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ウッドストック・フェスティバルを作り上げた男、マイケル・ラング

“攻め続けるんだ、動き続けるんだ、一歩さがって冷静な頭で考えるんだ、そして自分の直感を信じろ”  (注1)

ウッドストック・フェスティバルは、一人の青年の夢から始まりました。

その名は、マイケル・ラング Michael Lang

今回は、マイケルがどのようにウッドストック・フェスティバルを開催するに至ったのか、ひも解いていきたいと思います。

1944年12月11日、マイケル・ラングはニューヨーク洲ブルックリンに生まれます。

エルビス・プレスリーやバディ・ホリーなどのロックンロールに影響を受けたマイケルは、12歳でロック・バンドのドラマーで活動。
当時合法だったLSDを使いながら、クラシックやジャズ、インド音楽、サイケデリック・ミュージックを聴き漁ったり、フォーク・シーンただ中のグリニッジ・ヴィレッジでボブ・ディラン、フィル・オクス、フレッド・ニールなどの演奏を浴びるように聴いたりと、音楽に夢中な10代を過ごします。

65年に大学を辞めたマイケルは、フロリダ州マイアミのココナッツ・グローヴでヘッド・ショップを開きます。
ヘッド・ショップとは、ヒッピーご用達の雑貨店、というような意味合いで、カウンターカルチャーに根ざした商売です。
マリファナやタバコの用品や衣類、サイケデリックアートのグッズなどが売られていました。

(写真はサンフランシスコのヘッド・ショップです)

(↑サイケデリック・アートの美術家、ピーター・マックスのポスターも扱っていました。)

“レコードは休みなくかけて、店にはいつもビートルズ、ストーンズ、マザーズ、ディラン、バーズが鳴り響いていた。週末にはたくさんの上がりがでた。金曜の夜はパーティ・タイム、僕らは真夜中まで店を閉めなかった。いつの間にか、僕らの店はマイアミで広がっていくカウンターカルチャーのセンターになっていたのだ”  (注1)

やがてマイケルは、「この地域にもっと多くの音楽を届けたい」と思うようになります。

1968年5月18日・19日マイアミ・ポップ・フェスティバル

マイケルがヘッド・ショップを開いていたマイアミのココナッツ・グローヴには、とある人物が住んでいました。

『わんぱくフリッパー』で有名になったイルカ調教師リック・オバリーです。

リック・オバリーはその頃、イルカと音楽を通してコミュニケーションが取れないかと研究しており、フレッド・ニールと一緒にイルカに12弦ギターを弾いて聴かせたりしていました。

〈フレッド・ニール〉

そんなリックと出会ったマイケル・ラングは、共にマイアミ・ポップ・フェスティバルの立ち上げを決意。

マイアミのハランデール、ガルフストリームパーク競馬場を会場として開催しました。

(マイアミ・ポップ・フェスティバルのポスター)

2日間で2万5千人の観客。チケット料金は5ドル(当時1ドル360円)。

・THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE
・THE MOTHERS OF INVENTION
・BLUE CHEER
・CHUCK BERRY
・JOHN LEE HOOKER
・THE CRAZY WORLD OF ARTHUR BROWN

などが出演、大いに盛り上がりました。

(THE MOTHERS OF INVENTION)

(ジミ・ヘンドリックスとリンダ・ルイーズ・イーストマン (のちのリンダ・マッカートニー) )

トリを務めたジミ・ヘンドリックスはヘリコプターで遅れて登場し、熱気ある演奏で観客を魅了します。

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ヘリで到着している様子です↑↑

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凄いパフォーマンスですね。
しかし実はこの時、ジミはLSDの何倍もの効き目がある、STPというドラッグをやっていたそう・・・

2日目、5月19日の日曜日は何と嵐に見舞われてしまいます。

ジミ・ヘンドリックスの「Rainy Day, Dream Away」(『ELECTRIC LADYLAND』収録)はこの時の雨にインスピレーションを受けて、その場で書いたんだそう。

試聴 Click!

とても「雨」感がありますね。ジャジーなリズムが心地よいです。

雨の影響と、偽造チケットの出回りにより売上に損失が出てしまい、マイアミ・ポップ・フェスティバルは赤字となってしまいました。

しかし、マイアミ・ポップ・フェスティバルをマネジメントした経験は、マイケル・ラングの中で大いに意義のあるもので、その経験翌年のウッドストック・フェスティバルへと生かされていきます。

“マイケル・ラング:あれはぼくにとって本当に驚くべき経験だったな。お客の反応がぶっとんでたよ。フェスティバルの夜、みんな、なんていうか、金縛りにあって、変身したって感じだった。 (注2)”

マイアミ・ポップ・フェスティバルの後、マイケルはヘッド・ショップを閉め、ニューヨークへと帰っていきました。

(注1)の引用はすべて、マイケル・ラング ホリー・ジョージ―ウォーレン著 室谷憲治訳『ウッドストックへの道』からのものです。
(注2)の引用はすべて、ジョエル・マコーワー著 寺地五一訳『ウッドストック 1969年・夏の真実』からのものです。


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