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「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう@カケハシ」 第十五回 悪いひとじゃないんだけどねぇ……(遠い目)  ―― ビル・ブルフォードへのラブレターを『シームズ・ライク・ア・ライフタイム・アゴー 1977-1980』BOXに添えて 文・市川哲史

第十五回: 悪いひとじゃないんだけどねぇ……(遠い目)

ビル・ブルフォードへのラブレターを『シームズ・ライク・ア・ライフタイム・アゴー 1977-1980』BOXに添えて

1991年12月。自ら率いるブリティッシュ・ジャズ・グループ《アースワークス》公演で来日したビル・ブルフォードに、私は初めてインタヴューした。まあ、これがとことん面倒くさい男だったのだ。

よく考えたら日本人プログレッシャーたちが、彼を頭(ず)に乗せてしまったのかもしれない。イエスやクリムゾンやUKのみならず、ビルブル個人に対する大袈裟過ぎる妄信的なリスペクトっぷりが、焼け野原の進駐軍レヴェルで彼を心地好くさせてきた。

だって1985年の《ブルフォード/モラーツ》公演のときも、このアースワークスのときも、実は非プログレでハードルの高い内容だったのにお客さんが勝手に出来上がっちゃってるのだから、楽なもんだったろう。

基本的には相変わらずの〈♪すとろろろすとろろろトコツトツツツトンたたんたたたん〉太鼓で、あのリム・ショット的な圧のあるスネアの音が畳みかける独特のストロークを含め、とにかく黒人音楽系のグルーヴを一切感じさせないスタイルは、まさに孤高だ。

だからいくらアースワークスのライヴでも、随所でクリムゾン的なストロークが顔を出すわけで、その都度感嘆のため息を漏らし、「動いてるぞ」「喋ったぞ」と懐かしい『伝染るんです』の台詞のような感想を本能的に口走る、超満員のプログレッシャーたちが怖かった憶えがある。

でインタヴュー当日、ホテルの指定された部屋に入り目を合わせた瞬間に、「この男とは合わない」と思った。私の被害妄想でもなんでもなく、こいつは「日本人にロックやジャズを話したって理解できるわけねえもんな」という目つきで蔑んでたし、取材後相棒の〈米西海岸男なのにプログレ好き〉通訳も、私の勘を肯定した。

ちなみに3年後、無事に参画できたクリムゾンの英ロイヤル・アルバート・ホール公演の際に再会したら、まだ新参者のパット・マステロットに「また三年ごとにこいつに逢わなきゃいけないかと思うと、嫌になるぞ」と、私に聞こえるようなひそひそ声で紹介してくれたビルブルである。この鬼畜米英。

2012年に出版された、『ビル・ブルーフォード自伝 イエスとキング・クリムゾンを叩いた男(日興企画)』を読むと、ビルブルが無類の取材嫌いだったことがよくわかる。なにせ〈鈍感な奴でさえ気づくに違いない皮肉に満ちたちょっとしたユーモアと、熱意を持って応えてるフリをしながら質問を上手くさばく〉のが、彼がインタヴューを受ける際のルーティンだそうだから。

しかも、〈日本人プレスは来日中の外国人アーティストへの批判的な反応を、「失礼にあたるかもしれない」との理由から、彼らの雑誌の記事は「これをレコーディングしました」「ここで演奏しました」「帰っていきました」「チケット・セールスはこうでした」という、単なるスケジュール・リストに過ぎない〉らしい。どこのどいつだ、これだけジョンブル野郎にナメられる糞原稿を書いた日本人メディアは。
ふん。でも私を嫌いな理由は他にもあるんだろおい。


とはいえ当時ビルブラが置かれていた状況は、かなりヘヴィーだった。

例のWトリオ編成の《再々々結成キング・クリムゾン》と例の《8人イエス》世界ツアーから呼ばれるのを密かに熱望してたのに、なしのつぶてで針の筵(むしろ)。

それでもクリムソン確定と当時噂されてたジェリー・マロッタを、「あー彼じゃ1週間すらもたないなー並大抵じゃない忍耐力を備えてなきゃロバートとは演っていけないなー」と鼻で笑い、8人イエスにおける相方アラン・ホワイトに至っては、以下のごとくこき下ろした。

