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「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう@カケハシ」 第二十二回: 鍵盤は気楽な稼業ときたもんだ--あるTKの一生、に50周年イエス来日公演評を添えて 文・市川哲史

第二十二回: 鍵盤は気楽な稼業ときたもんだ--あるTKの一生、に50周年イエス来日公演評を添えて


イエス《CELEBRATING 50 YEARS OF YES》来日ツアーの大阪公演を2月20日、あましんアルカイック・ホールで観た。そういえばもう片っぽの、イエス・フィーチュアリング・ジョン・アンダーソン・トレヴァー・ラビン・リック・ウェイクマン――いわゆるARWイエスの《AN EVENING OF YES MUSIC AND MORE》来日ツアーを観たのも大阪公演で、2017年4月21日のあましんアルカイック・ホールだった。

あら、今年4月に来日するリンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドの大阪公演もあましんアルカイックじゃん。大雑把に遡っても、近年のアート・ガーファンクルもロジャー・ダルトリーも大阪公演は尼崎だったりするから、笑えない。

尼崎出身の友人連中は声を大にして、「尼崎こそディープ関西の象徴」と断言する。まあこの町出身の面々の名を挙げただけで、そうだろうなとは思う。ダウンタウンに勝谷誠彦に島木譲二に岡八郎、だ。しかも、あましんアルカイックの超最寄り駅・阪神電鉄尼崎駅界隈は、全身虎柄のおばちゃんと筋金入りの虎キチのおっさんだらけの面倒くさい土地柄だから、推して知るべし。最近は〈関西住みやすい街ランキング〉で急上昇中らしく、世の中どうかしてるぜと思わないではない(←一応配慮した言い回し)。

そんな尼崎における洋楽ライヴが一体、いつからいけしゃあしゃあと大阪公演を名乗るようになったのか。本拠地・甲子園球場もファームの球場・タイガース・デンと合宿所がある鳴尾浜も断然兵庫県なのに、大阪の球団と見なされてる阪神タイガースの気持ちが知りたい。

ブートレッグ同然のライヴCDが大量に出回りまくりのエイジアの、1990年9月24日尼崎市総合文化センター公演音源を収録した2003年リリース作品のタイトルは『ライヴ・イン・ヒョーゴ』だった。この頃はまだ、大阪公演と兵庫公演が区別されていたのに。

ちなみに前述の友人によると、尼崎と大阪の市外局番は同じ06だからワン・ワールドでいいらしい。なんだそれ。


スティーヴ・ハウ+アラン・ホワイト+ジェフ・ダウンズ+ビリー・シャーウッド+ジョン・ディヴィソン――遂にオリジナル・メンバーが一人もいなくなったイエス。必然的にハウ爺がバンドの顔になってしまった、とても微妙なイエス。
それでもイエスはやって来た。

名古屋→大阪→東京×3の全5公演で、東京初日が『危機』、三日目が『サード・アルバム』の完全再現ライヴ。残り3公演はベスト・セレクションと予告されてたのだが、大阪のセトリは以下の通りだった。

 ■1st HALF
  ❶Parallels パラレルは宝
  ➋Sweet Dreams スウィート・ドリームス
  ➌Fly From Here Part 1:We Can Fly フライ・フロム・ヒア パートⅠ~ウィー・キャン・フライ
  ➍Nine Voices(Longwalker) ナイン・ヴォイセズ(ロングウォーカー)
  ❺Clap クラップ
  ❻Madrigal マドリガル
  ❼Yours Is No Disgrace ユアズ・イズ・ノー・ディスグレイス
 
 ■2nd HALF
  ❽Close To The Edge 危機
  ❾And You And I 同志
  ❿Siberian Khatru シベリアン・カートゥル

 □ENCORE
  ⑪No Opportunity Necessary,No Experience Needed チャンスも経験もいらない
  ⑫Roundabout ラウンドアバウト
  ⑬Starship Trooper スターシップ・トゥルーパー



で後から検証すると名古屋も東京初日も同じセトリで、第2部の❽❾❿は――あれ、『危機』完全再現ライヴじゃん。もしかして名古屋と大阪は得したのだろうか。

ちなみに東京2日目に行っていれば“パペチュアル・チェンジ”と“夢の出来事(Does It Really Happen?)”と“スーン”、東京3日目なら“燃える朝やけ”と“アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル”と“ア・ヴェンチャー”と“パペチュアル・チェンジ”を観ることができたようである。うーん。

さて肝心のライヴ力だが、ハウ爺のタイム感がかなりアバウトになっており、観てるこっちがどきどきする。しかしシャーウッドと、二度の手術を重ねても未だ椎間板ヘルニアが完治しないホワイトの代役のジェイ・シェレンによる、リズム隊の多大な貢献がアンサンブルに意外なキレの良さをもたらしていたので、救われた気がした。
ただしホワイトが❿⑫⑬で途中出場した途端にアンサンブルの足腰が怪しくなるのだから、この無常感をどうしてくれようか。

ちなみにこのシェレン、末期ジョン・ペインズ・エイジアはともかくワールド・トレイドやサーカといったシャーウッド人脈の若造(←でも私より一歳上の59歳)だけに、ソツがない太鼓ではある。それでもARWイエスのドラマー、ルイ・モリノⅢの自意識過剰気味の太鼓を思えば、ストイックな分だけ好感を持てるのかもしれない。

なお、ダウンズに関しては既に『ドラマ』の時点で、いやもっと前からだな、バグルス時代から評価したことがないので、あの〈ヤマハ音楽教室のエレクトーン講師〉みたいな鍵盤は積極的に無視したい。

そういう意味ではこのイエスは、〈限りなくイエスに近いイエス〉なんじゃないかと思う。

となれば、一昨年の【ARWイエス】と今回の【ハウ爺イエス】の両方を観た者は皆、同じことを考えたはずだ。「一緒に演ればいいじゃん」、と。要はキング・クリムゾン的な楽団化である。ところがイエスとクリムゾンには、根本的な相違点があった。

かつて一世風靡したカリスマ・バンドに当世求められるのは、新曲ではなく過去の名曲クラシックスの再演。アーカイヴ音源発掘や旧音源の新ミックス、そして旧譜のハイエンド商品化が一向に沈静化しないのと同じ理屈だ。
ところが、原型を崩せば崩すほど我々プログレッシャーズに勝手に悦んでもらえるクリムゾンに対して、イエスに求められるのは〈オリジナル版を寸分違わず完璧に再現する〉こと――その一点のみだからせつない。誰がメンバーになろうと、あのアンサンブルの一員として忠実に己れの職務を全うしなければならない。つまりクラシックのオーケストラそのもので、単純に合体してもポジションが重複するだけだから意味はない。

要は完璧に再現できればできるほど、そのイエスは〈正しいイエス〉として認知されるという、当事者たちにとっては厄介この上ないバンドなのである。

2009年末の《イン・ザ・プレゼント》ツアーに参加して短期間ながらイエスの正式メンバーだったオリヴァー・ウェイクマンなんか、「僕がイエスになんとか貢献できたのは、ライヴでアルバム通りに演奏することぐらいだったと思う」と自嘲していたほどだ。

