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舩曳将仁の「世界のジャケ写から」 第十九回 ANYONE’S DAUGHTER『ADONIS』(ドイツ)




ゲームとかファンタジー小説には、神話の登場人物や怪物、土地の名前がよく使われている。僕が大学生の頃、ものすごく神話に詳しい同級生がいた。なんでも神話に出て来る単語の辞書を自作していて、特に西洋の神話と旧約聖書に関する知識量は強烈に豊富なのだと自らが豪語していた。将来はゲーム業界に就職するのが夢だとも言っていた。

ちょうどその頃、ギリシャ神話の登場人物名をタイトルにしたANYONE’S DAUGHTER『ADONIS』の再発CDを手に入れたところだったので、軽い気持ちで「じゃあアドニスって知ってる?」と彼に聞くと、彼は「アドニスか~」と言ってにやりと笑い、その後10分を超えてアドニスの物語を話し始めた。それが原因ではないけど、その後は彼とのつきあいが疎遠になってしまったので、彼がゲーム業界に就職できたのかどうかは不明だが、「ものすごい」やつというのはいるもんです。

アドニスというのは、ギリシャ神話の登場人物だが、神ではなく人間の男の名前である。驚くほどの美少年で、その美しさは美の女神アフロディーテ、冥界の女王ペルセポネが惚れこんでしまうほどだった。この女神同士でアドニスを取りあうのだが、ペルセポネはアフロディーテの恋人のアレスに彼女の浮気を告げ口。怒ったアレスはイノシシに化けてアドニスを殺してしまう。アドニスの流した血からはアネモネの花が咲いた、というのがアドニスの物語である。

ということで、もちろん今回紹介するのは、ジャーマン・プログレを代表するANYONE’S DAUGHTERのデビュー作『ADONIS』となる。今年になって、本作を含むANYONE’S DAUGHTERのアルバムが紙ジャケットで再発されたが、『ADONIS』はブレイン・レーベルから発表されたオリジナル・アナログ盤のジャケットを再現した仕様になっていた。しかし、僕が大学生の頃に手にした再発CDは、オリジナルと異なるジャケットのものだった。その再発CDのジャケットがこれだ。



この再発CDのジャケットは、Eva Mullerが手掛けたとクレジットされ、「Original Cover Art Used For The First Time」と書かれている。乳房をあらわにして描かれているのはアフロディーテだろうか。アドニスは半透明になって復活して、アフロディーテに「やぁ」と手を挙げている。ギリシャ神話の世界観は表せていると思うが、アドニスをテーマにしたルーベンスやジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの素晴らしい絵画作品と比べてしまうと、さすがに美麗さは劣る。また、アドニスの物語のハイライトは、彼の流した赤い血がアネモネに変わるという部分だと思うんだけど、このジャケットにはそれが描かれていない。両サイドに大きな白い花弁の花が描かれているが、花の形から見てアネモネではない。なので、アドニスの物語からすれば、どこか表現しきれてないという思いの残るジャケットになっている。

ではブレイン・レーベルからのオリジナル・アナログ盤ジャケットのデザインはどうかというと、こちらです。




横たわっている男性が、光るギターに向かって起き上がる動作の連続写真となっている。男性はギリシャ神話に登場する人物風の衣装を着ているけれども、このデザインにはアドニスの物語と関連している部分がまるでない。このジャケットを手掛けたのはAlster-Atelierとクレジットされている。Alster-Atelierがジャケットを手掛けたアルバムとしては、EPITAPH『REUTRN TO REALITY』(79年)、ACCEPT『ACCEPT』(79年)といったセクシーなデザインのものが知られるが、さすがに『ADONIS』でそちらの路線に行かなかったことは正解だったにしても、もう少しアドニスの物語に寄せたデザインにして欲しかった。オリジナル・アナログ盤、再発CDと、あなたはどちらのジャケットが好みでしょうか?



