2023年12月29日 | カテゴリー:やはりロックで泣け!,リスナー寄稿記事,世界のロック探求ナビ
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寄稿:ひろきさんさん
2017年まで連載されていた舩曳さんによるコラム、「そしてロックで泣け」は丁寧に詳しく調べられていて、個人的に大いに興味を喚起されました。今回、彼の精神を受け継いで「やはりロックで泣け!」というタイトルで、様々な「泣ける音楽」を紹介したいと思います。
今回は長い歴史を持つイギリスの国民的バンドの一つであるStatus Quoの楽曲、「In My Chair」を取り上げたいと思います。
彼らは1962年にバンドリーダーであるFrancis RossiとAlan Lancasterによって結成され、1967年にRick Parfittが加入し、名前をStaus Quoに変えて再出発をしました。当時はサイケデリックがもてはやされ、彼らもその流れに乗って1968年1月に「Pictures of Matchstick Men」を発表しました。この曲はイギリス、アメリカ両国でヒットしアメリカでは Billboard Hot 100で最高位、12位まで上昇しました。また3つ目のシングル、「Ice in the Sun」は8位にもなりました。これらはその年の9月に発売されたfirst albumである『Picturesque Matchstickable Messages from the Status Quo』に収録されています。今になって振り返ってみると、アメリカの音楽市場で彼らが最も人気があったのがこの時期であったようです。この後は全くチャートインすることはありませんでした。
Pictures of Matchstick Men
翌年の1969年9月に発売されたsecond album、『Spare Parts』は商業的にうまくいかず、それをきっかけにして方向性を変える決断をしたようです。キーボード担当のRoy Lynesが去り、時代も70年に突入しました。psychedelic rockよりもいわゆるnew rockを求める傾向が高まり、彼らだけでなく多くの60年代から活動しているバンドも方向性を見直さざるをえない時代がやってきました。細かいことを言えばfirst albumはThe Status Quoでしたがsecod album以降はtheを省いてStatus Quoと表記するようになりました。
1970年3月にnon-album tuneである、「Down the Dustpipe」をリリースします。この曲はFrancis Rossiの作品ではなく、オーストラリア人であるCarl Groszmannが作りました。彼はその後、Ringo Starr, Olivia Newton-John, Bee Gees等と関わっていきます。 Francis Rossiの言葉を借りると、”It was the first record to feature our soon-to-be trademark boogie shuffle”.「その後の自分たちのトレードマークであるブギーを前面に出した最初のレコードだった。」というコメントを残しています。私も同感ですが、全体に明るいアップテンポの曲で、言い換えればlight boogieな印象です。
Down the Dustpipe
しかし次作の「In My Chair」はFrancis RossiとBob Youngの共作で同年の10月にsingle盤として発売されます。これまでの作品とは全く別次元のできばえで、とくにイントロの衝撃的なダークリフにいきなりKOされてしまいます。曲調はミドルテンポのいわばheavy boogieです。キーはE、ギターの6弦の開放弦を強調したこのリフはこれまでの彼らに対するイメージを根本的に覆してしまうほどの強烈なインパクトを放っています。しかもtelecasterを使ってこの時代に作り出された独特のトーンは今聞いても全く古さを感じさせません。また計算され尽くしたコードストローク主体の間奏のギターソロパートも完璧です。B面は「Gerdundula」ですが、このtrackはその後のアルバム、『Dog of Two Head』(*headは複数形でない)に含まれるversionとは異なるものです。長さも約30秒ほど短くなっています。
In My Chair
「In My Chair」は彼らのsetlistによると、これまでの演奏回数は391回で、best 36位にランクされています。また最近のコンサートでも中間部に必ず演奏するようになっているようです。思い出すのは2014年に期間限定でFrantic Fourと名乗り、1970年代のbest lineupでの活動中もこの曲を好んで演奏していました。
ここで少し歌詞の内容に触れておきます。website, Songtellによると
つまり「想像力と現実逃避主義を賛辞している。 自分が進むべき道を見つけ出し、形式にとらわれない生活スタイルを喜んで受け入れることこそ真の幸福および自由をもたらすことができる。たとえそれが社会基準や可能性からかけ離れていたとしても。」
個人的には「We ran along walking ‘cross the rooftops in my chair」のきわめてシュールなpartが特に気に入っています。「一緒に走って行き、自分の椅子に体を深々と沈め、屋上を歩いて渡った」はまさにan unconventional wayだと思います。
私は彼らが最初に来日した1974年9月25日の大阪厚生年金会館でのライヴを体験しました。この頃album, 『On the Level』が発売され、single cutされた「Down Down」が初めて全英チャートNo. 1になり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いがありました。一方、日本では来日記念シングル盤として「Roll Over Lay Down(live) / Junior’s wailing(live)」が発売されました。もちろん私も即、購入しました。あとで判明したことですがイギリスでは『Quo Live EP』というタイトルで、これらの2曲と「Gerdundula」が収録されています。
まず会場に入って驚いたのはステージの左右隅に巨大な扇風機が置かれていたことです。このような光景は他のコンサートでも一度も見たことがありません。コンサートを行うに相当な運動量を必要とすることでしょうか。Steamhammerのオリジナルである「Junior’s Wailing」からスタートし、アンコールのChuck Berryのカバー曲、「Bye Bye Johnny」まで一気に突き進んだエネルギッシュなコンサートの流れを今でも思い出します。残念ながら「In My Chair」は演奏しませんでした。翌年の11月19日に再来日し、同じ場所でコンサートを行いました。私も当然その場にいました。記録によるとこの曲を演奏しているのですが全く思い出せません。ただ巨大な扇風機はなくなっていました。とにかくこの頃のQuoのコンサートはexcitingでメンバー全員、若くて実にかっこよくrock starが行うrock concertはこうあるべきだという強烈なイメージを植えつけられました。
それから50年近く経過しても音楽活動を続けている彼らには脱帽です。2024年 tour scheduleも8月まで発表されていてその後も継続予定とのことです。
最後になって思い出したことがあります。1997年3月1日大阪クラブクアトロでの公演にも行きました。この時、大阪クラブクアトロは現在の梅田ではなく心斎橋にありました。こじんまりとした和気あいあいのfamily concert的な雰囲気でした。現時点でこれが彼らの最後の日本公演となっています。
現在のlineupもFrancis RossiとAndy Bown (元The Herd, Judas Jump), John “Rhino” Edwards(元Climax Blues Band)を核として、故Rick Parfittの生まれ変わりのような有能な若手ギタリスト、Richie Malone、高い技術を持ったdrummer、Leon Caveが加わり70年代の頃とはひと味違う安定したサウンドを作り上げています。みなさんもこの機会に過去のQuoの作品を聞き直してメロディメーカーとしての Francis Rossiの才能を再評価して欲しいと思います。
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