2024年1月26日 | カテゴリー:Column the Reflection 後藤秀樹,ライターコラム
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第69回 ロックのヴォーカル・アンサンブルに驚かされた日々の想い出
~ ヴォーカル・ハーモニー、コーラスの魅力 ~ 不定期連載 ➀
私にとって音楽の面白さとは何なのか・・・今更ながら、年末にそんなことを考えてしまった。あれこれと思いを巡らせ、楽しいとか心地よいとか思いながらも聴いた音楽を深く考え、自分でその理由を理解し納得しなければ気が済まないタイプなのだろうな。
一度聞いて、直感的に凄いと思った音楽はそれこそ自分にとって一生ものの音楽になってきたのだが、最近の音楽を聴いてそのように思えるものが少なくなったことを寂しく感じてもいる。実際、昔の音楽について改めてその魅力を考えることのほうが楽しいのだが、時代にどこか取り残されていきそうな不安もある時期には持っていた。
しかし、世の中は不思議なもので、歴史の循環作用があるようだ。私たちが聴いてきた音楽を新たな世代も選んで聴いている様子を最近になって間近に目にした。CDは売れなくなっているというが、レコードが復活し結構売れているというのは確かなようだ。
昨今、老若男女、街を歩く人は耳にイヤホンを入れ、スマホの音楽を聴いているのがひとつの街の風景になっている。私たちの若かった頃のように、小脇にレコード袋を持って歩く様子が普通になれば楽しいだろうな・・・そんなことを思いながら新しい年を迎えた。
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昔から西洋音楽の三要素はリズム、メロディ、ハーモニーであると言われている。
ずっと話題にしてきているポピュラーやロックに関しては、その面白さはノリの良さだったり、メロディの良さだったりするわけで、ロック・バンドであればエレキのツイン・リード・ギターが凄いとか、アコースティック・ギターの使用法が面白いといった言い方をする。オルガンやピアノ、メロトロンといった各種キーボードが曲の雰囲気を盛り上げていると言ったりもする。リズム隊の凄さも間違いなくその音楽の重要な側面だ。ある時にはオーケストラや合唱団を導入することで壮大な世界を描き出している例もこれまでたくさん聞いてきた。
そうした音楽性の背後にはミュージシャンの感性やコンセプトを見いだすことが出来るわけで、ミュージシャン自身はもちろんのこと、レーベルやプロダクションの個性から伝わってくるものが自分の好みにつながってきたと言える。私の作業はそんなことを改めて考えてみていることになる。
◎画像1 Capability Brown / 『Voice』内ジャケット
私にとってあらゆる音楽の興味・関心はヴォーカル・スタイルとそのアンサンブル(コーラス、ハーモニー)にあり、それは音楽の大切な要素のひとつだろう。本コラムにおいても開始当初の2回もやはり「コーラス、ハーモニー」を中心にした内容だった。もう6年近く前のことになる。
辰年の始まりは久々に「ヴォーカル・アンサンブルの面白さ、魅力」をテーマに始めていこうと思う。
◎画像2 The Cuff Links + The Beatles『Abbey Road』 + The Beach Boys
60年代後半にはじまる私の洋楽体験だが、そこで出会ったいくつかの音源はその後の自分の根っこの部分で大きな影響力を持っていることは間違いない。そんな中で、カフ・リンクス(The Cuff Links)の70年の大ヒット曲「トレイシー(Tracy)」(米本国では69年)が明るい爽やかな曲調で大好きだった。
