2020年3月28日 | カテゴリー:世界のロック探求ナビ
こんにちは。スタッフみなとです。今日は「ウッドストックのSSW」というテーマで、ウッドストックで生み出された素晴らしい作品に迫ってまいります。
「ウッドストック」と聞くと、人によって様々にイメージするのではないでしょうか。
スヌーピーの黄色い相棒、を思い浮かべる音楽ファンはまずいないと思いますが(^^;)、1969年のウッドストック・フェスティバル、そして今回のテーマであるNYアルスター郡のウッドストック。
それでは「ウッドストック」がいったいどんな町なのか、見てまいりましょう。
マンハッタンから車で2時間ほどの距離にある、周囲を山に囲まれた小さな町、ウッドストック。
この地では20世紀初頭より、画家や作家などが住み付き芸術家たちのコミュニティが形成されていました。
60年代に入ると、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジのフォーク・シンガーたちが多く出入りするようになります。
古くからウッドストックに馴染みがあり、この地を第二の拠点としていたPP&Mのピーター・ヤーロウ、そしてPP&Mやボブ・ディランのマネージャーであり、ウッドストックに移住していたアルバート・グロスマンなどが呼び水となり、アーティストが引き寄せられていきました。
彼らはグリニッジ・ヴィレッジとウッドストックを行き来し、互いに影響をし合います。
ウッドストックを語る上で忘れてはならないのがボブ・ディランです。
1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルでのパフォーマンス、また翌年『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム 』にて、エレクトリック・サウンドへの大胆な転向をしたボブ・ディランですが、66年にオートバイ事故によりウッドストックでの休養を余儀なくされてしまいます。
この休養は、ツアーやレコーディングで多忙な日々を過ごしていたボブ・ディランにとって、心身を回復する期間となりました。
そんなボブ・ディランは、バックバンドをしていたホークス(後のザ・バンド)と共に、「ビッグ・ピンク」と呼ばれたピンク色の借家の地下室でセッションに明け暮れます。
そこで録音され1975年に正式リリースされた『地下室』音源、また翌年1968年リリースのザ・バンド『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』は、R&B、ロックンロール、カントリーやゴスペルなどが溶け込んだ豊穣なサウンドで、アメリカン・ルーツ・ミュージックに根ざした新しい音楽として様々なアーティストに影響を与え、ウッドストックに集まるミュージシャンたちの一つの指標ともなりました。
ウッドストックに大きな爪痕を残したボブ・ディランですが、1969年にはグリニッジ・ヴィレッジに戻ってしまいます。ウッドストック・フェスティバルによって町が騒がしくなったこと、アルバート・グロスマンとの関係が冷え切っていたことなどによるそうです。
プロデューサー業で名を上げたアルバート・グロスマンは1970年、ウッドストックの西側に位置するベアズヴィルにベアズヴィル・スタジオを設立します。プロデューサー/エンジニアにトッド・ラングレンを採用し、ウッドストックの腕利きのミュージシャンを集めて生み出された数々の作品は、アーシーで味わい深く、ウッドストックを象徴するサウンドとなりました。
さてそれでは、ウッドストックのミュージシャンたちの名作を聴いてまいりましょう。
60年代初頭からボブ・ディランやピート・シーガーら共にNYのグリニッジ・ヴィレッジで活動していた兄弟のデュオ。
60年代後半にはウッドストックに移住し、ボブ・ディランやザ・バンドのメンバーたちと交流していきました。
こちらは71年の作品で、ナッシュビルとウッドストックの2か所で録音されています。
哀愁に満ちたアコギ・ストローク、そして陰影あるハートウォームな歌声と豊かなハーモニー。
エリック・カズやエイモス・ギャレットなど名うてのミュージシャンによる芳醇な演奏も特筆です。
ハッピー&アーティのトラウム兄弟は、ウッドストックの音楽コミュニティのまとめ役でもありました。
