2021年3月12日 | カテゴリー:ライターコラム,世界のジャケ写から 舩曳将仁
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大阪は緊急事態宣言が解除されました。っていうか、緊急事態宣言が出ていたのか、ということを疑ってしまうぐらい、普通に電車に乗って仕事へ行っていたし、近くのカラオケ店もパチンコ店もにぎわっていた。飲食店関係の人には切実だったかもしれないが、あんまり緊急感がなかったという人も多かったんじゃないかな。それにしても花見や歓送迎会シーズン前に緊急事態宣言の解除、とりあえずよくわからんけど2週間という期間を延長した関東の一都三県、4月にどうなっているかですよね。まあ、自分がコロナに感染しないように気をつけるだけですが。
さて、カケレコ・ニューズレターにも書いたけれど、先日『メタルハマー・ジャパン』に女性シンガー特集の記事を書いた。もう大好物のネタなので、二つ返事で引き受けたけれど、どんな表現を使うかには相当に悩んだ。ちょうど某オリンピック強化委員会の委員長が女性蔑視的発言で話題になっていた時期だったこともあって、「どうかな?」と思いながら書くことになったが、あれでよかったのかどうか。
そもそも「あのバンドの女性シンガーは美形で素晴らしい」とか「ルックスが良い」といった表現は、セーフなのか、アウトなのか。「女性らしいエレガントさ」という表現は「女性らしさ」の固定観念の強制になっていないだろうか。そこはニュアンスで伝わるかなと思った部分もあるけど、不用意だったかなと思う表現もあった。ジェンダーに関する表現の仕方は、本当に気をつけなければいけないところで、そう思うと「女性シンガー特集」というのは、実はとても難しいテーマかもしれない。
その流れで、実に注意深く、でもどうしても紹介したいのが、女性サックス&フルート奏者のバーバラ・トンプソン。イギリスのジャズ・ロック・シーンでバリバリに活躍したアーティストで、イギリス本国ではMBE勲章も授与されている。それにしては英語版ウィキペディアの説明も満足のいくものじゃないし、同日本盤ページは存在しないという嘆かわしい状況。リーダー・バンドでのアルバムも数多くあるけど、日本では発売されていないものが多いし、過小評価が著しい。ネット上のある記事では、女性ジャズ・サックス奏者のパイオニアとして、ジェーン・アイラ・ブルームとジェーン・バネットの名前が出されていたけど、いやいやバーバラ・トンプソンの方が、それより先にジャズ&ロック・シーンで活躍してますから!
ところが、どうも彼女のリーダー・アルバムのジャケットは、彼女の魅力を伝えられていないんじゃないかと思うわけです。初のリーダー・アルバムは、1978年のBARBARA THOMPSON’S PARAPHERNALIAの同名タイトル作。彼女のポートレート写真が使われていて、このジャケットは素敵ですが、まあよくあるソロ・アーティストの写真という感じ。PARAPHERNALIAの2作目『WILDE TALES』では、イラストの巨大な手がバーバラを抱き上げているという……。前回も書いたけど、ファンタジー系を狙って、どこか滑稽にみえてしまうパターン。
さて、ここでジャケット面での傑作といえるアルバムが登場する。それが、1980年のPARAPHERNALIA『LIVE IN CONCERT』だ。バーバラのキリッとした表情。ガッとサックスを掴む右手。この佇まいこそが、バーバラ・トンプソンというアーティストの「かっこよさ」だと思っている。だが、このアルバム、まだ現物を拝見したことがない。確かCD化もされていない。いいジャケットだから、LPで欲しいなあ。
それ以降もポートレートを使用した1982年の『MOTHER EARTH』や1991年『BREATHLESS』とか、2015年の『THE LAST FANDANGO』とか素敵なジャケットはあるけれど、彼女の「カッコ良さ」が今イチ伝わっていないんじゃないかと。バーバラが海辺に立っている『IN THE EYE OF A STORM』(2003年)、大型バイクを爆走させている『NEVER SAY GOODBYE』(2005年)という、一見「かっこ良さ」げなジャケットもあるんだけど、僕が思う彼女の「かっこ良さ」は表現されていないような。
そこに「これだ!」というジャケットのCDが出た! それが2020年に発売となった『LIVE AT THE BBC』。なんとバーバラ・トンプソンの出演したBBC音源をCD14枚にコンプリートしたという、ごっついアイテムです。このジャケットに、僕が思っているバーバラ・トンプソンの「かっこ良さ」を見事にとらえた写真が使われている。サックスとともに生きてきた彼女が、そのサックスに魂を吹き込んでいる、まさにその凛とした瞬間を捉えた、とても素敵な写真なのだ。