ビルブル ブランドX(~ジェネシス)ではフィル・コリンズと、クリムゾンではジェイミー・ミューアと叩いただろ? だけどあのイエスじゃ……ま、やっぱりアランは好きなように叩くだけで、あまり僕に合わせるなんてことはしないな。だから、いつも彼が叩いてる周りを僕が叩いてやってる感じだよ。アランが肉とポテトなら、僕はソースってとこかな。ふん。



屈辱感によるセンシティヴな状況がシニカルに攻撃的に展開してしまうとこが、やはり彼らしい。ただし私にとっては、精神的に不安定ないまだからこそビルブルの本音につけ込む千載一遇の大チャンスだったのだ。

事実、彼の基本的なスタンスというか、ドラマーとしての矜持がはっきり窺えた邂逅ではあった。

市川 現在の主戦場はあくまでもジャズ、なんですかね。

ビルブル 僕はロックからジャズへの移行を、確実に推し進めている。でも僕にしてみれば<単なる音楽である>という意識しかない。ジャズかロックかなんて関係ないけど、しかしレーベルにとってはすごく重要な違いなのさ。だから彼らの視点に立たない限り、音楽は〈ある決まった何か〉にはならないね。僕は〈単に大きな一つの混ぜ物〉が音楽だと思ってるし、それが好きなのさ。アースワークスにだってロックはあるし、キング・クリムゾンにだってジャズはあった。いつだってそういうものだし、ミュージシャンとは自分の関心の赴くままに演奏してるだけの話なのだよ。ふん。

市川 (かっちーん)そもそもはジャズ・ドラマーを目指す中坊だったんでしょ。

ビルブル まあな(醒笑)。でも1968年当時の英国は、ジミヘンやジャニスやエマーソン、イエスにクリムゾンと、ジャズ・ドラマーよりロック・ドラマーを演ってた方がずっと刺激があって、面白かった。だけどクリムゾンが1984年に解散した瞬間に、ロックというフィールドの中で僕が好きにドラムを叩ける時代も終わってしまったわけだ。

市川 あ、わかるような気がします。

ビルブル 音楽産業はやたら偏狭になり、ロックは退屈になり、ロックバンドひとつ続けるにもお金が山ほど必要になった。ドラマーは誰もが同じリズムを叩くだけか、マシーンを使うだけになってしまった――そういう環境の中では僕にやれることなんて、何も失くなってしまったよ。それでいま若手が活発な、ジャズを演ることにした。ふ。

市川 非常にあなたらしいというか、とても職人らしい展開ですけど、なぜそこまでロックに絶望していながら8人イエスに参加したんですかね。イエスとアースワークスじゃ、<現実>と<理想>以上に乖離してませんか。

ビルブル 役者稼業と一緒だよ(鼻笑)。ハリウッドで超有名俳優として映画出演する一方で、英国に戻ってはシェイクスピア物を舞台で演るのと同じさ。後者は特に稼ぎにもならないけど、本当の演技をして自分の技の極みまで演技することができるだろ。でもハリウッド映画だって、シェイクスピア物演ってる間の諸経費を全部賄ってくれるだけのイイ金にはなるから、好きだ(←きっぱり)。持ちつ持たれつさ。だからそういう理由で、僕はイエスにいたいね(←あっさり)。

市川 うわ。とことんシビアな理由ですなぁ。要はイエスには音楽的魅力を何も感じない、と。

ビルブル 特にやりたいことじゃないな。でもアレはアレで魅力はあるのさ。しかも一時的なバンドでしかないんだからさ――どうしても見返りの方が欠点に勝ってしまうわけだ。それだけのことだな(不遜笑)。

市川 じゃああなたの自尊心は暴発なんかしない、と。

ビルブル 自尊心! は! そんなもの感じている暇なんかないさ。こっちはサバイバルできるかどうかなんだ。このレコード業界で、クリエイティヴなドラマーであり続けることがどれだけ困難か、おまえは全然わかってないな。現在流通するレコードの99%のドラムは単調で退屈なだけ、人間でもマシーンでも叩けるさ。その残りの1%だけがクリエイティヴなんだよ。だから僕は、とにかくまずこの業界で食ってくことから考えなきゃならないわけだ。自尊心? そんなもの駄目だ(失笑)。僕のエゴがどうこうなんて、取るに足らない問題なのさ。ふん。