ではANYONE’S DAUGHTERのことも紹介しておこう。彼らが結成されたのは1972年のこと。ハンブルクからシュトゥットガルトに移り住んできたUwe Karpaが、Matthias Ulmerと出会い、音楽の趣味で意気投合したことからバンドを結成。DEEP PURPLE『FIREBALL』収録曲からとってバンド名をANYONE’S DAUGHTERとした。『FIREBALL』の中でも浮いた感じのカントリー・ナンバーからなぜバンド名を?とも思うが、二人ともこの曲が好きだったそうだ。

バンド結成当初はDEEP PURPLEのカヴァーなどをレパートリーにしていたが、やがてプログレッシヴ・ロックに魅せられた彼らは、ライヴなどを繰り返して演奏技術を磨き、叙情的なメロディ・センスを持ったプログレッシヴ・ロックの方向性を確立していく。

彼らがデビューする前のライヴやデモの音源は、再発CDのボーナス・トラック等で聴くことが出来るが、1977年頃にはCAMELに通じるような叙情性豊かなプログレッシヴ・ロックの方向性が定まっていたことがわかる。彼らは1978年にブレイン・レーベルと契約し、1979年にデビュー作『ADONIS』を発表する。

ブレイン・レーベルとは1枚限りとなり、新たにシュピーゲライ・レーベルに移籍。1980年には2作目となる『ANYONE’S DAUGHTER』を発表。こちらはファンタジックなイラストのジャケットになっていた。1981年にはヘルマン・ヘッセの同名小説を音楽で表現した『PIKTORS VERWANDLUNGEN』を発表。これも雰囲気のあるジャケットで、この2作に関してはANYONE’S DAUGHTERの中でも秀逸なジャケットに数えられる。

1982年に発表された『IN BLAU』は、タイトル通りに青を基調としたジャケット。中央で笛を吹いている女性(?)の描写にもう少し気をつかってほしかったと思うが、これも美しいジャケットになっている。ところが、1983年に発表された4作目『NEUE STERNE』は、何とも不気味な感じのジャケットになっている。コマーシャル性と持ち味の叙情性がうまくミックスされた内容だと思うだけに、なぜこのジャケットにしたのかよくわからない。


1984年には初のライヴ・アルバム『LIVE』を発表するが、メンバー・チェンジが勃発。バンドを立て直して次作のレコーディングに入るも、製作途中に解散してしまう。1986年には『LAST TRACKS』というアルバムが発表されるが、これはバンド最後期のお蔵入り音源と初期の音源を収録したものだった。


2000年にはUwe KarpaとMatthias Ulmerを中心に再結成が実現する。『DANGER WORLD』(2001年)、『WRONG』(2004年)などのオリジナル・アルバムやライヴ・アルバムなどをリリースしている。現在もMatthias Ulmerを中心として活動をつづけ、2018年には新作『LIVING THE FUTURE』を発表している。


 再結成以降の作品もそれぞれ聴きごたえのあるモノばかりだが、やはりプログレ・ファンにとってはリリカルなメロディとシャープな演奏でじっくりと聴かせる初期作品の方が魅力的だろう。彼らのデビュー作『ADONIS』は、オリジナル・アナログ盤も再発CDも、そのジャケットはアドニスの物語の魅力を表現できていないように思うが、アナログA面を占めた組曲「Adonis」は、その物語をテーマにドラマチックな展開を聴かせる名組曲となっている。秋の夜長にぜひ聴いてみてください。

それでは、また世界のジャケ写からお会いしましょう。

Adonis Part I: Come Away(Live In Studio)

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  • ANYONE’S DAUGHTER / ANYONE’S DAUGHTER

    叙情派ジャーマン・シンフォの名グループ、キャッチーかつ優美なメロディーメイクが光る80年リリース2nd

    72年にシュトゥットガルトで結成されたジャーマン・シンフォ・グループ。79年のデビュー作に続く、80年作2nd。幻想的に鳴り響くムーグ・シンセやハモンド・オルガン、泣きまくるハード&メロウなギター、ゴリゴリとよく動くベースとタイトなドラムによる安定感あるリズム隊、そして、叙情みなぎるメロディと豊かなハーモニー。ジェネシスとキャメルからの影響たっぷりなキーボードとリズム隊を軸に、ハード・ロック的なエッジと劇的さのあるギターが織りなす、鉄壁と言える泣きのシンフォニック・ロックが印象的です。それにしても、アンサンブルと歌メロからこれでもかと滴り落ちるリリシズムは圧巻。ユーロ・ロック屈指の名盤です。

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