一方、遡ること2000年2月の《ザ・ラダー》欧州ツアーの英国公演に、ビザ取得トラブルで入国が危ぶまれたイゴール・コロシェフの代役で立つ寸前までいった弟のアダム・ウェイクマン。結局コロシェフがなんとか間に合ったものの、短期間で必死に楽曲を憶えたアダムの献身を労うスクワイアの温情により、某公演で“燃える朝やけ”1曲だけ演奏に参加させたという心温まる話がある。ところが若さゆえ鍵盤ソロ・パートの24小節でアドリブを披露したアダムは、アンダーソンとハウ爺に「そうじゃないよね」と注意され、「たった24小節のソロも好きに弾いちゃ駄目なんだ……」とすっかり委縮したのであった。イエスをなめてはいけない。

となれば、ジョン・アンダーソンではないヴォーカリストが唄うという最大級のハンディを背負ったまま、イエス・ミュージックを完璧に再現しなければならない宿命の【ハウ爺イエス】は、罰ゲームよりも悲惨だと言える。

それだけに今回も大健闘だったんだし、ここは心から讃えるのが人の道だろう。

見よビリー・シャーウッドを。いつの間に巨大化し、しかも巨大化したら故クリス・スクワイアそっくりの風体になっているではないか。己れの身体を肥大化させてイエスを再現するとは、なんか勘違いしてないかシャーウッド。


そして私は❼⑪⑫⑬の4曲だけで、ささやかな幸福感に浸ることができた。

そう、トニー・ケイの出番である。スペシャル・ゲストだよスペシャル・ゲスト様。

とりあえず⑫「あんたこの曲関係ないだろ」“ラウンドアバウト”の大雑把な鍵盤っぷりはさておき、『時間と言葉』の⑪と『サード・アルバム』❼⑬といったイエス在籍時の楽曲はまさに昔取った杵柄とばかりに、鍵盤を鳴らしまくていた。これぞTKスタイル――よりにもよってシャーウッドは、トニー・ケイを《TK》と呼んでいた。日本のTKと異なり、金の匂いは全っ然しないが。

尼崎でもやたら炸裂していた彼の必殺技は、いわゆるクラスター。腕や肘で鍵盤を叩くように弾くアレだ。基本的にTKの演奏スタイルは、合鍵盤を奏でるのはもっぱら右手ばかりで、左手はベースかコードを入れる程度の〈合いの手〉要員だったりする。つまり興が乗ってくると、鍵盤を左肘でばこばこ叩かずにはいられない〈24時間クレッシェンド〉な昭和のおっさんだ。

つまりこの男は、決して楽器を弾いてはいない。一応〈ファンキーなオルガン・サウンドに定評〉があるにはあったが、要は単に楽器を鳴らしているだけなのである。

大体、1960~70年代英国アート・ロック/プログレ系の鍵盤奏者といえば、まずクラシックの素養が根底にあるのが標準仕様だ。そこにジャズとかソウルがさらにオプションで追加装備されること自体、まったく珍しくない。

我らがTKの場合も、祖父はジャズ・サックス奏者で祖母はコンサート・ピアニスト。両親は彼に4歳からピアノのレッスンを受けさせ、音大にまで進学した。将来的にクラシックのコンサート・ピアニストになることが17歳までの夢ながら、学友たちからトラッド・ジャズやモダン・ジャズを教わりカウント・ベイシー&デューク・エリントンを憶え、15歳で地元のそれ系オーケストラにも参加するなどしてR&Bに傾倒するのだから、下地は充分なはずなのだ。

なのに彼が弾くピアノもオルガンもやたら白玉が多いし、クラシック性は中途半端でブルース色もジャズ色もおもいきり希薄ときた。だって音を鳴らすだけで幸せなんだもん。鍵盤だってオルガンで充分、シンセなんて要らない要らない。

だからクラシックの素養に目茶目茶長け、演奏力も目茶目茶達者で、最新シンセ類も目茶目茶大好きで、ケープ翻して目茶目茶目立つ風体のリック・ウェイクマンに、そりゃ席は軽く奪われる。ど派手な鍵盤サウンドを欲しがるようになっていたイエスから、容赦なく解雇されちゃったのは必然である。彼らは〈リズム楽器としての鍵盤〉ではなく、〈リード楽器としての鍵盤〉を取捨選択したのだ。

しかしそれがどうした。

私はいつの間にか、いや自分が歳を重ねて完全体のおっさんになるにつれ、そんな〈ぽんこつ〉TKを好きになっていた。おっさんのよさはおっさんにならないとわからないのか。残念ながら。
 
ちなみにTKの生年月日は1946年1月11日。ロバート・フリップとイアン・マクドナルドとデヴィッド・ギルモアが同い歳(!)という厳然たる事実を、我々はどう受け止めればいいんだろう。しかも学年だとTKが一つ上だ。日本だけかその尺度は。


なので人生でたぶん初めて、TKのことばかり考えてみた。寝ても覚めても彼関連の音源ばかり、三日間聴き倒してみた。

まずイエス結成以前のTKから。まだ10代だったトニー・セルヴィッジ(本名)時代に早くもレコード・デビューしたのが、一応ビート・グループの【ザ・フェデラルズ】で英パーロフォンに6枚のシングルを遺し、ロイ・オービソンの英国ツアーではバック・バンドを務めたらしい。“Marlena”とか“Bucket Full of Love”とか全12曲聴いてはみたが正直凡百過ぎるし、TKのオルガンの上滑り感も半端ない。それが1960年代っぽいと言ったらそれまでなのだが。

そのフェデラルズ脱退後に参加した、exスモール・フェイセズのジミー・ウィンストンが1967年に結成した【ウィンストンズ・ファムズ】唯一のシングル“Real Crazy Apartment/Snow White”では、TKのオルガンもサイケ色が濃くなると共にグレアム・ボンド的な飛び道具感が増していく。〈トニー・ケイ・スタイル〉がもう確立した瞬間だった。

ジョン・アンダーソンはイエス時代のTKのことを、のちにこう評していた。

「ステージの上では若い頃からとってもワイルドなオルガニストだったんだけど――ステージを降りてからもとってもワイルドだったのさぁぁぁぁ」

またTKがイエスを去る羽目になった最大の要因を、〈鬼の口入屋〉スクワイアは「尻軽などんちゃん騒ぎ好きのTKと物静かなハウ爺が合わなかったから(←意訳)」の一言でいけしゃあしゃあと片づけた。ツアー先のホテルでハウ爺と相部屋だったにもかかわらず、お姉ちゃんを日常的に連れ込んでたTKに爺が殺意を抱いても、誰が責められる。

どうも当時の同僚らの話を総合すると、TKはイエス一のモテモテ♡男だったようだ。端正な顔立ちのTKがシャツの胸元を大きくはだけさせ、ファンキーに鍵盤をびしびし叩けばそりゃ婦女子は萌える。73歳の現在もはだけてるし。

《イエスソングス期イエス》至上主義者たちが「TKがイエスに遺した唯一無二の爪痕」として馬鹿にするのは、『サード・アルバム』のアートワーク――中央に鎮座するTKの左脚ギブス姿。1970年11月13日《ザ・イエス・アルバム》全英ツアーのロンドン公演終了後、翌日14日の公演地である西ヨークシャーのブラッドフォードにヴァンで深夜移動してたものの、スクワイアの居眠り運転で事故った結果ケイの脚が折れたのだ。それでもあの痛々しい姿が、もしかして女子たちの母性本能をくすぐっていたとしたら、どうだ。TKおそるべし。

