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「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう@カケハシ 60年目のユ・ウ・ウ・ツ篇」 第四十四回 (第41回からの)高齢者にとっての〈二つのPT〉 【前篇】ウドーちゃん祭りでポーキュパイン・ツリーを観た。 文・市川哲史


第四十四回: (第41回からの)高齢者にとっての〈二つのPT〉 【前篇】ウドーちゃん祭りでポーキュパイン・ツリーを観た。


(再び、第41回『まずは、さよならキング・クリムゾン。』の巻からの)


ロバート・フリップ51年のキング・クリムゾン人生において、この米国~日本ツアー閉幕は〈終わること〉を初めて観客と共有できた、幸福な機会だったと思うのだ。

大成功の米国ツアー閉幕と同時に二人脱走したり、一人孤立したままツアー廻ったり、リズム隊の轟音に耐えられなくて解散したり、ネタ切れで大所帯を維持できなかったり、愛弟子に愛想つかされ相棒に図に乗られたり、よく考えてみるとクリムゾンはどのラインナップも、フリップにとって後味悪い結末を繰り返してきた。あっけなく。

だけど今回ばかりは違う。最後の最後でフリップ卿は皆に見守られつつ、大風呂敷をたたむことができたのだから。そして、いつも突然のカットアウトで消息を絶っては忘れた頃にあっけらかんと蘇えるクリムゾンに、性懲りもなく付き合い続けてきた我々も、やっと成仏できる機会を得られたのである。たぶん。

だから今回ばかりはひとまず音楽至上主義は置いといて、51年目の大団円を見届ければいい。既にトレーラーが公開中のドキュメント映画『IN THE COURT OF CRIMSON KING : KING CRIMSON AT 50』はやはり公開が待ち遠しいし、ハリスンが言い出しっぺの「新作」レコーディングがやがてカタチになるーーかもしれない。膨大なアーカイヴ音源のコンパイル&リリースだって、たぶんこれまで以上に頻発するだろう。

そういう意味での〈後始末〉は無限に続くけれど、まずはキング・クリムゾン完結を素直に祝福したい私なのだ。


すべては美しい想い出に。とりあえず。





誰が何と言おうと、昨年末のクリムゾン楽団来日公演がコロナ禍以降初の海外アーティストのツアーだったなんて、感慨深いし面映ゆい。

ふと想い出した。2011年4月、あの東日本大震災からひと月しか経ってないにもかかわらず、カリブの海賊を気取った奴をはじめ来日予定だった俳優&アーティストたちが、原発事故にビビり軒並み敵前逃亡したというのに、日本中の外国人が慌てて国外脱出を図ったというのに、唯一来日して6本のライヴハウス公演を実現させた大恩人は、なんと《ビリー・シャーウッド&トニー・ケイ》だったし。

2022年になってからも全っ然誰も来ない中、あれ6月スティーヴ・ハケットで7月スティック・メン、9月にはキャラヴァンもイエスも来日公演ですか。単に鈍感なだけなのか、などと口走ってはいけない。

香川照之もとい市川哲史のプログレすごいぜ! 


それでも〈夏フェス〉は日本全国津々浦々、野外屋内問わず巨大規模から極小サイズまで、イベンターやらプロダクションやらアーティストやら町おこしやら地元放送局やら音専誌やら有象無象の主催で、いろいろ開催されそうな機運ではある。

〈まん延防止等重点措置〉の適用の際に設けた大規模イベントの人数制限について、大声を出さないなどの感染防止計画の作成を条件に、撤廃する方針が固まったのが、今年3月。最大2万人制限のアレだ。これまでイベントにおけるクラスターの発生がほとんどなかったとして、感染防止対策を徹底してすれば人数制限をなくしても危険性は高くない、と判断したらしい。そしてすべての都道府県で〈まん防〉が終了した3月21日、厚生労働省が発表したのが〈大規模イベント開催のガイドライン〉である。

これを要約すると、「とりあえず現時点現時点現時点では、全国一律の自粛要請も個別介入もしないよー。その地域その地域の感染状況や会場の広さ(←特に屋内だよー)を踏まえて、本当に開催するかどうかは各自、自己責任で考えてねー」ということ。全ての責任を国民に押しつけることにかけては、この国は世界一なのだ。