それまでのお気に入りは、本コラム2回目で取り上げたフェアリーダストの「誓いのフーガ(Twenty Ten)」のクラシカルで幻想的なコーラスの世界観だったが、この元気なハーモニーにも理屈抜きに夢中になった。
★音源資料A The Cuff Links / Tracy
カフ・リンクスというバンドは、メンバーもシングルのジャケットに写っていたのだが、後になって、売れっ子ソングライター・チーム(ポール・バンスとリー・ポックリス)がロン・ダンテの一人多重唱のヴォーカルで仕立て上げた架空のバンドだということは後に明らかになったこと。しかし、その当時から同じ声を重ねたハーモニーだと気づいていた人は多かったと思われる。
また、アーチーズ(The Archies)のヒット曲「シュガー・シュガー(Sugar Sugar)」(同名アニメのテーマ曲)もじつは同じロン・ダンテのヴォーカルだったのだが、その事実に気づいた時は本当に驚いた。
カフ・リンクスのアルバムは2枚あるのだが、「トレイシー」の大ヒットで、あわててメンバーを集めバンドを仕立て上げることになった。そして2枚目のアルバムにはロン・ダンテは参加せず急遽仕立て上げたバンドでのレコーディングとなっている。どちらのアルバムにもメンバーのクレジットはない。
その頃、実態は仕立て上げられたバンドというのは結構あって、「恋するキャンディダ」「ノックは3回」で知られ、その後「幸せの黄色いリボン」で大ヒットを記録するドーン(Dawn)もそうだ。今では皆知っているトニー・オーランドというヴォーカリストの存在も、当時は匿名扱いだったことになる。ロン・ダンテもトニー・オーランドもそれまでにレコーディング実績を持つ若きベテランだっただけに契約上の理由もあったらしいのだが、当時はそんな事情を知る由もない。
改めて聴いてもじつに清々しい明るいハーモニーは、「懐かしい」と同時に「永遠」であるような気がする。「サンシャイン・ポップ」の枠組みで捉えられてはいるが、「ソフト・ロック」の名曲のひとつと呼んでいいと思っている。
70年はビートルズの『レット・イット・ビー』が発売された年でもあった。当時、東芝のステレオのTV-CMでポールが歌う様子を見て、そのカッコ良さに魅了されてしまった。それまでも幾つかの曲は聞いていたが、まだ私は彼らの実態を掴みきれない中1の坊主だった。
学校の先輩が『レット・イット・ビー』と『アビー・ロード』のどちらがいいかを話し合っているのを聞いて、どちらもアルバムのタイトルであることに初めて気づいたくらいだ。ラジオで「カム・トゥゲザー」(今考えると、そのカタカナ表記も不思議)がかかり、それが気に入ったことを友人に言うと『アビー・ロード』を貸してくれた。最初はA面の「カム・トゥゲザー」と「アイ・ウォント・ユー」ばかり聞いたのだが、B面を聞いてまたぶっ飛んでしまった。1曲目の「ヒア・カムズ・ザ・サン」も、3曲目の以降のメドレーも面白かったのだが、その間に挟まった異色の「ビコーズ」が妙に引っかかっていた。こんなコーラスもあるのか・・・と初めてア・カペラの魅力に触れた瞬間でもあった。
この曲はジョンのアイディアから生まれた曲だが、ある日、隣でヨーコ・オノが弾いていた『月光ソナタ』がヒントになったという。結果として9声の曲として完成させたが、レコーディング・テイクは23回に及び、かなり苦労したことが見えてくる。
★音源資料B The Beatles / Because
その友人から最初に借りたシングルは「ヘルプ/アイム・ダウン」と「恋する二人/ぼくが泣く」だったのだが、イントロ無しでいきなりコーラスが始まる「ヘルプ」には特に魅せられていた。様々な音楽性・実験性を貪欲に取り込んだパイオニアとしてのビートルズはやはり凄い。