さてそこでイエス解雇という屈辱を受けたのちの、彼の鍵盤人生を眺めてみる。

この連載コラムでは過去、いわゆる〈恵まれないひと〉〈過小評価されてるひと〉〈恣意的に忘れられたひと〉たちを積極的に語ってきた。第十四回のピーター・バンクスとか、第二十回と第二十一回のゴードン・ハスケルとか、だ。詳細はバックナンバーを参照してほしいのだけど、両者ともに在籍時に商業的成功に恵まれず、その在籍バンドやプログレそのものの〈文脈に合わない〉との不当な理由だけで、仲間からもメディアからもユーザーからも過小評価されてきた。とフラットに説明するだけで可哀相である。

今回の主役・TKも一瞬、そんなバンクスやハスケルと同族に映る。「シンセをどんどんどんどん弾いてよー」的なアンダーソンの執拗な要求に、オルガン愛を貫き徹して馘になったのだからなかなかせつない。

しかも彼がいなくなったあとのイエスは、『こわれもの』『危機』というプログレの枠を超えた70年代英ロックの代表的名盤を発表したばかりか、職人的バンド・アンサンブルによる〈構築系プログレ〉の先駆者兼到達者として、シーンに君臨してしまったのだから。

ねえ?

普通なら「お、俺の立場は……」と自己憐憫と自己否定と自己主張が入り混じり、その後の活動の方向性を大きく左右するはずだ。バンクスもハスケルもそうだった。

ところが我らがTKのその後の行動様式は、どうも違う。

先に放逐されたバンクスが組んだ新バンド【フラッシュ】に参加したのも、ロジャー・ディーン作品をフィーチュアした新バンド【バジャー】を結成したのも、古巣イエスに対する愛憎入り混じった意識の表れのようにこれまで語られてきた。私みたいな凡人は「くっそぉー」と根に持つだろ。普通。

でも驚くべきことにTKは1971年7月31日イエス脱退以降、間違いなく何も気にしていなかったのだ。たぶん。


まずフラッシュ。1972年1月発表のデビュー・アルバム『フラッシュ』には正式メンバーとしてクレジットされてるTKだが、彼は当該作限りのゲスト参加に過ぎない。

そもそもフラッシュはバンクス以外の三人が結成したバンドで、そこに主役待遇で熱烈招聘されたのがバンクスだ。米キャピタル・レコードが提示した〈英国のトップ・ギタリストを擁するバンドにする〉的な契約条件を遂行したわけだ。すると当時のバンクスが抱える古巣憎悪の炎が激しく燃え上がり、〈自分がいたイエス〉のヴァージョン・アップ・バンドとしてのフラッシュに特化した。当然の帰結だ。すると英国ではEMI傘下の新設レーベル《ソヴリン》の目玉となり、ジャケもヒプノシスが担当してイエスへの対抗心が明白だったのである。「じゃあ元イエスだって一人より二人の方が目を惹くよね」戦略としてTKが呼ばれた、と考える方が妥当じゃないか。

たしかにバンクスはTKを「リズム感が素晴らしくて演奏に魂が宿っている、あらゆる意味で本物のロック・キーボーディストで、僕は〈ロック吟遊詩人〉と呼んでた」と、イエス時代から大絶賛していた。好意的に解釈すれば、だからこそレコーディングにオファーしたのだろうが、オルガンはTKでもシンセの大半はバンクスが自分で弾いてるのだから、なんか世知辛い。でもTK本人は、そんな仕打ちも反イエス同盟への誘いもまったく気にしていないはずなのだ。

だってTKの新バンド【バジャー】はイエスの全面庇護の下、1973年7月にアルバム『ワン・ライヴ・バジャー』でデビューしたのだから。

なにせもう、既にイエス印として認知されていたロジャー・ディーンによる〈飛びだす穴熊〉ジャケだし、ライヴ録音された1972年12月15&16日レインボー・シアター公演は、あの『イエスソングス』の一部をレコーディングしたイエス《危機》ツアー――つまり、バジャーはイエスの前座まで務めさせてもらってるのだ。しかもかなりの本数。

なおかつ、『イエスソングス』のついでに録音されたとおぼしきこのアルバムをプロデューサーしたのは、ジェフリー・ハスラムとバジャー本人たちとジョン・アンダーソンなんだぜ?

しかもアンダーソンがバジャーに肩入れしたのは明らかに、1962年に彼がシングル“You Came Along/Don’t Make Me Blue”でプロ・デビューを果たした想い出のバンド【ザ・ウォリアーズ】の同僚、デヴィッド・フォスターがベースを弾いてるからだ。TKのバンドだからではない。たぶん。

というかそもそも、バジャーが本当にTKが結成したリーダー・バンドなのか限りなく怪しくないか。まず自分で旗振って新バンドを結成するような能動性が、TKにあるとはとても思えない。ジャケがジャケだしプログレ本でも「イエス的なハード・プログレ」なんて適当に紹介されてきたから錯覚しがちだが、明らかに音楽的主導権はexガンのブライアン・パリッシュが握っている。実はプリティなアートワークにまったくそぐわない、R&B色の濃い男のロック・バンドっぽい。強いて言えば〈スマートなファミリー〉。だから問答無用に恰好いいし、TKのハモンドも全開でしびれる。脱退後(たぶん)必要に迫られて始めたシンセと、(たぶん)お相伴させてもらったウェイクマンのメロトロンがなかったとしても、どってことなかったはずだ。

ついでに書くが、翌1974年3月にリリースした2ndアルバム『女と穴熊(ホワイト・レディ)』は、世界中のプログレッシャーズからおもいきり失望された。

TKとドラムのロイ・ダイク以外のメンバーを一新――新加入のジャッキー・ロマックスのリーダー・バンドに一変したのだ。するとプロデュースはアラン・トゥーサンだし、英国系スワンプだしファンキーだしホーン隊も効いてるし、タイトル曲“けがれなき女”で聴けるジェフ・ベックのソロは、ベック・ファンからの評価も高い。同じくゲストで5曲参加のARSバリー・ベイリーが弾くスライド・ギターも、痒いところに手が届く。リリース当時は全っ然売れなかったが、逆に〈あくまでも英国的ブルー・アイド・ソウル〉幻の名盤として、値段も評価も高騰した。2002年12月に日本のエピックが《洋楽秘宝館シリーズ》第11弾として世界初CD化すると、拍手喝采で歓迎されたのが記憶に新しい。

平たく言えば、より非プログレ度を加速させたから失望されたバンドなのだが、TK本来の音楽的趣味性にはおもいきり合致していた。つまり彼にとってバジャーはまさかの〈渡りに船〉だったからこそ、活き活きしてたんだろうなと思う。

『女と穴熊』の裏ジャケを見ると、メンバー集合写真の下に小っちゃい丸囲みの穴熊イラストが載っている。まるで撮影日に欠席した児童のようにひっそりと。しかもモノクロで。ちなみにこの図版が『女と穴熊』で唯一の、バジャーの痕跡なのであった。不憫。

話がそれた。

要するに、反イエス同盟ともイエス連合ともよろしくできるTKってすごくないか。しかも子狡い蝙蝠的行動ではなく、何も気にしていないだけなのだ。だからどちらサイドからも一切、「裏切者」とか「卑怯者」とか責められたりしたことがない。