なんでも一番はいい。


大型ロック・フェスが、日本の夏を代表するスマートでポップなエンタテインメント(苦笑)として定着し、既に久しい。1997年から《フジロック・フェスティバル》、2000年からは《サマーソニック》に《ロック・イン・ジャパン・フェスティバル》。今年は揃って再開される運びとなった。めでたいめでたい。たぶん。

お目当て以外の、「たまたまついでに観た」未知のアーティストに興味を抱く契機になるという、夏フェスが観客にとってコンテンツ機能を果たしているのは事実だ。なので既存のメディアに頼らず、フェスのステージで己れの存在をアピールするアーティストが増えたのも自明の理だろう。

とはいえそれが具体的な音楽セールス増に繋がったわけではないから、やはり単に一エンタメ・コンテンツとして自己完結してるだけなんじゃないか、とも思う。


とはいえ、その始祖鳥ともいえる1997年7月26・27日の第1回フジロックの阿鼻叫喚っぷりは、いまも記憶が蘇る。「日本初の大型野外フェスなんだから当然富士山麓で演るぜ!」的な、SMASH日高(正博社長)さんの心意気には惚れた。ウドーやキョードーのような大手ではなく、本当に我々が観たい〈非武道館クラスのまだ見ぬ強豪〉たちばっか招聘してくれていた変わり者組織が主催するのだから、なおさらだ。

主な出演バンドも、26日がレッチリ、エイフェックス・ツイン、レイジ・アゲインスト・マシーン、フー・ファイターズなどで、国産バンドも電グル、ハイロウズ、イエモンにミッシェル・ガン・エレファントと揃った。27日もグリーン・デイ、プロディジー、ベック、ウィーザーとくりゃ皆、当時は大爆発寸前の「若手」揃いで異様な活気を予感させた。

ところが最も活気溢れた台風の直撃で、会場の富士三合目「ただの山肌」山梨県富士天神山スキー場は、初日はこの世の全てが泥まみれ。しかも豪雨と極寒で、体力を奪われ倒れる者が続出する。Tシャツ・短パン・首にタオル姿の人間に勝ち目なし。己れの小便で暖を取る者まで多数いた、とのちに聞いた。

そしてフー・ファイターズが終わる頃には暴風雨と化し、トリのレッチリによる〈人類史上最強のやけくそ〉ギグで、記念すべき初フジロックは我々諸共、土に帰した。

らしい。だって某出演日本人バンドに寄生して生還したから、私は最後まで観ていない根性無しなのだ。殴れよ蹴ろよ。

たった1本の会場へのアクセス道路が駐車車両群による大渋滞でまひし、送迎バスが機能せず。その道路周辺の私有地や別荘地では、行き場のない群衆が用を足しまくり無断でキャンプするなど、「これが本当の難民キャンプ」なんて笑点してる場合ではない。すると当然、2日目は台風一過の快晴にもかかわらず、地元警察と自治体からの強い要請で中止となる。主たる要因は「会場のみならず周辺の荒廃が尋常じゃなかったから」とのことだが、「荒廃」って。

会場が現在の苗場スキー場に定着したのは、翌年の豊洲・東京ベイサイドスクエアを経た第3回以降。日本の野外ロック・フェスの黎明期が懐かしい。


と感傷に浸ったところで、還暦の私がフェスを観戦するのはさすがに面倒臭いし煩わしいし、そもそもその気にならない。そんなとき、ふと16年前にただ一度だけ開催された「大人の夏フェス」を想い出す。

当時のキャッチコピーは、<この夏、ウッドストックの興奮が蘇る!>。

すごいぞ世界最大級の大風呂敷。知る人ぞ知る2006年7月22・23日@御殿場・富士スピードウェイ――伝説の《UDO MUSIC FESTIVAL》ことウドーちゃん祭りだ。大阪の泉大津フェニックスでも同時開催されたが、そっちは観てないからどうでもいい。

主な御出演アーティスト様をざっと挙げるだけでも、サンタナ、ジェフ・ベック、ドゥービー・ブラザーズ、プリテンダーズ、KISS、ポール・ロジャース、バディ・ガイ、スティーヴ・ヴァイ、ヌーノ・ベッテンコート、アリス・イン・チェインズ、セバスチャン・バック、ベン・フォールズなど!