市川 あのー、開き直ってませんか。

ビルブル ……あのさ、音楽業界で真剣に生き続けたいとなると、それなりに柔軟性というものも要求されるわけでね。頑固な大樹になっても、突風になぎ倒されるだけなんだ。でもある程度柔軟にやりすごせれば、自分がやりたいことやるのも不可能ではない。それがアースワークスなんだよ。しかしこれをやるには、それなりの技術と努力が要求される。しかもジャズでヴォーカルもいないから、レコード会社は全く興味を持ってくれない。となると、他の場面でそれなりの柔軟性を余儀なくされるよな? そういった術を見つけられたおかげで、僕は20年経った現在もこうして活動を続けてこられたわけだ。



達観なのか諦観なのか、ここまであからさまに<お仕事モード>を宣言されると、清清しさすら憶える。ちなみに前述した、この3年後の〈Wトリオ〉クリムゾン時代にロンドンで再会したビルブルは、さらにアグレッシヴな大不遜野郎に進化していたのであった。
進化じゃねえって。

市川 どうですかね、マステロットとのWドラムの相性は。

ビルブル パットのスタイルは僕のとはだいぶ違うし、二名のドラマーが一体化するにはタイミングや相手の特性をよく呑み込むことが肝要だからな。

市川 あなたの場合はクリムゾンでジェイミー・ミューア、8人イエスでアラン・ホワイトと過去にWドラム経験があるから、昔とった杵柄というか。

ビルブル パットは口から血をだらだら垂らさない――ジェイミーはいつでも血を吐けるように、カプセルを口に含んで狼の毛皮を着てた。そしてPAによじ登りまくってたんだけどな。

マステロット あ、僕は菜食主義者ですから。あと高所恐怖症だし。

市川 あのねぇ。

ビルブル ある面では、ロバートとエイドリアン(・ブリュー)が1980年に初めて一緒にプレイしたときの様子に倣った――中間点に落ち着けるという。あのな、ドラミングの歴史からいっても多人数で叩くのが、本来の在り方だ。僕自身も大勢で叩く太鼓の音が好きさ。ただ……アランとのWドラムは窮屈だったよ、とにかく自分のスタイルを頑なに変えない奴だから(←能面)。

市川 わははは。

ビルブル しかも音は馬鹿デカくて、近くに寄ると心臓発作が起きそうだ。つまり、あの手の〈これがロックだ!〉ドラミングは問題ありなのさ。ある程度は融通を利かすくらいの配慮を持たないとな、人間として。だから僕は、6週間でイエスに辞表を提出した。はは。

市川 でも、築き上げたエレクトロニック・パーカッション・パットの壁を、直立したまま鮮やかなダンスの振付のように叩いて見せてたあなたは、〈普通のドラム・セット〉のホワイトを明らかに見下してましたけども。

ビルブル まあな(邪悪笑)。



性根が腐ってる。しかしこんなビルブルでも三年前は、復活クリムゾンにお呼びがかからない自らの境遇を呪ってネガ野郎と化してたわけで、やはり人間とは打たれ弱い生きものなのだろうと思う。

市川 クリムゾンに見放され憔悴してたあの姿は、どこにいったんですかい。

ビルブル あのときは寝耳に水だったからな。あの時点で「ロバートは僕のドラムをもう必要ないと考えてる」と認識した。だがクリムゾンに関して唯一確実なのは、何一つ確実なことはないという事実なのさ――明日解散して来週の木曜にはまた、再結成するかもしれない。それでも少なくともいまのところは、僕がまだクリムゾンに一枚噛んでいられてるようだし。そうでなくなるときまではな。くく。そこはロバート次第だ。

市川 なんかクリムゾンを達観しちゃってませんか、ここにきて。

ビルブル そう、かつてのクリムゾンとの相違点を一つ挙げるとするなら、いまじゃこのバンドはロバートが全ての商業面と創作面をコントロールしてるということ。これまではまがりなりにも民主主義と呼べる体制だったけど、現在では間違いなくロバートのバンドであり、止めるも続けるも彼の一存による。ま、別にそれでいいんだけど(虚無笑)。

市川 かつて『危機』の印税から迷惑料代わりの弁償金から払ってまでもイエスを脱退して加入した、ほぼ駆け落ち相手だったはずのクリムゾンが――なんかせつないですわ。

ビルブル でもまあ人生、不思議な具合に進むものさ。文句はないな。与えられたマテリアルに応じて作業するのに、僕は慣れてるから。もしも「ハイハットとシンバルだけ使って、タムタムには一切触れるな」と言われたら、そのとおりできるし――実際ロバートにそう指示されたこともあるしな。はは。



ロンドンには珍しい明るい陽射しの下、このとき私は少しだけ、こんな不遜野郎の心に寄り添えたような気がしたのだ。

市川 あなたとフリップの異様な緊張関係を、私も含めメンバーの誰もが指摘し不安に感じてますけど……大丈夫ですか。

ビルブル たしかに過去にはいろいろあったが……いや、何も問題はないな。僕は求められた事柄なら何でも、自分のポテンシャルの限りを尽くすことで満足しているから。常に(醒笑)。ま、現在のクリムゾンも6人とも我の強いバンドではあるけど――日本人には無理だろうね。

市川 へ?