時を経て高校の放送局に所属していた頃、『昼時間の校内放送』の選曲についてあれこれ考えていた時。局員の一人が「ビーチ・ボーイズなんてどうだろう」と彼らのベスト・アルバムを持ってきた。私は、ビーチ・ボーイズといえば「サーフィンUSA 」に代表されるオールディーズ系だな・・・とそれほど乗り気ではなかった。しかし、局内のブースに大音量で流れてきた「グッド・バイブレーション」を聞いて言葉を失ってしまったことを思い出す。随所に現れる幾重にも重なるコーラスは、それまで何度も聴いてきた曲のはずなのに完全に違って聞こえた。私はそれまで何を聞いていたのだろうと大きなショックを受けたことは忘れられない思い出だ。
★音源資料C The Beach Boys / Good Vibrations
ビーチ・ボーイズもそのバンド名からサーファー系オールディーズと70年代に入ってからも思っていたのは私だけではなかったようだ。66年この「グッド・バイブレーション」は、新作アルバムとして『ペット・サウンズ』のためのレコーディングだったのだが、そこには収録されなかった。結果として翌67年発表の『スマイリー・スマイル』に収められ、シングルとして「グッド・バイブレーション」が発表されたのだが、英米ともに1位という素晴らしい成績を収めている。そして、本来作成されるはずだったアルバム『スマイル』の作成の挫折。そこにはブライアン・ウィルソンというビーチ・ボーイズの中心人物の人生の苦悩があったことはよく知られている。60年代から70年代にかけて活躍を見せたミュージシャンのひとつの典型とも言える姿が見え隠れする。しかし、彼の場合はそれらの精神面・健康面のダメージを克服する過程が、以後のビーチ・ボーイズの歴史に刻まれていることが悲しい側面でありながらもじつは幸運だったと言えるかも知れない。
その経緯についてはご存じの方の方が多いとは思うが、いくつかの書籍(*)に詳細に紹介されているのでこの機会に是非読んでいただけたらと思う。しかし、この「グッド・バイブレーションズ」がロック・ポップの歴史においてコーラスを含めた音楽性が重要な意味を持つことは間違いない。
(*)参考➀「ペット・サウンズ」(ジム・フリーリ著/村上春樹訳 新潮社2008 文庫あり)、②「ビーチ・ボーイズ ペット・サウンズ・ストーリー」(キングズレイ・アボット著/雨海弘美翻訳 ストレンジデイズ 2004) ③「ブライアン・ウィルソン&ザ・ビーチ・ボーイズ 消えた『スマイル』を探し求めた40年(ポール・ウィリアムズ著/五十嵐正訳 シンコーミュージック 2016)④「ブライアン・ウィルソン自伝」(ブライアン・ウィルソン著/松永良平訳 DUBOOKS 2019)
プログレで考えてみると、キング・クリムゾンではやはり初期の『宮殿』や『ポセイドンのめざめ』のタイトル曲での荘厳なコーラスが浮かんでくる。クリムゾンにはグレッグ・レイクのヴォーカルの強力さがあったが、「風に語りて」のダブル・ヴォーカルも印象的だった。『太陽と戦慄』期ではジョン・ウェットンのダブル・ヴォーカルが時折聞こえる程度。
ピンク・フロイドも演奏主体の感が強いが、個人的に『おせっかい(Meddle)』中の「エコーズ」でのダブル・ヴォーカルや、『ザ・ウォール』では、(これは特殊だが)子どものコーラスの導入が印象的だった。他でも随所で呟くようなヴォーカルに乗ったハーモニーを聞くことが出来る。
ジェネシスはピーター・ガブリエルの強力な声があるので各所で彼自身のダブル・ヴォーカルが印象的。『そして3人が残った』以降では、やはり基本的にフィル・コリンズのダブル・ヴォーカルを中心にしている。
EL&Pも完全にグレッグ・レイクのダブル・ヴォーカルが聞こえるだけだった。『恐怖の頭脳改革』ではキース・マーソンも1曲のみヴォーカルもとっていたが、コーラスはない・・・って、なかったよな?
