毎月コラム書かせていただいている身でこのようなことをいうのはなんなんですが、まぁ、ここは毎月数万円落としている客の立場として言わせていただきますが、カケレコ、週末以外ほぼ毎日商品の更新しており大変なのは理解していますが、ここ最近思うのは商品ジャケット写真がちょっと眠たい感じがします。
眠たいっていうのはワシらの業界の専門用語で、まぁ、なんていうのでしょうかね、コントラストが弱いみたいな感じでしょうかね。カケレコの場合、99%商品掲載時にジャケット写真が付いているのは優れた点だと思うのですが、なんかパキッとした感じがしなくて、はっきり言っちゃえば写真に力がなく商品アピール度がイマイチな感じになちゃっているような気がするわけです。
創業以来のジャケット写真データから拾い上げて掲載ってとこもわかるんですが、ウェブ・ショップの場合、買い手は現物見ないで、ショップ側のレギュレーションによる商品説明と写真で判断するしかないわけで、それを考えると明らかにこの写真で売れるの?って心配になるものもあるし、あくまで個人の感想ですがね、これちょっと探していたんだけど、イマイチいい感じがしないから今回はポチるのやめとこかみたいなことも結構あります。
まぁ、年寄りが難癖つけている程度の話なんですが、中古CDとかってこれから可能性が広がるかといえば、どう考えても逆。ここから先はほとんどサバイバルの世界なんじゃないかと思うわけです。その中で生き残っていくためにはトップランクのウェブ・ショップの座を常にキープしていかなければならないわけです。抜本的な改革ができればそれに越したことはないのだろうけど、昨今の市況を鑑みるとそれはなかなか実現が困難。しかし抜本的な改革ではなく小さな変化でも継続させていくと半年、1年のスパンで見ると確実に変化は出るんじゃないかと思う次第です。
難癖付け始めたついでにカケレコではなく某aのマーケット・プレースで中古CD出している古本屋系のあるあるなんですが「帯はおつけできる保証はありません。(商品の一部とみなしておりません)」てぇのがやたらとあります。CD作っている側から言わせてもらえば、初回イニシャルもガタ落ちの昨今、帯だって小ロット印刷でデザイナーへの支払いを加え製造数で割ったら50円だ70円だ、裏面全部の幅広帯だったら100円越えなんて場合も多々あり、その帯制作コストもお客様からいただく商品代金にしっかり含まれているわけですよ。帯があるんだかないんだかは出品する店舗がちゃんとわかっているはずなのに、面倒なのか、会社のマニュアルにそう書いてあるからなのか、そんな勝手な一言で済まされたら買う側からすりゃストレス以外なにものでもありません。
お、ここはちゃんと帯・解説等の有無をちゃんと表記しているな、ってところはだいたいディスクユニオンだったり名前の知れた中古CDショップだったりです。またもや個人の感想ですが「(帯は)商品の一部とみなしておりません」の言い草はどうかと思います。
いきなりヒートアップしちゃいましたが、ウェブ・ショップ大事ですから、カケレコにはこれからももっと頑張っていただきたく年寄りは難癖付けさせていただきました。すみませんです。
この原稿がアップされる17日金曜の翌日2月18日は「エアーメールの日」なんだそうです。1911(明治44)年のこの日飛行機によって初めて郵便物が運ばれたのを記念して制定されたのだそうです。
これは、インドのアラハバードで開かれていた博覧会のアトラクションとして実施されたもので、会場から8km離れたナイニジャンクション駅まで6000通の手紙が飛行機で運ばれたそうなのですが、8kmだったら陸路でもすぐ着くだろうと思いますが、明治44年のことですからたった8kmでも大変だったのでしょう。考えてみれば飛行機が初めて空を飛んだのが1903年のことですから、初飛行から8年しか経過していないわけですし8kmでも画期的だったんだろうね。今日、我々が考える以上にセンセーショナルな企画だったのでしょう。
今日ではEメールをはじめ様々なデジタル通信手段があり世界どこでも瞬時に連絡がとれる時代ですから物理郵便のエアーメールは最早過去のものになりつつあります。でも昔はよく使いましたね。80年代にはebayなんかなかったですから廃盤になったアナログ・レコードとかは海外の雑誌や音楽新聞に小さな広告を出している中古盤店にWant Listつけて問い合わせするわけですよ。日本語でなんて言うか忘れちゃいましたが、インターナショナル・リプライ・クーポンだったかな、返信用の切手みたいなやつ入れて送るんですが、まぁ、10通出して2、3返信があれば良い方という感じで、レア盤集めも楽じゃないのは今も昔も変わりませんが、昔は本当に大変でした。