かなり節操はないラインナップだけども、とりあえずどうだまいったか。だ。

一般の若者や音楽メディアが、同日開催のポルノグラフィティ@横浜スタジアムや《オーガスタ・キャンプ》@すぐ近所の富士急ハイランドに群れ集うのを尻目に、一般も評論家もメディアも好き者のおっさんたちだけが、ここに集結したのである。

特にドゥービーズ→ベック→サンタナで締める絵に描いたような初日は、まさに<おやじロック>の真髄そのものだった。
彼らを知った青春時代、頼れるものはレコードと『MUSIC LIFE』のみ。中身が薄い提灯雑誌だとはわかっていても、他に情報源が無いのだからしょうがない。ビデオも無ければ、貴重な来日公演に行くにはまだ学童だったり、ド田舎に住んでたり――そんな過去の悔恨と怨念を、小金を持ち時間に融通が利くおっさんになった今、時空を超えて快楽に昇華させて何が悪い? そんな自らの思春期を貪ったあげくのオプティミズムが、会場を能天気に支配していたのであった。


私は、『ワッツイン』『ガールポップ』元編集長の新雑誌、その名も『おやじロック』創刊号の仕事として出動していた。「そこら中にありますから」的甘い目算で宿泊場所をキープしておらず、どっぷり暮れた初日の夜、我々一行は濃霧の御殿場山中をあてどなく車で彷徨いあげた記憶がある。野宿かと思った。

ちなみに、<エリック・クラプトンが一度でも使用したギターなら全種、同じものを蒐集中♡>という常軌を逸した開業医を、広島県の尾道までわざわざ訪ねたのも創刊号だ。瀬戸は日暮れて夕波小波を背景に、『461オーシャン・ブールヴァード』のジャケそっくりに建てられた彼の自宅を見たときは、オタクが金を稼ぐことの危うさを痛感したっけ。

某社の『大人のロック』なんかよりとても日本人らしく愉しい雑誌だった、といまでも自負する。しかも結構売れたのに、「広告収入に期待が持てない」との理由から創刊号だけで即廃刊にしたソニマガって、つくづくつまらない会社だったことよ。もうないけど。


話がそれた。

とにかくこのウドーちゃん祭りは、〈若くない人びと〉にとって天国のフェスだった。

想い起こせばまず初日から圧倒的な曇天という、不吉な天候が最高だ。全面アスファルトの超巨大駐車場がメイン会場なだけに、快晴だったら少なく見積もっても40人のおっさんがもれなく死んでいたはずだ。

仮設トイレではなく、すぐ傍にそびえ立つレース場のスタンドに綺麗なトイレ群が整備されてたのも、正解。だって我々の飲酒量はハンパじゃないもの。場内ではバーボンやカクテルまで売られてるから、いくらでも呑める。屋台もほどよくがらがらで、アテは超音速で入手できたし。

コインロッカー空き放題、ベンチ座り放題。物販のテントなんか、清清しいまでに人っ子一人いない。にもかかわらず、まったく行列に並ぶことなくあらゆる用が足せるのだから、快適の一言につきる。物販のテントなんか、清清しいまでに人っ子一人いない。国産若手バンド専用の最小ステージの隣りの巨大なスケボー・ループ台もまた、同様だ。

はい、お察しの通り、とてもストレンジでしたウドーフェス。

観客が持込禁止のはずのアルコール類がほぼノーチェックでじゃんじゃん持ち込まれるばかりか、メインステージからわずか20mしか離れていない地面に場所取りのブルーシートが続々と敷かれるという、ほぼお花見&花火大会の河川敷状態。キャンプ用のテント群までその背後に迫ってるのだから、ディレクターズ・チェアの5脚や10脚なんてもはや屁みたいなもんだ。

そもそも、これだけ演奏中も客が呑み食いしまくるフェス自体、記憶にない。

私の前方にいた小太り40代男なんかアルコール満載のブルーシートの上で、左手にカレー右手にスプーン持って、食いながらドゥービーを聴いて踊っていた。しかも彼の嫁とおぼしき姉ちゃんは、旦那が食い終わると全速力で新たな食い物をどこからか調達してきて、自分は食べずに手渡すのだ。鳥の子育てか。

持参した数々の食材を広げ、アフタヌーン・ティー・パーティーを催すカップルもいた。レバーペーストまで塗ってるよこいつら。

ついでに言えばパグと柴犬が各1匹、ステージで唄うクリッシー・ハインド女史の30m前方を散歩しているのを目撃した。ちなみに同行していたカメラマン氏は、「猫もいたんだよーっ」とその夜うなされた。

