イタリアン・ロックを語る上で、避けては通れないその音楽的基盤の一つに、「バロック音楽」があります。バロック音楽とは、17世紀初頭から18世紀半ばまでヨーロッパを席巻していた音楽の総称。その語源はポルトガル語で「いびつな真珠」を意味する言葉であったとされ、20世紀ドイツの音楽学者、クルト・ザックスの著書によると、バロック音楽とは「彫刻や絵画等と同じように速度や強弱、音色などに対比があり、劇的な感情の表出を特徴とした音楽」とあります。
それまでの声部の模倣や不協和音の使用に強い制限があったルネサンス音楽とは対照的に、バロックはその人間本来のパトス(苦悩をも包含した感情の発露)を表す行為を恥とせず、その内面からわき起こる感情のダイナミズムを、あらゆる「対立項」によって誇張し、力強く表現する方向へ突き進んで行きます。
多数の声部の競い合いによるポリフォニー。コンチェルティーノと呼ばれる独奏群とリピエーノと呼ばれるオーケストラとの対比。緩さと性急さ。テンポの交代によるアクセント。強引に畳み掛ける大胆な転調…。まるでイタリアの強烈な太陽が生み出す光のコントラストにも例えられる、そのような力強い対比こそ、イタリア人の血統とも言うべき壮大なバロック・ドラマの音楽世界であり、イタリアン・ロックの中に脈々と受け継がれている熱き血潮なのです。
マンティコア・レーベルからの世界デビュー作のオープニング・ナンバー。イタリアの太陽が生み出す『陽』と『陰』のコントラストのようにドラマティック&ダイナミックな名曲。この鮮やかな構成には、綿々たる西洋音楽史の伝統が息づいています。
バロックと言えばオペラ。オペラと言えばバンコのVo、ジャコモ!緩急にダイナミックな構成、大げさなほどの劇的さはバロックのDNA。この爆発的なエネルギーはイタリアならでは!
ルイス・エンリケ・バカロフがオーケストラ・アレンジした傑作『コンチェルト・グロッソ』より。優雅なストリングスと感情ほとばしる熱いギターとのコントラスト。この鮮やかな対比から生まれる激情こそバロックのDNA。
バッハで有名な『受難劇』をモチーフにした組曲形式の壮大な1stより。「緩」から「急」への唐突なスイッチ。アコースティックな美しい前半部とギターが感情を剥き出しにする後半部との鮮やかな対比。全編通してダイナミックな構成が素晴らしいアルバムを是非。
音楽の都ヴェネツィア生まれの名グループ。「クラシック」と「前衛」を融合した格調高くダイナミックなサウンド、オペラチックで感情表現豊かなドネラのヴォーカル。ルネッサンス〜バロックのイタリアの遺伝子とロックとの見事な融合。
名作『Felona E Serona』収録。荘厳なオルガンと煽るようにエネルギッシュなドラムとの鮮やかな対比。陰鬱に攻め立てるパートとまるで教会に響き渡るように美しくエモーショナルなパートとの対比が生み出すダイナミズム。イタリアらしいドラマに溢れた名曲。
イタリア音楽のたぎるような熱き歌心は、一体どこからやって来たのでしょうか。その秘密を解く鍵として、「オペラ」と「カンツォーネ」があります。
オペラは、16世紀末のフィレンツェで、古代ギリシャの演劇を復興する目的で作られた、歌うような台詞で進行する歌劇。18世紀にかけて、ナポリを中心にイタリア各地で上演されるようになり隆盛を極めました。オペラ全盛の時代、音楽の中心はイタリアでした。そんな世界の音楽の主導権を握っていた時代への憧憬と自負もまた、イタリアン・ロック・バンドには欠かせない要素なのです。
一方、カンツォーネは、元来イタリア語で「歌」そのものを指す言葉で、我が国では特にナポリのカンツォーネである、「カンツォーネ・ナポレターナ」を指すことが多いようです。そもそもこのカンツォーネを始め、一般的にイタリアのイメージとして定着しているのが、あのナポリ人気質。駅でお爺さんに道を尋ねれば、歌で返事が返って来る(誇張ではなく、ナポリ旅行での経験です)その陽気さもまた、彼らの歌好きという性格と切り離せないものと言えます。いつも歌が溢れている国のロック・ミュージックにこそ、かつてのイタリア音楽への追憶と誇りが満ち満ちているのです。