ビルブル ふふ。僕ら西洋人はこういう状況をどう扱うかということに対して、特定のアイディアを持ってるんだよ――個人の自己主張と公益のバランスをいかに上手く保つか、な(蔑笑)。

市川 かっちーん。



たとえ一瞬でもつい、情にほだされちゃった私の馬鹿馬鹿馬鹿。

そんなド無礼な男であっても、2009年1月1日以降のライヴ活動停止を宣言したビルブルには当時、不覚にも泣きそうになった。33本もホームランを打ちながら「自分のバッティングができなくなった」とバットを置いた王貞治、的な潔い〈達人魂〉に男なら心揺さぶられるはずだ。
あ、プログレは女人禁制の日本相撲協会じゃないです。

ビルブルにとってのイエスとは〈『危機』を生むためのモラトリアム期間〉であり、ビルブルにとっての70年代クリムゾンとは〈『レッド』への回り道〉に過ぎないのだそうだ。同様に80年代『ディシプリン』クリムゾンと90年代『スラック』クリムゾンを〈支えた〉自負は激しく、「馬鹿米国人」エイドリアン・ブリュー提案のあまりに非ドラム的なVドラムス導入に腹を立て、呆気なくクリムゾンに永遠の見切りをつけた。

ストイックといえばそれまでだが、その一方で生活費と運転資金を稼ぐために嫌な仕事でも黙々と、もといぶつぶつ嫌味を言いながら、しかも数もこなす姿は美しい。不遜な分だけ微笑ましいではないか。

そういう意味でも、私の好きなブルフォード作品は1997年ラルフ・タウナー&エディ・ゴメスとの共演盤『夏の幻影』だったりする。私のようなプログレッシャーでも心地好い〈ジャズ寄り〉アルバムだから、安心だ。しかもアコースティック・ドラムへの移行期なだけに、あのシモンズが〈生音(!)〉的に使われてて斬新でもあるし。

悪態さえつかなきゃ素敵な太鼓男なのになぁビルブル。

そしてもう一枚ぐっとくるのが、自身初のリーダーズ・バンド《ブルフォード》1979年発表の1stアルバム『ワン・オブ・ア・カインド』。それまでのイエスやクリムゾンで散々叩きあげてきたにもかかわらず、やたら素直すぎて――青い。

そう、〈遅れてきた青春アルバム〉だったのだ、『ワン・オブ・ア・カインド』は。

昨年10月に編まれたブルフォード名義の6CD+2DVD-Aボックスセット『シームズ・ライク・ア・ライフタイム・アゴー 1977-1980』は、全世界2000セット限定だったにもかかわらず日本では発売直後から欠品状態が続いたほど、予想外に売れた。

その内容は、唯一のソロ作『フィールズ・グッド・トゥ・ミー(以下FGTM)』+ブルフォード全作品『ワン・オブ・ア・カインド(以下OOAK)』『ザ・ブルーフォード・テープス』『グラデュアリー・ゴーイング・トルネード』の公式4作品に、未発表ライヴ盤『ライヴ・アット・ザ・ヴェニュー 1980』と幻の4thアルバム用リハ音源集『4thアルバム・リハーサル・セッション1980』と、純正感が半端ない。正直『ヴェニュー』の音質はかなり劣るし、リハ音源はビルブル&デイヴ・スチュワートによる音合わせレヴェルだから、好き者しか愉しめないだろうな。

それでも『FGTM』と『OOAK』の、ビルブル本人&現クリムゾンのジャッコ・ジャクスジクによる新規ステレオ/サラウンド・ミックス音源は、制作時の初々しさがさらに純化された感があって、ぐっとくる。

基本的に両作品ともメンツは、ビルブル+デイヴ・スチュワート+アラン・ホールズワース+ジェフ・バーリンの達者だらけ――要は《ブルフォードそのもの》である。しかもビルブラとホールズワースは、実はデビュー・アルバム『憂国の四士』が好評で全米ブレイクの道筋が見え始めてたUKを「音楽に対する価値観の相違」から辞めちゃってる〈変わり者〉だけに、特に脱退直後に制作された『OOAK』は愚直なまでに純粋なのだ。

