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「そしてロックで泣け!」第十七回 ニルヴァーナの「ザ・ワールド・イズ・コールド・ウィズアウト・ユー」

先日、小学生の息子の授業参観に行ったら、ニルヴァーナのTシャツを着たお母さんがいた。あのニコちゃん・マークが「マイッタ…」って顔をしてるやつ。ファッションとして着ているんだろう。いや、もしかして、かつて熱狂的ファンだったのかも。

それもありえると思えるぐらい、90年代前半のニルヴァーナ旋風にはすさまじいものがあった。普段は洋楽を聴かないような同級生の女の子も、「ニルヴァーナかっこいいよね~」と言ってたもんな。僕もイイとは思ったけど、90年代前半というと、続々と再発CD化される60~70年代のブリティッシュ・ロックの名盤・珍盤を買い集める方に忙しかった。

なので、みんながアメリカのニルヴァーナで騒いでいる時も、僕はといえば、イギリスのニルヴァーナを聴いて、誰とも楽しさを共有できずに、一人さびしい学生生活を……。いや、そこまで暗くはなかったけど、同級生の女の子にイギリスのニルヴァーナを勧めても、聴いてくれんわな。

そのウラミを晴らすべく(?)、今回はイギリスのニルヴァーナを紹介したい。まずは簡単に彼らの歴史から。

ニルヴァーナは、アイルランド出身のパトリック・キャンベル・リオンズとギリシャ出身のアレックス・スパイロパウロスの二人を中心として、65年に結成された。

チェロ奏者などを加えてバンドの体をなしたニルヴァーナは、67年にアイランド・レーベルからデビュー作『ザ・ストーリー・オブ・サイモン・サイモパス』を発表。プリティ・シングス『SFソロウ』よりも早く発表されたストーリー・アルバムの先駆的作品だ。サイケでキュートな曲がつまった素敵な作品ながら、当時は売れなかった。では、まずデビュー作から「ペンテコスト・ホテル」をお聴きください。

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続いて68年に、2作目『オール・オブ・アス』を発表。前作以上のドリーミーな曲満載。捨て曲なし。次々と愛くるしいメロディが登場する、ポップ・アルバムの傑作となる。では同作から「ザ・タッチャブルズ(オール・オブ・アス)」をどうぞ。

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彼らはキース・スマートというギタリストと一緒に、よりバンド・サウンドを強めた3作目のセッションを開始。その時のデモ音源とされるものが、96年に『オレンジ・アンド・ブルー』として発表されている。ところが、アイランド設立者のクリス・ブラックウェルから「そんなのはスプーキー・トゥースに任せて、チェンバー・ロックをやれ!」と言われたとか。

それで3作目を新たに作るけども、アイランドは発売を拒否。結局はアイランドから解雇されてしまい、アメリカのメトロメディアに移籍する。アレックスの叔父のマルコス3世の金銭的サポートを受けて、なんとか3作目『トゥ・マルコス・スリー』を完成させる。イギリスではパイ・レーベルと配給契約を結び、プロモ用に250枚プレスされるなど準備万端だったが、なんとメトロメディアが倒産し、イギリスでは発売されなかった。

デュオを解消したパトリック・キャンベル・リオンズは裏方として活躍し、ヴァーティゴ・レーベルのクリア・ブルー・スカイやマイク・アブサロムのアルバムをプロデュースする。その縁もあってか、71年にヴァーティゴからニルヴァーナの4作目『ローカル・アネセティク』を発表。パトリック・キャンベル・リオンズのソロ・ユニットになっていて、ポップな曲を組曲的に構成した大作2曲を収録するという異形のプログレ・ポップ作になっていた。キーフのジャケットでも有名な本作だが、こちらもヒットとはいかなかった。

72年にフィリップスから『ソングス・オブ・ラヴ・アンド・プレイズ』を発表したのを最後に、パトリックはニルヴァーナ名義を封印。ソロで数作出すも、商業的成功は得られなかった。

そんな彼らが注目されるきっかけになったのが、カート・コヴァーンによるニルヴァーナのヒットだというから皮肉だ。「同名のイギリスのバンドがいた!」というところに興味を持った人をターゲットとして(?)、アイランドが初期2作からの曲を中心に収録した編集盤CD『トラヴェリング・オン・ア・クラウド』を92年に発表。

これが出た時は嬉しかった。なかなか再発CD化されない、聴きたくても聴けないニルヴァーナがツイに聴ける!って。そういうワクワク感、カケレコ・ユーザーならわかってもらえるでしょ!

90年代のCD再発ブームには恐ろしいものがあって、なんと93年には極レア盤『トゥ・マルコス・スリー』と『ローカル・アネセティク』が、日本で世界初CD化が実現する。盤起こしだったけど、これも嬉しかったなぁ。

でもイギリスのニルヴァーナがアメリカのニルヴァーナを名義使用の問題で訴えたりしたから、これはちょっと情けない。しかも敗訴だからもっと情けない。さらに『オレンジ・アンド・ブルー』で、アメリカのニルヴァーナの「リチウム」をサイケ風にカヴァーしてしまうんだから、もう情けなすぎ!

でもって、こちらの方が本家なのに、ニルヴァーナUKと呼ばれることに。なんともはや…。

そこで再評価されることを期待して、本家ニルヴァーナの泣ける曲としてぜひ聴いてもらいたいのが、3作目『トゥ・マルコス・スリー』のトップに収録された「ザ・ワールド・イズ・コールド・ウィズアウト・ユー」だ。

テーマはものすごくストレートなラヴ・ソング。冒頭から典雅なストリングスとハープシコードが響き、アレックス・スパイロパウロスが弱々しい、よくいえばナイーヴな歌声で「君がいないと辛い」ってなことを歌う。だんだんと感情が高ぶってサビへ。

「それは長い道のり、険しく見える、僕のハートは恋焦がれる、ここに君の愛がないと、君がいないと、僕の世界は寒すぎるんだ!」
 
愛する人への切々たる気持ち、それを盛りたてるように、オーケストラがふんだんに鳴りまくる。ミュージカルのような派手さもある愛の賛歌。ラストで繰り返されるタイトルのフレーズと弾けまくるオーケストラ・アレンジ。ああ、君への愛こそが全て!
 
あれ?「チェンバー・ロックがいやだ!」ってクリス・ブラックウェルと対立したはずじゃなかったっけ?と思うんだけど、冒頭からハープシコードとピアノ、そして過剰なまでのオーケストラ・アレンジがかぶさっている。ちなみに同作には、クリス・ブラックウェルを皮肉った「クリストファー・ルシファー」という曲も収録されている。
 
ヴァレンタイン・デーの時期にもふさわしい曲でしょ?全てを拒絶するようなアメリカのニルヴァーナとは程遠い世界だけど、今なら同級生のあの子も聴いてくれるかな?やっぱりいいよね、ニルヴァーナUK。いや、本家だった、本家ニルヴァーナ!
 
それでは、来月もロックで泣け!

Nirvana / The World Is Cold Without You

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