言っておくが、TKが人徳者だからではないぞ。お姉ちゃんたちの嬌声に包まれてノリノリで鍵盤を弾ければそれでいい、お気楽なキャラだから赦されるのだ。つまり私の中でTKとは〈高田純次〉に匹敵する、無敵の人なのである。

するとその後のTK〈鍵盤放浪記〉的キャリアも、悲壮感とは無縁の自由気ままな愉しいオルガン旅だったと思えば、納得できるじゃないか。


2010年に海外リリースされた、デヴィッド・ボウイ5CD+1DVD+3LP『STATION TO STATION DELUXE EDITION』箱の蓋を開けて、驚いた。ボウイ1976年の《ステイション・トゥ・ステイション・ツアー》でTKが鍵盤弾いてたことは、情報としては認識できていたものの、まさかそのライヴ音源を聴けるとは思わなかったからだ。

なおこのアルバムは、2016年発表の12CD『フー・キャン・アイ・ビー・ナウ 1974-1976』箱収納を経て、現在では単体で分売されている。めでたいめでたい。

ファンキーなのに顔色がやたら悪い1974年『デヴィッド・ライヴ』と、ストイックな欧州祭りだった1978年『ステージ』の、公式ライヴ・アルバム2作品の狭間を埋めて余りある2CDライヴ盤『ライヴ・ナッソー・コロシアム’76』として、コンパイルされた。

その当時の〈性急なファンキー・ボウイ〉仕様を支えたバンドが、デニス・デイヴィス(ds)&カルロス・アロマー(g)&ジョージ・マレイ(b)から成る〈稀代の人力リズム・マシーンズ〉だ。そんな強烈すぎて笑っちゃうバンドで、堂々TKは鍵盤を弾き倒したのである。しかも本当に似合っていたのだから、皆見直せよTKを。

次に彼が姿を現わしたのは、exシルヴァーヘッドのマイケル・デ・バレスとexステッペンウルフのマイケル・モナークらが結成した、カルトなスーパー・グループ【ディテクティヴ】。ジミー・ペイジに見初められ《スワン・ソング》とレーベル契約を交わし、そのペイジが1977年発表のデビュー・アルバム『直撃波(ファースト)』全9曲中4曲を(ジミー・ロビンソンの変名で)プロデュースしたことで、「第二のツェッペリン」などと極東の島国のごく一部で曲解された可哀相なひとたちではあった。

結局商業的成功には恵まれず、1978年に2ndアルバム『衝撃の共同体(イット・テイクス・ワン・トゥ・ノウ・ワン)』とプロモ・ライヴ盤『LIVE FROM THE ATLANTIC STUDIOS』を残して解散。その理由は1stを聴けば明白だ。だってペイジが関与してない楽曲は、黒人ベーシストだしファンキーだったりブギだったりしてありなのに、〈ツェッペリン養成ギブス〉という名のプロデュースを強制するもんだから、トータル的には支離滅裂な音楽性になってしまった。しかもなまじ全員達者ではあるから、アルバムの半分は人並外れてとてもツェッペリンだったりして嬉し――哀しい。

そしてここでもまた、TKの鍵盤はばっちしキマっている。

いいなあこの爽快なまでの無駄撃ちの数々。



ディテクティヴが解散した翌年の1979年6月スタートの、再結成アルバム『エアウェイヴス』を4月に発表したばかりの【ジョーイ・モランドとトム・エヴァンス二人だけのバッドフィンガー】米国ツアーに参加したTK。人が好いのか何も考えてないのか、アルバムの商業的大惨敗で《エレクトラ》に契約を切られた二人に請われ、新規ディールを獲得するためのデモ録音までイアン・ウォーレスと共に参加してあげたから、偉い。

結局、録音した甲斐もなく未契約のままモランドとエヴァンスはいったん袂を分かつ。それでも翌80年夏に新興レーベル《レイディオ・レコーズ》との契約話が持ち上がると、再び二人はバッドフィンガーに。すると今度はTKとうとう正式メンバーとなり、実質ラスト・アルバム『セイ・ノー・モア』の1981年1月リリースをサポートしたのだ。

なんと律儀な。

正直、さすがにこのアルバムには、アップル時代のバッドフィンガーのようなあの〈情緒性ミラクル〉は起きない。そしてさすがに鍵盤も、TKの記名性が希薄だったりする。それでも〈十二年物の英国ビート・ポップ〉ならではの甘酸っぱい既視感は健在だけに、世間が貼った「駄作」のレッテルはいますぐ剥がせ。誰が弾いてるのかわからないくらいの鍵盤がちょうどいいのだ、またこれが。

お、そうだ。『セイ・ノー・モア』のジャケを飾る素朴なリトグラフと、1994年春発表のイエス14thアルバム『TALK』のグラフィック・アート・ロゴの作者は共に、『イエロー・サブマリン』のアニメでお馴染みのピーター・マックス。で両作品とも偶然TKがメンバーだという、ちょっといいトピックはどうでしょう。



さて改めて確認する。

ジミー・ペイジとの夢の合体バンド【XYZ】が頓挫したクリス・スクワイアwithアラン・ホワイトが、トレヴァー・ラビンを迎えて新バンド【シネマ】を結成したのが1982年1月。スクワイアがキーボード担当に選んだのが、TK。

もうこの人選の理由は簡単だ。ウェイクマンだと面倒くさいので――当時スクワイアとウェイクマンは魚豚の仲、もとい犬猿の仲だからまさにTKは安全牌である。

そのシネマがアルバム制作を開始したのが、同年11月。トレヴァー・ホーンがヴォーカリストからプロデューサーに配置転換される中、「シンクラヴィアやフェアライトといった最新鋭鍵盤楽器類を操作できないから」という屈辱的な理由で翌1983年1月、TKは事実上解雇されるのだ。おいおいおいおい。

4月にジョン・アンダーソンが合流してしまい、シネマは【イエス】にとうとう改名。レコーディング終了後にエディ・ジョブソンが加入して“ロンリー・ハート”のPVにも映ったものの、「イエスを名乗るからには」と僅か3ヶ月で呼び戻されるTK。とはいえTK復帰が面白くないジョブソンが即脱退するわ、呼び戻されたのにアルバム『90125』の鍵盤はのちに【エスクワイア】に参画するチャールズ・オリンズとラビンとが弾いてるわ、とにかく扱われ方が雑なのである。

だって1曲も演奏させてもらってないんだよ?