ではなぜ、ウドーちゃん祭りはこんなに自由を満喫できたのだろう。

答えはひとつ。誰もいままで経験したことのがないほどの、とにかくガラガラだったからだ。見渡すかぎりの、和みの空間。


それだけにあくまでも自分のペースで、かつて思春期に胸躍らせた偉人たちのライヴを愉しむことはできた。

意図的なのか単にモゲてるだけなのか、相変わらず凡人には判別不能だけど「恰好いいからいっか」ジェフ・ベック。生命力漲る若手プレイヤーたちを惜しげなく投入できる、〈元祖〉楽団スタイルならではの完璧なサウンドで「誰にも文句は言わせねえ」サンタナ。もしかして新型ベンチャーズとして、盛大な〈楽曲の一人歩き〉でとりあえずアドレナリンを盛大に供給するドゥービーズ。そりゃ盛り上がる。

ちなみにメイン・ステージに立てなかったあてこすりなのか何なのか、御本人の出番の前にサンタナやベックのカヴァーを披露したCharさんの〈大人げのなさ〉も忘れない。明らかに世代的にも芸風的にも明らかに浮いてたザ・プリテンダーズの〈違和感の美学〉もまた、素晴らしかった。

爆発的な悪条件下の二日目だって、バドカンやフリーの楽曲を何の躊躇もなく唄いまくってくれた〈いいひと〉ポール・ロジャースと、エース・フューレイ役とピーター・クリス役の若手のだらしなさを〈地獄の老体〉で駆逐するジーン・シモンズに免じて、赦すことにしたのだ。


とはいえ、主催者発表された観客数は2日間でのべ6万人だったが、私の実測では初日6千人に二日目3千人の計1万人弱がいい線ではないか。メイン会場もステージ前方50mあたりまでは人口密度が過密っぽく映ってはいたものの、その先は人もまばらなただの〈超巨大駐車場空有〉と化していたのだから。

我々取材班も鉄柵に腰掛け、望遠目線でステージを眺めつつ煙草とバーボンを愉しみ、「お、ジェフだよジェフ♡」と時折ステージ最前付近まで出撃したものだ。それだけ自由に行き来して歩き廻れるほど、盛大に空きまくっていた。

正直な話、他のフェスより平均年齢が明らかに高い観客にとってはこの上なく居心地よかったが、主催者の心情を察するに余りある惨状だ。雇用主の心が折れればバイトの仕事は雑になり、喫煙テントまで出向かなくても会場内どこでも煙草が喫え、各ステージ・エリアの入場制限も行なわれない、何をやっても赦される奇跡の放置天国が生まれたのである。もちろん観客にとっての楽園。


その分、遠路はるばるの出演アーティスト様たちにとっては、それはそれは悪夢だったろうと積極的に同情したものだ。

特に二日目は、記録的な不入りに誰もが失笑を禁じ得なかった前日のさらに3割しか観客がいないわ、朝から霧雨が降り続いたあげく止んだら止んだでものすごい濃霧が発生するわで、20m以内に接近しないとステージが霞んで見えない<人外大魔境>と化した。だってふと後ろを振り向けば視界ゼロの、黄泉の国の入り口に他ならなかったのだ。

トリを飾ったKISSは初の野外公演@日本ということで、入念なリハとゲネプロまでこなしての来日。他の出演者が全員ただの暗幕をバックに演奏した中、KISSだけは電飾もセットもメガトン級だ。しかも野外だけに、「天井がないから火事を気にせず空に何でもぶっ放せるぜ、上空を通過する飛行機やヘリは迂回しろよ撃墜されるぞ」との事前予告の通り、大仁田厚8千人分(←死語)の火薬特効雨あられだし、ポール・スタンレーは堂本光一ばりのワイヤー・アクションwith滑車で、観客席最後方のPAテントまで空中遊泳して見せた。客がいなけりゃ単なる無人の駐車場の上空を――。

「今夜ここに4万人ものオーディエンスが集い……おいこら後ろを振り向くんじゃねえ!」

 スタンレーの第一声を、私は一生忘れない。


ちなみに6年後の2012年にリリースされた、ドゥービーズのアンソロジーDVD/BD『ストーリー・オブ・ザ・ドゥービー・ブラザーズ LET THE MUSIC PLAY』の日本盤ボーナストラックで、なんと「この」ウドーちゃん祭りライヴを6曲も目撃できてしまうことに、偶然気づいた。で観てみるとーーうわ、閑古鳥が一羽も見当たらない魔術的なカメラワークに、当日の来場者は涙を禁じ得ないはずだ。ただし熱唱するトム・ジョンストンの目は、明らかに何かに怒っているけれど。