今作は彼等兄弟を中心に、エリック・ジャスティン・カズ、ジョン・ヘラルド、名バンジョー奏者のビル・キース、女性ヴォーカルのマリア・マルダー等ウッドストックのミュージシャンたちが集まり、トラッド・ソング、カントリー/ブルーグラスなど、アメリカのグッド・ミュージックを気ままに録音したセッション・アルバムです。
上記マッド・エイカーズにも参加していたSSW、ジョン・ヘラルド。
グラム・パーソンズを夢見心地にしたような鼻にかかったハイトーンが染みるほのぼのしたヴォーカル、土の香りをいっぱいに吸い込んだふくよかでいてタイトなグルーヴ、カントリー/ブルーグラスの軽快さと哀愁。
エイモス・ギャレット、マリア・マルダー、エリック・ワイズバーグなど、ウッドストックの名うてのミュージシャン達の演奏も光る名作です。
マッド・エイカーズに参加していた、マリア・マルダーのデュオ作品もピックアップしましょう。
2人は共にニューヨーク生まれで、ジェフ・マルダーはボストンのフォーク・クラブで活動をスタートし、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドに参加していました。
マリア・ダマート(マリア・マルダー)はグリニッジ・ヴィレッジの若手ミュージシャンのグループ、イーヴン・ダズン・ジャグ・バンドのメンバーとして活動していましたが、やがてジェフと恋に落ち、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドに加わります。
ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドは、20~30年代の黒人音楽であるジャグ・バンドをリバイバルさせた各種グループの中でも群を抜いて優れたバンドでしたが、67年に解散、2人はデュオとして活動します。こちらは72年リリース作です。
戦前のジャズや米南部音楽など、ルーツ・ミュージックをゆったりと演奏した、リラックス感満載のアルバムとなっています。
さて、ここからは、ベアズヴィル・スタジオ録音の名作をピックアップいたします。
米ルイジアナで生まれ、徴兵を逃れるためカナダに亡命していたジェシ・ウィンチェスター。
カナダのモントリオールで歌っていた時に出会ったロビー・ロバートソンの後押しもあり、1970年に『JESSE WINCHESTER』をリリースします。
プロデュースはロビー・ロバートソン、リヴォン・ヘルムがドラムとマンドリンを演奏、他にもカナダの名ベーシストボブ・ブッチャーやSSWデヴィッド・レアなどが参加し、心地よく引き締まったバンド・サウンドとジェシの渋く優しいボーカルで滋味深いサウンドとなっています。
アメリカへの望郷からくる切なさや哀愁も、今作の大きな特徴です。
ルイジアナ州で生まれたボビー・チャールズは、55年にチェス・レコードからデビューしR&Bのソングライターとして活動していましたが、70年代にウッドストックへと移住、ザ・バンドのメンバーらと知り合い72年に『BOBBY CHARLES』をリリースしました。
ザ・バンドの面々やエイモス・ギャレット、ベン・キースなどウッドストックのミュージシャンが参加した温かみあるアーシーなサウンドとボビーの朴訥としたボーカルが、非常に味わい深く、聴けば聴くほどその素朴な良さが染みてきます。
ここからは、女性ミュージシャンの作品です。
スライド・ギターの名手、ボニー・レイットの72年2ndアルバム。
カリフォルニア生まれのボニー・レイットですが、60年代に東海岸へ移動してケンブリッジで学生時代を過ごし、フォークやブルースに熱中しフィラデルフィアなどで音楽活動を行っていました。
フィラデルフィア・フォーク・フェスティバルで彼女の演奏を見た音楽プロデューサー、マイケル・カスクーナはボニーの才能に驚嘆します。
ボニーはマイケルがプロデュースした、クリス・スミザーの『I’M A STRANGER TOO !』を愛聴していたため、次のアルバムのプロデュースをしてもらえないかと持ち掛け、ニューヨークのベアズヴィル・スタジオで録音する運びとなりました。
今作ではボニーの馴染みのケンブリッジ/フィラデルフィアのミュージシャンと、ウッドストックのミュージシャンの両方が参加しており、ボニーのルーツ・ミュージックへの深い愛情をしっかり表現しています。