『L’Isola Di Niente』より。英語盤『蘇る世界』にも収録。たおやかで穏やかなメロディが切々と響く美しい名曲。極めつけは後半。メロトロンが溢れ出し、リコーダーが詩情豊かなメロディを奏でると、誰もが胸を締め付けられます。
陽光が目に浮かぶ美しいメロディ、イタリアらしい詩情豊かなアコースティック・アンサンブル。ジャコモの包み込むようなヴォーカルの表現は、さすが歌の国イタリア。
名作『UT』より。歌の国イタリアならではの切々と胸に迫るメロディ。そして聴き所は後半のギター・ソロ。英国ではありえない詩情が一気に溢れ出し、聴き手を感動の渦へと引き込みます。
代表作『パルシファル』より。「胸に迫るメロディ」と表現されますが、この曲こそその最高峰でしょう。邦題は「限りなきふたり」。センチメンタルですねぇ。イタリアだからこそ紡がれる、感情を爆発させつつも優美なメロディ。ピアノとストリングスも絶品。
名作『神秘なる館』より。格調高くロマンティックなピアノのイントロ、そしてアコギが爪弾きだし、切々と胸を締め付けるように詩情豊かなメロディが歌われる。イタリアらしい詩情はギターにも宿り、間奏ではメロトロンをバックに、ラディウスが赤裸々にギターを奏でます。
ルイス・エンリケ・バカロフがオーケストラ・アレンジした2nd『Milano Calibro 9』の最終曲。オザンナと言うと、熱く呪術的なヘヴィ・ロックのイメージですが、こんなに美しい曲も書ける、というのがさすがイタリアの歌力。
最後に、格調とダイナミズム溢れるイタリアン・ロックに、どこかエキゾチックな魅力を与えてきたエッセンスとして、地中海音楽をご紹介しましょう。バロックやオペラ、カンツォーネは、ある意味、彼らイタリア人固有の芸術とも言えますが、彼らはまた、自分たちとは違う様々な異文化を通して、周辺に隣接する国々の民族音楽をも深く探求してきたのです。
その最たる例として、マウロ・パガーニはこのような発言を残しています。
「私はロック・ミュージシャンです。それと共にイタリア人であり、そのような環境で育ちました。私の創造する音楽にアラブ等、他の国の要素が含まれ実って来たものが、私の音楽なのです。」
古代ローマ帝国の崩壊後、イタリアは、北西に西欧世界、東には分裂した東ローマ帝国によるビザンティン文化、そしてその東欧を次第に制圧して行くイスラム勢力という文化の一大集結点として多難な歴史を経験していきます。その中でも、北イタリア都市国家群の、地中海交易によるバルカン地方からの音楽的影響、やがて南イタリアを支配するイスラムからの中東音楽の影響は大きいものでした。AREA〜P.F.M.のパトリック・ジヴァスは、ギリシア系フランス人という出自から、ギリシアの民族音楽のエッセンスをバンドにもたらしています。
リズムとギターによる躍動感、たおやかなフルートによる高揚感。聴くものすべてをワクワクさせてくれる代表曲。イタリアン・ロックでしか味わえない突き抜けたアンサンブルですね。
地中海ジャズ・ロックの代表作。エジプト生まれのギリシア人ヴォーカル、デメトリオ・ストラトスの国籍でも分かる通り、イタリアのみならず、バルカン半島、北アフリカ、ギリシアなど、広く地中海の音楽を取り込んだエキゾチックなサウンドが特徴。
P.F.M.で活躍したヴァイオリン&フルート奏者。自らの音楽の源泉を見つめるべくP.F.M.を脱退。地中海の民族音楽を研究し、AREAのメンバーをバックに制作した1stソロ。そのオープニングがこの曲。地中海の歴史あるイタリアだからこそ生み出せた名曲。
【第三章】地域色豊かなイタリアン・ロックへ。
コメントをシェアしよう!
カケレコのWebマガジン
60/70年代ロックのニュース/探求情報発信中!
図表や代表作品のジュークボックスなどを織り交ぜ、ジャンル毎の魅力に迫ります。