まさにリアル・リッスン・トゥ・ザ・ミュージック。

「汗をかかない」「トイレに並ばない」「メシがすぐ食える」。

未来永劫ありえない〈三題噺〉ロック・フェスが16年前の日本で開催されていたなんて、嘘みたいだが本当の話なのである。


そんなネタみたいなフェスの記憶が、昨年暮れのクリムゾン楽団のライヴを観てたら突然蘇ったから怖い。正確には冒頭の、お約束三人太鼓回し曲“ヘル・ハウンズ・オブ・クリム”でストイックに叩くギャヴィン・ハリスンの毅然とした表情に、だ。

えーと。あ、想い出した。

このシリアスな太鼓おたくの顔を、ウドーちゃん祭り二日目に目撃していたんだ私は。

二番目に大きい《スクウェア・ステージ》に登場した初来日のポーキュパイン・ツリーは、前年『デッドウィング』で日本デビューしたばかり。バンドに関しては正直、積極的興味は持ち合わせてなかったものの、ビル・ブルフォードから『スラック』の頃に「ギャヴィン・ハリスンのドラム本は絶対読んどけ」となぜか命令されただけに、彼個人に対する好奇心は結構募ってた。だってあの偏屈で面倒くさいビルブルが、14歳下の〈若造〉を手放しで絶賛するんだから気にならないほうがおかしい。


1996年に出版されるハリスンのドラム理論本『RHYTHMIC ILLUSIONS』の草稿が、ビルブルに届いたのは1994年晩秋――『スラック』絶賛レコーディング中の英リアル・ワールド・スタジオ。パット・マステロットとの二人太鼓の更なる可能性を探る彼に、大いなるヒントを与えてくれたらしい。

たとえば、ビルブルとマステロが同じパターンを1/16拍子遅らせて叩くといったアプローチは、まさにハリスン理論の好例で、“セックス、スリープ、イート、ドリンク、ドリーム”で実を結んだという。単に〈それぞれが異なる拍子を一緒に演奏する〉だけより、そりゃ面白い。ビルブルに言わせりゃ、「ドラマーが好き勝手に叩いてるだけと思うかもしれないが、あのパートの全ては楽譜に起こせるよ(鼻高笑)」となる。そして、「おそらくギャヴィンはアレが彼の本から強く影響を受けたものだと、当時から気づいてると思うね」とも。

ちなみに2008年春には、ドラマー人生40周年インタヴューで〈若い世代が成熟すべき領域〉を訊かれたビルブルは、そのうちの一つをこう断言している。

「メトリック・モジュレーションを、より楽に実現できるスキルを体得することーー要するに、一つのリズムを叩きながらもう一つ別のリズムを感じさせるという、ギャヴィンがものすごく得意としているような領域を究めることだ」。

おお。これだけ優秀な若手リズム研究者として一目も二目も置いたギャヴィン・ハリソンを、観ないわけにはいかない。さあこいポーキュパイン・ツリー。


すいません。よく想い出せないけど取材かなんかの理由で予定が変更して、意気込みとは裏腹に5分ぐらいしか観られませんでしたポーキュパイン・ツリー。

そもそも客はたったの50人弱しかおらず、しかも演奏する彼らの目と鼻の先にはどう見てもポーキュパイン・ツリーとは無縁そうなおば姐さんが、柴犬2匹と一緒に寝そべってるのだ。あとは、元々不愛想なのか怒ってるのか、やたらエフェクト・シンバルを叩いてたとにかく無表情なハリスンしか記憶にない。

ちなみにフジテレビ721(←死語だあ)で後日オンエアされた特番の出演後のインタヴューで、「超ビッグなロック・フェスだと聞いてたのにがっかりだ……」とスティーヴン・ウィルソンが心底失望していたらしい。

泣くな。同じスクエア・ステージの初日トリだった、あのベン・フォールズだってせいぜい80人程度だったんだぞ。ウドーちゃん祭りは虎の穴より苛酷なのだ。


そして翌2006年11月、ライヴDVD『アライヴィング・サムホエア』リリース直後のポーキュパイン・ツリーは再び日本の地を踏んだ。今度こその〈(単独)初来日〉東名阪ツアーである。しかも直前の10月に廻った米東海岸ミニ・ツアー計4公演からの継続で、ロバート・フリップ&エイドリアン・ブリューの《ProjeKct Six》が全戦前座で帯同するとくれば、まだ馴染みのない日本人プログレッシャーズの期待感だって高まる。