コーラス・ハーモニーに積極的だったのはYesだろう。69年のデビュー作から一貫してコーラスも積極的に取り組んでいた。71年『ザ・イエス・アルバム』中の「I’ve Seen All Good People」の冒頭のア・カペラをはじめ印象的なものが幾つもある。何よりも72年の『危機』のタイトル曲の冒頭、突然のブレイク直後の瞬間的なハモリを初めて聞いた時は意表を突かれて唖然とした。それが何度も出てきてどれも完璧なのだから凄い。ジョン・アンダーソンという稀代のヴォーカリストがいただけにハーモニー・パートの安定感は聴いていて心地よかった。その後、「Leave It」のア・カペラ・ヴァージョンもあった。
◎画像3 Asgaerd 『In The Realm Of Asgard』+The Moody Blues 『In Search Of The Lost Chord』
ここでは、日頃あまり話題にのぼることのないプログレ系トリプル・ヴォーカル・バンドを聞いてみよう。ムーディー・ブルースがDecca傘下に設立したスレッショルド(Threshold)レーベルに72年、唯一のアルバム『In The Realm Of Asgaerd』を発表しているアスガード(Asgaerd)だ。
★音源資料D Asgaerd / In The Realm Of Asgard
彼らは、ロドニー・ハリソン(Rodney Harrison)(g,vo);デイヴ・クック(Dave Cook)(b);イアン・スノウ(Ian Snow)(ds);ジェームス・スミス(James Smith)(vo);テッド・バーレット(Ted Barlett)(vo);ピーター・オージル(Peter Orgill)(vln)の5人編成。ヴォーカル専任が2人というクレジットも驚きだが、さらにロドニーも歌うということで3人のメロディアスな迫力あるコーラスが堪能できるアルバムだ。さらにキーボードがいない代わりに、ヴァイオリンを導入していることで牧歌的な雰囲気を持ったサウンドになっている。アルバムのコンセプトは北欧神話にある。
彼らはムーディー・ブルース(MM)のマイク・ピンダーの目にとまったことから、スレッショルドからのリリースとなったわけで、全8曲中5曲はMMのプロデューサーであるトニー・クラークがプロデュースを担当している。
バンドの中心となるロドニーはブルドッグ・ブリード(Bulldog Breed)に参加していた経歴を持ち、彼らのDeramからの唯一のアルバムに収録されていた「Austin Osmanspare」が、このアスガードのアルバムにも収録されている。日本でも一度CD化(1994)され、英Esotericからもリリース(2010)されていたので是非聞いていただきたい作品の一つである。
ここで、ムーディー・ブルースも1曲、68年の「Ride My See-Saw」を聞いていただこう。彼らはフロント・マン全員がヴォーカルをとれるということで、コーラスもお手のものだ。それも厚みのあるヴォーカル・アンサンブルで聴き応えがある。R&Bグループからスタートした彼らも、67年の『サテンの夜(Days Of Future Past)』でその後につながるプログレ・バンドに転身したことで知られているが、68年の『失われたコードを求めて(In Search Of The Lost Chord)』では前作で大々的に採用されたオーケストラは入っていない。彼らの演奏だけだが、マイク・ピンダーのメロトロン(ピンダトロンと命名されていた)が大きな戦力としてより目立つことになった。画面左からピンダーとレイ・トーマス、ジャスティン・ヘイワード、ジョン・ロッジと4人が並んで歌っている。厚みを持った各人のヴォーカルだけでなくそのアンサンブルも既に堂に入っている。ドラマーのグレアム・エッジは歌わないが、各アルバムの冒頭部分でじつに味のある「語り」を担当していたことも忘れがたい。(トーマスとエッジは既に故人となってしまった。)
★音源資料E The Moody Blues / Ride My See Saw
そして、ヴォーカル・アンサンブルについて語るには私はやはりジェントル・ジャイアント(GG)の「On Reflection」を外すことができない。