簡単に彼女のバイオグラフィーを紹介しておこう。1944年7月27日、音楽家のいる家系に生まれたバーバラ・トンプソンは、小さい頃から音楽に慣れ親しんで育つ。13歳の頃にロンドン・スクールズ・シンフォニー・オーケストラでクラリネットを担当。20歳の頃に王立音楽大学に入学し、音楽を本格的に学ぶとともに、イギリスのジャズ・シーンのメンバーと関りを持つようになる。ニール・アードレイのNEW JAZZ ORCHESTRAに参加する中で出会ったのが、ドラムのジョン・ハイズマンだった。二人とも23歳という若さで結婚。ジョンに死が訪れる2018年まで添い遂げることになるという「ザ・おしどり夫婦」だ。
1960年代中ごろから、イギリスのジャズ・シーンで活動を本格化させたバーバラ・トンプソンは、ハワード・ライリー、マイク・ギブズ、夫のジョン・ハイズマンによるCOLOSSEUMなどなど、イギリスのジャズ・ロック・シーンで活躍。そして、初のリーダー・バンドとなるPARAPHERNALIAを結成。1978年に同名タイトル作を発表する。1979年には、BBCが『JAZZ ROCK AND MARRIAGE』という番組を制作。You Tubeにアップされているので、ぜひ見てほしい。PARAPHERNALIAを始めたころの彼女の姿を見ることができる。その中でも触れられているが、彼女は女性ミュージシャンがセクシー衣装を着るという悪弊に反対し、女性ミュージシャンの地位向上にも一石を投じている。
以降はリーダー作をはじめ、数多くの作品を発表することとなり、1996年にはMBEを授与されている。ところが、その翌年にパーキンソン病と診断されることに。2001年には引退ツアーも行なうが、2003年にはステージに復帰。2007年にはCOLOSSEUMのメンバーとして来日公演も行なっている。彼女がパーキンソン病と向かい合いながら、それでもサックスを吹き続けることをサポートしたのは夫のジョン・ハイズマン。2012年、BBCがパーキンソン病とたたかうバーバラとジョンの様子を描いたドキュメンタリー番組『PLAYING AGAINST TIME』を制作。こちらもYou Tubeで見ることができる。英語がわからなくても、映像だけで十分に理解できる内容なので、ぜひ見てほしい。
バーバラ・トンプソンは、病と付き合いながら、2015年に『THE LAST FANDANGO』を発表。ジョン・ハイズマンはバーバラの病状を考えて引退し、二人での時間をゆったり過ごすことを選んだ。ところが、2018年にジョン・ハイズマンが他界。54年連れ添った夫の死、さぞショックだったろう。
近年は表立ったニュースもなかったように思うが、昨年末に『LIVE AT BBC』が発売されることに。発売元であるレパトワーのインフォメーションを見ると、CD1には、1969年のNEW JAZZ ORCHESTRA、DAVE GELLY SEXTETの音源を収録。ディック・ヘクストール・スミス、ジャック・ブルース、イアン・カー、フランク・リコッティ、マイク・ギブズ、そしてジョン・ハイズマンなどなど、英ジャズ&ジャズ・ロック界でブイブイ言わせる連中が参加している。それだけでも興奮もの。以降も80年代後半ごろまで、バーバラ・トンプソンの活動がBBC音源で追えるものになっている。現物はまだ届いていないが、バーバラの写真もたくさん見られるみたい。これが買わずにいられようか?!
さて、容姿のことをどうこう言うのはアウトかもしれないが、あくまでも個人的見解ということで、などと断っておきながら、やっぱりこれだけは言っておきたいんだけど、若い頃のバーバラ・トンプソン……かわいすぎる!
それではまた世界のジャケ写からお会いしましょう。
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Jon Hisemanを中心に結成されDave Greensladeらを擁したイギリスのジャズ・ロックグループの69年2nd。VERTIGOレーベルの第1作という位置付けの本作は、ブルース・ロックへの傾倒が顕著であったデビュー作から音楽的な引き出しが格段に増した名盤であり、ブリティッシュ・ロック然としたハードなロック・アンサンブルからジャジーな表情、クラシカル・ロック的なアプローチまで、テクニカルなインタープレイを交えながら拡散しつつ融合する素晴らしいものです。中でも彼らを代表する名曲となった表題曲「ヴァレンタイン組曲」は圧巻の出来であり、ブリティッシュ・ジャズ・ロック最高峰の1枚と言えるでしょう。
盤質:傷あり
状態:並
帯有
軽微なカビあり
71年リリースのライヴ盤で、通算で4枚目となるラスト・アルバム。スタジオ盤でのダイナミズムがさらに増幅された演奏はただただ圧巻。ジョン・ハイズマンの超重量級でいてシャープな怒涛のドラム、ディック・ヘクストール=スミスの熱すぎるサックス、デイヴ・クレムソンの渾身のブルース・ギター、デイヴ・グリーンスレイドの淡くむせぶハモンド・オルガン、そして、クリス・ファーロウのソウルフルなヴォーカル。すさまじい一体感とダイナミズム。間違いなく当時の英国で屈指と言える実力派だったことでしょう。傑作です。
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