2018年11月12日 | カテゴリー:ライターコラム,世界のジャケ写から 舩曳将仁
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断捨離とか終活という言葉が聞かれるようになって久しい。実家の母も数年前から不要なものを処分し始めていて、事あるごとに「断捨離してるねん」と僕に伝えてくる。これには裏の意味がある。「お前が実家に置いている荷物、早よ片付けんかい!」という意味が。わかっているけど気づかないフリをして、「へー、断捨離がんばりや」と軽く流す。しかし、そんな方法で長くごまかせるわけもない。
そこで次にとった作戦が、実家へ行くたびに少しずつ本やガラクタを持って帰るというもの。「今日はカバンに入るガラクタをこれだけ」とか、「今日は文庫本を10冊」など、片づける意思はあるということを小出しにする作戦だ。そうすると誠意だけは母に伝わったようで、その後「断捨離してるねん」アピールはされないようになった。ところが、塵も積もればなんとやらで、実家から我が家に移動される荷物が増えてきてしまい、今度は妻から「なんでこんなにモノが多いん?」とクレームが入ることに。僕と同じような境遇のカケレコ・ユーザーさん、いらっしゃいませんか?
そもそもコレクター気質の人間にとって、「断捨離」や「終活」なんてのは無用な言葉で、死ぬ直前まで集めるべし!とも思っていたけど、確かに残された者のことを考えると、ちょっとはスリムにしておいた方がいいのかも?
そういえば、もう20年くらい前のことだけど、美術館でアルバイトをしていた時に、一般の方から「亡くなった兄が住んでいたアパートの部屋に美術館や博物館の図録がたくさんあるので、引き取って活用してもらいたい」という申し出があった。美術館はすべての図録を引き取り、閲覧図書として活用することに決めた。そこで図録を引き取りに向かったが、その作業に立ち会った人の話によると、部屋中に図録が積み上げられていて、いつ床が抜けてもおかしくない状態だったそうだ。
僕のほか数人のアルバイトは、アパートから美術館へ運び込まれた図録を、発行された地域別に分類するという仕事をすることになった。図録は日本全国の美術館・博物館のものがあって、どうやら取り寄せていたらしい。不思議なことに、数冊ずつを新聞紙にくるんで保管してあって、繰り返し読まれたような形跡がない。開梱してみると、図録はすべて新品状態だった。
なかには図録以外の本もあって、その中で僕が惹かれたのが古典映画に出ていた女優のピンナップ写真を集めた雑誌だった。当時僕は古典映画にはまっていて、サイレント期の映画作品をたくさん見ていた。それもあって、その雑誌に掲載されていたリリアン・ギッシュやルイーズ・ブルックス、クローデット・コルベールといった往年の名女優たちの写真に思わずうっとりした。当然モノクロ写真なんだけど、もう震えるぐらいの美しさがあった。あの雑誌、もらっとくんだったなあ。
最近は、スマホのカメラ機能でもここまで撮れますみたいなCMがあるように、撮影技術の向上ぶりが著しい。TVだって4Kとか8Kとかで、やたらリアルにはっきりくっきり映ることが良いこととされているけど、モノクロの写真、カラーではなく白と黒の陰影によって映し出される画像や映像にも美しさと魅力を感じるのは僕だけではないはず。
いや、もっというと画質でさえも、高解像度でクリアであればあるほど素晴らしいかっていうと、それはなんか違うと思っている。と、今回も連想ゲームみたいな前置きから紹介したいのが、オーストラリアのフォーク・ユニットEXTRADITIONが1971年に発表した『HUSH』だ。
ジャケットは白地で、中央に女性の写真が配置されている。モノクロ写真で、それもかなり粗い画質なので、女性の首元から下の細部はよくわからない。両手の指さきに持っている花だけが黄色に着色されていて、女性はその花に視線を送り、柔らかに微笑んでいる。まるで石版画のような趣もあって、可憐さと神秘性が際立っている。粗い画質のドットがひとつずつ薄れていって、最後にはすべてが白く消えてしまいそうな儚さも感じさせる。内ジャケットには、この女性と同じ写真の、もう少し画質の良いヴァージョンが掲載されている。そちらの写真も魅力的だけど、惹きつけられるのはやはり画質が粗い表ジャケットの方の写真で、あえてこの写真を表に選んだ彼らのセンスは見事だと思う。実はこの『HUSH』のジャケットに写る女性はEXTRADITIONのメンバーのシェイナ・カーリンではなく、本作に参加しているTULLYのリチャード・ロックウッドのパートナーであるダイアンという女性なのだという。