75年の彼らの7枚目『Free Hand』に収録されている作品。この曲も最初に聞いた時には複雑なア・カペラを一糸乱れず完璧に歌っていることに圧倒された。というより、あまりにも驚いてしばらく言葉が出なかった。ただただ「見事」だった。完全降伏してしまい、その後GGはリスペクトの対象となった。
私の個人史で言えば、「COLUMN THE REFLECTION」として2018年5月から担当させていただいているこのコラムの名前もそうだが、ずっと遡って1982年1月に個人作業として始めたブリティッシュ・ロックのミニコミのタイトルを「REFLECTION」(計5号作成)としたのもGGの「On Reflection」へのリスペクトを表したことにつながっている。
◎画像4 Gentle Giant『Free Hand』 + Queen 『A Night At The Opera』『ボヘミアン・ラプソディ』
驚いたのは編集作業が出来るスタジオだけでなく、ライヴでもいとも簡単に(そう見える)歌いこなしていたこと。ライヴでは曲の前半と後半が逆になっていて、中世音楽風の演奏に始まり、曲の途中からア・カペラとなる。ここではリマスターが施された78年のBBCライヴ映像を取り上げる。各メンバーの楽器の持ち替えや移動の様子もじつにスマートに行われていて面白い。
GGの詳細については、本コラムの第48回(前編)、第49回(後編)で解説しているので、是非目を通していただけると嬉しい。
★音源資料F Gentle Giant / On Reflection(Live at BBC Sight and Sound 1978)
このGGのアルバムを聴いて間もない時期にとてつもない作品が登場した。それが、今では巨大な伝説となっているクイーンの75年4枚目のアルバム『オペラ座の夜(A Night At The Opera)』だ。アルバムに含まれた「ボヘミアン・ラプソディ」のオフィシャル映像を、当時フィルム・コンサートで見せられたのだからたまらない。コーラスも見事だが、際立つのはドラマチックな曲の途中で展開されるこれまた圧倒的な迫力の無伴奏ア・カペラ。まさに完璧なヴォーカル・アンサンブルだった。
じつはこのクイーンにも思い出がある。73年のデビュー作が日本で出された時、ラジオで「炎のロックン・ロール」をエア・チェック。よく聞くと、レコードではフレディのヴォーカル・メロは2小節を区切って録音段階で交互に歌うというダブル・ヴォーカルになっていることに注目した。(ライヴでは当然続けて歌ってはいるのだが) その面白さの発見がクイーンの思い出の出発点だった。
その後、NHKのリクエスト番組を通して知り合った仲間のロック・サークルに入ることになったのだが、そこでも女性陣の話題はクイーン。特に「英国のバンドなのに、英国での評価が低いので日本で盛り上げていきたい」というファン・クラブの子が、「彼らを日本に呼ぼう」という署名活動を始めるというので手伝うことにした。私は自分の高校で部活(放送局)のメンバーにも協力してもらい全校各クラスに声をかけてもらった。予想以上に数が集まってそれを送ることが出来た。その署名活動の影響がどれほどあったのかは分からないが、結果的にクイーンはその後来日も果たしたわけで、今となっては世界的な人気を誇る伝説のバンドになったことにちょっと特別な思いを持っている。
やはり、『ボヘミアン・ラプソディ』も、途中のア・カペラに注目して聞いてみたい。
★音源資料G Queen / Bohemian Rhapsody
「モダン・ポップ」も幾分曖昧で定義の難しい微妙な言葉だが、ここではプログレが時代の流れに乗ってポップな線を取り入れた形で出された音楽に始まる音楽の総称としてとらえてみる。
◎画像5 Capability Brown 『Voice』 + Krazy Kat『China Seas』『Troubled Air』
最初に出てくるのは73年のキャパビリティ・ブラウン(Capability Brown;以下CB)。彼らについても本コラム第1回でハーモニー・グラス(Harmony Grass)の流れで既に紹介しているのだが、やはりヴォーカル・アンサンブルを売り物にしたロック・バンド。アルバムはカリスマ(Charisma)・レーベルに2枚残している。アルバムB面全体を使った組曲もあり、プログレ的な要素も強いのだが、じつは歌心を大切にしたポップな味わいを見せているところが魅力的。何といっても6人のメンバー全てがヴォーカルを取ることが出来、ア・カペラを含め難解なコーラスをいとも簡単に聞かせてしまうところが凄い。
