2017年9月8日 | カテゴリー:ライターコラム,世界のジャケ写から 舩曳将仁
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今年の夏もまた猛烈に暑かった。クーラーなしでは耐えられませんね。みんなそうなんでしょう、夏のある夜、近所のコンビニへ買い物に出かけたら、どこの家からもクーラーの室外機の音がブオーッと聞こえてくる。今ではこれが夏の風物詩なのかも。
そういえば、夏の風情といえるものがどんどん少なくなってきているように感じる。手持ち花火をしようとすれば近所から苦情が来るというし、風鈴の音をうるさいと感じる人も多いらしい。町で目にするウチワは、販促で配られたようなものばかりだしね。
それにしても無くならない、変わらないのが怪談話。小学生の息子が夏休みの読書用にと図書室で借りてきた本が怪談もので、口裂け女やトイレの花子さんといった話が載っていた。大人からすると「何が怖いねん」という話ばかりだけど、息子は本気で怖がっていて、その本を読んだ日の夜は一人でトイレへ行けなくなるんだから、子供の感受性というのは豊かなものです。
その息子が、僕のラックに置いてあった一枚のCDを見て顔を引きつらせている。「これ、幽霊が写ってるやん!」と。それがART ZOYD『LE MARIAGE DU CIEL ET DE L’ENFER』(85年)だった。「いやいや幽霊ちゃうで?」と、実際にアルバムを聴かせてあげたら、余計に怖がっていた。「やっぱり幽霊の音楽やん!」だって。
確かに本作のジャケット、見ようによっては幽霊が闇夜でユラユラとさまよっているように見える。実はこれ、水の中で女性がもがくようにして踊っている姿を映したもの。幽霊ではないけれど、それでも十分に恐ろしい雰囲気がする。表ジャケットでは人の形があまりわからず、まだ幻想的なように見えるが、裏ジャケットでは人の姿やもがいている表情がわかる。小学生の息子には怖すぎるわな。
同作のジャケットに使われている写真は、ART ZOYDの前作『LES ESPACES INQUIETS』(83年)収録曲「Ceremonie」のビデオ・クリップからのワン・シーンである。そのビデオ・クリップの一部がYou Tubeにアップされているので、見てもらいましょう。
ART ZOYDといえば、チェンバー・ロック・ユニットと呼ばれるが、チェンバー・ロックというのは曖昧なカテゴリーで、これをキッチリと説明するのは難しい。そもそもチェンバー・ミュージックというのは、一人の奏者が一つの楽器を演奏する少人数編成で演奏されるもの、すなわち室内楽のことをさす。するとチェンバー・ロックとは、管楽器や弦楽器の奏者を有した編成で、室内楽的なアプローチを用いてロックを演奏する、そんな音楽と説明すればいいだろうか。
ART ZOYDは、ベルギーのUNIVERS ZEROと並ぶチェンバー・ロックの代表格といえるが、69年にフランス北東部のヴァレンシェンヌで結成された当初は、かなりサイケデリックなテイストの強いロック・バンドだった。71年に発表されたデビュー・シングル「Sangria / Something In Love」は、両面曲ともにファズ・ギターとエキゾチックなサックスが飛び交う、まさにサイケデリック・ロックそのものである。この時のメンバーは、Rocco Fernandez(g,vo)、Patrick Zoltek(g)、Jean-Paul Dulion(b)、Claude Asencio(ds)、Serge Armelin(Sax,vo)の5人だった。
同シングル発表後、ヴィオラ、ヴァイオリン、フルートなどを操るGerard Hourbette、ベースやチェロを操るThierry Zaboitzeffが加入。以降はチェンバー・ロックの方向性を煮詰めていくことになる。
76年にART ZOYD 3名義でデビュー・アルバム『SYMPHONIE POUR LE JOUR OU BRULERONT LES CITES』を発表。オリジナル・メンバーのRocco Fernandezが脱退していて、Gerard Hourbette、Tierry Zaboitzeff、Alain Eckert(g,vo)、Jean-Pierre Soarez(trumpet,per)の4人編成となっていた。まだ未洗練な部分もあるが、独自のチェンバー・ロックを開拓せんとする気概を感じさせるアルバムだ。どうやらマスターテープを紛失したようで、80年には同作の再録音ヴァージョンが発売されている。
78年、ART ZOYDはクリス・カトラーが反商業主義ロックを掲げて組織したROCK IN OPPOSITION(RIO)へ参加する。ここでイタリアのSTORMY SIXやベルギーのUNIVERS ZEROらと知り合っている。RIOへの参加により、ART ZOYDのアーティスティックな活動が後押しされることとなり、79年には17分に及ぶ大作タイトル曲を収録した通算2作目『MUSIQUE POUR L’ODYSSEE』を発表する。
独自のチェンバー・ロックに自信を得た彼らは、Gerard HourbetteとTierry Zaboitzeffを中心として、80年に『GENERATION SANS FUTUR』、82年に2枚組の『PHASE Ⅳ』と発表し、その存在を世界に誇示した。
83年には『LES ESPACES INQUIETS』を発表し、前記した「Ceremonie」のビデオ・クリップを製作するなど、よりマルチメディア的な展開へと踏み込んだ。そこに飛び込んできたのが、コレオグラファーのローラン・プティ率いるバレエ団との共演だった。
ローラン・プティは、72年にPINK FLOYDと共演し、すでにロックとバレエのコラボレイトを実践している。ART ZOYDにとってはまたとない挑戦であり、この依頼を快諾。バレエのための音楽を制作し、イタリアやフランスでバレエ団との公演を行なった。フランスでは30公演が行なわれ、そのうちの12公演はパリのシャンゼリゼ劇場で行なわれたというから、これがART ZOYDにとっていかに重要なイベントだったかがわかるだろう。
おそらくテレビ出演時のものと思われるが、ローラン・プティのバレエ団とART ZOYDとの共演映像がネット上にアップされているので見ていただきましょう。
http://www.ina.fr/video/I07240480(開くと自動で動画が始まりますので音量等にご注意ください)
このローラン・プティのバレエ団との共演に際して制作された曲を収録しているのが、85年に発表された『LE MARIAGE DU CIEL ET DE L’ENFER』である。アルバム・タイトルはウィリアム・ブレイクの著書からとられている。オリジナル盤のインサート・デザインはキース・ヘリングが手がけていた。
先に紹介したバレエ団との共演で使われていたのは、同作のトップに収録された「Sortie 134 Part 1」。同作には、ほかにも同曲のパート2、Gerard Hourbetteが敬愛するSF小説家フィリップ・K・ディックの小説『ユービック』からインスパイアされた「Cyrogenese」を収録。このアルバムはGerard Hourbetteもお気に入りの一作だという。ちなみに、CDには「Lo」のパート1~3、「Mouvance」のパート1と2が追加された。
やはり聴いてもらいたいのは、「Sortie 134 Part1」だろう。不気味な笑い声、叩きつけるようなピアノからはじまり、呪術的なコーラスを含む中間部を経て、聴くものを漆黒の闇の中へと引きずり込んでいく。ただしおどろおどろしいだけでなく、その向こうから美しさがふわりと立ちあがってくるのがART ZOYDの魅力で、ジャケット画像を見ながら「Sortie 134 Part 1」を聴いてもらえば、それがよくわかってもらえるだろう。小学生にとっては「幽霊の音楽」にしか聴こえないようだけど。
それでは、また世界のジャケ写からお会いしましょう。
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