音楽の方もジャケットに増して素晴らしいこのEXTRADITION、1960年代末にオーストラリアのシドニーで結成された。コリン・キャンベル、コリン・ドライデン、女性シンガーのシェイナ・カーリンというトリオ編成でスタートする。EXTRADITIONという単語には、「犯人の引き渡し」「本国送還」などの意味があるが、彼らはEx-Tradition、すなわち伝統的なフォークに捕らわれないスタイルを目指すという意味合いを込めてバンド名としたそうだ。
PENTANGLE、FAIRPORT CONVENTION、INCREDIBLE STRING BANDといったブリティッシュのコンテンポラリーなフォーク・グループに影響を受けていたというが、なるほどEXTRADIONの基本もフォーク・スタイルではあるが、キーボードのアレンジやプログレに通じる曲作りのセンスには現代的な感覚が強くある。当時オーストラリアのフォーク・ファンから批判的な反応をうけたというのがよくわかる。だが彼らのEx-Traditionな姿勢は揺らぐこともなく、やがてはベースのジム・スタンリーとドラムのロバート・ロイドを加えたバンド編成となっている。
彼らは一緒にツアーを回ったTULLYのメンバーと親交を深めることに。それだけならまだしも、TULLYのメンバーを通じてインドの神秘家メヘル・バーバーへの信仰も深めていくことになり、それがEXTRADITIONの曲作りに反映されていくようになる。
EXTRADITIONはスウィート・ピーチ・レコードと契約してデビュー・アルバム『HUSH』をレコーディングするチャンスに恵まれるが、コリン・ドライデンとジム・スタンリーの二人が脱退。そこでTULLYのリチャード・ロックウッドとケン・ファースが『HUSH』のレコーディングに参加することになった。
『HUSH』完成後、ロバート・ロイドも脱退してコリン・キャンベルとシェイナ・カーリンの二人になってしまう。二人はTULLYと合流して新たな活動を目指していくことになる。EXTRADITIONの二人が合流したTULLYは、1972年に映画のサントラ盤『SEA OF JOY』、オリジナル作『LOVING IS HARD』とアルバムを発表するが、それを最後に解散してしまう。
さてEXTRADITIONの『HUSH』だが、先述したようにインドの神秘家メヘル・バーバーに対する信仰の深さが歌詞に表れた内容になっている。しかも内ジャケットの左側にメヘル・バーバーの写真が使われている。こういう宗教性は苦手な人もいるだろう。せっかく表ジャケットが素晴らしいのに、見開き内ジャケの片面を彼の写真で埋めてしまうのはもったいないと僕でも思ってしまうが、まあそれが宗教というやつなのだろう。それさえ気にしなければ、EXTRADITIONの神秘的かつ冷ややかなサウンドは実に魅力的だ。前述したINCREDIBLE STRING BANDのサイケ的な要素もあるけど、そこにTUDOR LODGEの素朴さ、SPIROGYRAの幻想的要素を加えたような、といえば褒めすぎかもしれないが、プログレ・ファンにも十分にアピールする要素を備えていて、ジャケットの儚げな印象を裏切らない内容となっている。ここでは、『HUSH』から、シェイナ・カーリンが歌う「A Love Song」をおすすめしておきたい。
年末も近いし、僕も少しは「断捨離」を、と思ったけど、今日も思っただけでした。こうしてモノが増えていく……。
それでは、また世界のジャケ写からお会いしましょう。
A Love Song
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