それでも80年代、あの8人イエスも含めてTKはずっとイエスに在籍した。1987年9月の『ビッグ・ジェネレイター』も、1991年4月の『結晶』も、1994年3月の『TALK』も、そしてステージにおいても、徹底的なデジタル・レコーディング化の煽りで実際に鍵盤を弾く機会をますます奪われようが、彼はずっとイエスにいた。

『TALK』は櫛の歯が欠けるように8人イエスから次々とABWH組が脱け、結局90125イエスで録音されたが、そのときラビンは「どうしてもリック(・ウェイクマン)と一度作品を作ってみたかったから、今回は残念だったよ」なんてど失礼なことをぬかしていた。並みの会社員なら出社拒否して家に引き籠もる。

そのあげく翌1995年8月にジョン・アンダーソンが公式HPでアナウンスした世迷言が、《21年前のクリスの誕生日(1974年3月4日)にシンシナティのホテルで、我々は約束した。もし世界が無事なままで、我々全員がミュージシャンとして一緒に活動できる立場にあったならば、1995年の3月4日に再び一堂に会するようにしよう。それもわずか一枚のアルバムや一本のツアーのためではなく、最低5年間は活動を続け、バンドとファンと一緒に21世紀を迎えよう、と。その約束を実行に移すときがやってきた》。

私が当時、スクワイア本人にこの声明文を直接伝えたら「ジョンがそう言ってるならそうなんだろう」と、腹を抱えて笑っていた。

そんな後出しジャンケンのような動機付けで強引に、ABWH+スクワイアの《黄金時代イエス》が復活――またしてもTKはお払い箱の憂き目を見た。

しかしそれでも、TKは平気だった。いや、我らが〈鍵盤弾きの高田純次〉はただ単に我関せず、なだけだ。言われたことだけはきっちりこなしといて就業時間外はひたすらマイペース、という呑気で幸せな〈5時から男(←死語)〉的リーマンだから、どってことなかったのである。実は。

その能天気さは、たとえば彼の8人イエス観におもいきり結実していた。

「二つのグループが別々にレコーディングした楽曲をまとめてみたら、上手くいったんだ。しかも8人が一緒にプレイすることを皆が愉しんでるんだから、『結晶』は本当に画期的な作品だと思う」

本気かTK。

その実態はABWH9曲+90125イエス4曲+ハウ爺ソロ1曲の全14曲が同居しただけ――しかも90125イエスの楽曲でアンダーソンが唄い、ABWHの楽曲でスクワイアのコーラスを追加しただけという、最小限のアフレコと秀逸なデジタル編集作業ででっちあげたのが、『結晶(ユニオン)』だ。ウェイクマンなんか、内容が情けなさすぎて「聴く度に涙が頬を流れる」から『オニオン』、と自嘲していた。

かつてラビンがあっさり内部告発してしまったが、ABWH産9曲のほとんどでハウ爺&ウェイクマンは楽器を演奏していない。実際にはアンダーソンと、なぜだか彼が全幅の信頼を寄せたプロデューサー、ジョナサン・エリスがLAで集めたエクストラ・ミュ-ジシャンたちが演奏したが当然、彼らの存在は一切クレジットされてない。鍵盤奏者だけでジェフ・ポーカロを筆頭に10強も参加してるし、ハウ爺っぽく聴こえるギターの大半を〈雰囲気モノマネ王〉ジミー・ハーンが弾いてた代物なのだ。

参加した全員が「駄作駄作」と大合唱する『結晶』を、一人だけ自画自賛したTKはすごい。しかも心のない言葉で適当に褒めてる感じが、さすがである。

だってこのひとは、1980年代以降イエスからあれだけぞんざいに扱われ続けても、心が折れるどころか気づきもしなかったという強靭なメンタリティーを誇っている。なぜなら〈5時からTK〉は80年代当時、90125イエスの活動の合間を縫ってプロ・テニス・トーナメントに出場するほど、鍵盤よりもテニスに没頭していたのだっ。

ああ素晴らしき本末転倒。電信柱よりも太い神経ニューロンだトニー圭。

彼の身の上を勝手に心配した私が馬鹿でした。



ところが、おそらく適当にセミリタイアして適当に悠々自適の日々を過ごしていたはずのTKが、2000年代の後半あたりからものすごく働いてる。たしか1995年頃に現役引退を宣言してたような気がするが。

まずビリー・シャーウッド&アラン・ホワイトと結成した新バンド【サーカ】で、2007年7月の『サーカ・ファースト・アルバム』を端緒に、『HQ(ヘッド・クォーター/サーカ・セカンド・アルバム』『アンド・ソー・オン&オーヴァーフロウ』『LIVE FROM HERE THERE & EVERYWHERE』『ヴァレー・オブ・ザ・ウィンドミル~風車の谷の物語』『ライヴ』と、コンスタントに作品をリリース。

ちなみに『ライヴ』で聴けるサーカ名物“クロノジカル・ジャーニー(イエス・ヒストリカル・メドレー1969-1999)”は怒濤の25曲メドレーで、単純明快すぎてもはや笑うしかない。だってサーカのギタリストは、『結晶』でハウ爺になりすましてたあのジミー・ハーンだし、なかなか巧妙に練られたバンドだ。実は。

また2010年には、別の新バンド【YOSO】をビリー・シャーウッド&TOTOのデヴィッド・キンボールと結成して、ライヴ音源を含む2CDアルバム『エレメンツ-要素-』を発表。もうイエスとTOTOの名曲祭で、何が何だかおめでたい。

そして2011年4月には東日本大震災からまだひと月しか経ってないというのに、カリブの海賊を気取ってた奴を始め来日予定の俳優&アーティストたちが軒並み訪日をキャンセルしたというのに、日本中の外国人が慌てて国外脱出を図ったというのに、TKは【ビリー・シャーウッド&トニー・ケイ】として来日。さすがにいわきと仙台はキャンセルになったものの、全6公演を完遂したのだから見直した。〈5時からTK〉しか持ちえない「適当」という名のポジティヴティーは、原発事故も凌駕できちゃったのだ。

残念ながら同年11月の二度目の来日公演は中止になったけれど、4月23日の六本木・STB139公演を収録した2CD+1DVD盤『LIVE IN JAPAN』が2016年4月にリリースされたのは、記憶に新しい。でライヴ映像を観たら、変わらずTKのシャツの胸元はしっかり大きくはだけていた。さすがのTK。

〈5時からTK〉はまだまだ働いた。

1968年1月結成で半年後には【イエス】に改名した、幻の60年代英サイケデリア・バンド【メイベル・グリアーズ・トイショップ】の初公式アルバム『NEW WAY OF LIFE』が、なぜか2015年5月に制作リリースされる。イエスで発表された“スウィートネス”の新録音ヴァージョンのみならず、当時の未発表スクワイア&アンダーソン楽曲などが初めて陽の目を見たが、そもそも当事者のTKも、どうやら制作総指揮を務めたビリー・シャーウッドに担ぎ出されレコーディングに参加していた。

これ以外にも『狂気』やら『ザ・ウォール』やらツェッペリンやらスーパートランプやらクリス・スクワイア追悼など、ビリー・シャーウッドがやたら濫発する《とにかくなんでもトリビュート》に、ビリー・シャーウッド主宰の〈プログレの祭典〉アルバム《THE PROG COLLECTIVE》の両シリーズに、ほぼ皆勤賞で参加もしている。

でもってイエスの50周年ツアーへ特別ゲスト枠での参加――それもこれも1965年生まれでも若僧シャーウッドが、徹底的にTKを転がしまくってるからに他ならない。まあこれだけ彼の名前が登場すれば、誰でも察しがつくな。

サーカを結成した際、シャーウッドはTKを「エッジが効いたハモンドの音がたまらない、素晴らしいキーボーディスト」と大絶賛した。とはいえ、なぜここまでTKに執着するのだろう。もはやTKはシャーウッドの〈相方〉と化しちゃってるではないか。

