2020年4月15日 | カテゴリー:ユーロ・ロック周遊日記,世界のロック探求ナビ
名盤からディープな作品まで、ユーロで誕生した様々なロック名作を掘り下げていく「ユーロ・ロック周遊日記」。
本日はヨーロッパとアジアの中間に位置するアルメニアのプログレ名作、ZARTONG『ZARTONG』 をピックアップいたしましょう。
まずはアルメニアという国についてご紹介。アルメニアはヨーロッパ南東部のコーカサス地方に属し、北にグルジア、西にトルコ、東にアゼルバイジャン、南にイランという4国に挟まれた内陸の国。1920年から旧ソ連の一部となっていましたが、91年に独立。紀元前1世紀には大アルメニア王国として独立・繁栄するなどヨーロッパの中でも特に古い歴史を持ち、また4世紀にキリスト教を初めて国教として定めた世界最古のキリスト教国でもあります。
長い歴史を持ちつつ、ヨーロッパとアジアを結ぶ要所であるアルメニアはたびたび他国の侵攻や支配に晒されてきました。幾度もの滅亡、また第一次世界大戦後に起こったオスマン帝国のアルメニア人虐殺で祖国を追われたアルメニア人も多く、アルメニア人のディアスポラ(移民)はユダヤ人に次ぐほどメジャーなものだとか。有名ミュージシャンではシャルル・アズナブールやシルヴィ・バルタン、シェール等がアルメニア系の血を引いており、また近年のバンドSYSTEM OF A DOWNはカリフォルニア州のアルメニア系コミュニティで結成された、全員がアルメニア系アメリカ人のグループ。ちなみに彼らは政治・社会性の強い作風で知られ、中でもアルメニア人虐殺への抗議は彼らの活動の根幹となっています。
そんな数々の悲劇を経験しながらも、アルメニアにはアルメニアならではといえる独自の文化が残り続けています。それは分かりやすく言えば、「『最古のキリスト教国としての誇り』と『異文化』のミックス」。その特徴が色濃く表れているのが音楽でしょう。器楽や音階には近隣のトルコやイランからインド、バルカン半島など様々な地域からの影響が見られるものの、一方でグレゴリオ聖歌にも通ずる荘厳なハーモニーを生み出す合唱も共存し、ヨーロッパとアジアが混ざり合う独自のサウンドを作り出しています。また紀元前5千年頃から3千年頃の「踊りの場面」の壁画がアルメニアの高地で見つかっているほど民俗舞踏の歴史も古く、「音楽」「宗教」そして「踊り」が密接に根付いた土地であったことが伺えます。
そんなアルメニアのプログレ・バンドZARTONGの紹介に移りましょう。彼らは70年代半ばにアルメニアで結成され、79年にフランスのレーベルDOMから唯一作『ZARTONG』をリリース。経歴やフランスからデビューした経緯などは謎に包まれていますが、当時旧ソ連圏だったアルメニア本国では創作に制限があり、より自由な表現を求めてフランスに移ったのかもしれません。そして彼らの唯一の公式情報と言えるアルバムのクレジットには、実に興味深い情報が書かれています。
この見慣れないKemenche(ケメンチェ)、そしてSantoor(サントゥール)という楽器こそが彼ら最大の特徴。まずケメンチェはギリシャ、トルコなど黒海・東地中海周辺地域を起源とする擦弦楽器。楽器を垂直に立て、弓を用いて演奏するのは共通ですが、形や弦の数などは地域によって様々のようです。画像はアルメニアのケメンチェ。
次にサントゥールはイランの伝統的な打弦楽器。台形の箱に張られた多数の弦を、木製のハンマーで叩いて音を鳴らします。起源はペルシャですが多数の地域に伝わっており、英語圏ではダルシマーと呼ばれます。イランの隣接国なだけあり、アルメニア伝統音楽でもメジャーな楽器のようです。
ギターの代わりに西洋音楽ではなかなか出会えない二つの民族弦楽器が大活躍する『ZARTONG』。では、そのサウンドを聴いてみましょう。
ヴァイオリンに近い音色ですがどこかオリエンタルな香りも漂うケメンチェに、オリエンタル感全開のサントゥール。異国に迷い込んだかのようなイントロが鳴らされたかと思えば、突如チープでスペーシーなシンセとディスコ・グルーヴ風のベースが登場。そこに先程のケメンチェ&サントゥールと謎の異国語シャウトが絡み合うと、まるでインドやトルコあたりの「秘境レア・グルーヴ」な雰囲気がプンプンです。しかしシンセが醸し出す冷ややかな雰囲気はどこかASIA MINORなどのフレンチ・プログレにも通ずるものがあり、「民族音楽×シンフォ×ディスコ・グルーヴ」と言える独自の音世界が繰り広げられてます。またギターレスのせいか、様々なエフェクトを使い分けたりメロディを奏でたりと、ベースがかなり強く主張しているのもこのバンドの特色。