さらばウドーちゃん祭りの屈辱。今度は呼び屋もクリエイティヴ・マンだし。

「(ウドーフェスは)僕たちを観るためにわざわざ来てくれた人もずいぶんいたようで、感動したんだ。曲を憶えてて一緒に唄ってくれてたのもわかったし。あの日が日本でのスタートになったわけだけど、今後も期待が持てると思ったよ」。

来日直前のインタヴューを読むと仕切り直しに向け、折れた心をどうにか修復したウィルソンの健気さにぐっときた。


が嘘はいけないなあ嘘は。


そんないたいけな捲土重来ギグのはずが、ブリュー「病欠」でフリップ一人による〈まさかのサウンドスケイプ劇場〉で冷え切ったステージに毎晩立たざるをえなかった、ウィルソンの心境はいかばかりか。座付作家シド・スミスによれば、ギャラの増額要求と謎のエージェント関与でフリップがブリューを見限ったのがP6キャンセル劇の真相らしいが、誰にとっても迷惑な話だったと思う。

ウドーちゃん祭りの非礼を詫びるべく私が観たのは、11月28日のZepp Osaka公演。残念ながら、前方2/3にゆったり配列されたフロア席と閉鎖された2階席から類推するに、2000人キャパの4割程度だろうか。ウドーちゃん祭りに較べればそれでも「大成功」のはずなのに、12年後の2018年11月ソロ公演までウィルソンは来日しなかったし、以降寄り着きもしない。

嫌われたか日本。

とはいえ身も蓋もないことを書けば、ポーキュパイン・ツリーが評価される直接的契機となったアルバム『アブセンティア』リリース直後の2002年米国ツアーも、ウドーちゃん祭り同様「全っ然客が入らなかった」と聞く。あの〈プログレでメタルでヘヴィーでアンビエントな結果としての、上品なメロコア〉アルバムも、評価されたのは数年後のはずで、つまりスティーヴン・ウィルソンというひとは、いろんな意味で時間が懸かるんだろうと思うのだ。たぶん。


というか彼の代名詞であるポーキュパイン・ツリーって、そもそも私は一体どう対峙すればいいのだろう。


実質1990年代以降登場したプログレ的なバンドーーたとえば、マリリオンにせよイット・バイツにせよドリーム・シアターにせよザ・フラワー・キングスにせよトランスアトランティックにせよアンセマにせよポーキュパイン・ツリーにせよ〈もう一つのPT〉パイナップル・シーフにせよ、その他大勢にせよすべからく〈新世代プログレッシヴ・ロック〉と一括りにされてきた。〈プログレッシヴ・メタル〉とか〈モダン・プログレ〉とか〈オルタナ・プログレ〉とかも。
あ、海外では〈プログ・ロック〉か。「レ」がないだけで寂しいぞ。

実は私、一連の『どうしてプログレを好きになってしまったんだろう』シリーズなんて馬鹿本を書いておきながら、実はプログレというカテゴライズ自体はどうでもいいと思っている。だから、「プログレだから聴きたい」と思ってバンドをセグメントしたことも「これはプログレじゃない」とディスったこともないし、もちろん一度もプログレの未来を憂えたりなんかしない。

なので、自分の音楽をプログ・ロック(苦笑)と捉えられることをひたすら拒み続けて四半世紀のスティーヴン・ウィルソンも、そんな彼を「いくら否定しようが優秀なプログレッシャーさ」と一方的に讃える同志愛満載のマイク・ポートノイも、私には揃ってストレンジな人種に映る。〈プログレであること/プログレではないこと〉に、そこまで固執することに何の意味があるのかと。

これは聴く側のプログレッシャーズに対してもずーっと、感じてきた。

じゃあおまえにとってのプログレってなんだと訊かれるので、とりあえず「人力ロック」と応えてきた。〈人間だからこそ〉という大前提に立って探究された隙だらけの真理と、それに伴う怒濤の人間群像劇そのものだといまなお、思う。