で、エアーメールといえば、日本が世界に誇るエアーメール・レコーディングス(現・WASABIレコーズ)がここにCDを掘りに来る方なら思い浮かぶんじゃないでしょうかね。ブリティッシュ・ロック、フォークの名盤の再発、忘却盤に再び光を当て再評価の機運を創出した他、アメリカン・ロックやパワー・ポップ系の名作掘り起こしも先陣きって行ってきたレーベルです。HERONの来日公演の企画立案・招聘なんかも手がけていましたね。
うちにも100枚じゃきかない同レーベルの紙ジャケットCDがありますし、解説原稿も書かせていただきましたがこれはあんまり自慢できませんね。僕が書いたやつは中古盤市場で妙に高い。SLADEとかNAZARETHとか・・・。まぁ、どちらも綿々と聴き続けられている人気バンドでエアーメール盤は紙ジャケット限定盤だったため、絶版となってから久しく探している人も多いと言うことでプレミアが付いていると思いたいんですがね。
先月、ボーナス・トラックをくれるということでそれの到着を待つために発売が数回に渡り延期になっているミラー・アンダーソンの『Bright City』と彼が結成したHEMLOCKの紙ジャケット再発盤はそういえばどうなっているだろうと思い、WASABIレコーズのホームページを久々に覗いたら、オーダー可能状態になっていたので購入しようと思い、ついでだから他にもと思って見つけたのがこれ。TON TON MACOUTEの『トントン・マクートの不思議な世界 ―リヴィジテッド・エディション―』。2017年に出ていたのですが、迂闊にもチェックし忘れていました。
英国系アナログ・コレクターが大好きなRCAネオンから1971年に発表された『Ton Ton Macoute』をオリジナル・メンバー4人が再集結し、「現代のテクノロジーと新たな感性で進化させる」をコンセプトに同アルバム を再構築した2枚組。CD1がオリジナル・マスター音源、CD2が再構築盤(所謂リメイク)となっています。『Ton Ton Macoute』はサックス、フルートが導入されたジャズ・ロック系プログレ作品なのですが、この当時多かったブラス・ロック系の圧が強めで熱気ムンムンのサウンドとは異なり、先鋭的でクールな感触のサウンドを持ったバンドでした。1971年発表の作品らしい古臭い音の処理を除けば「これ本当に1971年発表作?」と思えるモダンなサウンドを持った作品で、全体を支配しているクールでジャジィなムードは絶品ですし、何と言ってもアートワークはRCAネオンといえばこの人、KEEFが担当していますのでポイント高いですね。今回紹介しているのは2枚組の2017年再構築盤ですが、オリジナルの1CDものの紙ジャケット盤もエアーメールから出ていました。
で、2017年版『トントン・マクートの不思議な世界 ―リヴィジテッド・エディション―』なんですが、聴いて思ったのは、これ、TON TON MACOUTEのアルバムだけに絞って語れるような作りになっていないということ。特にこのパッケージの目玉であるCD2のリメイク盤の方はグループのメンバーで後にVOYAGERを結成し、シーンの戻ってくるポール・フレンチの音楽人生が色濃く反映された作りになっているわけです。というわけでまずはTON TON MACOUTEからVOYAGERに至るポール・フレンチの活動を振り返っていきましょう。
TON TON MACOUTEのサウンドが管楽器入りジャズ・ロック寄りで、演奏も結構ダイナミックであったにも関わらずどこかヒンヤリとした独特のクールネスを湛えたサウンドになっていた要因として挙げられるのがキーボードとヴォーカルを担当したポール・フレンチの持つポップ感覚だったんじゃないかと思います。70年代初期のトレンドだったジャズ・ロック、プログレ系サウンドを標榜しながらも他の管楽器入りジャズ・ロック・バンドのように暑苦しいサウンドにならず、1971年という発表年を考えるとかなり洗練されたサウンドに仕上がっていたのは、60年代にイギリスのポップ・シーンでシンガー、コンポーザーとして活動を始めたポール・フレンチの個性に依るところが大きかったのではないでしょうか。シーンのニーズに応じ、ジャズ・ロック、プログレ路線に乗ったものの本質はポップの人だった。このポップ・ルーツがTON TON MACOUTEのサウンドをユニークなものにしていたと思います。