ホールズワースの音色は個人的にあまり好きではないけれど、〈いまの自分たちが奏でらなければならない音楽〉を一切の邪念なく演奏してるのであろうアンサンブルは、まさに青春の蹉跌に他なるまい。《フュージョン版UK》と言えなくもないが、徹底したテクニック至上主義はいま聴いても青くて恥ずかしくて、素敵だと思う。

現役引退後、ビルブルは自分のことを〈実利的なロマンチスト〉と評している。つまり、自分が奏でなければならない音楽を演奏するためならば、それ以外の場面ではいくらでも妥協できる男なわけだ。そんなの人並外れた強靭な意志を持ち続けなければ、とても貫徹できない芸当である。

だからABWHだろうと8人イエスだろうとジェネシスのツアー・ドラマーだろうと、『シンフォニック・イエス』『古代宇宙人の謎』『ピーターと狼』『HQ』『FLASH FEARLESS VS THE ZORG WOMEN PARTS 5 & 6』『SCORPIO : ASTRAL SOUNDS』『条件反射』渡辺香津美に杏里などのレコーディング・セッションだろうと、ギャラさえ担保されたらどんな〈ビルブル自身にとってはドブ仕事〉でも、引き受けることができた。

口ではあらゆることを罵りながら、だけど。

私は彼のストレスのはけ口だったのだろうか。

フリップの勝手による70年代クリムゾン〈寝耳に水〉解散で、翌日以降のスケジュールが一切失くなれば、そりゃどんな仕事だって演るさ。ようやく実現した理想のバンドだったはずのブルフォードが、ツアーの赤字やレコーディング費用の増大による債務超過という経済的事情で解散を余儀なくされたら、そりゃド素人とだってドラム叩くさ。

今回のボックスも含め現在ビルブルのカタログは、自ら主宰する《サマーフォールド/ウィンターフォールド・レコーズ》が管理している。《EG》が勝手に作品を譲渡した《ヴァージン/EMI》相手に、かつてのフリップ同様にビルブルも法的措置を講じた結果である。
「僕の自慢の種であるほんの些細なレーベル」との言葉通りで、このレーベルの商品はプレスCDではなくCD-Rだったりする。ボックスも価格のわりに簡素だし。そういう意味では誰がどう見ても小規模ビジネスではあるけれど、この手づくり感にビルブルの音楽的正義が支えられてるのなら、幸せな話じゃないか。

あ、想い出した。
ビルブル初の個人作品『フィールズ・グッド・トゥ・ミー』の1曲目は、“ベルゼゼブ”。初めて作曲したとは思えない、かなり緻密に作り込まれた複雑怪奇なインスト曲で、〈とてもビル・ブルフォードっぽい〉的な形容詞がよく似合う。
ちなみにドラムが爆発的に恰好いいこの楽曲のイントロは前年の1976年、未遂に終わったビルブル+ウェットン+ウェイクマン幻のスーパー・トリオ《ブルドッグ》のリハ中に、ウェイクマンの助言を得て書いたフレーズらしい。
いろんな意味で〈ビル・ブルフォードとしての出発点〉に相応しいエピソードだと思う。

試聴 Click!

しかし私はこの単語を14年後の1991年秋、意外な人物の口から聞いたことがあったんだった。そう、初の4CDアンソロジーBOX『紅伝説』を完成させたばかりの、ロバート・フリップその人である。

市川 そもそも《キング・クリムゾン》というブランド名に対して、あなたが持っているイメージはどういうものなんでしょう。

フリップ キング・クリムゾンの同義語というべき単語が一つある。それは《ベルゼゼブ》だ。

市川 へ?

