祝福しよう 私たちに光を与える太陽を祝福しよう
雷を祝福しよう 雨を祝福しよう 私たちに苦痛を与えるすべての人も祝福しよう

黄色い星が行くべき道を示してくれる
う回路は君を堕落へと導く
君が胸に決意を抱いている間は 幸運と親切があとからついてくる

自由な人々を祝福しよう 虐げられている人を祝福しよう
墓の中にいる英雄を祝福しよう
兵士たちを祝福しよう 聖人を祝福しよう
心が弱っている全ての人たちを祝福しよう

圧倒的な人間賛歌。ギター・ソロの後に絶妙のタイミングで入りこんでくるメロトロンの使い方も見事で、曲の堂々とした存在感を強めている。荘厳なキーボードとともに、「祝福しよう」のサビ・パートが洪水のように押し寄せるラストも圧巻だ。
 
本作のジャケットには、ウィリアム・ブレイクの絵画作品「アルビオンの踊り」が使われている。この絵は「歓びの日」というタイトルでも知られるが、すべてのものを受け止めて祝福するという「ベネディクトゥス」の歌詞と共鳴する。ジャケットを見ながら聴くと一層泣ける。
 
細かいことで悩んでいたり、つまらないことで怒っていたり、そんな時に聴くと、「ああ、俺ってちいせえ男だなぁ」と気づかせてくれる。各家庭で朝起きたらこれを斉唱する法律が出来れば、くだらないイザコザや事件も減るんじゃないかな。

もうひとつは、アナログB面のトップに収録された「ザ・フラワー・アンド・ザ・ヤング・マン」で、こちらもデイヴ・カズンズの作。
 

STRAWBS / THE FLOWER AND THE YOUNG MAN

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「ベネディクトゥス」で人生と人間を前向きに肯定したわけだけど、でも生きてたら色々あるわな。そんなことがアルバムを通して歌われていくなかで、恋愛のことを歌ったのが同曲。デイヴ・カズンズは「家族を崩壊させたくはなかったので、明らかにしなかった恋愛(情事)関係を参照にした」と意味深なことを言ってるけど、まあ失恋の歌です。
 
Aメロ、Bメロ、サビという普通の曲構成ではなく、同じフレーズを繰り返して物語が展開されていくトラッドのスタイルをとっている。ストロウブスのルーツにあるトラッド/フォーク志向が良く表れた曲だ。
 
歌うのはデイヴ・カズンズではなく、彼とともにストロウブスを立ち上げたトニー・フーパー。フォーク志向の強い彼は、ロック色を強めていくバンドの方向性と合わなくなり本作を最後に脱退する。もしかすると、二人の別離の想いも込められていたのかもしれない。



季節が移り変わっていく間も 塩の海は流れ続ける
冷たく寂しげで開けた荒れ地に ひとつの花が咲いた

冬の雪が深く長く降り続いた間も 花は育っていった
通りかかった旅人は疲れ切っていたが、彼女のほほえみに気持ちが温かくなった

太陽の光とかよわい花が、若い男の心で溶けあった
しかし彼は自分の番を待っていたために、果たすべき役割を学ばなければいけなかった

温かい夏の日差しと愛をもって、若い男は彼の花と向き合った
だが明るすぎた色彩のために実をつけることが出来ず、時が過ぎていくと注意を払わなくなった

秋の木々は一度金色をまとうが 今はすり切れて悲しげなままとなっている
花は冷淡に別れを告げ 若い男の心は引き裂かれた

季節が移り変わっていく間も 塩の海は流れ続ける
冷たく寂しげで開けた荒れ地に ひとつの花が咲いた


 
歌詞は抽象的で良くわからないところもあるけど、季節の移り変わりとともに、若い男が失恋したという話になっている。
 
まずアカペラ・コーラスで歌い出すところからしびれる。柔らかにキーボードがかぶさり、曲が進むごとに演奏の厚みも増していく。オルガンとメロトロンだけでなく、ハルモニウム、クラヴィオロンなどのキーボードが使われている。ストロウブスのキーボードというとリック・ウェイクマンが有名だけど、ブルー・ウィーバーもすばらしいセンスの持ち主。恋愛の熱情、心の高ぶり、悲劇的な恋愛の終わりまでを絶妙なキーボードワークで演出している。
 
悲哀感たっぷりのメロディも含め、ストロウブスの曲の中で最も悲痛さの強い曲になっている。だが、最後に冒頭のフレーズが繰りかえされて、傷ついたり、傷つけたり、恋愛でボロボロに……そこまでじゃなくても、色んな恋愛経験をして、でもまた新しい花を見つけられるからと、希望を残してラストを迎える。余韻を残す消え入りそうなオルガンの音も胸に染みる。
 
叙情性の質は違うけど、「ベネディクトゥス」「ザ・フラワー・アンド・ザ・ヤング・マン」と、どちらも心を激しく揺さぶる名曲。『グレイヴ・ニュー・ワールド』には、他にもデイヴ・カズンズが熱唱するタイトル曲、人生の最後をしっとりと歌う「ザ・ジャーニーズ・エンド」と、様々なタイプの泣ける叙情曲が収録されているので、叙情プログレ&メロディ・ファンは、輸入盤でも、中古盤でもいいので、ぜひ入手して聴いて欲しい。
 
それでは、来月もロックで泣け!



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