TON TON MACOUTEでデビューを果たしたものの、バンドの方向性に疑問を感じるのと同時に、音楽業界で生きていくことに限界を感じたフレンチは、ミュージシャン業に見切りをつけ教職に就く決心を固めます。これによりTON TON MACOUTEは解散。ここで終わっていたら幻バンドで終わっていたわけですが、一旦は音楽業界を離れたものの音楽活動が忘れられなかったフレンチは音楽出版会社ATVと作曲家契約を交わし、再び作曲とシンガーとしてキャリアを再開させます。CBSを通じソロ・シングルを数枚発表するうちにローカル・バンド、MINSTRELのベーシスト、クリス・フックに誘われ同バンドに加入。短期間活動するも、バンドに限界を感じたフレンチは同バンドを脱退し、自らのユニット、PAUL FRENCH CONNECTIONを立ち上げ、フレンチをMINSTRELに誘ったフックも同時に脱退しフレンチと活動することを選択。このPAUL FRENCH CONNECTIONにギターとドラムが加入し活動が本格化していきVOYAGERが誕生します。
VOYAGERはNAZARETH、THE SENSATIONAL ALEX HARVEY BANDを擁していたマネージメントが設立したマウンテン・レーベルと契約を交わしガス・ダッジョンをプロデューサーに迎えアルバムを制作しますが、レコーディング終了後ダッジョンのサジェスチョンを受けドラムをジョン・マーター(後にバーニー・マースデンのALASKAに参加)に交代。ドラム・パートを差し替えて完成させた作品が『Halfway Hotel』(1979年)として発表されます。
『Halfway Hotel』はヒプノシスが担当したジャケットも素晴らしいのですが、そのサウンドがとにかく秀逸。10CC以降に次々と登場したポップなテイストとプログレの感性を兼ね備えたバンド群の中でも曲の完成度、演奏力共にトップ・クラスに位置する作品となり、イギリスのアルバム・チャートでもTOP40に入るヒット作となりました。前年にデビューし世界規模でヒットしたTOTOの流れを汲んだAORロック路線上にあるサウンドなのですが、メロディラインがどこを切っても英国的な湿り気が感じられる点に心惹かれます。ドラマティックな展開が期待感を煽るオープニングの「Judas」、プログレ感を残した7分の大曲「4.2.4 Or 4.4.2?」、そして哀愁漂うメロディラインを持った名曲「Halfway Hotel」、そしてそのすぐ後にこれもドラマティックで秀逸なメロディラインを持つ「Captain Remus」を置く曲配置の妙。これだけの曲を書き上げたバンドも立派だけど、ガス・ダッジョンのプロデュースも絶妙です。
Halfway Hotel
『Halfway Hotel』が成功を収めたことで注目を集めたVOYAGERは翌1980年にセカンド・アルバム『Act of Love』を発表。アメリカの配給元がエレクトラからRCAに変わったこともあり、デビュー作の成功を受けよりアメリカ市場を意識した作りになっています。プロデュースは引き続きガス・ダッジョンが担当していますが『Halfway Hotel』が持っていた英国的な湿り気は減少傾向でよりAOR感が強いスパークリング・サウンドに移行しています。AORロックとしては出来が良くメロディラインにもフックがあるオープニングの「Sing Out – Love Is Easy」を筆頭にこのアルバムも楽曲の出来は悪くないのですが、より大きなマーケットを狙うことで失ったものもあったという感じでしょうか。実はその削り取ってしまった英国的なパーツがこのバンドを他と差別化する上で重要だったように思います。アートワークはタイトルにちなみ愛が引き起こす行動を表裏4つの写真で表現しているのですが、表の左側の写真は10CC『How Dare You』の後日談みたいな印象です。
Sing Out – Love Is Easy