本当はセカンド・アルバム『Voice』からB面の組曲を・・・と思ったのだが(そこでア・カペラが登場する)、20分を超える大曲なので、ここではA面2曲目の『Sad Am I』を取り上げたい。アコースティック・ギターに乗ったテーマ・メロディの厚いハーモニーに加えて、中間部のスキャット・コーラスがまた素晴らしい。
それにしてもジャケットは見開きで「唇にチャック」というデザイン。ヒプノシスのデザインだが、最初に見た時は「?」だったが、彼らがヴォーカル・ワークに力を入れていることを表現したものと理解している。
★音源資料H Capability Brown / Sad Am I
CBは2枚のアルバムを残して解散したようで残念と思っていたら、77年に新たにクレイジー・キャット(Krazy Kat)というバンドで『China Seas』が英MOUNTAINレーベルからクリス・トーマスのプロデュースの下リリースされた。そこにはCB時代のメンバーが3人(トニー・ファーガソン、グラハム・ホワイト、ロジャー・ウィリス)に、新たなメンバー2人加えた5人編成。クレジットを見ると全員がヴォーカルも担当にもなっていて、間違いなくCBの流れを汲んだグループと言えるだろう。(ところで、バンド名を日本語で何と呼べばいいのかが結構難しい。ここではキャットとしたが、チョコの名称はキット・カットでカットと呼んではいるのだが・・・)
しかしながら、70年代も後半に入った時期なので当時の音楽シーンの変化をとらえ、他の多くのバンドと同様に「モダン・ポップ」と言える雰囲気を持っていた。世の中、ニューウェイヴにパンクといった中で健闘していたバンドのひとつだ。
クレイジー・キャットは続けざま同じメンバーでセカンド・アルバムとなる『Troubled Air』も出している。プロデュースはロビン・ジェフリー・ケーブルに交代していた。ここでは、『China Seas』から「Dundee Calling」を聞いていただこう。CB直系のヴォーカル・アンサンブルの厚味が感じられて嬉しい。
★音源資料I Krazy Kat / Dundee Calling
75年あたりからはそれまで活動していた有名バンドも、その音楽性がよりポップでコマーシャルな方向性に進んでいった。そんな代表の一つがエレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)だった。
私はELOの『II』が「これまで聞いたアルバムから10枚を選ぶとしたら」と問われればその中に入れるほどに大好きなアルバムで、その後徐々にポップ・サイドに移行していくのが残念に思えていた。しかし、出されるアルバムは聴き続けていた。
◎画像6 Electric Light Orchestra 『Out Of Blue』 + 『II』
ELOはムーヴ(The Move)にいたロイ・ウッド(Roy Wood)が実験的ポップをジェフ・リン(Jeff Lynne)と一緒になって71年に活動を始めたのだが、自分はすぐに脱退。残ったジェフ・リンが主導権をとり、よりポップな方向に向かっていくようになった。73年の『II』からシングル・カットされた『ロール・オーバー・ベートーベン』のヒットで広く知られるようになったが、その後のアルバムもどれもよく出来ていた。特に77年に2枚組の『アウト・オブ・ブルー』、79年の『ディスカバリー』は大ベストセラーとなり、世界的な人気を得た。彼らはデビュー時から弦楽器奏者も複数メンバーに加え、クラシカルでありながらポップさ、重厚なロック感覚も持ち合わせた希有なバンドだった。
その『アウト・オブ・ブルー』に収録された「ミスター・ブルー・スカイ」は近年、日本ではTVでビールのCMとして知られるようになりお馴染みなのだが、彼ららしいポップ・ロックで、クラシカルなヴォーカル・アンサンブルも取り入れることも忘れていなかったことが嬉しい。ジェフ・リンが持つアイドル・レース(The Idle Race)時代からのポップ・センスが結実した名曲の一つと再確認できる。