私は人間が好きだ。だから世界一人間くさい音楽・プログレが好きなのだ。

するとやはり、生身の人間たちの究極の楽器演奏力に基づく〈人力アンサンブル〉でなければ似合わない。絶対。その意味ではプログレとメタルは赤の他人じゃないし、だからドリーム・シアターみたいな連中の登場は必然だったんだろう。

ただし、プログ・ロックと呼ばれるひとたちは楽器は弾きまくるけど人間的にはどうもノーマルっぽいから、人間力的には食い足りなかったりする。たぶんそんなよこしまな聴き方しかできない私が間違ってるが、ほっとけ。

逆にいえばそれだけ、音楽的にはちゃんとしすぎてるくらいちゃんとしているということ。


ここまで書いていみじくも、ポーキュパイン・ツリー久々の新作11thアルバム『クロージャー/コンティニュエイション』が届いた。それもそのはず前作『ジ・インシデント』をリリースした翌2010年のツアー以来ずっと、活動を休止していたのだ。ウィルソンの、ソロや別名義ユニット群も含めた複雑多岐に及ぶワーカホリッカーぶりのせいで、ちっとも気づかなかったけど。

しかもフリップ翁のDGM商法の片棒を担がされてきただけのことあって、ポーキュパイン・ツリーのライヴ音源も正規商品化(❼❽❾)以外にも直販やPTDLストア(➍❻⓫⓬)などで、やたらリリースされてたからなおさらだ。


❶Futile [2003] 未発表音源集。1曲のみ2002年7月26日・米フィラデルフィア公演。
➋XM [2003] 2002年11月12日・米ワシントン公演。
➌XM II [2005] 2003年7月21日・米ワシントン公演。
➍Rockpalast (2CD) [2006] 2005年11月19日・独公演。
➎Ilosaarirock [2009] 2007年7月14日・フィンランド公演。
❻Atlanta (2CD) [2010]2007年10月29日2007年10月29日・米アトランタ公演。
❼ライヴ~オクタン・トゥイステッド(2CD+DVD)[2012] 2010年4月30日・米シカゴ
+同年10月14日・英ロイヤル・アルバート・ホール公演。
❽anesthetize (2CD+DVD ) [2015] 2008年10月15-16日・蘭ティルブルフ公演。
❾Arriving somewhere… (2CD+BD version) [2018] 2005年10月11-12日・米シカゴ公
演。
❿Los Angeles 30th July 2003 (House Of Blues) [2020] 2003年7月30日・米LA公演。
⓫IndigO2 [2020] 2008年10月19日・英O2アリーナ公演。
⓬Koln 4th Dec 2007 (TV Broadcast) [2020]2007年12月4日録音。
⓭Pure Narcotic – Acoustic Session 2012 [2020] 2010年10月14日・英ロイヤル・アル
バート・ホール公演アコースティック・セッション5曲の、わざわざスタジオ再録音し
たよEP(苦笑)。


ほらこんなに。まさか12年も活動してなかったとは思わないでしょ。

というか⓭の「何もそこまでせんでも」的な若干の面倒くささにこそ、ポーキュパイン・ツリーひいてはスティーヴン・ウィルソンの本質が見える。


というわけで次回、新作をほぼ同時リリースしたポーキュパイン・ツリーとパイナップル・シーフーー二つのPTを一所懸命聴きます。高齢者ですけど。












第一回「ジョン・ウェットンはなぜ<いいひと>だったのか?」はコチラ!

第ニ回 「尼崎に<あしたのイエス>を見た、か? ~2017・4・21イエス・フィーチュアリング・ジョン・アンダーソン、トレヴァー・ラビン、リック・ウェイクマン(苦笑)@あましんアルカイックホールのライヴ評みたいなもの」はコチラ!

第三回「ロバート・フリップ卿の“英雄夢語り”」はコチラ!

第四回「第四回 これは我々が本当に望んだロジャー・ウォーターズなのか? -二つのピンク・フロイド、その後【前篇】-」はコチラ!

第五回「ギルモアくんとマンザネラちゃん -二つのピンク・フロイド、その後【後篇】ー」はコチラ!

第六回「お箸で食べるイタリアン・プログレ ―24年前に邂逅していた(らしい)バンコにごめんなさい」はコチラ!

第七回「誰も知らない〈1987年のロジャー・ウォーターズ〉 ーーこのときライヴ・アルバムをリリースしていればなぁぁぁ」はコチラ!