二人がM-1グランプリに挑戦する日は近い。

このコンビのなれそめと必然性に関してはまた別の機会に譲るとして、最後に個人的に昔から愛聴してるTK案件に触れさせてくれ。ボンゾ・ドッグ・バンドのレッグス・ラリー・スミスが【トポ・D・ビル】の変名で1969年にリリースした初ソロ・シングル“ウィッチ・タイ・トゥ”だ。

彼はジョージ・ハリスンのお抱え道化師というなかなかユニークなポジションの人で、1974年『ジョージ・ハリスン帝国』ラストの“ヒズ・ネーム・イズ・レッグス”でリード・ヴォーカルを唄ったり、1982年『ゴーン・トロッポ』のアートワークを制作したりとキレキレの才人なのだ。英音楽業界一のタップダンスの名手だったりもする。

楽曲自体はネイティヴ・アメリカンのジャズ・サックス奏者、ジム・ペッパーの代表曲で、〈♪水の精が微笑みながら僕の頭の周りをくるくる回ってるから、僕はまだ死んでなかったんだ〉という歌詞が素敵すぎる。ハーパース・ビザールやルイス・フィリップス、ジョン・シュローダーらもカヴァーしてるが、そもそもはインディアンのチャント――いわゆるトラディショナル・ソングのようなものか。

その素敵な楽曲を演奏してるメンツが、L.R.スミス(vo,g)にクリス・スクワイア(b)にキース・ムーン(ds)、そしてTKのオルガン。もう全員揃ってラリってるとしか思えない、たらりらな感じもまた素敵なアンサンブルなのだ。

2007年に紙ジャケで再発された、ボンゾ・ドッグ・バンドの4thアルバム『ケインジャム』のボーナストラックで聴けるので、ぜひ60年代英国ロックの底力を体験していただきたい。

あ、念のために言っておくが文中のTKは小室哲哉ではない。あしからず。






第一回「ジョン・ウェットンはなぜ<いいひと>だったのか?」はコチラ!

第ニ回 「尼崎に<あしたのイエス>を見た、か? ~2017・4・21イエス・フィーチュアリング・ジョン・アンダーソン、トレヴァー・ラビン、リック・ウェイクマン(苦笑)@あましんアルカイックホールのライヴ評みたいなもの」はコチラ!

第三回「ロバート・フリップ卿の“英雄夢語り”」はコチラ!

第四回「第四回 これは我々が本当に望んだロジャー・ウォーターズなのか? -二つのピンク・フロイド、その後【前篇】-」はコチラ!

第五回「ギルモアくんとマンザネラちゃん -二つのピンク・フロイド、その後【後篇】ー」はコチラ!

第六回「お箸で食べるイタリアン・プログレ ―24年前に邂逅していた(らしい)バンコにごめんなさい」はコチラ!

第七回「誰も知らない〈1987年のロジャー・ウォーターズ〉 ーーこのときライヴ・アルバムをリリースしていればなぁぁぁ」はコチラ!

第八回「瓢箪からジャッコ -『ライヴ・イン・ウィーン』と『LIVE IN CHICAGO』から見えた〈キング・クリムゾンの新風景〉」はコチラ!

第九回「坂上忍になれなかったフィル・コリンズ。」はコチラ!

第十回「禊(みそぎ)のロバート・フリップ ーー噂の27枚組BOX『セイラーズ・テール 1970-1972』の正しい聴き方」はコチラ!

第十一回「ああロキシー・ミュージック(VIVA! ROXY MUSIC)前篇 --BOXを聴く前にブライアン・フェリーをおさらいしよう」 はコチラ!

第十二回 「ああロキシー・ミュージック(VIVA! ROXY MUSIC)後篇 --BOXを聴いて再認識する〈ポップ・アートとしてのロキシー・ミュージック〉」はコチラ!

第十三回 「今日もどこかでヒプノシス」はコチラ!

第十四回 「ピーター・バンクスはなぜ、再評価されないのか --〈星を旅する予言者〉の六回忌にあたって」はコチラ!

第十五回 「悪いひとじゃないんだけどねぇ……(遠い目)  ―― ビル・ブルフォードへのラブレターを『シームズ・ライク・ア・ライフタイム・アゴー 1977-1980』BOXに添えて」はコチラ!

第十六回 「グレッグ・レイク哀歌(エレジー)」はコチラ!

第十七回 「クリス・スクワイアとトレヴァー・ホーン -イエスの〈新作〉『FLY FROM HERE -RETURN TRIP』に想うこと- 前篇:スクワイアの巻」はコチラ!

第十八回 「クリス・スクワイアとトレヴァー・ホーン -イエスの〈新作〉『FLY FROM HERE-RETURN TRIP』に想うこと- 後篇:空を飛べたのはホーンの巻」はコチラ!

第十九回「どうしてジョン・ウェットンを好きになってしまったんだろう(三回忌カケレコスペシャルversion)」はコチラ!

第二十回「どうしてゴードン・ハスケルは不当評価されたのだろう ー前篇:幻の1995年インタヴュー発掘、ついでに8人クリムゾン来日公演評も。」はコチラ!

第二十一回「どうしてゴードン・ハスケルは不当評価されたのだろう -後篇:幻の1995年インタヴューを発掘したら、めぐる因果は糸車の〈酒の肴ロック〉」はコチラ!

YESの在庫

  • YES / HOUSE OF YES: LIVE FROM HOUSE OF BLUES (CD)

    99年10月、ハウス・オブ・ブルースでのライヴ音源、00年リリース

  • YES / MAGNIFICATION

    オーケストラを大々的にフィーチャーした01年作

  • YES / IN A WORD

    デビューからの足跡を網羅した55曲収録ヒストリー・ボックス、未発表音源含む、02年リリース

    • AMCY10042/6

      5枚組ボックス、豪華96頁ブックレット付き、帯元から無し、情報記載シール付仕様、定価10500

      盤質:傷あり

      状態:

      帯-

      レプリカ・ジャケット付(初回特典のオリジナル・シングル盤は付属していません)、情報記載シールなし

  • YES / FLY FROM HERE

    新ヴォーカルにベノワ・デイヴィッドを迎えた新生YES第一弾、11年作

  • YES / FRAGILE

    代表曲「ラウンドアバウト」「燃える朝焼け」を収録、71年作4th

    その構築的に練り上げられた楽曲と凄まじい演奏技術により、今なお多くのフォロワーを生み出しているイギリスのグループの71年作4th。その内容は次作「危機」と並ぶ、プログレッシブ・ロック史に留まらず70年代ロック史に残る屈指の大名盤であり、STRAWBSからキーボーディストRick Wakemanが加入、文字通り黄金期を迎えた彼らがトップバンドへと一気に飛躍する様が鮮明に残されています。まだ「危機」のような大作主義こそないものの、「ラウンドアバウト」「燃える朝焼け」など彼らの代表曲を収録。また今作から、その驚異的なエンジニアリング技術で彼らの複雑な楽曲製作に貢献することとなるEddie Offord、そしてその後のYESのトレードマークとなる幻想的なジャケット/ロゴを手がけるRoger Deanが参加、名盤の評価をより一層高めることとなります。

  • YES / CLOSE TO THE EDGE

    72年作5th、緊張感、幻想美、構築性、ダイナミズム、超絶技巧!これぞプログレと言うべき要素が詰まった超傑作!