アナログ等で聴くうえではそれほど問題がないのですが、この作品は繋がった1つの楽曲が展開毎に1分~2分に区切られてクレジットされています。例えばこの3曲目~6曲目は録音上では継ぎ目のない10分超の楽曲だったと思われるのですが、アルバムではそれぞれに曲名が付けられ独立した小曲となっています。これは時代が79年というプログレ衰退期であったことや「長い曲では売れない」と判断したレーベルの意向とも考えられますが、クレジットを見ると他にも理由があることが判明しました。
3曲目「Parhelie」や5曲目「Prosopopee」の作曲者は”Zartong”と書かれているのですが、4曲目や6曲目にある「I Verine」の作曲者を見ると”Liturgie”となっています。意味は『典礼』。楽曲を聴いてみると、リズミカルなドラム&ベースに乗せてヴォーカルが歌詞のない神秘的なメロディを紡いでおり、アルメニア聖歌を「ロック風」にアレンジしたものと想像できます。本作ではこのようにアルメニアの伝統的楽曲がたびたび引用されているため、作曲者表記の関係で1曲を分割して収録…という形になったのかもしれません。
先程は「トルコやインドのレア・グルーヴみたい」と書きましたが、この聖歌のアレンジ等はやはりアルメニアならでは。オリジナル部分である「Parhelie」でもまるでTANGERINE DREAMのごとくスペーシーなシンセが溢れ出していますが、そのハーモニーは教会のチャーチオルガンを思わせる壮麗なもの。中東に近い部分もありつつ、キリスト教という宗教がアルメニアにとって大きなアイデンティティとなっていることが分かります。
この「Toy Narguiz」や「Dele Yaman」のクレジットは”Traditionnel”、どうやらアルメニアの伝統音楽を元にした楽曲のよう。スピーディーなサントゥーラの旋律に合わせてリズム隊が前のめりにビートを刻み、中盤ではエフェクトのかかったベースがまるでダブ・ミュージックのような酩酊感を醸し出す「Toy Narguiz」は確かに民族音楽色たっぷり。
一方で「Dele Yaman」は冷ややかなシンセと奇妙なエフェクトがかけられたベースをバックに、悲哀に満ちたヴォーカルが響く幽玄なナンバー。アレンジからはそれほど民族色は感じませんが、原曲はアルメニア人の魂を象徴する歌で、毎年4月24日のアルメニア人虐殺記念日においても歌われているそう。聞きなれない異国語ではありますが、歌に込められたアルメニア人の悲しみがひしひしと伝わってくるような歌唱です。
最後に、9曲目「Kele Kele」について触れておきましょう。この曲のクレジット名は”Komitas”。この人物はアルメニアの音楽史において絶対に欠かすことのできない存在です。
コミタス・ヴァルダペットは1869年生まれのアルメニアの司祭であり、作曲家、聖歌隊指揮者、そして音楽学者です。彼はベルリンの大学で音楽を学び、伝統的なアルメニア聖歌に西洋音楽の技法を結び付けた多くの楽曲を生み出しただけでなく、アルメニア全土に口頭で伝わる3000以上の民謡の収集を行いました。時代と共に失われつつあったアルメニアの伝統音楽を書き起こし復興させた彼は「アルメニア音楽の救世主」とも呼ばれていますが、彼自身はアルメニア人虐殺のショックで精神を病み、苦しみの中でその生涯を終えました。
「Kele-Kele」はそんなコミタスが採取し、後世に残した民謡の一つ。大胆なアレンジは施されているものの、アルメニア音楽の代表者であるコミタスの楽曲を引用するあたり、彼らZARTONGに「アルメニアの伝統を自分達流にアレンジし、広く伝えたい」という意志があったことがはっきり読み取れます。
今はソ連という大国の一部となっているけれど、由緒正しきアルメニアという国のアイデンティティを音楽に乗せたい。ZARTONGはそんな野心を持ってアルメニアを飛び出した、画期的なバンドです。土着音楽と西洋のポピュラー音楽の融合という点では80年代の「ワールド・ミュージック・ブーム」以前から存在したワールド・ミュージックとも言えそうですが、ZARTONGの場合その融合は自然発生的ではなく、かなり意図的なもの。当時はもちろん注目されなかったでしょうし、今もほとんど知名度はありませんが、悲劇の道を歩んできたアルメニア民族の存在を他国にアピールした最初期のロック・ミュージックとして、もっともっと注目されるべき作品ではないでしょうか。
アルメニア出身のプログレ・バンド、79年唯一作。アルメニアというと、西にトルコ、東にカスピ海、南にイランと接する東欧の国。ペルシア地方伝統の民族楽器であるKEMATCHA(弦楽器)とSANTOUR(打楽器)の他、フォルクローレ調の管楽器をフィーチャーしたエスニック色濃厚なサウンドが印象的。ファンキーとはまた違うノリながらよく動きまわるベース、スペーシーというか何ともほの暗いトーンのエレキ・ギターは、フランスのバンドに通じる味わい。辺境プログレの逸品です。
コメントをシェアしよう!
カケレコのWebマガジン
60/70年代ロックのニュース/探求情報発信中!