このセカンド・アルバムは『Halfway Hotel』ほどの成功を成功を収めることができず、バンドは気分一新ということもありプロデューサーも変え1981年にはサード・アルバム『Voyager』が制作されましたが、アートワークの写真見てもらえば分かるようにパッとせずに終わってしまいます。ごく普通。その他大勢のバンドと横並びになってしまった印象を受けます。収録曲には良いものもあるのですが、正直、決め手に欠けます。結局、これも成功を収めることができずVOYAGERはレコーディング契約を失い活動停止となります。2000年代初めには再結成され過去3作からもベスト盤、2006年にはスタジオ新録の4thアルバム『Eyecontact』を発表しますが成功とは言い難い状況に終わっています。
『Halfway Hotel』、『Act of Love』、『Voyager』の3枚はTON TON MACOUTE同様エアーメール・レコーディングスから紙ジャケットCD化されていましたが現在は廃盤となっています。
『トントン・マクートの不思議な世界 ―リヴィジテッド・エディション―』に戻りましょう。CD2に収録されたリメイク・ヴァージョンはTON TON MACOUTEを出発点としながらもその後、VOYAGERで成功を収め70年代末から80年代初頭にかけ自身のAORロックのスタイルを確立したポール・フレンチのミュージシャンとしての歴史が色濃く反映された作りになっています。オリジナルのTON TON MACOUTEが持っていたクールでモダン、ある種後のフュージョン・ブームを先取りしたかのようなサウンドにVOYAGERで確立したAORスタイルを加味した印象です。
アルバムのリメイクではなく一から作り上げていたら話は違っていたのでしょうが、元がプログレ・テイストが強いジャズ・ロックでそこをAORロック・スタイルを確立した後のフレンチの音楽性で再構築していく作業はある種水と油といった相容れない部分もあり、ヴィンテージ・サウンドから現代的な質感を持ったサウンドに再構築されたジャズ・ロック・パートは好感が持てるものの、後に確立したAORロック・スタイルを新たに持ち込んだ部分との繋がりが唐突な感もあり、すべてがうまくいったとは言えない仕上がりになってしまったように思いますね。おそらくフレンチ本人もそこは感じ取っていたと思いますが、ミュージシャンとして積み上げてきたキャリアとスタイルを曲げてまでのリメイクにはしたくなかったというプライドもあったのではないかと思います。
ただオリジナルのTON TON MACOUTEが持っていたユニークな特性の上にその後に確立したAORロック・スタイルを乗せたスタイルはVOYAGERとはまた違った英国然としたポップ・サウンドを作り出しており、その作り出したものが今日のミュージック・シーンでトレンドになるとは全く思えないものの、ブリティッシュ・ロックを長い間愛好してきたリスナーにとっては魅力的な響があることもまた事実。ベテラン・アーティストによる作品のリメイクは多いですが、TON TON MACOUTEのリメイク盤には考えさせられる部分が多々ありましたし、ポール・フレンチの一連の作品を集中的に聴いてVOYAGER『Halfway Hotel』の良さを再認識できた点は今月の収穫でしたね。『Halfway Hotel』AORロック好きな方には是非聴いてもらいたい名盤なんですが、最近は中古市場にもあまり出てこないのが難ですねぇ・・・。
Don’t
Dreamy
そして、話を振り出しに戻し、今回のネタの出発点になったミラー・アンダーソンとHEMLOCKのWASABIレコーズさんにおけるボーナス・トラック待ち問題なんですが、1月の終わりの段階ではまだ進展がないようで、amazonとか見ると3月8日発売予定になっていますがまだずれる可能性もあるかもしれません。輸入盤はありますが、せっかくなら丁寧に作られた日本盤紙ジャケット盤で欲しいので気長に待とうと思います。大体WASABIレコーズさんが再発するっていうから持っていた輸入盤去年二枚とも売り飛ばしちゃったしね。