    その構築的に練り上げられた楽曲と凄まじい演奏技術により、今なお多くのフォロワーを生み出しているイギリスのグループの72年作5th。その内容は前作「こわれもの」と並ぶ、プログレッシブ・ロック史に留まらず70年代ロック史に残る屈指の大名盤であり、20分近い表題曲をメインに据えたコンセプト・アルバムとなっています。Keith Emersonと人気を分かつRick Wakemanによる華麗なキーボード・オーケストレーション、カントリーからフラメンコまでを自在に操る個性派ギタリストSteve Howeの超絶プレイ、難解な哲学詞を伝えるハイトーン・ボーカリストJon Anderson、テクニカルでタイトなBill Brufordのドラム、そしてリッケンバッカーによる硬質なベースさばきを見せるChris Squire、今にも崩れそうな危ういバランスを保ちながら孤高の領域に踏み入れた、まさに「危機」の名に相応しい作品です。

  • YES / TALES FROM TOPOGRAPHIC OCEANS

    通算7作目、スタジオアルバムとしては6作目、壮大なスケールの大作4曲で構成された73年作

    その構築的に練り上げられた楽曲と凄まじい演奏技術により、今なお多くのフォロワーを生み出しているイギリスのグループの73年作。「こわれもの」「危機」で大きな成功を収めた彼らですが、本作は彼らが更なる高みを目指した1枚であり、Jon Andersonの宗教的なコンセプトをテーマに神秘的な雰囲気と独特の瞑想感、スペーシーな雰囲気で進行する良作です。全4曲から構成され、うち3曲は20分を超えると言う大作主義の極みのような作風は圧巻であり、Bill Brufordに代わりドラムにはAlan Whiteが初めて参加しているほか、Rick Wakemanは本作を最後に脱退。非常に複雑な構成から賛否両論のある1枚ですが、やはりその完成度に脱帽してしまう傑作です。

  • YES / YESSONGS

    72年アメリカ・ツアーから収録された圧巻のライヴ・アルバム!

    その構築的に練り上げられた楽曲と凄まじい演奏技術により、今なお多くのフォロワーを生み出しているイギリスのグループの73年ライブ作。名盤「Close To The Edge」を生み出した彼らの自信が感じられる名ライブ作であり、その内容はある種、スタジオ盤以上にファンを虜にしているほどです。もはやおなじみとなったストラビンスキーの「火の鳥」でその幕を開け、「シべリアン・カートゥル」や「燃える朝焼け」「同志」「危機」と、「ラウンド・アバウト」と彼らの代表曲をたっぷりと収録。スタジオ作のクオリティーを完璧に再現するだけでなく、スタジオ作には無いドライブ感の詰まった超絶技巧、名演の数々は全ロックファン必聴です。

  • YES / RELAYER

    74年作、パトリック・モラーツが参加した唯一のオリジナル・アルバム、「こわれもの」「危機」と並ぶ代表作!

    その構築的に練り上げられた楽曲と凄まじい演奏技術により、今なお多くのフォロワーを生み出しているイギリスのグループの74年作7th。「こわれもの」「危機」で大きな成功を収めた彼らですが、前作「海洋地形学の物語」でキーボードのRick Wakemanが脱退、後任にはRefugeeの技巧派Patrick Morazが加入しています。その内容はPatrick Morazの参加によってラテン・ジャズ、そして即興色が加味され、超絶なインタープレイの応酬で畳み掛けるハイテンションな名盤であり、「サウンド・チェイサー」ではインドネシアのケチャも取り入れるなど、深化した彼らの音楽性が伺えます。もちろん彼ららしい構築的なアンサンブルも健在であり、大曲「錯乱の扉」の一糸乱れぬ変拍子の嵐など、バンドのポテンシャルの高さが伺えます。大きな成功を経て円熟期に入った彼らを象徴する1枚です。

  • YES / GOING FOR THE ONE

    屈指の人気曲「Awaken」収録の77年作8th、ジャケットはヒプノシス

    その構築的に練り上げられた楽曲と凄まじい演奏技術により、今なお多くのフォロワーを生み出しているイギリスのグループの77年作。前作「Relayer」でRick Wakemanに代わりテクニカルなプレイを見せたPatrick Morazが脱退しRick Wakemanが再加入した作品となっています。それに伴い、Patrick Morazの即興色やジャズ色が影響した前作に比べてRick Wakeman色がバンドに再び彩りを与え、シンフォニック然としたアプローチが復活。YESらしい個性が再び芽吹いた1枚と言えるでしょう。加えて、非常にポップな印象を与える作風へとサウンドが変化しており、Doger Deanの幻想的なアートワークからHipgnosisの現実的なアートワークへの移行が興味深い作品となっています。

  • YES / TORMATO

    コンパクトな楽曲の中にYESらしさが発揮された78年作9th

    パンク、ニュー・ウェイブ全盛期の中リリースされた78年9作目。大作主義は鳴りを潜め、10分以下の小曲で構成されているほか、音も時代を反映してそれまでよりもかなり煌びやかでポップなものになっています。とはいえ開放感のある瑞々しいメロディや、各楽器が緻密にメロディを奏でていくアンサンブルの構築性は流石のYESと言ったところ。多様な音色を駆使し、生き生きとフレーズを弾きまくるウェイクマンのキーボード。自由奔放かつ繊細さ溢れるハウのギター。地に足のついたスクワイアのベース、タイトかつ柔軟さのあるホワイトのドラム。そこへアンダーソンのヴォーカルが次から次へとメロディを紡ぎ出す、有無を言わせぬ怒涛のプログレッシヴ・ポップ・サウンドは彼らでなければ生み出し得ないものでしょう。「Release Release」など本作を象徴する1stや2ndに入っていそうなスピーディーでストレートなロック・ナンバーも魅力ですが、白眉は「On The Silent Wings of Freedom」。前作『Going For The One』で聴かせた天上を駆けるような夢想的なサウンドと、「ロック」の引き締まったビートが理想的に共存した名曲に仕上がっています。スタイルは変われどもYESらしさは満点と言っていい好盤。

  • YES / DRAMA

    バグルスのトレヴァー・ホーン&ジェフ・ダウンズが加入し制作された80年作

  • YES / YESSHOWS

    80年リリースのライヴアルバム、「イエスソングス」に劣らぬ名演の数々を収録

  • YES / BIG GENERATOR

    87年作

  • YES / YESSTORY

    91年編集、18曲収録ベスト盤

  • YES / OPEN YOUR EYES

    新たなメンバーにビリー・シャーウッドを迎え制作された97年作

  • YES / LADDER

    99年作

  • YES / YES TODAY

    17曲入りコンピレーション

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FLASHの在庫

  • FLASH / FLASH

    元YESのギタリストPeter Banks率いるグループ、72年作、爽快な英プログレ・ハードの名作

    元YESのギタリストPeter Banksが、同じく元YESのTony Kayeなどと組んだグループ。とにかく疾走感いっぱいのリズムが気持ちよく、その上をPeter Banksのスリリングかつキャッチーなギターが勢いよく駆け抜けていきます。Ray Bennettのベースも聴き所で、ゴリゴリとドライヴ感いっぱいのベースはChris Squireに負けないぐらい魅力的。ヌケの良いハイ・トーンのヴォーカルとPILOTなど英ポップ勢にも通ずるメロディも最高!シングルにもなった1曲目「Small Beginnings」は、突き抜けたドライヴ感、キャッチーなメロディ、強引なほどアグレッシヴな展開など、彼らの魅力がすべて詰まった代表曲で、インパクトあるジャケットに負けない爽快な名曲!