フリップ 《ベルゼゼブ》だよ、ちなみにスペルはB-E-E-L-Z-E-B-U-Bだ。この単語をきみは知っていたかね。

市川 すいません生粋の日本人なもんですからなにぶん。

フリップ 残念だね。英語では、【悪霊界の王子】を意味する。これはアラビア語の《ビアルザバブ》が英語化したもので、本来の意味は【目的を持った者】を指す。そしてキング・クリムゾンのアイデンティティーとは【目的そのもの】であり、【目的の追求】であり、そして【目的を持った者】であることなのだ。

市川 はあ。



思えば私とフリップ卿の「私のとは違うね」問答は、〈日英・水と油エンタテインメント〉として90年代以降ずっと、ひたすらその精度を上げていった。何の因果か。すると拙著『どうしてプログレを好きになってしまったんだろう』の読者の方から、まさに言い得て妙な形容をいただくに至った。

(前略)Fripp氏の論理的な答え方が、昔チェスタトンが言っていた「余計な來雑物を省いて純粋に論理のみの思考形態になった状態を、〈狂気〉という」という言葉を思い出させる回答が多くて笑えました。(原文ママ)

はた(←膝を叩いた音)。そうなんですわ、問答の醍醐味をご理解いただけてありがたい。

というかビルブルとフリップ卿はたぶん、本物の近親憎悪である。等しく両者からやたら絡まれ続けてきた私が言うのだから、間違いない。





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  • BRUFORD / ONE OF A KIND

    79年リリースの傑作2nd、メンバーは前作同様デイヴ・スチュワート/アラン・ホールズワース/ジェフ・バーリン

    「FEELS GOOD TO ME」に続き、デイヴ・スチュワート、アラン・ホールズワース、ジェフ・バーリンと共に作り上げたジャズ・ロックの傑作。79年作。

  • BRUFORD / GRADUALLY GOING TORNADO

    80年作、終始スリリングなフレーズで圧倒するテクニカル・ジャズ・ロックの名作!

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  • U.K. / CONCERT CLASSICS VOLUME 4

    1st録音時のメンバーによる78年公演を収録したライヴ作、黄金メンバーによる2nd収録曲の演奏が聴きどころ!

  • U.K. / U.K.

    英国プログレのトップ・ミュージシャンたちが集結したスーパーグループ、クリムゾンの緊密なテンションとイエスの雄大なファンタジーを合わせたような78年発表1st!

    KING CRIMSONで製作を共にしたJohn WettonとBill Brufordが、インプロヴィゼーション主体のキーボード・ロックグループを画策し、ROXY MUSICでの交流からEddie Jobson、そしてJohn Wettonのソロ作に参加したAllan Holdsworthを迎えて結成されたスーパー・バンドの78年デビュー作。プログレッシブ・ロックが確実に衰退していく中でリリースされた傑作であり、John Wettonのポップ志向とBill Brufordのジャズ・ロック的な躍動感、Allan Holdsworthの技巧とEddie Jobsonの奔放できらびやかなサウンドが結集した作品であり、プログレッシブ・ロック復興を賭けた傑作です。

  • U.K. / DANGER MONEY

    BILL BRUFORDとALLAN HOLDSWORTHが抜け、新たにザッパバンド出身のドラマーTERRY BOZZIOが加入した79年2nd、前作よりも緊張感が和らぎ、ウェットンの伸びやかなヴォーカルに主軸を置いたメロディアスな作風で聴かせます

    KING CRIMSONで製作を共にしたJohn WettonとBill Brufordが、インプロヴィゼーション主体のキーボード・ロックグループを画策し、ROXY MUSICでの交流からEddie Jobson、そしてJohn Wettonのソロ作に参加したAllan Holdsworthを迎えて結成されたスーパー・バンドの79年2nd。Bill BrufordとAllan Holdsworthが脱退し、Terry Bozzioをドラムに加えた作品であり、本来John Wettonが目指していた、キーボードを中心としたEL&Pトリオ編成でリリースされた作品であり、John Wettonのポップな音楽性はそのままにEddie Jobsonのキーボードがフューチャーされたキーボード・ロックの名盤となっています。

  • U.K. / NIGHT AFTER NIGHT

    「デンジャー・マネー」制作時のトリオ編成による79年来日公演を収録

    KING CRIMSONで製作を共にしたJohn WettonとBill Brufordが、インプロヴィゼーション主体のキーボード・ロックグループを画策し、ROXY MUSICでの交流からEddie Jobson、そしてJohn Wettonのソロ作に参加したAllan Holdsworthを迎えて結成されたスーパー・バンドの79年ライブ作。キーボード・トリオ編成となった彼らの日本でのライブを収録した作品であり、デビュー作から4曲、2ndから3曲、そして新曲2曲で構成されています。プログレッシブ・ロックに熱心であった日本のファンの前で演奏される彼らの代表曲はどれもダイナミックな素晴らしいものであり、プログレッシブ・ロック史上に残る名ライブ作と言えるでしょう。

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