さて、今回はTON TON MACOUTEを取り上げましたが、これ考えてみればこれ、変なバンド名ですよね。TON TON MACOUTEというのは、カリブ海に位置するハイチに古くから伝わる民間伝承で夜遅くまで遊んでいる子供をズタ袋に入れて攫っていく怪人で、TON TON MACOUTEに攫われた子供は二度と帰ってこないと言われているそうです。日本でも似たような民間伝承がありますよね。そしてこれが転じたのでしょうか?ハイチのフランソワ・デュヴァリエ政権下の1958年に作られた秘密警察を母体とした準軍組織のこともTON TON MACOUTEと呼ばれていたそうです。組織の正式な名称は国家治安義勇隊 ってことなんですが、子供たちを震え上がらせた怪人はハイチにおいて国民的な人気を背景に大統領に選出された後、独裁者に転じブードゥー教を利用した独裁政権を打ち立てたデュヴァリエが政敵を粛清するために利用した民兵組織の通称となりました。なんだか怖い話です。
このTON TON MACOUTEをバンド名ではなくアルバム・タイトルにしたアーティストもいました。アメリカの黒人ブルース、R&B系アーティスト、ジョニー・ジェンキンスが1970年にアトコ・レーベルから出ていますがフィル・ウォルデンのキャプリコーン・レーベルが独立する前、アトコ傘下から作品を発表していた時代のアルバムでした。
ジョニー・ジェンキンスは60年代初頭にTHE PINETOPPERSを結成していましたが、この当時のヴォーカリストがブレーク前のオーティス・レディングだったことは広く知られています。そのジェンキンスの『Ton-Ton Macoute』ですが元々はデュエイン・オールマンのソロ・アルバムとして企画されて制作が始まり、THE ALLMAN BROTHERSのメンバーであるベリー・オークレー、ブッチ・トラックス、ジェイモーらも参加していたのですが、THE ALLMAN BROTHERS BANDのアルバム・デビューが決まりデュエインらがそちらに注力するため、宙に浮きそうになったレコーディングをフィル・ウォルデンがジョニー・ジェンキンスを引っ張り込みアルバムを完成させたという経緯があり、ジャケットだけみるとブルースかソウル系の作品みたいに思えますがかなり豪快なサザン・ロック・サウンドが堪能できる作品になっています。
何と言ってもオープニングの「I Walk On Guilded Splinters」が強烈! オリジナルはドクター・ジョンで彼のヴァージョンは1968年発表の『Gris-Gris』に収録されていますが、HUMBLE PIEの『Performance – Rockin’ The Fillmore』やデレク・トラックス&ウォーレン・ヘインズ時代のTHE ALLMAN BROTHERS BANDがライヴで頻繁に演奏していました。ドクター・ジョンのオリジナルはVoodoo感満載の妖しい雰囲気ですが、このジョニー・ジェンキンス・ヴァージョンでは豪快なサザン・ロック・ヴァージョンにリアレンジされています。奇妙なノリの曲なのですが妙に頭に残る怪演といった感じでしょうかね。他にもデュエインのスライド・ギターがたっぷりと楽しめる「Rolling Stone」、「Down Along The Cove」など聴きどころの多い作品になっています。
I Walk On Guilded Splinters
また先に挙げた「I Walk On Guilded Splinters」のバックを彩る黒っぽい女性コーラス隊Southern Comfortのメンバーの中に後にGRATEFUL DEADにキース&ドナ・ゴッドショウとして夫婦で参加するドナ・ゴッドショウがドナ・サッチャー(旧姓ですかね?)名義で参加しています。ジャケットだけ見るとやっぱり地味な作品ですが、ユニバーサルから紙ジャケット仕様で出たこともある隠れ名盤だったりします。
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元KEEF HARTLEY BANDのギタリスト/ヴォーカリスト。71年作のファースト・ソロ。渋いブルース・ロック、いぶし銀のスワンプ・ロック、哀愁のフォーク・ロックなど、多彩な楽曲群により彼のギタリスト&ヴォーカリストとしての魅力が十二分に発揮された名作。特にヴォーカルが素晴らしく、ソウルフルなシャウトだけでなくバラードでの優美な歌声も見事です。名オルガン奏者MICK WEAVERも味わい深いフレーズで好サポート。いかにも英国的なジャケットに惹かれた方はまず買って損はありません。
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