ドラマーのベフ・ベヴァンも曲の中間部と後半に合唱隊を導入したことについて「スウィングル・シンガーズ風でとてもよく出来た。」と満足した話をしているだけに、私は彼らの曲の良さに加え、最後にこの混声合唱を加えたからこそ、より素晴らしさが広く伝わったと思っている。もちろん、彼ら自身のメロディに乗せたコーラスも味わい深い。
でも、多くの人は、この曲はアルバム中のレコードでいえばC面を使った「雨の日のコンチェルト(Concerto For A Rainy Day)」という4部構成の組曲の4曲目だったということは知らないだろうなあ。
★音源資料J Electric Light Orchestra / Mr.Blue Sky
この「モダン・ポップ」の頃には、他にもスパークス(Sparks)、セイラー(Sailor)、シティ・ボーイ(City Boy)等々の面白いバンドが数多く登場し、ロックの世界もよりポップさが増し新しくなったことを実感させられた。そしてヴォーカル・アンサンブルも洗練され洒落たものが目立つようになった。さらにAOR系のバンドが増えたことで、その感を深めたことを思い出す。それはそれで聞きやすく楽しめたのだが、インパクトを感じるものは少なくなったように思ってしまった。
◎画像7 Voyager 『Halfway Hotel』+『Act Of Love』+『Voyager』 +『Tonton Macoute』
そんな中で、次に紹介するのはヴォイジャー(Voyager)。79年にKrazy Katと同じ英MOUNTAINから最初のアルバム『Halfway Hotel』をリリースした。ジャケットのインパクトは弱く感じるが、ヒプノシスの仕事。そのアルバムからの「Total Amnesia」を聞いていただきたい。これは、久々に「ブラボー!」と言えるほどに衝撃的だった。曲調は現代風(?) なロカビリー、ドゥ・ワップ、ブギウギといった要素のミクスチャーという感じだが、じつに面白い。彼らもメンバー4人がヴォーカルをとるが、リード・ヴォーカルであるポール・フレンチ(Paul French)がまずピアノを弾きながら全体を引っ張っていく。曲の中盤では短いがア・カペラも顔をのぞかせる。
★音源資料K Voyager / Total Amnesia
ヴォイジャーはキーボードのポール・フレンチを中心とした4人組。ポール・フレンチというと英国ロックに詳しい方はすぐに英Neonから71年にリリースされたキーフのジャケットに包まれた『Tonton Macoute』を思い浮かべるだろう。しかし、そのアルバムはジャズ・ロック系の名作として知られていて、このヴォイジャーの姿とは大きなギャップを感じるかもしれない。
しかし、ポール・フレンチも10代の頃はプレスリーをはじめとするロックンロールやブルース、ジャズを聴いていた。ピアノを弾きながら歌うスタイルはレイ・チャールズに影響されたというのだから、昔憧れた音楽のようにやりたいという気持ちになったのかもしれない。アルバムからは同名の「Halfway Hotel」がシングル・カットされ英国では結構なヒットとなっている。しかしアルバムは振るわなかった。ただ、そんな売れ行きに関係なくこのアルバムは素晴らしい。プロデュースを務めたガス・ダジョン(Gus Dudgeon)の関わりも見逃せない。彼はエルトン・ジョンを手がけ大成功したプロデューサーだ。
ガスのひとつのエピソードだが、最初に収録曲の「Halfway Hotel」を録音した時に最初のテイクを聞いて納得せず、リズム面でもっと強力なものを求め、ドラマーを交代させることになった。そうした強引さはどうかとも思うのだが、結果的にアルバムは力強さを感じさせるものとなり、制作面での力量を見せつける結果となっている。私はこのアルバムを完璧にプロデュースされた素晴らしいアルバムと評価したい。
ヴォイジャーは、翌80年に『Act Of Love』(英MOUNTAIN)を、81年に『Voyager』(英RCA)とアルバムを出すものの残念なことに全く売れなかった。しかし2000年代になって復活したという。
なお、この曲「Total Amnesia」はドイツをはじめいくつかの国でシングル・カットされていた。