テキサスで生まれ、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで活動していたフォーク・シンガー。
ベアズヴィル・スタジオとマーキュリー・スタジオの2か所で録音されています。
ボブ・ディランが「ジミー・リードのようにギターを弾き、ビリー・ホリデイのように歌う」と賞した、カレンの厚みがあり暖かな歌声が素晴らしく、エイモス・ギャレットやジョン・ホール等ウッドストックのベテラン勢の演奏と相まって、濃密なサウンドを奏でています。
次は、カレン・ダルトンの作品に近い魅力のある女性SSWのアルバムです。
アイダホ生まれの女性SSW。50年代からフォークソングのシンガー・収集家として活動を初め、60年代に入ると5人の子供を連れてアメリカを放浪しながら歌っていたそうです。
73年、ロザリーの唯一のウッドストック作です。
66年のニューポート・フォーク・フェスティバル以来の盟友ミッチ・グリーン・ヒルや、アーティー・トラウム、エリック・カズ、ハーヴィ・ブルックスなどが演奏し、ロザリーの枯れた歌声とともに味わい深い音世界を作っています。
まだまだ良い作品があるのですが、今回はここまでにとどめておきます。
商業的なところとは無縁の、ナチュラルで温かみがあって、歌心たっぷりの音楽たち。ウッドストックで作られた音楽は、時代を超えて、私たちの心に響いていきます。
68年のデビュー作。R&B、ブルース、ゴスペル、カントリーといったアメリカ南部ロックを消化した芳醇なサウンドは絶品の一言。音と音の「間」のなんと雄弁なこと。まさに完璧なグルーヴ。メロディ・ラインの美しさも特筆もの。Eric Clapton、George Harrisonなど、本作により音楽性が変わるほどの衝撃を受けたミュージシャン多数。ロック史を変えた全ロック・ファン必携の大名盤。アメリカン・ロック史上に輝く金字塔。
メンフィス生まれで、ベトナム戦争の兵役を逃れるためにカナダに移住したSSW。THE BANDのRobbie Robertsonがプロデュースした71年デビュー作。Levon helmも参加しています。そしてエンジニアとしてTodd Rundgrenも関わっているようです。ヒゲのお顔からはダミ声の渋い声を想像しましたが、実際は、英パブ・ロック勢に通ずる心温まる素直な歌声。サウンドもそれほど渋みはなく、Gram Personsあたりを想わせるカントリー・フレイバーなフォーク・ロック。郷愁を誘う名作。
71年2nd。カレンの素朴で暖かな歌声と、名ミュージシャンによる安定感ある演奏が作り上げた、悠々たる大自然のようなアメリカンフォーク。何といってもカレンの歌が素晴らしい。ボブ・ディランが「ジミー・リードのようにギターを弾き、ビリー・ホリデイのように歌う」とカレンを賞した通りの、厚みがあり暖かな歌声。録音はベアズヴィル・スタジオ。プロデューサーはハーヴェイ・ブルックスで、ギターにエイモス・ギャレットやジョン・ホール、スティールギターにビル・キース、ピアノにジョン・サイモンなど、ウッドストックの錚々たるメンバーが演奏している。
ディランやザ・バンドのメンバーをはじめ、ニューヨークはグリニッジ・ヴィレッジ、ボストンやケンブリッジで活動していた米ルーツ・ミュージックを愛するフォーキー・ロックの良心たちが移り住み、愛すべき音楽コミュニティを形成した街、ウッドストック。ハッピー&アーティのトラウム兄弟を中心に、エリック・ジャスティン・カズ、ジョン・ヘラルド、名バンジョー奏者のビル・キース、女性ヴォーカルのマリア・マルダーなど、そんなウッドストックのミュージシャンたちが集まり、トラッド・ソング、カントリー/ブルーグラスなど、アメリカのグッド・ミュージックを気ままに録音したセッション・アルバム。72年作。カントリー・フレイヴァーの陽気さの中に哀愁をしのばせたバンジョー、温かで切ないヴォーカル、郷愁を誘うハーモニカやフィドル。マリア・マルダーのコーラスもグッときます。グラム・パーソンズやバーズ『ロデオの恋人』や細野晴臣『HOSONO HOUSE』あたりのファンは是非!
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