  • FLASH / IN THE CAN

    YESの初代ギタリスト、ピーター・バンクス率いるグループ、バンクスのギタープレイが冴え渡る、72年作

    初代YESのギターPETER BANKS率いる英ロック・グループ。72年作2nd。1stより同じく元YESのTony Kayeが脱退。Peter Banksのドライヴ感いっぱいのギターとRay Bennettのゴリゴリと疾走感溢れるベースを一層フィーチャーし、突き抜けるアンサンブルで爽やかに駆け抜けます。10分以上の大曲を3曲収録しており、やはりYESを彷彿とさせる複雑かつスピーディーな展開が聴き所。キャッチーなヴォーカル&メロディは1stと変わらず魅力的。初期YESのファンはもちろん、PILOTあたりのファンも気に入るでしょう。

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BADGERの在庫

  • BADGER / ONE LIVE BADGER

    イエスの初代キーボード奏者Tony Kayeによるグループ、アグレッシヴなブルーズ・ハードを展開、73年リリース作

    元YESのキーボーディストTony Kayeが中心となり結成されたイギリスのプログレッシブ・ロックグループの72年デビュー作。デビュー作にしてライブ作という異色の内容となっており、当時彼らが前座を務めていた「YESSONGS」レコーディング前のYESの機材をJon Andersonの提案によって使い、ライブ録音が行われました。その内容はブルージーなギターワークとTony Kayeのオルガン、メロトロンで聴かせるブリティッシュ・ハード・ロックであり、ライブ作と言うこともあって強烈なドライブ感あるダイナミックなサウンドが収録されています。

  • BADGER / WHITE LADY

    74年2nd、ジェフ・ベック、ブリン・ハワース参加、アラン・トゥーサンのプロデュースによる英ホワイト・ソウルの旨味たっぷりの逸品!

    3rdまでの初期イエスのKey奏者トニー・ケイが結成したグループ。74年作の2nd。1stからトニー・ケイとドラマー以外のメンバーが代わっており、注目は、APPLEからソロ作をリリースしたことで知られるJackie Lomaxの参加。他には、元STEALERS WHEELのギタリストPaul Pilnickが参加しています。なんとアラン・トゥーサンのプロデュースで、録音もニューオーリンズ。作曲も全曲Jackie Lomaxの参加で、米南部色溢れるファンキーなホワイト・ソウルに変化しています。イエスつながりでこの作品を聴いたプログレ・ファンには不評だったようですが、ホワイト・ソウル・バンドで聴くと、曲は良いし、演奏も歌声も旨味たっぷり。ファンキーだけどカラッとしないでどこか哀愁が滲むグルーヴ感が良いし、くすんだオルガンの音色はブリティッシュだし、Jackieのヴォーカルもソウルフルな中に憂いがありグッとくるし、メロディも英国らしい陰影いっぱいで泣けます。ゲストも注目で、英スワンプの名作を残した名スライド・ギター&SSWのBryn Haworthに加え、なんとタイトル・トラックでJeff Beckが参加(さすがの切れ味)!改めて評価されるべき愛すべきニッチな名品です。

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DAVID BOWIEの在庫

  • DAVID BOWIE / ALL SAINTS COLLECTED INSTRUMENTALS 1977-1999

    77-99年期に発表したインストナンバーを編集したコンピレーション、全16曲

  • DAVID BOWIE / HEATHEN

    02年リリースの快心作!

    • SICP153/4

      デジパック仕様、ボーナス・ディスク付きの2枚組、ボーナス・トラック収録、定価3150

      盤質:傷あり

      状態:並

      帯無

      帯無、カビあり

      690円

      552円
      (税込596円)

      149円お得!


      CD詳細ページへ

  • DAVID BOWIE / NEXT DAY

    前作『REALITY』以来10年ぶりのリリースとなった2013年作

  • DAVID BOWIE / ZIGGY STARDUST

    72年発表の第5作、「地球に落ちてきた男」ジギーを渾身のパフォーマンスで演じきった、ロック史に燦然と輝く大名盤!

    72年5th。地球にやって来た異星人「ジギー」がロック・スターとして成功し、やがて没落していくストーリーを描いたロック・ミュージカル風の作品。SF的コンセプトを彩る楽曲全てが素晴らしく、実にキャッチーでドラマティック。厳かなピアノにシアトリカルなヴォーカルで、架空の世界に一気に引き込まれるオープニングの「Five Years」、アコギのイントロ、控えめなヴォーカルからメロディアスなサビで盛り上がる「Star Man」、軽快なロックンロールナンバー「Hang On To Yourself」、ミック・ロンソンの力強いギターリフがドラマティックな「Ziggy Stardust」と、ボウイの抜群のメロディーセンスが全てに発揮されています。グラム・ロックの頂点に立ち、ロック史においても燦然と輝く名盤。

  • DAVID BOWIE / ALADDIN SANE

    従来のキレのいいロック・サウンドにアーティスティックな感性が加味された73年作、マイク・ガーソンによる緊張感みなぎるピアノが鮮烈!

  • DAVID BOWIE / PIN UPS

    自身が影響を受けた60sナンバーをカヴァーした73年作

  • DAVID BOWIE / DAVID LIVE

    74年ダイアモンド・ドッグス・ツアーを収録したボウイ初のライヴ・アルバム、21曲

  • DAVID BOWIE / STATION TO STATION

    76年リリース、BOWIE流ソウル・ミュージックの完成形!

  • DAVID BOWIE / SCARY MONSTERS

    ロバート・フリップ参加の80年作

  • DAVID BOWIE / LET’S DANCE

    ポップスター宣言と言える83年のヒット作

  • DAVID BOWIE / TONIGHT

    盟友イギー・ポップやティナ・ターナーとのデュエットを収録した84年作

  • DAVID BOWIE / CHANGESBOWIE

    90年リリースの編集盤、全18曲、「FAME 90remix」「BLUEJEAN」など収録

  • DAVID BOWIE / STAGE

    78年の全米ツアーを収録、「ベルリン3部作」を中心としたセットリスト、全18曲

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BADFINGERの在庫

  • BADFINGER / MAGIC CHRISTIAN MUSIC

    Paul McCartney提供「Come And Get It」収録、BEATLESを彷彿とさせる高品質ポップ・ナンバーが満載の70年作1st

    BEATLESの弟分としてアップル・レコードよりデビューしたグループ。前身のIVEYS時代の楽曲を中心に、Paul McCartneyが提供した「Come And Get It」をフィーチャーした70年のデビュー作。ポールらしさ全開のノスタルジックなポップ・ナンバー「Come And Get It」をはじめ、元祖パワー・ポップと言えるエネルギッシュなナンバー、キャッチーなコーラスが魅力のポップなナンバーなど、ビートリッシュなメロディとセンチメンタリズムが胸を打つ佳曲がずらり。ジェントリーな雰囲気を醸し出すTony Viscontiのストリングス・アレンジもまた聴き所です。ビートルズの遺伝子を受け継ぐバンドの筆頭格!

  • BADFINGER / DAY AFTER DAY LIVE

    人気絶頂期の74年ライヴ

  • BADFINGER / BEST OF

    21曲入りベスト

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