また、80年代に友人MTさんが英国を旅行した土産に「Halfway Hotel」のシングル盤を買ってきてくれたことも私の思い出のひとつだ。
今回は、改めてヴォーカル・アンサンブルに光を当て、コーラス・ハーモニー、ア・カペラが聴ける曲を中心に選んでみました。しかし、さすがにコーラスを活かしたバンドはかなりの数にのぼり、今回も多くの候補をメモしておいたのにその殆どを削ってしまいました。「○○は出てこないのか!」と言われそうですが、仕方ありません。
ただ、今回は敢えて超大物を幾つもそろえてみました。ビートルズのジョンも、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンも、ヴォーカル・アンサンブルを仕上げるために精神状態に影響を及ぼすほど膨大な時間を費やしたわけです。時代は新しくなっても、クイーンは「ボヘミアン・ラプソディ」のシングル化にあたって、レコード会社との大きな駆け引きというドラマがあったことが、彼らの映画の中でも取り上げられていました。
やはり、コーラスひとつ取ってもその奥が深く、私たちが驚きを持って聴く背景にはミュージシャンの創造性の追求があるわけです。
米国においてはCSN&Yがコーラスの究極を持っていましたし、その後のウェスト・コースト・サウンドにおいてもコーラス・ハーモニーは欠かせないものでした。代表的なイーグルスもドゥービー・ブラザーズの素晴らしさは言うまでもありませんが、個人的には「名前のない馬」でデビューしたアメリカ(America)もメンバー3人のハーモニーが素晴らしく大好きです。今でも初期のアルバムを中心によく聴きます。
これを読んでくださっている皆さんにも、忘れられないヴォーカル・アンサンブル(コーラス、ハーモニー)は幾つもあることでしょう。ハーモニーは「調和」とも訳されます。今年は世の中が調和し、人々が安心して暮らせる平和な日々が訪れることを願いたいものです。
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今年も始まって早々に、石川県能登半島での大きな地震に驚かされました。被災された方々には謹んでお見舞い申し上げます。亡くなられた方々の多さにも驚いています。ご冥福をお祈りいたします。
本当に年の初めの災害、そして翌日の航空機の炎上事故も私にとっても大きなショックでした。今年は自分の中では正月気分もないままでもう1月も終わろうとしています。
私は「音楽が持つ力」を信じているので、多くの人が音楽によって救われることを願っています。
そして、元気が出せるようになった時の「笑顔」を大切にしてほしいと思います。
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◎画像8 Utopia 『RA』 + Todd Rundgren 『Faithful』
今回の締め括りに、トッド・ラングレン(Todd Rundgren)のユートピア(Utopia)の77年の『太陽神(RA)』から「永遠の愛(Eternal Love)」を用意しました。
トッドの話題も最近は聞かなくなりましたが、やはり忘れられないサウンド・クリエイターの一人です。ユートピア(Utopia)の活動と並行して76年に多重録音のソロ・アルバム『誓いの明日(Fathful)』で、ビーチ・ボーイズの「グッド・バイブレーションズ」やヤードバーズの「幻の10年」、ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」等を完全コピーした凄いアルバムでした。そうした活動と並行して同時期にバンド活動としてユートピアもやっていた訳ですから、当時の勢いには驚かされました。
このユートピアの『永遠の愛』でも見事なコーラス・ワークが聴かれます。中間部のア・カペラはテープの逆回転のようにも聞こえて、「時間よ、戻れ!(あの平穏な時に・・・)」というメッセージのようにも思えます。
今年も本コラムをよろしくお願いいたします。
★音源資料L Utopia / Eternal Love
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