第八回「瓢箪からジャッコ -『ライヴ・イン・ウィーン』と『LIVE IN CHICAGO』から見えた〈キング・クリムゾンの新風景〉」はコチラ!

第九回「坂上忍になれなかったフィル・コリンズ。」はコチラ!

第十回「禊(みそぎ)のロバート・フリップ ーー噂の27枚組BOX『セイラーズ・テール 1970-1972』の正しい聴き方」はコチラ!

第十一回「ああロキシー・ミュージック(VIVA! ROXY MUSIC)前篇 --BOXを聴く前にブライアン・フェリーをおさらいしよう」 はコチラ!

第十二回 「ああロキシー・ミュージック(VIVA! ROXY MUSIC)後篇 --BOXを聴いて再認識する〈ポップ・アートとしてのロキシー・ミュージック〉」はコチラ!

第十三回 「今日もどこかでヒプノシス」はコチラ!

第十四回 「ピーター・バンクスはなぜ、再評価されないのか --〈星を旅する予言者〉の六回忌にあたって」はコチラ!

第十五回 「悪いひとじゃないんだけどねぇ……(遠い目)  ―― ビル・ブルフォードへのラブレターを『シームズ・ライク・ア・ライフタイム・アゴー 1977-1980』BOXに添えて」はコチラ!

第十六回 「グレッグ・レイク哀歌(エレジー)」はコチラ!

第十七回 「クリス・スクワイアとトレヴァー・ホーン -イエスの〈新作〉『FLY FROM HERE -RETURN TRIP』に想うこと- 前篇:スクワイアの巻」はコチラ!

第十八回 「クリス・スクワイアとトレヴァー・ホーン -イエスの〈新作〉『FLY FROM HERE-RETURN TRIP』に想うこと- 後篇:空を飛べたのはホーンの巻」はコチラ!

第十九回「どうしてジョン・ウェットンを好きになってしまったんだろう(三回忌カケレコスペシャルversion)」はコチラ!

第二十回「どうしてゴードン・ハスケルは不当評価されたのだろう ー前篇:幻の1995年インタヴュー発掘、ついでに8人クリムゾン来日公演評も。」はコチラ!

第二十一回「どうしてゴードン・ハスケルは不当評価されたのだろう -後篇:幻の1995年インタヴューを発掘したら、めぐる因果は糸車の〈酒の肴ロック〉」はコチラ!

第二十二回「鍵盤は気楽な稼業ときたもんだ--あるTKの一生、に50周年イエス来日公演評を添えて」はコチラ!

第二十三回「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう(by ビリー・シャーウッド)」はコチラ!

第二十四回「荒野の三詩人-誰かリチャード・パーマー=ジェイムズを知らないか-」はコチラ!

第二十五回「会議は踊る、プログレも踊る-リチャード・パーマー=ジェイムズを探して-」はコチラ!

第二十六回「我が心のキース・エマーソン & THE BEST ~1990年の追憶~」はコチラ!

第二十七回:「『ザ・リコンストラクション・オブ・ライト』は、キング・クリムゾンの立派な「新作」である。 プログレ「箱男」通信【KC『ヘヴン&アース』箱】号①」はコチラ!

第二十八回:「《The ProjeKcts》の大食いはいとおかし。 プログレ「箱男」通信【KC『ヘヴン&アース』箱】号②」はコチラ!

第二十九回:「ロバート・フリップの〈夢破れて山河あり〉物語 プログレ「箱男」通信【KC『ヘヴン&アース』箱】号➌」はコチラ!

第三十回:「封印された〈車道楽プログレ〉ー『レイター・イヤーズ 1987-2019』箱から漏れた、ピンク・フロイドVHS『道(MICHI)』」はコチラ!

第三十一回:「どうしてプロレスを好きになってしまったんだろう。へ?」はコチラ!

第三十二回:「LEVINは何しに日本へ? の巻」はコチラ!

第三十三回:「どうして日本人はキング・クリムゾンを唄いたがるのだろう -雑談三部作・完結編-」はコチラ!

第三十四回:「コロナの記憶:どうしてビル・リーフリンを忘れられないのだろう トーヤ&フリップ「夫婦善哉」への道」はコチラ!

第三十五回:「キル・ビル/ビル・ブル 極私的「60歳からのプログレッシヴ・ロック」論」はコチラ!

第三十六回:「イエスCD+DVD34枚組『ユニオン30ライヴ』boxは、20世紀からの玉手箱か?」はコチラ!

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